だいたい何なんだよ動脈瘤って、くも膜下出血って!
うちの親の事ですけど、ホント何があるか分かりませんねぇ……
以上、言い訳終了。
一郎の発案でイタリア旅行にやって来た護堂とアテナ。
こうしてイタリアまでやって来るためには、大きな試練が待ち構えていた。
簡単に言うと、パスポート問題である。
アテナに戸籍なんてないので、パスポートが発行できない。
つまり飛行機に乗れないので、自力で海を渡るしかない。
いくら神とて日本からイタリアまで飛行機と同じ速度で移動するというのは、移動に便利な権能でもない限り難しい。
そこでアテナはフクロウに化身してペット枠で飛行機に乗り込んだのだが。
「うおっ、何で隣に座ってるんだ!」
「無聊だ、あのような
狭隘――窮屈で狭苦しいさま。
そんな窮屈な真似を許容出来るはずもなく、普通に抜け出して気がつけば護堂の膝に座っているなんて事態に。
周辺の席ではちょっとした騒ぎに発展しかけて余計な苦労を背負う羽目になった。
「今の人の世というのは、便利であるが窮屈よな」
「悪かったよこんな真似させて」
おかげでアテナも拗ねてしまっている。
ギリシアで再会した時にも思ったが、蛇に纏わるだけあって執念深い性格をしている彼女だ、そう安安と許してはくれまい。
街道を歩きながらどうやってご機嫌をとろうか悩む護堂だったが、そこに更なる問題がやって来る。
「Tu sei li !」
声に反応して振り返る。
そこにいたのは、美しい金髪を靡かせる少女だった。
ナイフを突き付けて険のある顔を向けているが、二人に焦燥はない。
「Passami subito quida diabolica!」
独特の抑揚と現在の土地からして、少女が話しているのは恐らくイタリア語。
護堂には
「なあ、あの娘は一体何て言ってるんだ?」
「まだ言語の習得をしていなかったのか?」
「そりゃ聴いてるだけでも理解は進むけど、話したりしないとそこまで早くは習得出来ないんだ」
千の言語。
知らない言語を短期間で習得してしまう秘術、呼んで文字通りの内容だ。
カンピオーネとなった者には自動でこの恩恵が与えられるため、護堂は学んでもいないギリシア語を完璧にマスターしている。
とは言えギリシアの言葉に関しては、アテナの故国なので元々勉強していたのだが。
それはさて置くとして本人の申告に曰く、イタリア語を話せるようになるのはまだ先のことらしい。
アテナは少々面倒に感じながらも少女の言葉を意訳する。
「要するに、あなたの持つ魔導書を
「つまり恐喝、強盗か?」
「そんな野蛮な言い草は聞き捨てならないわね」
ナイフを向けられながらも危機感なく会話を続ける二人に苛立ったのか、今度は日本語で語りかけて来る。
「私は《赤銅黒十字》の大騎士よ、そのリュックの中身は高位の魔導書ね。我が結社の団員によると、この島には神が顕現しているそうよ。あなたたちとの関係を教えて頂けるかしら?」
神。
ああ、この島に足を下ろしたその時から感じ取ってはいた。
少し乗り物酔いしていたはずなのだが、気付けば体調が万全だ。
ピリピリした空気が遠くに、されど離れ過ぎていない程度の距離にある。
新たなまつろわぬ神が地上に顕現している。
護堂が倒したゼウスの顕現からまだひと月が過ぎたばかりの頃、神というのはこうも頻繁に現れるものなのだろうか。
アテナに惹かれてとか本人は宣っていたが、それにしては――
思考の海に沈みかけたその時、強大な神力が周囲に吹き荒れた。
「GUOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――――――――――――!!」
怒れる獣、吠え散らす巨体。猪の神獣が顕現したのだ。
「そんな、あれが――まつろわぬ神っ!」
恐れ
強大な神気に晒されて、人が正常な行動を取れるハズがない。
かつての護堂とて、アテナやゼウスの前では身が竦んでいたのだから。
しかし、今の護堂は違う。
神の本体ならばまだしも、力の一部に過ぎない神獣では大した脅威に感じない。
「アテナ、頼めるか?」
「あの程度の獣であれ、旅路には邪魔ゆえな。」
本来なら手を下すのも煩わしいが、とアテナは猪に向けて右手を
手のひらから染み渡るように闇が広がり、数え切れないほどの梟が我先にと飛び出していく。
巨体に群がる梟たちを煩わしく感じたのか、首を振り身を震わせながら吠える猪。
しかし、それら全てを振り払うには至らない。
女神を象徴する猛禽たちが猪を駆逐するのに、そう時間は掛からなかった。
神獣は型を崩し呪力へ還っていく。
「まぁこんな処か」
「ご苦労さん」
「うむ、良く労え」
「はいはい」
胸を張るアテナに苦笑を零しつつ、護堂は透き通るような銀髪の頭頂に手を置く。
夫のご褒美ナデナデに頬を緩める女神様は超可愛かった。
スキンシップに一段落つき、忘却していた金髪の少女に視線を戻す。
不敵な態度は何処へやら、少女は膝を付き
「えーっと……」
「魔王陛下に女神アテナ様。度重なる不敬、平にお許し下さいませ。その怒りを鎮められるには不足と存じますが、何卒このエリカ・ブランデッリの首で事をお納め下さい」
「…………あー」
護堂は高度な教育を受けた真っ当な魔術師に初めて出会い、魔王が如何に恐れられているのかをようやく実感し始めた。
「護堂、手を止めるでない」
「ああ、ごめん」
呆けて固まった手の動きを催促するアテナ。
人気がなくなった往来で顔を伏せるエリカという少女。
護堂は混乱の極みにあった。