『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第七話。ロア

一之江の車で、月隠市内を走っている中、俺は一之江から、この世界で起きている現象。

『ロア』と『ロア喰い』についてを掻い摘んで説明して貰っていた。

 

「と、言うわけでした。ではDフォンをください」

 

「待て!何が『と、言うわけ』だ⁉︎

まだ何も話してないだろ」

 

一之江との会話はそんな掴みから始まった。

 

「様式美かな、と思いまして」

 

そんな様式美いらん。

 

「そんな様式美とかいいから時間かけて最初から話せ」

 

「面倒なんですよ……」

 

心底面倒くさそうに溜息を吐きながら話す一之江。

 

(コイツ、朝から人の家の前で待ち伏せしておいて学校までサボらせておいて、何だこの態度は?)

 

「心底面倒嫌そうな顔で言うなよ、お前!」

 

「誰がお前ですか。『あなた』と呼びますよ」

 

「止めろ!」

 

そんな風に呼ばれたら『また』変な噂が立っちまうだろうが。

ただでさえ、詩穂先輩の件であちこちの男子から妬まれてるというのに……。

 

「七里詩穂の前で『あなた』と呼んでから、『あ、失礼しました。一文字君』って呼び直しますよ」

 

「絶対止めろ⁉︎確実に誤解されるだろ⁉︎」

 

そんな風に呼ばれたら『詩穂先輩をお姫様抱っこして、口説いた挙句に舌の根も乾かない間に転入生を口説いた最低男』という大変不名誉な名が付くだろう。

……もう、手遅れかもしれないが。

 

「というか、何であの先輩の事や、俺が困る事も知ってるんだ?」

 

「転入する前に調べておきましたからね」

 

サラッと恐ろしい事をしれっと言う一之江。

そんな彼女の事を、ついマジマジ見てしまう。

あくまで無表情でマイペース。それがこの少女だ。まるで感情が読めない。

レキを相手に話してる感じに似ている。

 

「俺の事を何故……?」

 

「貴方の事というより、調べたのは七里詩穂と仁藤キリカ辺りです。他にもいますが、メインはこの2人です」

 

「どうしてその2人なのか気になるが……」

 

「それについて、今は語るつもりはありません」

 

きっぱり言い切る一之江。

こう言い切るからには絶対に『その時』が来るまで口を割らないだろうな、この少女は。

 

「じゃあ、俺の事を知ってるのは何でだ?」

 

俺は彼女が転入して来るまで、あの人形をDフォンのカメラで撮影するまで、関わり合いはなかった……筈だ。

 

「七里詩穂に付きまとうストーカー気味な男、と」

 

グサリ、俺の心臓に『ストーカー』という言葉が突き刺さる。

 

「わざわざ部活の時間を合わせてまで一緒に下校しようとしたりするとか……何かこう……アレ……ですよね……」

 

俺の記憶に、『その時』の光景がフラッシュバックして次々と浮かんできた。

止めてやれ。

本物の(・・・)一文字がここに居たら精神ダメージ半端ねえぞ。

 

「止めろ⁉︎もう、止めてくれー」

 

止めてやれ。

一文字のライフはもう0だ。

それ以上抉らないでやってくれ。

 

「なんかこう、もっと正々堂々出来ないもんですかね?男らしく」

 

だが、一之江の毒舌は止まらなかった。

 

「何でお前がそこまで言うんだ⁉︎」

 

「あなた、キモくてよ」

 

「優しい奥様みたいな口調で毒吐くなよ!」

 

思わず連続ツッコミを入れてしまった。

これが素の一之江なのか。

フランクだが、清楚で可憐、病弱なイメージは一瞬で消え去り、食えなくて面白いヤツ、という認識になった。

 

「まあ、とっとと話して、とっとと下ろして放置しますか」

 

「放置しますか、じゃねえ⁉︎

すんなー、もっと大切に扱え!」

 

「私は色男がびーびー泣く姿も見てみたいのです」

 

「うわっ、ドSなのか一之江さんは」

 

「ドSな人は優しいんですよ。相手の喜ぶ事をしてあげる達人ですからね」

 

「それ、ドMな人にとっては、だろ?」

 

「皆さん喜んでくれますって」

 

「その自信はどっから出てくるんだ⁉︎」

 

一之江とここまで話して解った事だが、彼女はかなりの自信家だ。

完全に俺に嫌われても気にしないかのように、自分を通し続ける。

その姿勢に、俺は好意みたいなものを抱いた。

 

