『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第十三話。ドキドキ添い寝と誓い

一之江の匂いや体温を背中越しに感じながら俺は……『あの感覚』を、感じていた。

体の芯が熱く、堅く、むくむくと大きくなっていくような______言いようのない感覚。

 

ドクン、ドクン______!

 

火傷しそうに熱くなった血液が、体の中央に集まっていく。

______ああ、なってしまった。

ヒステリアモード、に……!

 

「……そうか、頑張るよ。君を最高のロアだって『世界』に認めさせる為に!

いや、違うね。君が最高なロアというのは俺が一番よく知ってるからね。

君が最高の女性だという事を世界中にアピールするよ」

 

「また調子の良い事を言い始めましたね。まあ、楽しい百物語ライフ、残り九十九話。

3日に一度解決したとしても297日。1週間に1話だとなんと、693日。1年と約9ヶ月となりますが」

 

「……長いな」

 

「毎週戦うヒーローの大変さが解りましたね」

 

「そうだね。やっぱりヒーロー達って凄いな」

 

「しかも、ロアは美少女率が高いので良かったですね」

 

「そうなのかい?」

 

「魔女もそうですが、恐怖や負の力などの影響を女性は受け易いのです」

 

「男より繊細だって言うからね」

 

繊細だから傷つけないようにしないといけないな。

だから女性と接する際には明るく前向きになれるように接しないといけない。

ヒステリアモードの俺はついつい、そんな事を考えながら呟いてしまった。

 

「命の危険に晒されても、美少女を救えるのならそれはそれでいいのかもしれないね……」

 

「やはり今のうちに殺しておく方がいいかもしれませんね」

 

「ん?どうしたんだい、一之江?

まるで浮気をした旦那さんを虫けらを見るような視線で見つめる新妻のような顔をして」

 

「あなた、キモくてよ」

 

「いきなり罵倒⁉︎」

 

「浮気男は、殺す」

 

「殺害予告⁉︎」

 

「殺す」

 

「二度も⁉︎」

 

「私を貴方の物語にしたいから抱きついたとか言っといていきなり浮気ですか?死んで下さい、ハゲ」

 

「浮気は文化だ」

 

そう言った俺の背中をチクチクと何か尖ったもので突付く一之江。

彼女は常に刃物でも持ってるのか?

 

「痛い、痛いし怖い!」

 

「いつでも私が後ろにいると思い、色々自重するのですよ」

 

「解った、解りました」

 

背中を刃物らしきもので突いてくる一之江。

まさか嫉妬か?

と一瞬思ったが、一之江に限って嫉妬という事はない……と思う。なら、これから遭遇するロア達を守る為とかだろうか?だが、一之江はそんなロアも倒しているしな。

うーむ……よく解らん。

しかし、一之江はどんな気持ちでハーフロアとして過ごしているのだろうか。

彼女は今、どんな気持ちで……俺の背中にいるのだろうか?

ヒステリアモードの俺はそんな事を考えてしまった。

一度考えるとモヤモヤした気持ちになってしまったので駄目元で一之江に聞いてみた。

 

「なあ、一之江……」

 

「なんですか?」

 

「あ、いや」

 

聞こうと思ったがここで、どんな気持ちなんだ?なんて尋ねてもいいのだろうか。

まだ知り合ってから日が浅いのに……むしろ迷惑すらかけている。

そんな俺に心配される事は一之江も望んでいないだろう。

だからそれを聞くのはもっと一之江から信頼されてからにしよう。

そう思った俺はまずは先ほどの普段の俺が導き出した推理、従姉妹の須藤理亜が『ロア喰い』ではないのか?という疑いを一之江に告げた。

 

「……というわけなんだが、君はどう思う?」

 

「そうですね。その可能性は0ではないですが低いと思います」

 

「そうだよね。やっぱり違うか……」

 

ヒステリアモードになってからよくよく考えてみたがこっちの俺が出した推理では理亜は『ロア喰い』ではない。

何故なら一之江が追っているロア喰いは魔女であり、純粋なロアであるからだ。

さらに一之江が車の中で言ったロア喰いの条件に理亜は当てはまらない。

理亜は家族の贔屓目が無くても美少女だが、『裕福な家庭』ではなく一般家庭で育ち、『社交性がある』という条件にも当てはまらない。

人付き合いとかは苦手な方だし、他人と触れ合うのを嫌がるからな。

 

「ですが、そうですね。

その妹さんが何らかの都市伝説、あるいはこっちの世界(ロアの世界)に詳しい人物の影響を受けているとは思います。

妹さん自身が何らかのハーフロアという可能性もありますし、誰かに吹き込まれて利用されているという可能性すらあります」

 

「そういった可能性もあるのか……」

 

「はい、ですから先ずはそれとなく妹さんを観察する事を勧めます。

あ、もちろんストーカーはしないで下さいね、ストーカーさん」

 

「俺はストーカーなんてしないよ」

 

「七里詩穂をストーカーした前科がありますので」

 

「それは誤解だよ!」

 

それをやったのは俺だけど俺じゃねえ!

