今年もどうかよろしくお願いします。
具体的に言うと、グサグサザクザクたくさんしますから、きちんと電話には出てくださいね?」
青空。雲ひとつない澄んだ空。そして、どこまでも続く桜並木。
風に吹かれて舞い散る桜の花がひらり、ひらりと舞い落ちる。
どこまで行っても続く、永遠に終わらない桜並木。
不自然なほど、舞うのをやめない桜の花。
そう。ここは……『ロアの世界』。
その『ロアの世界』の中で俺は全力疾走をしていた。
迫り来る『気配』を感じ取る為に、全身の神経や感覚を研ぎ澄ませ集中しながら。
一之江曰く、俺達『ロア』というものは気配を五感のように感じ取れることができるらしい。
例えば、見えないものを『視界に何かが映った気がする』というように視界で感じ取るタイプ。
『何かきな臭い空気がする』と嗅覚で感じ取るタイプ。
『何か嫌な味わいが口に広がる』というように味覚で感じ取るタイプ。
『何かの波長が聞こえた気がする』というように聴覚で感じ取るタイプ。
『何か熱さみたいなものを感じ取る気がする』というような触感で感じ取るタイプ。
普段の俺は嗅覚で感じ取るタイプだった。
『女物の香水の匂いや汗、微かなシャンプーの匂いや石鹸の香り、一度嗅いだことがある奴ならそれだけで誰かすぐに分かってしまう。何か嗅いだことがあるような匂いを感じる気がする』という感じでな。
さらに鍛えれば……あるいはヒスれば五感全てを感じ取れるようになり、超感覚の極みまで高めればただの『勘』だけで相手の位置、行動が予測できるようになるらしい。
一之江が不意打ちで俺をザクザクグサグサ刺してくるのもその感覚を鍛える為だと言われたことがあるが、絶対に違うと思う。半分以上刺し癖だろ。どう考えても。アリアが俺をガバメントで撃つのと同じで理由なんかないんだろうな。
不意に、微かに匂いがしてきた。古タンスから服を取り出した時に感じる匂いみたいな、何処か懐かしい、まるでばあちゃんが側にいる時に感じる時の匂いみたいな。
これは⁉︎
「
真上を見上げると、青空を遮るように黒い影が飛び込んできた。
俺は前方へ転がるように飛び込み、襲撃者の奇襲から逃れる。
「さあ、来やがれ!」
「うむ。咄嗟の割に良い判断じゃが、まだまだじゃの」
ラインの声が聞こえた瞬間。
俺に向かって何かが飛んできた。
俺は咄嗟に右手で弾き返す!
ガコン!
何か金属っぽい物を殴ったような音と共に、俺の拳で凹んだ銀色のバケツが地面に転がった。
しまった! ちきしょう、やられた!
直後、上から落ちてきた黒い影から伸ばされた白い足が俺の腹を踏む。
ぐはっ!!! いきなりドロップキックかよ⁉︎ ……って、見えてる。見えてるって⁉︎
飛び蹴りを食らった瞬間、彼女が履いているヒラヒラスカートの中が一瞬見えてしまった。
が、パンツではなく、水着だったのでちょっとドキっとしただけで血流はあまり流れなかった。
よし、セーフだ。
「チェックメイトじゃよ」
ゴスッと、腹を踏む力が強くなった。
腹に強烈な圧迫感を感じた俺はその元凶に目を向けると。
いつの間に日が暮れていたのか、夕暮れ時の月明かりの下で、にっこり笑う、ゴスロリっぽい水着姿の幼女が視界に入った。
それは間違いなく、『境山のターボロリババァ』こと、ラインの姿だった。
ロリババァとはいえ、ゴスロリ水着着て、ドロップキックなんてかますのはどうかと思うんだが。
そのことをラインに伝えると。
「ゴスロリ水着の下はパンツではなくただの水着じゃからな。見えていたとしても美味しくはあるまい」
「それはそうかもしれないな……」
ライン相手にヒスったら拳銃自殺もんだからな。俺としてはヒスる心配が少ないのはいいことだ。
もし、あのスカートタイプの水着から見えるのがパンツであれば、ヒスる可能性もあったかもしれないが、いや、多分ない……と思いたいんだが、自信が持てない。
ロリババァ相手にヒスったらガチで自殺もんだ。
お巡りさんコイツです、と補導しかられん。
「うーむ。あっちのお主ならともかく、今のお主ではロアとの戦闘では使えないレベルじゃな。ハーフロアとしての身のこなしや気配探知も多少使えるようじゃが、ロア相手に対峙できるレベルではないな」
「主人公は変身してからこそが本番だが、変身する前に死ぬことになるだろうな。今のお前では、な……」
声がしたので振り向くとそこには今の戦いを眺めていたであろう氷澄がいた。
「だよなぁ。体の動きは前よりも良くなってるのは解るんだが」
「お主は『主人公』じゃしな。本番のバトルじゃないと本領発揮は出来ぬのかもしれぬのう。何なら、殺すつもりでやってやっても良いのじゃが」
「それは勘弁してくれ」
ラインは俺の腹に乗せていた足を退けると、腰に手を当ててニヤニヤ笑っていた。
「どちらにせよ。例の『
「氷澄にはどうなんだ?」
ラインには高速移動という身体能力がある。
特殊な能力じゃない、普通に持つステータスで音速を超えて移動できるという。
つまり、スピード特化型で
「ロアとしての長さ、『主人公としての経験』で言えば、お前より遥かに上回る自負がある。だが、戦闘経験で言えばお前の方が上なんじゃないか? 少なくともロアとしてではなく、人間としてお前と戦ったら勝てる気が全くしない」
「あー確かに戦闘経験で言えば俺に少し分はあるかもしれないな。ロアとしてなら氷澄の方が強いのも納得だ。ただの人間である俺が勝てるわけないからな」
「いや、お前もハーフロアだろうが!
