先の反乱から一週間程経ったある日の昼下がり。
俺は自らの居城にて、自らの近辺の税率などの改善点を記した書類を束ねる。
改善点って言っても、姫様はあれはあれで民の事を大切に思ってるからなぁ、特になしが殆どなんだよな。
「じゃあ、この書類とかを清洲城に持ってってくれ。宛先?ああ、姫様でも平手さんでも長秀でも構わないよ。どうせ同じ事だ。待てよ、やっぱ平手さんか長秀にしてくれ。姫様は面倒臭がって受け取らないかもしれないから。」
「分かりました。それでは。」
「ああ、ご苦労様。」
俺は清洲城から来ていた池田恒興に書類を渡し、一息つく。
あれから取り敢えず筆頭家老になるべく頑張ってみたが、早速挫折しかかっている。
だってよ、俺ってばなんか前に姫様に面と向かって嫌いって言われた気がするんだってばよ。
この努力は無駄無駄無駄ッ!って思っちゃう訳よ。
それに。
「ふー、さて、もうひと頑張りだ。」
「そうだ、その意気だぞー。」
「頑張れ信盛ー。私達の分までー。」
「おい、ちったぁ働けこの怠け者どもが。」
信辰と可成が声援を送ってくる。
なんだろう、物凄くやる気が削がれる。
なんだこいつら。
てか、なんで可成までいるんだよ。
前回星になっただろうが。
「働かざる者食うべからず、だぜ?ほら、働け。」
「俺は戦う事が仕事だから?」
「私も?そうだし?」
「よし、じゃあさっさと訓練してこい。」
「えっ⁉︎こんな暑い中⁉︎嫌だよ!」
「あんた、人の面を被った鬼だね!」
「お前ら張り倒すぞ!だったら書類手伝え!」
「よし、行こう可成ッ!」
「ああ、夏が待ってるゼ!」
「・・・・・・水分補給はしっかりなー。」
言うが早いか、信辰と可成が走り去って行く。
どうでも良いけど、君ら訓練せずに夏をエンジョイする気じゃないよな?
まぁ、そろそろ少しずつ秋らしくなってくると思うんだけどね。
もしお土産とか言ってセミとかカブトムシ持ってきたらタダじゃおかねえ。
クワガタなら許そう。
カブトムシとクワガタならクワガタが格好良い。
異論は認めん。
どっちが強いとか、そういう問題じゃない。
単純に格好良い、そう、格好良い。
大事な事なので二度言いました。
これ、テストに出ますよー。
「あのー。」
「ん?何、恒興ちゃん。さっき清洲城に向かって出発したばっかりじゃなかったか?」
ふと見れば、先ほど帰った筈の池田恒興がそこに立っていた。
あ、なんかデジャブ。
前にもあった気がするなぁ、これ。
しかし、もし違っていれば恥ずかしいでは済まない。
ここはだんまりを決め込んでおこう。
すると、待ちかねたのか恒興ちゃん(仮)がため息をつく。
「はぁ、からかってやろうと思って段蔵って声を掛けるのを待ってたのに、つまんないなぁ。」
「やっぱりか、声掛けなくて良かったよ。で、何?」
少しの間顔を段蔵本来の物に戻し、また恒興ちゃんに成り代わる。
こいつ、こんな風にしかこっちに来れないのか。
まぁ、仕方無いか。
「ほら、アレだよアレ、播磨旅行。」
「主旨が変わってるぞそれ。修行だ修行。」
すっかり忘れてたなう。
そういやそんなん約束してたね。
「良いじゃないか、どうせ旅行と変わらないんだし。」
「お前はな。俺は何かしら手に入れて強くなるという尊き目的がある。」
「それでいきなり他力本願というのもどうかと思うけどね。」
「・・・それは言わない方向で。」
耳が痛いでござりんす。
段蔵はそんな事に興味は無いとばかりに話を変える。
「で、私もあまり余裕は無いんだ。今日から出発だからさっさと休み取ってこいよ。」
なんてハードスケジュール。
「了解。あ、信辰に置手紙を残しておこう。」
さらさらと筆を滑らせる。
そして俺達二人は部屋を後にする。
「これでよし。じゃあ休みを申請してくるわ。」
「・・・なぁ。本当にあれで良かったのか?」
段蔵が手紙の内容を見て苦言を呈してくる。
「大丈夫だ、問題無い。あれは一度は言ってみたい言葉だからな。」
「そ、そうなのか?まぁ、お前が良いなら別に構わないが。」
うーん、と唸りつつ段蔵は引き下がる。
休暇を希望する前に、ある程度仕事は片付けるか。
せめて、信辰が出来ると仮定出来そうなレベルまでは。
さて、忙しくなってきたぞ。
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「いやぁ、楽しかったなぁ、信辰。」
「特に川遊びがな。夏でも流石にあの辺りは涼しいな。」
「セミはうるさかったけど。」
「あれを風流と思えないとは、まだまだですなぁ、可成。」
「うるさいなぁ。それに、信辰だって『うるさいィ!』って言いながら石投げつけてたじゃないか。」
「まぁ、投げたら投げたであそこまで大勢のセミが止まってたとは思ってもみなかったよ。」
「ああ、あの数は気持ち悪かった。そろそろ夏も終わりそうなのにな。」
信盛が危惧した通り、二人は残り少ない夏を満喫していた。
しかし、それを注意する人物はいない。
唯一注意しそうな人物は既に播磨に向け出発してしまっていた。
「さぁて、信盛もそろそろ仕事を終えている頃かな〜。」
「実際俺には関係のない事だけどな。」
突如、ガシッと信辰は可成の腕を掴む。
「逃がさんぞ可成。」
「ちょっ、痛い痛い爪が食い込んでる!」
信辰が手を離すと、可成が涙目になりながら左手で右腕をさする。
流石にやり過ぎたか、と罪悪感にとらわれる。
「やー、ごめんね。やり過ぎちゃったよ。」
「全くだ。少しは自重して欲しいものだよ。」
「ごめんってば〜。お、着いたね、魔王の部屋に。」
「俺達の戦いはこれからか・・・。」
二人は意を決すると、勢いよく襖を開けた。
「信盛ッー!お土産の平らな石だよって、あらら?」
「苔が生えたやつもあるぞって、あれ?」
何故か石しかないお土産を披露しながら二人が入ると、そこは既にもぬけの殻だった。
「あれ?信盛はどこに行ったんだろ?」
「お?なんか机に手紙が置かれてるぞ?」
「え?なんでだろ?読んでみてー。」
「えっと、なになに・・・。信辰と可成へ」
『信辰と可成へ。
俺はこれから自分探しの旅に出てきます。
いつ帰るかは分かりませんが、探さないで下さい。
追伸
俺を探すくらいなら俺が帰るまでに仕事を終わらしておいてください。
信盛より。』
「「なんじゃあこりゃぁぁぁぁ⁉︎」」
山崎城に、二人の叫びがこだました。