女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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「護堂、イタリア旅行に興味はないかな?」

 

監視の目に見せつける様にデートを実行した日から数日、護堂は祖父の一郎からこんな一言を投げかけられた。

 

「イタリアって、いきなりどうしたんだよ祖父ちゃん?」

 

唐突な話題に疑念を持った護堂は祖父に問い質す。

詳しい事情は省くが、事の顛末はこういう事らしい。

 

一郎と昔交流のあった女性がイタリアに住んでいて、四十年ほど前に留学生として日本に来ていたらしい。

その彼女が当時日本に置いていった品が自分の所に巡って来たから返しに行こうと思ったが、アテナが神話や歴史に詳しくオカルトに興味を持っている事に思い至り、魔女などと呼ばれ伝説を学んでいたその女性を紹介しようではないかと考えたのだとか。

 

そして護堂が見せてもらった品だが、見た目は古い石版だった。

 

しかしそれだけではない。

理屈じゃなく理解できる。これは力を持つ、そういう類のモノだと。

 

更に話を掘り進めてみれば、その女性は当時話題となっていた祟りをこの石版を奉納して鎮めたというではないか。

護堂は確信した、その女性は本当に魔女だったのだと。

祟りを起こしていたのは、地上に顕現したまつろわぬ神だったのだと。

 

その晩アテナに話をすると、その女性に会ってみたいと言い出した。

護堂が見せられた石版は神の力が宿った神具であり、神の権能を掠め取る偸盗(ちゅうとう)の魔導書なのだと。

 

「こんな石版なのに魔導書なのか」

「紙のない古の時代の産物故な。それを使用し曲がりなりにも神を鎮めたというなら相当の術者だ」

 

魔王と神というありえない組み合わせの自分たちだ。

有事に備えて国外にも繋がりを持っていて損はないだろうと諭され、護堂も納得することにした。

 

「それに知識を蓄えた魔女であるなら、妾の求めし蛇の在り処について助けとなるやも知れぬ」

 

蛇。

 

彼女の言うそれは、ゴルゴネイオンと呼ばれる。

アテナという神格を構成する要素の一つであり、かつてはそれを求めて世界を回っていた。

 

その旅路の途中で護堂と出会い、そうして此処にいるのだ。

今も彼女は己の神性を確固たる物とすべく、ゴルゴネイオンを探している。

 

取り戻さずとも暮らしていける。

取り戻しても何かをする事はない。

しかし、それでも取り戻さない訳にはいかない。

 

どれだけの時を費やしても、どれだけの回り道をしても、いつか必ず手中に納める。

不完全な女神としてそうしたいし、まつろわぬ身としてそうせずにいられない。

アテナの決意は未だに健在だった。

 

「っていうか、在り処を聞くのが一番の目的なんじゃないか?」

「何を言うか。そのような事、聞かずとも悟っておろう?」

「やっぱりそうなのかよ」

「こうして寄り道をするのに否やはないが、見つけるのが早いに越したことはない」

 

どこまでも不遜な言い回しに、護堂は苦笑するしかない。

やはりまつろわぬ神とはこういう存在なのだ。

 

怪物を倒す英雄も、人を守る守護神も、神話にまつろわぬのではただの脅威に成り下がる。

宿敵を打倒する為なら如何なる犠牲も(かえり)みず、己が矜持を果たす為なら人の営みなど(かんが)みない。

 

厚顔不遜にして唯我独尊、しかしそれ故に人らしい。

欲望に忠実でどこまでも己を貫くその在り方は、いっそ畏敬の念すら覚えてしまう。

 

護堂は思う。

もしも神話に沿った真なる女神アテナなら、自分がここまで惚れ込む事はなかったのかも知れない。

 

人間臭く、幼稚で無垢なこのアテナだからこそ、自分は心奪われたのだと。

隣に置きたいと、隣に立ちたいと願ったのだと。

 

「アテナ、愛している……」

「ふふ、急にどうしたのだ?」

「何て言うか、お前に会えて良かったなって、そう思っただけだよ」

「そういう事なら妾とて、貴方との出会いに感謝しているぞ。それこそ神に祈るのも(やぶさ)かではない」

「神様が神様に祈るのか?」

「ああ、父ゼウスに感涙の祈りを捧げようとも」

「皮肉が効き過ぎだろ」

 

しかしまぁ、間違ってはいないのかもしれない。

彼がいなければアテナはなく、今の護堂も存在しなかった。

その点に関しては感謝していると、次に会ったら問答無用で抹殺を決心している護堂は、ゼウスの顔を頭に描いて思った。

 

精神性において神も魔王も究極的には同じなのだと、護堂は欠片も理解していない。

見敵必殺の精神は、己の魂に深く染み付いているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ古の王よ、我に敗北を味あわせるがいい!」

「吐かせ軍神、貴様の不敬を罰してくれるわ!」

 

それは、遠く離れた異国の地においても変わらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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