女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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賢人議会の調査報告書、こんな感じでいいんですかね?




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最古参の魔王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

人類最高峰の剣の王、サルバトーレ・ドニ。

そして今回の件で世界中に勇名を轟かせた最新の魔王、草薙護堂。

 

極東の島国で新旧合わせて三者のカンピオーネが激突した大事件。

サルバトーレの転生から四年しか経過していないにも関わらず、新たな魔王が地上に誕生していた。どころか、その最新の魔王はヴォバン侯爵とサルバトーレ卿を退けたという快挙。

 

だけに留まらず、前代未聞にして空前絶後であろう災禍の発覚。

 

(いわ)く、草薙護堂は女神を調伏している。

曰く、草薙護堂は女神に篭絡されている。

曰く、草薙護堂は女神を手篭めにしている。

曰く、曰く――

 

この珍事に対して、世界中は恐慌状態に陥った。

以下の文章が、世界の魔術師たちの反応の一例である。

 

 

 

 

 

 

【グリニッジの賢人議会により作成された、草薙護堂についての調査書より抜粋】

 

前述の通り草薙護堂がまつろわぬ神として顕現したゼウスを殺め、『天空神の威光(Lightning of Zeus)』の権能を簒奪したのはギリシャの地である。

彼がカンピオーネとなった翌日、ゼウスの顕現により招来された嵐が過ぎ去った後にも関わらず、何度か自然のものではない落雷が確認されている。恐らくこれこそが、まつろわぬアテナの襲来を意味するのではないだろうか。

つまり彼はゼウスにアテナという著名極まる神々と、連日連戦したという事に他ならない。これは恐るべき戦歴である。

それからどのような経緯があったのかは未だ不明だが、結果として現在、草薙護堂とアテナは共に生活している。

 

今一度繰り返させていただく。

草薙護堂は間違いなくカンピオーネである。

か弱き人の子に過ぎない我ら魔術師を凌駕する魔王のひとりなのだ。

今回の魔王三者とまつろわぬ神ひと柱による大戦――以降、暫定的にクサナギ大戦と呼ぶ――で解かるように、彼の力は既に他のカンピオーネにも通用する事が証明された。

 

彼がイタリアにてウルスラグナより簒奪した『黄金の眩き軍神(Shining Warlord)』の権能は、同胞の魔王や宿敵たる神々に対して非常に効果的な物であると推測される。

それに加えサルバトーレ卿の証言によれば、驚くべき事に卿と剣を交わし友好を深めたという。剣の王に追従できる程の武芸をも修める草薙王は、まだ王となってから二ヶ月と経っていないのだ。

まだ年若い彼は、これからも神々を弑逆し力を増していく事だろう。

 

そんな彼が侍らせているのが、アテナという大御所の女神なのだ。

クサナギ大戦の発端となったのは、ヴォバン侯爵がアテナの殺害を目的に来日したからだという。

彼と、そして彼女の仲睦まじい様子は、日本の魔術結社にも幾度となく確認されている。

 

これを読む諸君に、そして恐れ多くも我らが王たる方々にも、改めて述べさせていただく。

地上に顕現しているまつろわぬ神であるからとアテナに、日本に不用意に近付くべきではない。

下手に手を出せば、必ず草薙護堂が報復に出るだろう。そして恐らく逆もまた然り。草薙護堂に害を及ぼすならば、まつろわぬアテナが報復に来るだろう。

彼ら彼女らに手を出すべからず。近付くべからず。

神と魔王が同時に存在しているというこの異常を、無闇に突くべきではない。

今の日本は、途方もない地獄と隣り合わせなのであるからして。

 

 

 

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「以上が、貴方に関して怒涛の勢いで流布された情報の全てよ。お気に召したかしら、護堂?」

「お気に召すわけないだろう! ああ、俺は平穏に過ごしたいだけなのに、なんでこんな世界を滅ぼす大魔王みたいな書かれ方をされなきゃいけないんだよ……」

 

夜が明けてから裕理に冬馬、そしてエリカの待つ七雄神社に帰還した護堂。

アテナの術で快復の眠りに沈んで正午過ぎに起床した彼は、目覚めるのを待っていたエリカから今回の件で広まった情報について尋ねた。その結果がこれだ。

 

項垂れる護堂の様子を見て、エリカが呆れた顔をする。

 

