『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第六話。誰かが……見てる

2010年7月10日19時30分。

 

 

結局わたしはなんのロアなんだろう。

わたしは……管理人のロアなんだよね?

じゃあ、管理人になる前はなんのロア?

わからない。思い出せない、覚えてない。

恐い。自分のことなのに知らないのが、何も覚い出せないのが怖い。

わたしは……わたしは……わたしは……なぁに?

そんなことを一人部屋で考えているうちに、日が沈み夜が来てしまった。

今はホテルの食堂でみんなとディナーを食べているところだ。

ビュフェ形式でみんな好きなものを皿に取り分けて食べている。

大量のピッツァを皿に取るキリカちゃんやカレーを食べるアリサちゃんら魔女の姿も見える。

二人を見てるとお風呂場で謎の女の子に警告された事を思い出してしまう。

 

『キンジさんには近づかないでください』

 

あれはどういう意味なんだろう?

あの子は誰なんだろう?

正体を知る前にあの子の姿は煙のように消えてしまった。

モンジ君の知り合い……なのかな?

消える前に食事に誘ってみたが、『わたしにはコレがありますから必要ありません』とか言ってカロリーメイ◯の黄色の箱を見せてきたけど。

あんなのでお腹いっぱいになるのかな?

 

「シュノーケリング楽しかった! ありがとうね、シホ!」

 

わたしの隣に座っていたスナオちゃんが満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくれた。

スナオちゃんの笑顔を見たらなんだか悩んでいる時間がもったいないような気がしてきた。

そうだよね。もっと楽しまないとダメだよね?

 

「楽しんでくれたなら嬉しいよん♪」

 

「えへへー。魚があんな間近で見られるなんてねー。リアル水族館! って感じ!」

 

「確かにいい景色でしたね。追い回し放題でした」

 

おおっ! みずみずも一緒にやったんだ! いつの間に仲良しになったんだろう?

 

「メリーズドールもしてたのね! まったく気づかなかったわ! 魚を追いかけるメリーズドール見てみたかったわね!」

 

「魚を追いかけるスナオさんを追いかけるのはスリリングでとても面白かったです。オラ、ワクワクしたぞ、って感じです」

 

「わたしが追われてたのね⁉︎」

 

みずみずの言葉にスナオちゃんが驚愕した。

シュノーケリングしてたと思ったら、背後から追われていたなんて、想像しただけで怖い。

 

「明日はスキューバーダイビングしてみる? インストラクターさんを呼んで。サンゴ礁とかとっても綺麗だよっ」

 

「わーするする! 潜る潜る!」

 

「ふむ。スキューバーダイビングですか。それだったらいい考えがあります。背中にボンベ付けて崖から落としましょう。モンジを」

 

「おい待て! 何でだよ⁉︎」

 

みずみずのモンジ君弄りも変わらず行われていて、見てるだけでわたしは楽しめていた。

モンジ君とみずみずの掛け合いを見ていたわたしの隣にスナオちゃんは座って、ピッタリくっついてきた。

なんだか妹が出来たような気分だ。もちろんスナオちゃんみたいな可愛い妹なら大歓迎だけど。

考えないといけない問題はあるけど、今はこうしてみんなと笑いあったり、はしゃぎあったり、遊んで、楽しみたい。だってそうしないともったいないから。この世界、ロアと関わるならそうやって割り切らないとやっていけない。

悩みは悩み。遊びは遊び。ロアはロア。

そうやってちゃんと区切りを付けてやってきたこの十年間は、そのままわたしの経験になっているから。

まあ、おかげで恋とかそういうのは知らないまま大きくなっちゃったけど。

そんなの気にしないくらい充実して生きてきた……今までは。

けど、モンジ君から告白されたあの日からなんだろう。

胸の奥が痛い。痛くて暖かい。

なんなんだろう、この気持ち?

 

「すっかり懐かれましたね」

 

向かいの席に座っているみずみずが、白いご飯をぱくぱく食べながら感心している。

さっきは一緒にシュノーケリングしてくれたり、器具の使い方なんかをレクチャーしてくれた。

みずみずはさりげなくなんでもできるみたい。

 

「ふふーん、シホは優しいのよ! いっぱいハグしてくれるし!」

 

「ぽよんぽよんハグですね。あいてはしぬ」

 

そこで何故かわたしの胸元を見つめてくるみずみず。

わたしの胸に何かついてるのかな?

