現在時刻、午後九時くらいをお知らせします。
昔の、いや、今の言い方で言うと乾の刻くらいかな。
なんかややこしいな。今は昔、みたいな。
竹取の翁は出てきません。
竹取物語のかぐや姫の攻略難易度は不可能レベル。
あれマジで鬼畜すぎるやろ・・・。
なんやかんやでもうとっぷり日が暮れていた。
というかもう少しで深夜である。
なんとか伝令を回し終え、(まぁ途中で色んな人に手伝って貰ってるけど。)居城に戻っていた。
いつもならする事もないし本を読んだり寝たりするんだけど、そんな気にはなれなかった。
なぜなら。
俺はこの時、初めて人を斬った感覚を思い出していた。
一人になってじわじわと蘇ってきたのだ。
追撃していた時。森可成を助ける時。柴田勝家と戦う時。
無我夢中で戦っていたから気にならなかったが、それでも俺は確かに人を斬っている。
無論、俺が斬った全員が死んだわけではないだろう。
俺が止めを刺した奴は誰一人いないし。
でも、俺はこの手で、人を殺しているかもしれない。
それなのに、どうして・・・・・・
「おい、何してるんだぁ〜?信盛ぃ?」
「・・・・・・ん?」
俺は部屋の廊下から星を眺めていたのだが、いつの間にか信辰が近くに来ていたようだ。
それにしても。
なんか信辰の声が間延びしてるように聞こえるんだが?
「ああ、信辰かって、酒臭え!なんで明日大切な会議なのにそんなベロベロになるまで飲んでるんだよ⁉︎」
「えへへ〜、つい?」
そう言って信辰は頬を上気させつつ、ニカッと笑う。
何それかわいいってアホか。
なんで今酒飲んどるん?
それで明日二日酔いなんぞしてたら佐久間家の面目丸つぶれだよ?
「はぁ、しょうがない奴だな、さっさと寝ろよ。明日は大事な会議だよ?」
「へ〜い、分かってますよ〜、その前にやる事やってからだな。」
「やる事?こんな時間からか?」
「ああ。それでさ、信盛。何に悩んでるんだ?」
「ッ!・・・そりゃまた、どうして?」
まさか、口に出してたのか?
なんだそれもの凄く気持ち悪い。
「なんとなくだよ、なんとなく。で、何に悩んでるんだ?」
俺は迷った。
この悩みを打ち明けて、信辰に引かれないか、と。
引かれるだけならまだいい。
もしかしたら嫌われるんじゃないか、と。
でも、そんなものなのか?
俺が信辰に対して抱く信頼は、悩みすら打ち明けられないものなのか?
「・・・さっきから、そうだな、具体的には一人になったあたりから、思い出して来たんだ。」
「何をだ?記憶か?」
「違うよ、そんなんじゃあない。今日の戦で、初めて人を斬った、その感覚が蘇ってきたんだ。」
「・・・・・・そう、か。」
そう呟くと信辰は後ろから首に手を回し、そのままもたれかかってきた。
「ちょっ、お「女子に重いとか言うなよ?」それ自分で言ってるじゃねぇかよ・・・。」
自爆もいいところである。
ツッコミに構わず、信辰は言葉を紡ぐ。
まるで俺を傷つけまいと気遣う様に、慎重に。
「そうか。・・・それは、辛い事だが・・・。」
「違うんだ。確かに俺は人を斬った。もしかしたら、いや、もしかしなくても人を殺している。それなのに、それなのに、だ。」
「俺は、少しも罪悪感を感じてないんだ。これっぽっちも。俺は斬った相手に対して、殺した相手に対して、すまないとか、ごめんなさいとか、悪かったとか、そういう感情を抱いてないんだ。」
「信盛・・・・・・。」
その時俺は、信晴さんの、義父の事を思い出していた。
もしかしたら義父は、俺のそういう一面を見抜いて、会ってすぐにあんな青臭い事を言ったんじゃないだろうか。
こいつは早めに諭しておく必要があると。
ただの推測だし、むしろ間違っていてほしい。
だけどもしそうだとしたら。
嫌な考えが頭を支配していく。
「ははっ、軽蔑するだろ?こんな人でなしでさ、無理もないよ。自分ですら、こんな自分がもの凄く気持ち悪いんだ。」
俺は信辰の手を振り解き、彼女に向き直る。
てっきり彼女の顔には驚愕か、侮蔑を表す様な表情が浮かんでいると思っていた。
しかし、信辰は。
本気で悲しい様な、本気で哀れむ様な。
そんな表情を浮かべてきた。
「止めろ、よ、俺を、哀れむな。」
「違うよ、そんなんじゃない。」
そして、信辰は、そっと俺の頬に手を添え、そのまま。
そのまま、唇を重ねてきた。
俺は、驚きのあまりされるがままになっていた。
やがて、唇と唇が離れる。
俺は呆然としながら、掠れた声で問いかける。
「信辰、お前は、俺が気持ち悪くないのか?俺は人を斬ってなんともないと、何も感じないと言ってるんだぞ?」
そんな男を・・・
そう続けようとした所で、信辰が言葉を遮る。
「確かに、お前の言葉を聞けば、最低の人間かもしれない。いや、間違いなく最低だ。だが・・・・・・」
「何も感じないと言う奴が、そんな、そんな悲しい顔をする訳ないだろう。」
「えっ・・・?」
「やはり気付いてなかったか。お前の今の顔、かなり酷いぞ。何も感じてないって、言っている時、とても痛々しかった。見栄を張ってると、すぐ気付いた。私と二人きりの時くらいは、本音を晒してもいいんだ。なんせ・・・」
「夫婦だからな。」
そう言ってはにかむ信辰の顔は、はっきりとは見えなかった。
知らず知らずのうちに、涙が流れ落ちていた。
そんな俺を、信辰は何も言わず抱きしめていた。
二人の時間が、静かに過ぎていく。
今夜は、月が綺麗だった。
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もう一つだけ、信辰に言っていない事があった。
俺はこの手で、初めて人を斬った。
それなのに、どうして・・・
どうして、『懐かしい』と、微かに思ったのだろう。
俺には何も、分からない。