「貴方ねぇ、あんな事をしておいて今更何を言っているのよ。自分が何をしたか理解していないの?」

「何をって、アテナにちょっかいかけようとしてきた老いぼれと、横から乱入してきたバカをぶっ飛ばしただけだろ?」

 

これである。

三百年に渡って恐れられていた魔王を撃退し、神も魔王も斬り捨てて来た剣の王を倒したのだ。

その戦績は歴代のカンピオーネを見ても、凄まじい速度と戦果に違いない。

 

昨晩の彼が成した偉業、覇業に、エリカをして興奮と畏敬で身が震えたというのに。

 

(まったくこの方は……まぁ、だからこそ魅力的なのでしょうけれど)

 

苦笑の中にもどこか微笑ましさと親しみを含むエリカを見て、裕理は目を丸くしている。

それは神殺しの君たる草薙護堂に対し、気安い態度を取っている事への驚愕か。

 

それとも――

 

(草薙さんと、彼女は……彼女も、草薙さんを……)

 

それとも、自分以外に彼に親しみを持つ人間がいる事への驚愕か。

 

神々を弑する人を外れた羅刹の王。

やがては日本の頂点に立つであろうその人を相手に、自分が親近感地味た感情を持っているという事を、エリカと護堂のやり取りを見て自覚した裕理。

 

彼女は四年前、霊能力者を排出する一族の付き合いとして、オーストリアに渡っていた。

その時だ、丁度ヴォバン侯爵がジークフリートを招来しようとしていたのは。

 

万里谷裕理はそこで拐われ、見事に贄の一人としてまつろわぬ神を招来せしめた。

彼女が今も日常生活を送れているのは、その才覚が尋常ならざる物だからに過ぎない。

他の巫女や魔女の卵たちは、その多くが心神喪失状態に陥ってしまっているのだ。

 

その経験によりカンピオーネという人種に強烈なトラウマを抱えていた裕理。

それが護堂に対しては、心に築いていた防壁が崩れかけている。

 

「ご自愛下さいませ。貴方が胸から出血されている様を見たときは、ブランデッリさんも大層ご心配なさっておられましたよ?」

 

この少女もまた、過去を乗り越え成長しようとしているのだ。

 

「あら、同じ方を王と仰ぐ者同士なのでしょう? そう他人行儀ではなく、エリカと親しげにしてもらって構わないのよ?」

「それでは私も裕理とお呼び下さい、エリカさん」

「ええ、仲良くしましょう裕理。色々(・・)と、共感できそうな所もありそうな事だしね」

「共感、ですか……?」

 

目を細め、胸の内を見透かすように裕理を見つめる。

エリカもまた、少女の心に自分と似たような思いが芽生え始めている事を見抜いていた。

 

如何にも大和撫子といった風情の少女は、あまり視線の意味を理解していないようだったが。

 

(とは言え、わたしもこれが恋か忠か(どっちに)転ぶか、まだハッキリ解っている訳ではないのだけれど……)

 

薄く笑うエリカと首を傾げる裕理。

その少女らを見つめ、自らもまた笑みを浮かべる銀色の乙女。

 

(善きかな。妾はかつての神威を取り戻し、護堂は新たな人望を得ようとしている。此度(こたび)の一件にて世情は煩くなろうが、此方(こちら)も人の子の結社と縁が出来た。この分ならば、近いうちに磐石な布陣が出来よう)

 

彼女は自分と護堂の生活環境を守る事に思考を割いている。

それは何も、おかしなことではない。

 

アテナは都市の守護神としての性格を持つ神。

日常生活の保護という感性は、そのあたりから来ているのだろう。

 

知恵の神としてのアテナは、これを戦の前準備として肯定している。

どのように屈強な戦士も、戦場に立ち続ける事は不可能。

戦の合間には家庭へ帰り、心身を癒す事こそ常勝の秘訣と心得ているのだ。

 

そして戦女神としてのアテナは、平穏を過ごす事に何ら疑問を持っていない。

これは戦を遠ざける事を良しとしているのでは非ず。

 

ただ、言われるまでもなく悟っているだけだ。

草薙護堂あるところに騒乱あり。

 

力を振るうべき戦場(いくさば)は、向こうから自ずとやって来る。

 

故に今は、護堂の力となる少女らを篭絡すること。

この束の間の平穏で、護堂の心労を癒すことを至上とするのだ。

 

 

 

 




少女ら(アテナ含む)の心の変遷。
うまく伝わってくれるといいなぁ。

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