女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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刀を抜いたペルセウスは、白い装束を棚引かせて地を蹴った。

襲いかかって来る鋼の刃を、護堂は飛び退いて避け――られない事を悟った。

 

(速すぎるっ!?)

 

咄嗟の判断で黄金の剣を召喚。

ペルセウスに関して詳しい知識がないため、神秘も神威も宿っていないただの剣だ。

 

だが仮にも神の権能、《鋼》の武具として正しく働いてくれた。

鈍色と金色がせめぎ合う。

 

「ぐっ、ぅううう――」

「君も剣を抜いたか。それも黄金の剣とはまた、これも因果かな……」

 

鍔迫り合いになったペルセウスが何事か呟くが、護堂にそれを聞く余裕はない。

 

今の速さは神速のそれだった。

サルバトーレのように心眼を会得していない護堂が対抗するには、同じく神速の領域に入るしかない。

 

今まで護堂は落雷に撃たれる事で神速になっていた。

しかし、この状況でそんな隙は見せられない。

 

(だったら、このままの状態で神速になるしかないっ――!)

 

本当に出来るのか?

 

出来ないとは思わない、ならば出来ない事はない。

やるしかないなら、やるだけだ!

 

「ケラウノスの雷よ、我に閃電の疾さを与え給え!」

 

護堂は全身から電流を撒き散らし、ペルセウスの刀を弾いた。

目論見は見事成功したのだ。

 

「おおっ! その雷はゼウス神より簒奪したものだったか! 君もそれで神速閃電の領域に入った訳だな、面白い!」

 

鋼の英雄も敵の成長に喜び、更に戦意を昂ぶらせる。

 

白い流星となったペルセウス。

動く雷霆となった護堂。

 

常人の目には捉えきれない超高速の斬り合いが始まった。

 

二つの軌跡が夜景に踊る。

ぶつかり、交差し、並び、離れ。

 

「これが神速の領域、神と王の戦い――」

 

傍観するリリアナには何が何だか解からない。

魔女たる彼女の目にさえ、彼らの挙動は見えないのだ。

 

しかし隣のアテナは、目に見えずとも状況を把握しているらしい。

 

「これは護堂が劣勢、というべきか……」

 

女神の言葉通り、神殺しの王は窮地にあった。

英雄神と神速で切り結ぶ様は互角に思えるが、その実、危ない均衡の上に成り立っているのだ。

 

草薙護堂はカンピオーネとなってまだ三ヶ月といった所。

サルバトーレやヴォバン侯爵と違い、複数の権能を同時に使えるほどに成熟していない。

まして同時使用は初めての試み、慣れない事をして負担が蓄積している。

 

この舞闘も長くは持たない。

護堂本人も、このままではジリ貧だと自覚していた。

 

(とは言え、神速の斬撃に対抗するにはこれしか――)

「そろそろ次の手を打とうか、神殺し!」

 

自分の有利を読み取ったペルセウス。

手詰まりに陥った護堂に対し、更なる追撃を仕掛けて来た。

 

「打ち合って確信した、君の剣は勝利の軍神ウルスラグナのものだな!」

「なっ――!」

「運が悪かった、という他ないな」

 

見事に言い当てられ、護堂は驚愕を露にする。

だが、運が悪かったというのは一体……?

 

その疑問は、悪い形で理解させられる。

 

再び剣を合わせたペルセウスの背後より、突如として眩い後光が差す。

手の中にある黄金の剣が、ほんの僅かだが揺らいだ気がした。

 

「我が父祖たる東方の輝きを以て、御身の名の下に奇跡を成さん! 東方より来たりし者、我が遠き同胞よ――この光を受け鎮まり給え!」

 

英雄の言霊。

支配を強いるそれや、蛇殺しの力を宿したものとは違う。

背後に輝く暖かな光に起因する言霊が、護堂へ変調を齎らす。

 

勝利を司る知恵の剣が、黄金の光へ溶けていく。

それは即ち、ペルセウスの剣を受け止めていた守りがなくなるということ。

 

ジリジリと距離を詰める白刃に、護堂は危機感を募らせていく。

 

「なんだ、ウルスラグナの神力が封じられた――!?」

「さぁ神殺しよ、決着の時が来たぞ!」

 

理屈を考えている余裕はない。

護堂はここに来て、新たな試みを実行する事にした。

 

権能の同時行使ではなく、権能の融合。

 

(前にウルスラグナは雷を操っていた。なら、相性は悪くないはずだ!)

