五章終幕と言ったな、あれは嘘だ。
いやね、探せど探せど6巻が見当たらず、7,8,11巻とかそんなのが出て来るんです泣きたい。
気が滅入ったので気分転換にと恵那視点書いたら、止まらなくなってこの時間。
明日仕事だっていうのは分かってるのに……
それはさておき、本当の五章最終話投稿です。
清秋院恵那。
四家と呼ばれる日本呪術会が誇る名門、清秋院家の末裔。
武力と政治を司る清秋院を始め九法塚・連城・沙耶宮と、それぞれの分野で以て帝へ仕えてきた護国の家系。
そのご令嬢ともなれば礼儀作法から呪術の技まで、幼少よりの厳しい教育を受けて育ってきた事に疑いはない。
だがここで、彼女の生まれ持った特別な才が影響する。
曰く、口寄せ。曰く、降臨術。曰く、神降ろし。
神に仕えその声を聞く神職、巫女の極地。
呪力を鎮め色を無に近づける事で到れる境地にて、己の肉体を器に神の力を宿す天鱗の絶技。
この資質は全世界で見ても非常に稀有な才能であり、欧州の方でもこの300年は確認されていない。
記録が正確に残っている時代に限ってのことゆえに、遡れば更に以前から途絶えていることさえ有り得るだろう。
その有り余る希少さ故に近年まで情報が秘匿されており、国外には存在すら漏れていなかったのだが、つい数ヶ月前に状況が変貌する。
言うまでもなく、その原因はひとりの少年。
草薙護堂がカンピオーネとなった事に起因する。
元がまったくの一般人であり誰も事情を把握していなかったために、関係者の誰も彼もが情報収集に奔走した。
古くは帝に仕えた政権側の呪術者である『官』と、在野の術者たちを指す『民』。
普段は折り合いが悪い両陣営だったが、この時ばかりは立場を捨てて手を取り合った。
神を庇護する魔王という乗っけからの大災害に、そんな事へ構う余裕がなくなったというのが実情であろう。
そうして集められた情報は、以下の通り。
神殺しを成した王の名が草薙護堂であるということ。
彼が
彼がアテナ神と友誼を結び――どころか、妻と称して共に日本列島へ帰国したということ。
これらが事実であるという裏付けも取れて、上から下まで恐慌状態に陥った。
そうして手を拱いていたら、続いて出奔したイタリアにて新たな神ウルスラグナの打倒。
力を付けて帰国した王に戦々恐々としていた彼らは、新たに飛び込んできた凶報に卒倒する。
老魔王サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン来日。
実際にその知らせを届けた者は直後に意識を飛ばしてしまった。
聞くだけならば笑い話だが、渦中の者たちにとっては決して笑えたものではない。
あまりの凶事に見舞われて、遂に権力者たちも腹を括った。
ヴォバン侯爵の来訪を伝え、草薙護堂に命運を託すと決めたのだ。
その結果は全世界に知れ渡った通り。
これは単純に首都壊滅の憂き目を免れただけにあらず。
日本呪術会を制す正史編纂委員会の構成員、甘粕冬馬が件の羅刹王に接触したこと。
東京分室室長・沙耶宮馨の信を得る彼が、媛巫女・万里谷裕理と良好な関係を築きつつあると判断した事実。
上記の実績を以て、清秋院家は草薙王に取り入る事を決定した。
現当主たる初老の女傑はまず、子飼いの術者を使って機を伺う。
草薙護堂という神輿を利益となるように担ぐならば、常に傍らで侍る女神の眼光を逃れるしかないと理解していたためだ。
そうして待つこと一月余り、遂に機会が巡ってきた。
夏休みを利用してイタリアへ出国していた護堂が、女神を置いて帰国した。
知らせを受けた清秋院は即座に恵那を山篭りから呼び戻し、事情を伝え魔王の元に送り出したのだった。
古き老翁の手のひらの上だということを承知の上で。
清秋院恵那は異端児だ。
彼女に『喜』『怒』はなく『哀』もない。
ただ『楽』と共に揺れ動く波があるのみだ。