ストーカー犯は一文字疾風、ただ一人だ!

……まあ、今は俺も一文字だけど……ややこしいな。

 

「はあー、まあ、いいや。それとなく聞いて見るよ。

それと理亜もあの中学通っているんだけど、『花子さん』の噂を知らなかったんだよ。

俺や俺の先輩の代は、かなりみんなで盛り上がったんだけどな。夏の定番だったし」

 

「ん……やはり、ですか」

 

「やはりなのか?」

 

背後で考え込むような一之江の息遣いが聞こえる。多分、唇に指を当てているのだろう。

 

「……もしかしたら、『花子さん』は『ロア喰い』に既に食べられてしまった……そういう事かもしれません」

 

「……そうなのか」

 

「四条先生も、図書委員顧問の先生もご存知ありませんでしたしね」

 

「ああ、絶対知ってるはずだからね、あの先生方なら」

 

意図的に隠しているとかではない限りな……まあ、そんなメリットはないだろう。

 

「なので『ロア喰い』に食べらてしまったのではないか、と」

 

「……そんな力があるのか、その魔女には」

 

「おそらく、となります。ただ、こう考えれば今回も辻褄は合いますから」

 

「……確かに……いや、でもそれは」

 

「ええ。『ロア喰い』に食われたロアは、存在していなかった事になる。

つまり、覚えている人物がいなくなり、ロアとしても消滅してしまう」

 

「……そういう事になる、というのか」

 

「完全なる消滅。絶対の死。それが『記憶の消去』ですからね」

 

『記憶の消去』によるロアの消失。

魔女がロアを食べる事で人々の記憶から消えるのか。

それとも、人々の記憶から消して弱らせた後に、食べるのか。

どちらにしても……多くのロアにとっては恐ろしいロアのようだな……魔女という存在は……。

しかし……

 

「何で俺は覚えたままなのかな?」

 

「なんか主人公パワーじゃないでしょうか?」

 

「主人公だから、か……そんなもんなんだな」

 

思わず一之江を呼び出したDフォンを確認してしまう。

皆んなに忘れられた物語を覚えていられるというのは______なんとなく嬉しい事かもしれない。

 

「この業界、不可解と特別扱いは当たり前ですからね」

 

「都市伝説が実際に現れる業界、か……」

 

それは、法則やルールが物語ベースになる業界。

そんなロア達の世界を『8番目のセカイ』と言うのかもしれないな。

 

「それじゃあ……」

 

「なんですか特別扱いさん」

 

「君も、一之江も、食べられたら消えるのか?」

 

「おそらく、食べられたら消えるでしょう。私の物語の記憶と共に、人々の記憶からも。

それが『ロア喰い』に食われた者の末路のようですから」

 

「そっか……」

 

様々な方法で消えてしまう『ロア』達。

一之江は一体いつから、そんな自分が消えるかもしれない可能性と戦い続けたのだろうか?

何もしないで過ごそうとしても、人々が忘れてしまうからそうもいかない。

世界に存在性をアピールし続けないと消えてしまうのがロアだからな。

しかし、事件を起こせば、『ロア喰い』のような存在に見つかってしまうかもしれない。

俺が昨夜『死ぬかもしれない』と思った事なんて、一之江はとっくに何度も何度も経験して、苦しんで、悩んで、それでも戦い続けているのかもしれない。

……本当に強い自信があるから、余裕を持てる。

だけど……それが今の一之江だとしても……

 

「大丈夫だよ。一之江」

 

「何が大丈夫なんですか?」

 

「君は消えない。

俺が守るから……君が消えないように頑張るから」

 

絶対に一之江を消滅させたりはしない。

そういう誓いも込めて、俺は一之江の手を握った。

 

「っ⁉︎」

 

握った瞬間、一之江の身体がビクッと跳ねた。

 

「君も、俺の大事な物語に出来るように頑張るから、だから大丈夫だよ」

 

手を握ったまま一之江に語りかけた。

このまま手を離されても仕方ない。

だけど、俺はどうしても……一人じゃない、と伝えたくてその手を握り締めたかった。

 