 

「死なないよ⁉︎ むしろ気持ちよかったもん!」

 

ちょっとムキになってスナオちゃんが反論した。

 

「既に死より恐ろしい、骨抜きにされているようですね。これでスナオさんり貴女は軟体動物になってしまうのですよ」

 

「えええええ⁉︎」

 

「そしてジャイアントオクトパスへと進化するのです」

 

「嫌よ⁉︎ そんなB級映画に出そうなの!」

 

みずみずの淡々としたからかいに、すっかり本格的に怖がるスナオちゃん。

 

「ってか、さっきもメガシャークなんて出なかったじゃない!」

 

「油断している美女の前に現れるのですよ」

 

「へ、そうなの?」

 

「なのでメガシャークに会いたかったらまずは先輩を油断させるといいでしょう」

 

「OK、解ったわ!」

 

何が解ったのかよく解らないけど、スナオちゃんはわたしにぎゅうーっと強く抱きついてきた。

これって……油断、させられているのかな?

 

「スナオさん。食事中ですから」

 

「はーいっ!」

 

理亜ちゃんが困ったようにスナオちゃんに言うと、スナオちゃんは元気な返事で離れる。

この二人は同い年には見えないなー。スナオちゃんは歳の割に幼くて、理亜ちゃんは歳の割に大人っぽい?だけど、だからこそ。そんな二人だからパートナーとしてやっていけてるんだと思う。

わたしには、パートナーと呼べる人はいなかった。

だから……なんとなく、もしかしたら。今までのわたしは、寂しかったのかもしれない。

そんな風にちょっぴりセンチメンタルになっていると。

 

「どうかしましたか? 七里さん」

 

ちょっと心配そうな顔をしながら理亜ちゃんが声をかけてきた。おっとと、いけない。年下の理亜ちゃんの前でこんな風に悩んじゃダメだよね。弱さを見せたくない。

いつもニコニコ笑っている方がいいに決まっているし、きっと周りの人もそういう私を見たいと思うはずだから。だから、私は笑う。

強がりなのかもしれないけど、それが私だから。

そうして笑いながら理亜ちゃんの顔を見ると、ああ。やっぱり、ね。

____この子は圧倒的にモンジ君のことが好きだ。

それがわかる。わかってしまう。

妹的な立場にいるけど、従姉妹なんだから普通に交際や結婚もできる。

今日だって、モンジ君が他の子にデレデレしたり、ドキドキしたりしていたらヤキモチ焼いたり、モンジ君の姿を目で追いかけたりと、わかり易いことこの上ない態度をとっていた。

理亜ちゃんからしたら想い人の想い人であるわたしは敵認定してもおかしくないのに、理亜ちゃんは普通に声をかけてくる。

この子、本当に中学生なのかな?

 

「理亜ちゃん、貴女……本当に中学生?」

 

思わずそう聞いてしまった。

すると理亜ちゃんは。クスッと笑って。

 

「さあ、どうでしょうか。そんなものはどうとでもなりますからね」

 

なんて返事が返ってきた。確かに仲間に魔女がいれば、人間の記憶や記録なんてどうとでもなってしまう。

ロアに不可能なことなんてないのかもしれない。

 

「そんなことより、本当に大丈夫ですか?」

 

「わっ、心配されちゃったっ」

 

おどろけてそう言ったわたしに、理亜ちゃんは真剣な表情を浮かべたまま、淡々と告げる。

 

「心配します。深刻に何かを考えているようなのに、今回の旅行の発案者としての責務を感じてか、皆さんが楽しめるように気を配っているのを見ていましたから」

 

……よく見てる。

やっぱり、『終わらない(エンドレス)千夜一夜(シェラザード)』は伊達じゃないか。

モンジ君みたいに、気付いたらそうなっていた『主人公』とは違い、自ら選んで『主人公』になった覚悟を持つだけの能力はあるってことだね。

それだけでも凄いことなのに、理亜ちゃんには周囲のことを気にする、『観察力』や『洞察力』もあるみたい。

 

「あぅ……恥ずかしいにゃー」

 

「特に兄さんにはチラチラ見られていましたからね。もし不快でしたら言って下さいね。きちんと聞かせますから」

 