「モンジが余計な事を言いまくるせいで話が進みませんね」

 

「モンジって言うな⁉︎しかも脱線させてるのお前だろ!」

 

「はいはい」

 

「流しやがった⁉︎」

 

脱線させたのは一之江なのに、あたかも『貴方のせいで話が逸れた』みたいな感じになってるが、さっきから会話が進まないのは一之江が原因だ。

この理不尽さ。

何処ぞの、桃まん武偵を彷彿とさせる。

こう言ったタイプには逆らっても無駄だ。

なのでさっさと話しを進めて、とっとと帰ろう。

そう思案していると______

 

「まあ、そんなモンジの為に簡単に色々お話しするとしましょうか」

 

コーヒーを一口、口に含んでから、ようやく話す気になったらしく、姿勢を正す一之江。

俺もコーヒーを口に含み、その話しを聞く為に体を一之江に向けた。

 

「都市伝説については、もう色々とご存知だと思います」

 

「まあ、それなりに。昨夜も経験したばかりだしな」

 

リアル『メリーさん人形』に追いかけられる、なんて経験、普通はない。

そうでなくても昨日辺りからキリカやアランとその話題で盛り上がったから都市伝説の概要については大体解る。

 

「それら都市伝説が実体化したものを、我々は『ロア』と呼んでいます。 フォークロアなどの語源に使われている、『ロア』の部分です。伝承とか知識とか、概ねそんな意味のある言葉です」

 

「『ロア』……昨日の夜も言ってたな」

 

ちょくちょく聞く言葉。あまり聞き覚えはなくても、覚えやすい単語だ。

 

「ええ。それぞれの『ロア』には、それぞれしか持たないルールがあります。

例えば私の『呪言人形(メリーズ・ドール)』のロアはご存知の通り、相手を追い詰め、最終的に振り向かせ、自分の姿を見せる事で殺害及び復讐します。

いざとなれば相手の首をへし折ってでも振り向かせて、殺害となるわけです」

 

「……だけどな、首を折って、と言うがそれだと相手を振り向かせる事は出来るが振り向かせる前に死なせる事が出来るんじゃないのか?」

 

首を折られれば人は死ぬ。

我ながら物騒な事を言っているが人を殺さないように相手を仕留めなければいけない武偵ならそうならない為に強襲するのは常識な事。

いや、武偵じゃなくても常識な事だ。

首を無理矢理折られれば、普通人は死ぬ。

だから、『殺害する為に振り向かせる』と『振り向かせる為に首を折る』という行為には矛盾が生じる。

 

「一度『ロア』の持つ都市伝説的なルール、『ロアの世界』に包んだ相手ならば、そのルール以外の行為はあまり影響を与えない可能性が高いのです」

 

「どういう事だ?」

 

「簡単に言えば、私が追いかける対象は、首を跳ねても死なない可能性があります」

 

「……マジか」

 

その『矛盾』すらも、まるで物語のしかけのように語る一之江。

実際に誰かの首を跳ねた事はなさそうだが、その可能性がある、というだけでも恐ろしい。

 

「都市伝説で発生する現象の多くは、論理的、科学的な検証が不可能です。

『物語』的な論理が全てを支配します。

それらの都市伝説が現実のものとなり『ロア』という存在になった瞬間。そのロアが影響する範囲の世界法則はそれぞれの『ロア』の法則となります。

それが『ロアの世界』です」

 

もの凄い話しで大変馬鹿馬鹿しい話しだが、笑うに笑えん。

昨日、その『ロアの世界』というものを身を以って体験したからな。

 

あの、誰もいない、音もない空間がその『ロアの世界』だったんだろう。

 

「故に、私のように『殺す』系のロアの場合、基本的に殺害します」

 

「本当に……殺すのか」

 

「それはもうさっくりと。それが私のロアですしね」

 

「そういうもの……なのか」

 

認めたくないが『そういうもの』としか現せない現象。それが『ロア』なのだろう。

 

今こうして自分が生きている事が奇跡に思える。

もしあの時、ヒステリアモードではなかったら?

一之江に振り向いたあの時、『姿』を確認しながら抱きついていたら?

果たして俺は生きていられただろうか?

