実は昨日「そろそろ投稿しなきゃなー」とキーボードを叩いていたのですが、描きあがったのは何故か護堂とアテナの初夜でした。はい、R18の。
……なして?
というわけで、そのシーンを投稿するまでは頑張って続けたいと思います。
リアルで不慮の事故とかにでも遭わない限り、どんなに間が空いてもエタったりはしませんので!
それでは本編、どうぞ。
ふっんふっふふ~ん――
ミラノ近郊に建つコテージに、クッキーの焼ける
少女の声音でリズムを奏でる鼻歌が何とも微笑ましい。
音の主はキッチンで朝食の用意をしているメイドだ。
今にも踊りだしそうな機嫌の良さで、手際よく作業を進めていく。
オーブンの時間を確かめたら、冷やしておいたジャムを取り出しトレイの上へ。
次に三対のコーヒーカップと
入れ終わったらシュガーと共に食卓へ運び、主人たる少女と客人たる少女、そして自分の席に並べてから再びキッチンへ。
戻った所でタイミング良くオーブンのタイマーが鳴った。
作り主の優秀さと経験の豊富さが見て取れる。
冷ましながら皿に盛って、食卓へと舞い戻る。
主人は長い金髪を優雅にかき上げ、エスプレッソを口に含んでいる。
客人は幼い容貌の通り、幾度も匙を動かし砂糖を混ぜ込んでいる所だった。
「お待たせしました。焼きたてのクッキーですから、火傷には気をつけて下さいね」
それぞれの分を配り終え、黒髪のメイドも席に着いた。
「それでは、お召し上がり下さい」
アリアンナ・アリアルディに朝食を振舞われ、アテナの一日が始まった。
「日本食もいいけれど、やっぱりわたしはコチラの方が馴染み深いわ」
エスプレッソが誇る素の苦味を楽しみ、クッキーの甘さに舌鼓を打つ。
エリカの所作はその出自の通り、貴族の令嬢そのものである。
対するアテナはこれでもかという程に砂糖を混ぜ、コクコクと喉を通し始める。
「っん――いくら甘味で誤魔化そうと、奥に隠れた苦味は取り払えぬか……」
女神の味覚は子供も子供。
苦さも辛さも受け付けない訳ではないが、甘さを何より好む舌の幼さ。
見たままと言われればそれまでだが、神が持つある種の不変性を利用して節操なく糖分を取り込むのは如何なものだろう。
際限なく甘味を摂取する姿に初めは恨めしく思ったが、エリカもアンナも最早羨むことはない。
目の前であれだけの砂糖を使われると、それだけで胸焼けを起こしてしまう。
しかしそれも、今となっては女神の微笑ましさを増長する要素の一つに過ぎない。
この家で共に暮らし始めてから、もう半月程が経過している。
それ以前に草薙家で寝食を共にしていた頃を合わせると、なんだかんだで一月以上の付き合いになるだろうか。
とうの昔に情は移り、家族と呼んで差し支えない様相を成している。
これを短いと取るか長いと取るか。
エリカとアリアンナの二人は長かったと取り、アテナは短かったと取った。
人間の二人にとってみれば、相手は神話に語られる戦女神。
恐れ多くて、とても親密な関係など築けない――という思いは、出会って数日で消し飛んだ。
考えても見てほしい。
ルクレチア・ゾラの屋敷でひとつ屋根の下に寝泊りをした日。
彼女らには護堂の膝に抱えられるアテナの姿が印象深く残っている。
それからウルスラグナ、メルカルト両名との戦闘に至るまでの数日間。
隙を見ればイチャイチャイチャイチャ、寝ても覚めてもくっついている彼らと共にいたのだ。
……年頃の乙女として、それは親近感も湧こうというものである。
対するアテナは自分たちの行動に無頓着だ。
故に彼女らの心境の変化には疎くならざるを得ず、こうも早く心を許されたのが意外でならない。
護堂との関係ゆえに警戒心があったアテナが心を開く事を、逆に少女らの方が待っていたという威厳も何もない経緯があったりもする。
そうこうしている内に変則的な友誼とも呼べるものを結んだ彼女ら。
申し訳なさそうに切り出したのは、カップの中身を飲み干したエリカだ。
「所でアテナ様、わたしたちの予定なのですけれど――」
曰く、翌日の所要を済ませるために、今晩は実家に戻らなければならないらしい。
エリカの侍女としてアリアンナも同行する事になるので、アテナをひとり残すのに心苦しく思っているようだ。
「護堂も日本に帰っているので、誰か側仕えを置いておくべきかとも思ったのですが……」
「不要だ。と、言わずとも理解していたようだな」
「ええ、下手な者では
知恵の女神と魔女の才媛。
皆まで言わずも通じ合えるのは、親しい仲なのも影響しているだろう。
「良い。元より今宵は、ひとりの方が都合がいいのだ」
胸に手を当てるその姿を見て事情を悟るエリカ。
今日は満月の日。
魔性の象徴たる月が、最もその影響を濃くする日なのだ。
――
怪しげな妖光を放つ満月に、乙女の銀髪が美しく映える。
闇に浮かび上がるその姿は、月下を舞い踊る夜の女王。
「月と大地の子よ、この精気を吸い傷を癒すがいい……」
女神より燐光が溢れ出で、淡く竜頭を形取る。
透き通る様な、ではなく。
実際に透き通った存在の薄い西洋竜。
ペルセウスによって傷ついた大地の精が、仮の宿であった女神の
「窮屈だったであろう、暫し羽を伸ばすが良い」
アテナに応え、竜は深みのある声音で息を吐く。
この月光浴が少しでも回復の助けになればいいと。
彼女は静かに、荘厳なる巨躯へ寄り添っていた。
月が頂点を過ぎて暫く経ち、乙女は少女へ変わり帰路に着いた。
もはや慣れ親しんだ自室に向かい、その寝台に体を預ける。
大地の精は再び内へと潜り、眠りに着いている。
女神もまた己の象徴たる夜に身を委ね、暗闇に独りまぶたを閉じる。
エリカもアリアンナも既に帰宅し、屋内にはもう自分しかいない。
それを感じ取っているがゆえ、余計に孤独を実感する事になった。
孤独……
夜の女王。
闇の女神。
そうであり、そうで在った自分。
胸を
不安、と。
人がそう呼ぶ感情であると自覚するには至らない。
隣にいるのが常となった彼の不在に対する喪失感。
それを自覚し認めるには、彼女はまだ神で在り過ぎた。
そんな
しかし、それでも。
そんな状態でもなお彼を求めるのは、愛という概念の成せる技だろうか。
「護堂……」
それは奇しくも、海の彼方で彼が彼女を想ったのと同じ時の事であった。