「あはっ、ありがとうねん! でも大丈夫、モンジ君の視線はそんなに気持ち悪くないから。女の子を見てるってより、観察してるって感じの視線だし」

 

「あっ、それはわかります。兄さんのはなんていうか、探偵とか刑事さんが調査対象や被疑者を見るような感じですからね。それはそれで何というか女の子扱いされてないようで複雑ですけど……他の男の人が向けてくるような視線ではありませんからね」

 

クスッと笑う理亜ちゃん。

何を思い出したのか、「でも、時折見せる男らしい顔つきや言動は素敵なんですよ」と顔を赤くしながら言ってる。そう言えばわたしもモンジ君にお姫様抱っことかされたりしたなぁ、なんて思い出した。うぅ、あの時は羞恥心とかでなんでお姫様抱っこしたのかと聞けなかったけど、モンジ君は時折行動力あるからあれはあれで困る。

 

「それで詩穂さん。この後の予定はどうなっていますか?」

 

「うーん、自由時間かな? エステマッサージとかあるから、それを頼んじゃってもいいし」

 

「エステ……ですか?」

 

わたしの提案に理亜ちゃんは箸を止めて考え込む。この歳では多分、そういうのを受けたことがないんじゃないかなー、と思う。そもそもこの中でそういう美容関係をちゃんとやっているのは。

 

「何々、エステ行くの? 気持ちいいわよ、後で一緒に行く? あたしも鳴央と一緒に行く予定だし」

 

モデルをやってる音央ちゃんくらいだろう。

 

「あ、そうなんですね」

 

「美容にもいいし、すっきりするのも確かだしね」

 

「うーん……少し、興味はある、かもしれません」

 

理亜ちゃんはアラン君や氷澄君と談笑しているモンジ君の方をチラチラ見る。

この旅行を企画したのはわたしだけど、中心人物は紛れもなく彼。

当人はそれに気付いているのか、いないのか、それはわからないけどとても楽しそうに自由きままに過ごしている。

 

「自由時間が終わったら花火かな? 一応用意してあるよん♪」

 

「なるほど、了解しました」

 

理亜ちゃんはきっとこの後はエステに行くんだろうな。

理亜ちゃんの目に『ちょっとでも綺麗になって振り向かせたい』という意思みたいなものを感じた。

理亜ちゃんは小さな頃からモンジ君のことを知っていて、今もそばに居続ける。

 

それって、本当にどういう気分なんだろう?

誰かが側にいてくれる感覚。

____わたしにはまだわからない……はずなのに。

わたしの中には、わたしの知らない何かがいて……。

わたしはそれが何なのか、それが誰なのか、それを知っているような……?

 

ずぐんっ

 

 

「っ⁉︎」

 

突然、胸が痛んだ。

大きな塊がいきなり胸の中に生まれたみたいな、そんな痛みを感じた。

 

「……っ」

 

そのあまりの痛みに、胸を押さえてしまう。

痛い、苦しい。

何なの……これは。

痛い……けど、いけない。

今の明るくて平和な空気を壊しちゃうのはいけない。

 

「どうかした、シホ?」

 

スナオちゃんが心配そうな表情でわたしを見る。

ここで、「胸が痛い。苦しい!」なんて言ったらみんなに迷惑と心配をかけてしまう。

そんなのは駄目!

 

「実はちょっぴりお腹痛くなっちゃって。先に部屋に戻ってるね?」

 

「あうー……ヘーキ? わたしも行こうか?」

 

スナオちゃんが心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。

わたしは「うん、だいじょぶだいじょぶっ。食べ過ぎちゃっただけだもん。それじゃ後で一緒に花火しようねん♪」とスナオちゃんの頭をわしわしと撫でてから席を立つ。

 

「うん! じゃあ後でよ!」

 

スナオちゃんがニッコリ笑ったのを見て安心しつつ。

 

ゾクリ。

 

「……?」

 

そんなわたしを見ている視線があったような気がして、慌てて振り向いた?

 

……気のせい?

 

そこには誰もいなくて。漆黒の海と星空が見渡せる大きな窓ガラスしかなかった。

おかしいな。……気のせい?

もしかして、お風呂で会ったあの短髪の女の子かな?

でも外は真っ暗闇だし、窓ガラスの下は絶壁で海しかないし。

人がいれる環境じゃないし。

きっと、気のせいだよね?