そんな風に思ってしまった。

 

 

「それに、もし殺さなかったら、噂を流される可能性もありますから」

 

「ん?どんな感じのやつだ?」

 

「『振り向いて、姿を見た。可愛い女の子だった。もえもえ。しかし別に死ななかった』という噂が流れてしまい、その噂が『定説』になった瞬間。私は『ただの追いかけるだけの可愛いもえなロア』になってしまいますから」

 

そんな都市伝説がいてもいい気もしなくてもないが、本人からしたらたまったもんじゃないな。

 

「噂に左右される存在なのか『ロア』は?」

 

「その通りです。従って私のような『ロア』達は、その存在を隠しながら、時折犠牲者を作る事で存在性をアピールし続けなければなりません」

 

「存在性のアピール……ああ、蒼青学園の女子が襲われたけど生き延びた、とかか?」

 

「あれは定期的に、様々な学校にいる『三枝さん』に広めて貰っているものです」

 

一之江の話によると、三枝さんは様々な学校にいる『ロア』に協力している人物達らしい。

彼女達はロアと人間を繋ぐサポーターみたいな感じのようだ。

その後も一之江の話は続いた。

『ロア』という存在は要約すると伝承や噂話から生まれたり、改変されたりしたものらしい。

『元々そういう人間以外の存在が『ロア』になった』のか、『噂される事で『ロア』として生まれた』のかはわからないみたいだが。

 

「大変だな、『ロア』達も」

 

「何を他人事のような顔をしているのですか『百物語』の主人公さん」

 

「……は?」

 

「貴方は『8番目のセカイ』によって『百物語』の主人公に選ばれた、101番目の主人公……『ハンドレッドワン』、そう呼ばれる存在なのですよ」

 

「……」

 

驚きのあまり、言葉を失ってしまった。

今、彼女はなんて言った?

 

「貴方もとっくに、『ロア』として片足を突っ込んでいる状態という事です。

いずれは私と同じ『ハーフロア』になるでしょうね」

 

「ハーフ、ロア……?」

 

「人間から、ロアになった者です」

 

彼女の口から出た言葉に、この時の俺はただ、ただ、絶句する事しかできなかった。

 

 

 

 

 

時は少し進み______

 

2010年5月12日13時20分。

夜坂学園2年A組。

 

「わっ、モンジ君が瑞江ちゃんと遅刻して来た!」

 

昼休み。教室に入った瞬間にキリカが大きな声で騒いだ。

直後、『ざわっ……』とクラスメイト男女全員が弁当を食べる手を止めてどよめいた。

 

「ふっ、あんまり騒がないでほしいな。

ほら見てごらん、彼女が子猫のように怯えてしまったよ?」

 

あの後に起こったちょっとしたハプニングでまたなって(・・・)しまった俺はキリカを嗜めながら、視線を隣りに立つ一之江に向けた。

 

「こ、子猫とか、な、何を言っているんですか⁉︎

馬鹿なんですかー貴方は」

 

「わあー。瑞江ちゃんは怖がりな子猫ちゃんだったんだっ!」

 

「いえ。ただの子猫なんかじゃないありません。

むしろ、猫は猫でも獲物を捕食する虎や獅子ですよ」

 

「猫なのは否定しないんだねっ!

ところで半日休んで何したの?」

 

「愛しの子猫さんに拉致られたといっても過言ではないね」

 

「わぉっ、瑞江ちゃん、大胆だね!」

 

「か、勘違いしないでください。私とモンジ君はそういう仲じゃ……以下略」

 

いい加減そうに、ツンデレ娘を演じて中途半端に答えた一之江に俺も驚いてしまう。

 

「わっ、ツンデレだ!」

 

おおー、と感心するクラスメイトの男子達。特にアランはツンデレでクールなタイプが大好きなはずだ。見れば、一人でガッツポーズをしていた。

……今のツンデレっぽさはいい加減だが、そこが逆にツンデレっぽくて良かったのかもしれない。

って、そうじゃねえ⁉︎

一之江のツンデレっぽさで忘れてたが、きちんと遅れてでも登校して来たのには理由がある。

彼女(一之江)が狙う『魔女』の正体を突き止めるためだ!

 

「意外にノリはいいんだね、瑞江ちゃん?」

 

「基本的に私はノリノリでお笑いも大好きです」

 

「あはっ!無表情なのに面白いんだっ!」

 

「と、いうわけでコンゴトモヨロシク、キリカさん」

 

「うんうん、コンゴトモヨロシク!」

 

一之江は無表情なまま、キリカは満面の笑みで嬉しそうに握手していた。


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