 

古代ペルシアにおいて、雷神インドラは悪魔として信仰されていた。

いにしえの軍神ウルスラグナは、そのインドラより雷神の神性を継承しているのだ。

 

雷と言えば、ウルスラグナ第九の化身『山羊』。

角を持つ山羊は、古来力の象徴として崇められた獣。

そしてヨーロッパの騎馬民族たちが生み出した天空神ゼウスもまた、稲妻を象徴とする山羊と縁深い神だ。

 

その共通項があればこそ、護堂の理想は形になった。

 

「雷の神威を以て、我に正しき光明を示し給えぇえええええええ――――っ!!」

「ぬぅ、小癪なぁ――っ!!」

 

消えかかっていた黄金にゼウスの神力を注ぎ込み、不安定ながらも雷霆の剣として構築する。

 

実体がなくなった雷剣を素通りし、ペルセウスの刃は護堂の肉を抉る。

しかし護堂の方も、腹を裂かれたくらいでは死なないとペルセウスを焼き焦がしにかかった。

 

胴体を電線で溶断しようとしたが、一歩叶わず。

互いに一撃を与えた所で呪力の制御が乱れ、急造の剣は弾け飛んだ。

 

神速の領域でぶつかり合っていた両者も、同じく反発して地面に打ち付けられた。

 

「ぐぁっ!」

 

右脇腹を()かれたペルセウスは、倒れた衝撃に呻きを上げる。

 

「護堂――」

「っ……悪いアテナ」

 

対する護堂は、リーチを伸ばすべく成長した女神の胸に受け止められた。

愚か者め、と言いたげな眼光に反して、受け止めた手つきが慈しみに満ちている。

 

「まったく、あの程度の輩に遅れを取るなど……」

「神様ってのは、基本的に厄介な相手だからな。それにアイツ、ウルスラグナの権能を封じてきたんだ」

「その件については――」

 

そこで、アテナが言葉を切った。

護堂も顔を上げると、白い翼が目に飛び込んでくる。

 

白い翼、白い四肢、白い体躯。

翼を持つ白い駿馬(しゅんめ)が、背に英雄を乗せ悠然と佇んでいた。

 

天馬(ペガサス)……」

 

そうだ、ペルセウスはメドゥーサを退治したあと、その血から生まれたペガサスを従え国に帰ったのだった。

 

あの白馬は、ペルセウスの神獣として召喚されたのか。

地に立つ今も美しいが、空を飛ぶ姿は殊更(ことさら)目を奪われるだろう。

 

背に跨がる英雄が手傷を負っても、その勇姿に曇りはない。

 

「神殺し、草薙護堂よ。その名、(しか)と覚えたぞ! 女神アテナよ、彼はあなたの眼に適うだけの素晴らしい戦士だった」

 

鋼をも溶かす高熱によって負った傷口を押さえ、尚も英雄神は演説を続ける。

彼の演出精神はもはや尊敬に値する域かも知れない。

 

護堂と、そしてアテナを見定め、宣誓を新たにする。

 

「願わくば、この傷が癒えた後に再び剣を交えたいモノだ。今宵は出直すとしよう! だが、その首は私がもらう! 再戦の時を楽しみにしているが

 

いい!」

 

片手ながら(くつわ)から伸びた手綱を引き、流星の速さで飛び立つ。

夜空に消える天馬の勇姿は、やはり見惚れる程に綺麗なものだった。

 

「く、草薙護堂! アテナ様! ご無事ですか!」

 

飛翔術によって近付いてきたリリアナに、アテナは檄を飛ばす。

 

「娘よ、付近で休める場所に案内せよ。護堂を休ませたい」

「はい、近くに《青銅黒十字》の支部があります。大きいとは言えませんが、存分にお使い下さい」

「無理言ってごめんリリアナさん、後は君とアテナに任せるよ」

 

頭を下げるリリアナに、護堂も礼を言って体を休める事にした。

 

「では、行くぞ」

「はい! アルテミスの翼よ、夜を護り、天の道を往く飛翔の特権を我に授け給え!」

 

眠りについた護堂を抱え直し、アテナは空に上がる。

リリアナは再度飛翔術を使い、女神を先導した。

 

夏休みのペルセウス戦。

第一幕は、痛み分けの結果に終わったのだった。

 

 


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