ちょっと怖かったけど、ロア関係で怖さには少し耐性があるから気にしないことにした。

 

「そんじゃ、今からみんな自由時間ねー。22時に海岸で花火しましょ!」

 

宣言してから、わたしは痛む胸を押さえたまま。

みんなの心配そうな視線に笑顔を向けて歩く振る舞いながら、食堂を出た。

そして、部屋に戻ると着替えや身だしなみそっちのけでベッドにダイブしてしまった。

うぅ、胸の痛みがこんなに続くなんてどーなっちゃったのわたしの体?

痛みは徐々に治まっていき、激痛で大変! という感じではない。

どちらかと言えば、お腹が痛い時のギリギリした持続性に痛みに近い。

 

「うーん……」

 

痛いのは我慢できるのだけど。

それ以上に気になっているのが……。

 

「誰か、いるのかな」

 

さっきからずっと誰かに見られている、視線がある。

食堂の時からずっと、わたしのことを見ている誰かがいる。風呂場で会ったあの子じゃない。

その誰かが誰なのかはわからないまま。

だけど。

それは。

 

なんだかとっても身近で。

 

なんだかとっても遠い。

 

そんな存在な気がしていた。

 

「変なの……」

 

今まで感じたこともないような感覚なのに。

なのに、わたしは変な確信を持っていた。

気のせいとか幻とかじゃない。

わたしに身近だけど遠い誰かが、さっきからわたしのことをジーッと見ているそんな確信を。

 

「うーん……」

 

わたしはゆっくりと起き上がって、ベッドを降りる。

そして、何か飲み物でも飲もうかなー、と冷蔵庫に行こうとして、ふと部屋の窓ガラスを見たその時だった。

窓ガラスにわたしの姿が映っていて。

____そのすぐ横に、白いワンピース姿の女の子が佇んでいた。

 

「っ⁉︎」

 

慌てて後ろを振り向いたけど、そこには誰もいない。

もう一度窓ガラスを見る。女の子はわたしの横にいる。

後ろを振り向く。……いない。

でも、窓ガラスには女の子の姿はハッキリと映ってしまう。

 

 

「やっとわたしに気付いたんだね、お姉さん」

 

 

大きな帽子を目深に被っているせいか、顔は口元しか見えない。

その口がニッコリと笑っているのを見ると、寒気を感じてしまう。

顔はわからない。

だけど。

なぜだろう?

わたしは、この子のことを誰よりも知っている(・・・・・)気がする。

 

「ということはもうすぐ目覚めちゃうのかもしれないね」

 

女の子がそんなことを言ってきた。

目覚めちゃう?

女の子はわたしの顔を見ると、クスクス笑う。

わたしは女の子を見て確信した。

さっきまでの視線の正体はこの子だ。

この、見られているだけで体を通り過ぎて、魂までもを見透かされてるような、そんな視線を投げていたのは絶対にこの子だ。

 

「あ、あなたは……?」

 

「私はヤシロだよ、お姉さん」

 

ヤシロ。

新たに生まれたロアに、Dフォンを配る為の存在。

その存在自体がシステムのような女の子。

8番のセカイの管理人をやっているわたしもその存在は当然知っている。

いや、知っているつもりだった。さっきまでは。

だけど、今のわたしは……。

彼女がそんなもの(・・・・・)じゃない(・・・・・)ことを知っていた。

 

「ああ、やっぱり。もう気付きつつあるんだね」

 

ヤシロは笑いながら、帽子に手を当てる。

 

「だめ……」

 

そう、だめ。

わたしは、その顔を見てしまったら、きっと。

きっとわたしは……

 

「そろそろ、全部知って楽になりたいんじゃないかな、と思って」

 

「だ、だめ……っ!」

 

わたしが止めるのも聞かず、ヤシロは帽子を取ってしまう。

 

そして____。

 

「あ、あああっ!」

 

 

わたしは悲鳴をあげてしまう。

ヤシロの顔は、わたしのよく知っている顔だった。

いや、知ってて当然の顔、存在だった。

何故なら、そこにいたのは。

 

「さあ、そろそろだよお姉さん。そしてお姉さんの中の、もう一人のお姉さん」

 

そう、それは____。

 

 

「約束通り、破滅の未来を再開しよう?」

 

8歳の頃のわたし自身だった。




完結まで残り____95話。

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