それにお前はただの人間じゃない、音速を超えるラインを受け止めた時点で俺からしたら人間辞めた人間、逸般人だ!」
「なんでそうなるんだ⁉︎」
ラインを受け止めたのはヒステリアモードだったからだ。
今の俺にあんな真似はできん。
「ま、お前が人間辞めてるだろうと、それはあくまでルールがある戦いだったら絶対に勝てないという話だ。ルール無用の『どんな手段でも取っていい』戦いなら、長く『主人公』をやってる俺に分があるのは当然だ」
「氷澄の奴も、負けたらわらわが取られる、という条件であったら……きっと死に物狂いで愛するわらわを守ろうとしたに違いなかろうな」
「誰が誰を愛してるっていうんだ」
「お主がわらわをに決まっておろうが」
「氷澄……人の趣味にあれこれ言いたくないが、それは世間的にまずいんじゃないか?」
ライン、ロリババァといえ見た目幼女だぞ?
世間的に幼女みたいなロリババァと仲良くするのはまずくないか?
一瞬、頭の中で油揚げ大好きなロリ狐神の姿が過ぎったが、俺とあいつはそんな関係じゃないからセーフだ。
「お前は本気で俺がラインを愛してると思ってるのか」
「なんじゃ、わらわとは遊びじゃったというのか。わらわのことは飽きてしまったのか。わらわにあんなことをしておいて……」
「誰が誰にどんなことをしたっていうんだ!」
口では溜息を吐いてるが、内心ではラインの事かなり大切にしてそうだよな。
きっと、ラインに何かあったら何がなんでも助けだそうとするに違いない。
こいつはそういうタイプだ。実際にラインの身がかかった勝負ならどんな手を使っても勝とうとしていた可能性が高い。
『主人公』と『主人公』の戦いでは『覚悟の強さ』が試されるからな。
より強い覚悟を持った主人公が勝つ可能性が高いのは当然だ。
それは、氷澄との戦いやその後の理亜との戦いでもまざまざと思い知らされたことだ。
だからきっと、ラインがピンチになって、俺を倒さないといけないような戦いだったら氷澄は何倍もの強さを発揮するだろう。
それはともあれ……
「ありがとうな。いきなりこんな訓練に付き合わせてしまって」
「全くだ。いきなりだから多少驚いた」
氷澄は何かを探るように俺の目を見てきた。
付き合わせてしまったからな。どうせ氷澄達にも知らせとこうと思ってたし、伝えるか。
「あー……実はな。一之江とちょっとおっかない話をして、いても立ってもいられなくなったんだよ」
詩穂先輩が『2000年問題』かもしれないということ。もうとっくの昔に終わったはずの破滅の
それを伝えるべきか?
『その『2000年問題』のロアがまだ存在しているというのは、大変怖いことです。それはつまり、この世界にもう一つのIFがあること。彼女が本当に力を発揮してしまえば、過去に遡って歴史が改変されるかもしれないんです。それくらい、時間系のロアは恐ろしいのですよ』と一之江が言っていた言葉を思い出す。
……いや、ダメだ。
氷澄達を巻き込みたくはない。知ればきっと嫌々ながらも、協力してくれるだろう。
氷澄は金三同様、ツンデレなところがあるからな。頼まれたら断らないだろう。
だけど、だからこそ巻き込めない。
破滅を齎す、なんていうくらい恐ろしいロアに挑むのは俺だけでいい。
それに、もし先輩が本当に『2000年問題』のロアだったのなら、これは俺
だけど、それで本当にいいのか?
