あっ、今更か。
山内上杉軍陣中では、既に戦勝気分が漂っていた。
それもそのはず。
この北条氏の討伐には、山内・扇谷上杉家の呼びかけに応じて足利晴氏や関東の戦国武将の殆どが参陣しているのだから。
関東の武将の中で参陣していないのは北条氏と婚姻関係を結ぶ千葉篤胤くらいのもの。
例え北条軍の本体が到着したところでせいぜい八千。
この戦が負けるはずがないというのは、猿でも分かるようなものだ。
「・・・憲政と協力しているのは今でも癪ですけど、私の城、返してもらいますわよ。」
城の北側を包囲する扇谷上杉家当主の姫武将、上杉朝定はおほほ、と高貴な笑いを浮かべながら勝利を確信していた。
朝定の近くには護衛の任を受けた小姓が朝定愛用の品々を持ちながら侍っている。
「氏綱をこの手で葬れなかったことは至極残念極まりないけど、その氏綱がくたばってくれたおかげでこうして北条を滅せるのだから、感謝の意に尽きないわぁ。」
「伝令を申し上げます!」
「・・・何かしら?」
気分が良い時に邪魔をされ、上杉朝定は多少ムッとした気分になりながらも、その足軽に続きを促す。
「明後日の明朝に総攻撃を仕掛ける為、各々準備を怠らぬようにとの事です!」
「・・・・・・チッ、北条が私達に牙を剥かなければ、今頃はこの私、上杉朝定が関東管領となっていて、憲政なんかの命令なんて聞かなくても良かったのに。」
伝令を聞いてから朝定はネチネチと北条と上杉憲政への恨み言を呟き続ける。
ふと視線を戻せば、足軽が立ち去らずにこちらに歩み寄って来ていた。
「・・・何をしているの?早く戻りなさい。そこまで立ち入る事を許可した覚えはなくってよ?」
「・・・・・・。」
側に控えている小姓に声をかけて下がらせようとした時、朝定はある事に気付く。
足軽が、泣いているのだ。
しかし朝定はそれに構わず、小姓に手を挙げて合図をする。
そして、小姓達が刀の柄に手を掛けながら足軽に歩み寄ったその時。
「忍法・『渦刀』。」
ぼそり、と泣きながら足軽がつぶやく。
その瞬間、小姓達がパンッと軽い音を響かせながら『爆ぜた』。
「・・・・・・え?」
朝定は、状況を理解する事が出来ず、ただただ素っ頓狂な声を上げるだけだった。
その間にも足軽は血溜まりの上を歩み寄ってくる。
「・・・まぁ滅亡寸前とはいえ流石は総大将級の一人だ、目立つ所にいてくれてありがとう。そしてさようなら。」
「ひっ」
声を上げようとした時にはもう、上杉朝定はそこら辺に転がる小姓の残骸と区別が付かなくなっていた。
パァンと、人が死ぬにはあまりにも軽すぎる音を残して。
その間にも段蔵の瞳からは涙がとめどなく溢れていた。
「・・・さて、後は上杉憲政さえ始末すれば指揮系統が崩れてこの包囲網はいずれ瓦解するだろう。姫様の本隊が到着する前に潰さなければ・・・ん?」
足軽に扮した段蔵が涙を拭きつつふと後ろを振り返ると、厠にでも行っていたのだろうか、小姓らしき少女が腰を抜かしてへたり込んでいた。
「あっ、あああ」
「・・・・・・・あ〜、南無三。」
小姓の少女が悲鳴を上げるのとほぼ同時に、段蔵の双眸から大粒の涙が零れ落ちた。
刀語・真庭語を知らない人の為のコーナー
忍法『渦刀』とは?
水操る的な能力(うろ覚え)。
真庭語に登場した忍法。
なお、刀語にも同名の忍法が登場するが、こちらは鎖につなげた二本の刀をブンブン振り回すだけ。(忍法ってか剣法・・・?)