退き佐久間   作:ヘッツァー

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第五話

「さて、今日はお主にとっておきの奥義を教えよう。奥義と言っても過言ではないかも知れんな。」

 

結婚騒動から数日後、朝の稽古中にいきなり信晴さん、もとい義父殿がこんな事を言って来た。

 

「え?何々?そんな技があるの?」

「技とはちと違うのぅ。どちらかといえば、精神統一かの。」

「精神統一?」

「無心などとも言ったりするやつじゃ。何も考えない事で手の内を悟らせないものじゃな。なんせ何も考えておらぬのだからな。」

「へ、へぇ〜。」

 

あれって漫画とかだけじゃねぇんだ。

 

「まあ、此処では明鏡止水と呼んでおるがな。」

 

またそんな厨ニなネーミングを・・・。

 

「ちなみに、信辰は使えるぞ。」

「えっ⁉︎」

 

全然知らなかったし気付かなかった!

何て地味な技なんだ!

 

「今、地味だとか思うたか?」

「いえ、そんなことは・・・」

 

何て鋭い人だ・・・。

 

「心配せずとも、お主と手合わせする際は信辰には明鏡止水を禁じておるわ。」

「そうだったんだ・・・。」

 

え?じゃあ何?俺は今まで手加減されてたって事?

うわ〜マジかよ〜、初めて手合わせで勝てた時本気で喜んでたけど、うわ〜恥ずかしいガチか!

俺が頭を抱えていると、信晴さんが見兼ねた様に、

 

「全く、お主には明鏡止水を教えておらぬのに、使わせる訳がなかろう。」

「そこまで凄い技なのか?」

 

俺が聞くと、信晴さんは狡猾な笑みを浮かべてこう言った。

 

「それは、昼のお楽しみじゃな♪」

 

いや、ジジイの可愛い声とか要らんし、そもそもが可愛くねぇし。

なんか超不安・・・。

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「ええ⁉︎明鏡止水有りで手合わせ⁉︎」

 

信晴さんが明鏡止水とやらを使用して手合わせせよとの旨を伝えると、我が妻である信辰ちゃんはこれでもかってほど驚いていた。いや、ノロケじゃないし。

 

「それは、ちょっと・・・。」

 

こちらを気遣う様にチラチラ見てくる信辰ちゃん。超可愛い。

 

「今の信盛だと下手したら死ぬよ?」

 

え⁉︎今なんて言った⁉︎

 

「案ずるな、きっと大丈夫じゃよ。」

 

おいジジイ!俺の命をなんだと思ってんだ!

さては楽しんでやがるな!

 

「うーん、まあやってみるか。でも親父、危なくなったら止めろよ?」

「ふっ、任せておきなさい。」

 

超絶不安だわ。

 

「よし・・・。」

すると信辰ちゃんはおもむろに木刀を置いて座りだした。

これは・・・、座禅?

 

「なあ、信晴さん。」

「ん?」

「これは何をしているんだ?」

「見て分からぬか?精神統一じゃよ。」

「いやいや、戦場においてこれじゃあ無防備だし、何より時間が足りないんじゃないか?」

「そう、この技の欠点は、発動までに時間がかかることじゃ。何せ精神、つまり心を無に持って行かなくてはいかんからのう。」

「それって、ダメじゃない?」

 

致命的すぎると思うけど・・・。

 

「そこは修行あるのみじゃな。」

 

信晴さんは気にせずそう言った。

 

「いや、あのさ・・・」

 

反論しようとしたところでおもむろに信辰ちゃんが立ち上がった。

多分一分くらいか、座禅してたのは。早いか遅いかの基準は分からないけど。

 

「さて、始めようかのう。信盛。」

「何だ?」

 

冗談でも言うのかな、と思っていたんだけど、信晴さんはいきなり真剣な顔をすると、

 

「死ぬなよ。」

 

と言った。

いや、怖過ぎるんだけど!信辰ちゃんは目から光が消えてるし!

でも、信辰ちゃんは何度も手合わせしてるし、そう思っていると、いきなり信辰ちゃんは横薙ぎに木刀を振って来た。いつもと違うパターンだしいつもよりは速いけど、これなら防げる!

 

「⁉︎」

 

途端、俺は吹き飛ばされていた。

なんだあの力⁉︎あの娘の何処にこんな力が⁉︎

かろうじて着地すると、真横に信辰ちゃんが迫っていた。

 

「うわっ!」

 

俺は必死に木刀で防ぐ。しかし、全然間に合わない。

遂に防ぎきれなかった斬撃が懐に入ってくる。

 

「クソッ!」

 

俺は咄嗟に左腕を差し込んだ。そしてまた吹き飛ばされた。

さっきと違うのは、俺の左腕がポッキリと折られてしまったことだ。

 

「ぐぁぁぁ・・・!」

 

痛みのあまり顔をしかめた途端、信辰ちゃんがまた懐に入って来て、鳩尾に柄で刺突を入れて来た。

 

「がはぁ⁉︎」

 

衝撃、そして、俺の意識は途絶えた。

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「うう・・・ん・・・。」

 

目が覚めると、自分の部屋の布団で俺は横になっていた。

左腕が当て木で固定されており、それが折れていることをしっかりと認識させてくれる。

 

「そうか、確か俺は手合わせで・・・」

 

完敗だった。まさかあそこまで変わるとは。

油断大敵とはよく言ったもんだよなぁ。

そうして無事だった右手で頬を掻こうとすると、何かに邪魔されて動かせない。

 

「ん?」

 

よく見ると、布団の上、丁度右手のあたりに信辰ちゃんが寄りかかっていた。道理で動かせない訳だ。

 

「すぅ・・・、すぅ・・・。」

 

看病してくれていたのだろうか、疲れている様だ。

あらら、がっつり寝ちゃってるよ。こうなると中々起きないんだよなぁ。いや〜、可愛いなぁ。

 

「ごめんね、信盛、痛かったよね・・・」

 

ん?寝言か?夢の中でも謝るなんて、何て、何て健気な

 

「次は、一撃で、仕留めるからぁ・・・。むにゃ。」

 

そっち⁉︎謝るのそっち⁉︎


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