恐ろしいロアを相手にするからこそ、ロア退治の経験者に協力を求めるべきじゃないのか?
「いろいろあるようだが、まあいいさ」
氷澄は葛藤してしまった俺の様子に気を使ったのか、やれやれと肩を竦める。
「どうせ、ただ遊ぶだけの旅行だと居心地が悪かったしな。お前のトレーニングに付き合うっていう理由があった方が気が楽だ」
「あー、そうだな。すまん、居心地悪くさせていたか」
俺達以外にも男がいるとはいえ、圧倒的に女子の比率が高いからな。それに表面上は仲良くしているが、ついこの間まで敵対していたからな。
もし、逆の立場だったら俺も居心地悪かったかもしれん。
「別に。わらわは全力で楽しんでおる、安心せい!」
ケタケタ笑うラインを呆れ顔で見ていると氷澄が苦笑いをしながら声をかけてきた。
「それにしても、まさか『
「しかも妹とはのう。実力の差は禁断の愛で埋めたんじゃな?」
ニヤニヤしながらラインがからかってきた。
反論してやりたがったが……概ね間違ってもいないから反論できん。くそっ。
「理亜とはちゃんと話し合いで、えっと……仲良くなったんだよ」
「仲良く、か」
氷澄は俺の言葉のニュアンスで何かを悟ったように口の端しを歪めて笑う。
ラインもニヤニヤ笑ったままなので、何があったのかはもろバレされたのかもしれない。
「で、突然こんな場所でトレーニングなんか始めて、どういう風の吹き回しだ?」
「あー……ちょっと、な」
先輩がおっかないロアなのかもしれない。
その話を一之江としてからなんだか落ち着かなくなったから、体を動かしたくなったというのも理由の一つだが、戦闘の勘が鈍るのを防ぎたくなったという理由もある。
「良いではないか、氷澄。男には強くなりたい時というのがあるのじゃろう? 氷澄も突然筋トレをキンゾーと始めたではないか」
「そういうのはバラさなくていい、ライン」
「恥ずかしがることはあるまい。先日
「お前も十分人間辞めてるよな⁉︎」
「キンゾーはその直後に、片手で500㎏を計測してたけどな」
何やってんの、キンゾー。本格的に人間辞めたな。
「コホン、まあ、そんなことよりだ。一つ忠告しといてやる。お前が今、何を抱え、何故焦って強くなろうとしているのは解らないし、強くなろうとする理由は割とどうでもいいが、別の『主人公』を取り込んだ今、他のことにも目を配る必要がある」
「他のこと?」
「ああ。あの最強の『主人公』である『終わらない千夜一夜』を従えた今、お前はもう単なる『主人公』ではいられなくなった。これからは一つの『勢力』として狙われることになるだろう」
「勢力?」
尋ねる俺に、氷澄は眼鏡を直して頷いた。
「一人や二人で行動している間は、単なる個人行動に過ぎない。だが、お前が抱えているロア達はみな、それぞれが突出した力を持つ強力なロアだ。そんなのが集まって、お前の意思で動くとなれば……それはもう個人の行動ではなく、『勢力』としての行動としてみなされるということさ」
「お主が何か悪さをしたら、別の『勢力』に叩かれるということじゃよ」
「俺の行動全てが、団体としての意思であるというようにみなされちまうってことか」
「そういうことだ。お前の一人の意思に従う集団なのか、それとも団体としてまとまった意思で動く団体なのか。どちらにせよ、ただお前を倒せば、『
すでにお前を狙う『勢力』は幾つか動いている。
有名どころだと、『
「エヌ?」
「都市伝説程度に囁かれている、現実に実在するかどうかもわからない最悪の闇の組織の名さ。
『もし、世界を破滅に導く組織が実在していたら?』という噂によって生まれた組織だとか、ってロア界隈では有名な組織さ」
「そんな組織がなんで俺を狙うんだよ」
「さあな。そんな理由なんか解らないさ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、その組織を率いるリーダーの二つ名がお前が持つロアと瓜二つだから、もしかしたらそれに関係しているのかもしれないな」
「二つ名?」
「その組織のリーダーは一般的には『提督』と呼ばれているらしいが、ロアとしての名乗りはこう名乗っている。
自分は____『
完結まで残り____96話。