間が空きすぎてみんなに忘れられていないだろうか……不安を覚えながらも投稿する次第です。
「私は日光
護堂に対して土下座の形で口上を述べたのは、本人も言った通りに九法塚幹彦。
ひかりの霊能力を求めてしつこい勧誘を続けていた四家の跡取りその人だ。
巫女姉妹の相談から一時間程度のち、場所を定例と化している七雄神社へ移してからのこと。
あの後ひかりに連絡があったのだ。
今から会いたい、そちらに向かっているから場を設けて欲しいと。
電話をしながらアイコンタクトで護堂と祐理に確認を取ったあたりは、小学生ながら機転が利いて彼女の聡明さがよく分かる。
「初めまして九法塚さん。ご存知の通り、俺が草薙護堂です。今日はひかりの進路について話をしたくて同席させてもらってます」
普段なら別に畏まらなくてもいいですよ、とでも言うのが護堂の常だろうが、今回は敢えて控える。
仮にもお願いをする側として最低限の礼は尽くすが、同時に魔王の権威を振りかざすことも事実として弁えている故に。
「単刀直入に言って、俺はひかりに普通の学生生活を送ってほしいんです。いくら早熟が常の呪術世界とは言え、現代人の少女に小学生で将来を決めろというのは、ちょっとあんまりじゃないですか?」
「それは……」
ひかりに対する頑なな態度と裏腹に、中々の好青年らしい幹彦。
一般社会に照らし合わせた常識を持ち合わせている彼は、他者からの指摘に躊躇いを覚える程度の良識の持ち主でもあった。
相手が草薙護堂という事もあってその指摘は痛かったらしい。
「もちろん、俺はコイツの人生に責任を持ってやることは出来ないので、あくまで猶予が貰いたいだけなんですよ。ひかり自身も、日光に勤めること自体は否定してませんし」
なあ、と脇に控える少女に振ると頷きと共に同意を示す。
ひとつ頭を下げてから口を開いた。
「今回の申し出それ自体は嬉しく思っております。
「……との事ですし、我が儘は承知の上で改めてお願いします。ひかりに時間をください」
正座のまま頭を下げる護堂。
その姿勢は即ち土下座にあたる。
流石に止めようとした祐理が動くより先に、幹彦もまた深々と頭を下げる。
「御身のおっしゃることは至極もっともでございます。幼き巫女をも慮る慈悲深き御心、私も感服致しました」
護堂に頭をお上げ下さいと述べ、しかしなおも諦めが付かないのかこうも続けた。
「ではいずれ道を選ぶために、一度西天宮にお招きしましょう。王とて彼女の住まうかもしれない場所の内情を視察されたいことでしょうし」
ここで「しかし」「ですが」と逆接から入らなかったのは評価すべき点だろう。
政治に纏わる教育を受けて来た名家の跡取り、一般家庭で育った護堂よりも交渉は一枚上手だった。
誘導とも言えないようなそれに釣られたのか、それくらいならと護堂はその気になってしまった。
隣に座っていたひかりや、そのまた隣に同席していた祐理もまた同じく。
「……ひかりはどうしたい?」
「お兄さまが一緒なら行ってみたいです!」
「……万里谷?」
「当人がその気なら、わたしに異論はありません。重ね重ねご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」
そういうことになった。
「アテナ、今度の休みに日光に行くんだけど――」
「旅支度は出来ている。お前が巫女の娘らと語らっていた事の次第も、既に承知の上だぞ」
――お前はどうする?
と問いかけるより先に返答があった。
帰宅してからの第一声だったのだが、どうやら影ながら護堂の行動を追っていたらしい。
普段から共にいるアテナが相手となれば、害意もなく潜まれるとカンピオーネの直感をもってしても気付くのは難しい。
思い返せば確かに不自然な言動をしていたかもしれないと、今朝の自身を鑑みて苦笑をこぼす。
疑念を抱いたアテナが、文字通り影に潜んでいたとしても仕方がないと頷いた。
普段は思いのほか自由行動が多かったりする両者だが、アテナは時に了解を得ず護堂に侍る時があるのだ。
護堂からしてもそんな彼女を愛らしく思っているし、知られてマズい行動をしているつもりもないので責める気は毛頭ない。
しかし、今回の話には懸念事項がひとつある。
「……前に言ったスサノオの話に出てきた龍蛇避けの《鋼》、それが日光に封印されているらしいぞ?」
幾度となく繰り返しているように、龍退治の逸話を持つ《鋼》の闘神は歴史の開拓者である。
そして龍蛇とは母の影であり、地母神とは古き旧時代の支配者として淘汰されてきた。
「それも構わぬ。《鋼》の英雄神とは反りが合わぬのが常であるが、しかし妾とて策がある。いたずらに刺激するような真似はせんよ」
「まあお前が言うなら信じるけど、本当に封印破ったりして来ないか?」
「ああ、
《鋼》の英雄神と蛇の女神。
両者の関係性は共に天敵同士でありながら、同時に共生関係とも言えるのだ。
スサノオが手に入れた天叢雲然り。
ペルセウスの手に入れたゴルゴンの首然り。
英雄が掲げし《鋼》の武具とは、即ち蛇と乙女から授けられた代物でもある故に。
アテナの言い分には納得するが、彼女の言った「自信」――という言葉にどこか陰りが見えた。
前日の
自分たちは互いに、全部が全部を曝け出している訳ではないため今更のことだが、要するに隠し事があるようなのだ。
いや、もしかすると彼女自身も確信があるものでは無いのかもしれない。
「――アテナ」
「どうした護堂?」
言葉を詰まらせながら、それでも口を動かす。
相手に全てを委ねるだけならば、それはもはや目が見えていないだけの愚者でしかない。
そんな愚か者に成り下がる気がないならば、聞くべきことは聞かなければ。
決意を固め、護堂は問う。
「お前、何か隠してるか?」
硬い声音を感じ取ったのか、立ち上がり目の前にやって来る。
ベッドに腰掛ける護堂は自然と見上げる形になり、女神の眼光に体を強張らせてしまう。
護堂を見下す瞳の深黒は、感情が読み取れないからこそ怜悧に輝いている。
美人が怒ると怖いとはよく聞く話だが、この場合は何と言い表すべきだろう。
まるでゴルゴンに見つめられているようだ――とでも喩えてみるか。
喩えるも何もただの事実だが。
「隠し事か、無論ある。そも人は己のすべてを語る事など出来ぬし、人以外とてその真理に違いはない。神とはともすれば人より人らしい。そう称したのは他ならぬお前だったと記憶しているが……。そういう問答をしたい訳ではなさそうだな」
自分で言い訳染みていると感じたのだろうか。
溜息を洩らしたのちに会話を紡ぐ。
「……妾は、お前に隠している事がある。何かと寛容な態度に甘えが出ていたのだろう。早くに伝えておくべきだったのやもしれぬが……生憎、今を以って決心がつかぬ。情けないと笑ってくれるなよ、妾とて好きにこうなった訳ではない。――お前がそうしたのだぞ、護堂」
言葉尻だけを捕らえると色気が漂ってくるが、実情はまったく別物だ。
彼女の言葉は物悲しく響き、しかしそれを
見上げる瞳は揺れて、何処となく哀愁が潜んでいるように見える。
「此度の旅行より帰れば、自ずと答えは出るであろう。子細は帰路にて話すとしよう」
答えが出るような出来事が起こると、アテナは静かに予言した。