「……はふ……」

 

背後から何処かしっとりとした吐息が背中に______

安心したような、許してくれたような、諦めたような、そんな吐息がかかる。

そして、一之江は手を握り締めた俺に……

 

 

 

 

 

グサッ

 

 

 

「痛てえぇぇぇ______‼︎」

 

俺の背中に何か尖ったものを突き刺した。

 

「何乙女の手を握ってるんですかうんこ野郎」

 

「ちょっ、女の子がそういう事を言うんじゃありません。めっ!」

 

「貴方はそういうトコは気にせず、とっとと寝て下さい。貴方の意識が完全になくなれば、私も家に帰る事が出来るのですから」

 

「え、あ、そうだったのか」

 

「そうです。なんなら、永眠させてあげてもいいのですが」

 

「わかったよ。直ぐ寝るよ、君の為なら」

 

そう言って俺は目を閉じた。

しかし、背中を刃物らしき物で突き刺されたままなのに最初の痛み以外は特に感じないのがまた恐ろしい、な。

 

「全く……貴方は、真性のバカなのですね」

 

溜息と同時に、何処か安心したような吐息が交ざっていたのは間違いだろうか。

こんな状態で、一之江みたいな美少女とのドキドキ添い寝な状態ですぐにぐっすり眠れるはずはないんだけどな。むしろ、最初に話しかけてきたのは一之江の方からだったよな?

そう思ったが、そんな事は言葉には出さない。

女の子が我儘を言って、それを叶えるのが俺の役目だからね。

ヒステリアモードの俺がそう思っていると______

 

背中にとん、と何かが……一之江の頭らしきものが当たる感触があった。

 

「ん?まさか……」

 

「ん……くー……すー……」

 

「……何だ、先に寝たのか」

 

握り締めている手を緩く握り返されるのを感じながら、俺はホッと吐息をこぼす。

今までの態度は……照れ隠しだったのかもしれないな。

そう感じていると、俺も眠気を感じ始めた。

 

(ヒステリアモードが解け始めているな。

昨日からヒスりまくりだから身体休めないともたんな)

 

背後からは一之江の寝言が聞こえてきた。

 

「ん……むにゃ……ころしますよ……くぅ」

 

「ロア状態でも、こんなに安心して眠れるもんなんだね」

 

残念ながら寝顔を見る事は出来ないが、それでも安心して俺の側で寝てくれた一之江の事を思うと思わず頬が緩んでしまう。

 

(一之江にも、こんなに可愛いところがあるんだな……)

 

「早く一之江の役に立てるように頑張ろう」

 

一之江の穏やかな寝息を聞きながら、俺は握った手に少し力を込めて思う。

 

(君(お前)を消させたりしないからな、主人公として)

 

握った手にそんな想いを込め、俺も意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年5月13日午前5時。

 

早朝。目が覚めた時にはもう一之江の姿はなかった。

あいつの体は基本的に冷たいので、温もりみたいなものもなくなっている。

俺が眠った事で、無事に家に戻れた……のだろうか?

 

……なんとかなく寂しいと思ってしまう。

……って、いかん。いかんぞ。キンジ。

気をしっかり持て!ヒステリアモードになんか、もうなりたくないだろう?

だから気にすんな。一之江とはあまり関わるな。

そう思いつつも、どうしても気になってしまう。

 

 

……後で確認のメールしとこう。

電話だとまた呼び出してしまうからな。

 

「まだ、時間は早いんだよな」

 

時計を見ると、まだ夜中と言ってもいい時間帯だった。

こんなに朝早く起きてるのは、新聞配達の人と、早朝ランニングをする人くらいしか起きてないな。

 

「……目覚めちまったし、偶には体動かすか」

 

そう決めた俺は、気分をリフレッシュさせる為にもトレーニングウェアに着替え、早朝ランニングに出る事にした。

手早く準備を済ませて家を飛び出した俺は走り始めた。

早朝という事もあり、霧が出ていたが車に気をつけながらゆっくり走れば問題ない。

標高が高いこの街ではよくある事と記憶にもあるしな。

走るついでに『コード探し』もしてしまおうと軽めに体を動かしていく。

軽く動かしてから数分後。

体が温まった俺は______

せっかくだし、近所にある市立夜坂公園にでも行ってみるか!

そう思い、走る速度を上げた。

公園に向かって走る速度を上げ、家からそんなに離れていないところにある十字路を右に曲がった途端______

俺の背後から声がかけられた。

 

 

 

 

 

「お前さん、もうすぐ死ぬぜ」

 

 

 

 


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