喜ばしい事があれば飛沫も上げよう、怒るべき場面なら勢いも増そう。
哀しければ
だが、大波が押し寄せもしなければ濁流が起きもしないのだ。
涼やかに、透き通ったまま流れるのみ。
――
恵那が草薙護堂に初めて会ったのは、七雄神社の
顔は写真でもって知っていたが、それが無くともひと目で悟っただろう。
(間違いない、この人だ)
暑い暑いと呟きながら、周囲に避けられている事に落胆する少年。
外面だけを見ればどこにでもいそうな高校生だが、身の内に渦巻く混沌とした呪力が予断を許さない。
友人の裕理と違い霊視の才には恵まれなかった彼女だが、神たるスサノオと通じているからだろうか、どこか常人とズレた本質とでも言うべきものを感じ取った。
いや、そんな理屈も後から付いてきた余剰に過ぎない。
ただ咄嗟に思ったのだ。
――見つけた、と。
そのとき彼女の胸に生まれ落ちた感情を、何と呼ぶのだろうか。
例え他者が何を言おうとも、それは清秋院恵那という少女が決める事だ。
だからこそ、少女は秘して語らない。
語らず
ただ彼女は麗らかに、その一歩を踏み出した。
「元気ないね王様、何かあったの?」
それは彼女にとって、輝かしき始まりの物語だった。
護堂と顔繋ぎを済ませて幾日、霊山に彼を招いた恵那。
共に
「祓いたまえ清めたまえ――」
揃いの
それを繰り返すこと三度。
初心者の護堂はここまでとして、恵那の方は馴染みの天津祝詞へと移る。
「
それはイザナギが黄泉の国より帰る際の禊ぎに由来する。
西洋で言う冥界で染み付いた死の気配を落とすための言霊である。
そこから転じ、心身の穢れを祓う事を神に願う祝詞として伝えられている。
恵那が巫女として祀る素戔嗚尊もまた、その時に生まれた神のひと柱。
彼女が神に捧ぐ
「
滝の流れ打つ音を背景に、声は朗々と響き渡る。
荘厳にして美麗なる――などという形容を付けたくなるようなその声。
常は可愛らしいと思える声音だが、凛とした響きを宿せばここまで美しくなるのかと。
そう聞き惚れ見蕩れていた護堂の視線を受け、恵那は隠すように身を抱く。
「あの、王様? いま濡れてるから、その、あんまり見ないで……」
恥ずかしい、と。
本当に声に出せていたのか、本人はまったく自信がなかった。
冷え切ったはずの体がどこか熱を持っている気がする。
いつもは一人きりだから気に留めていなかった。
迂闊にも白装束の下には何も付けていない。
生地が張り付いて浮かび上がる肌色が、今は無性に気に掛かる。
「あ――わ、悪いっ!」
「着替えるから、恵那のほう見ないでね……」
「分かった、分かってる!」
バシャバシャと勢い良く反転する護堂を見届け、恵那は素早く水から上がった。
そのまま装束を脱ぎ捨てて、ほとりに用意していた服に着替える。
護堂の視線を確認するような余裕もなければ、そもそもそのような事を思い付きもしない。
水の滴る毛先を垂らし、少女は隠すように胸の前で手を組んだ。
この鼓動が静まるようにと祈りながら。
これもまた、彼女が記憶する大切な思い出のひとつ。
その時の鼓動を思い起こしながら、その胸の熱を推し量る。
今のこれと比べてどちらが激しい? どちらが熱い?
――そんなの、決まってる!
「恵那もね、一緒に山篭りとか、修行とか。そんなのした事なかったから、二人で同じ事をして楽しかった」
滝に打たれた後も山を走って、森を駆け抜けて。
楽しかった。本当に楽しくて――嬉しかったんだ。
だから……
「だから、恵那も助けたい……許してくれるかな?」
『ああ、よろしく頼むよ』
返って来たのは肯定の言葉。
彼が任せるって、そう言ってくれたから。
「うん。任せといてよ、えへへっ」
何故だか、心が溢れて来る。
「私は、恵那は――」
そうして少女は、その胸の
どうでしょう、恵那が乙女になってますかね?
書いてたら恵那ちゃんがとっても可愛い女の子に成長しちゃいました