「でもさ、本当に良かった訳?」
俺は先程の女の子の馬に一緒に乗せてもらいながら聞いた。
「何が?」
女の子は器用に手綱を取りつつこちらを振り返る。
「いや、嫌じゃ無いのかなー、と思ってさ。ほら、俺も君も一応年頃の男女だろ?」
「なんだ、そんな事か。女々しい奴だなぁ。」
彼女は心底呆れた顔でそう言った。
「気にするなよ、私が決めたことだ。今更言った事を変えたりはしないさ。」
うーん、男らしい。
それに、と彼女はニヤけながら続けた。
「こんなことを聞いて来る様では用心する必要もなさそうだな。」
くそう、屈辱だ。ここは一つ・・・
「まぁ、そんな事になったら即座に斬り捨てるがな。」
前言撤回、まだ死にたくない。
「そういえば、名前をまだ聞いてないや。名乗れない身で言うのもなんだけど、教えてもらえないかな?」
俺は強引に話を変えた。だって怖いもん。
「私か?私は佐久間信晴の娘、佐久間信辰だ。よろしくな。」
「うん、こちらこそよろしく。で、これはどこに向かっているんだ?」
「今から尾張へ帰還するところだよ。」
「尾張かぁ・・・、そうだ、織田家の今の当主は誰?」
「今の当主は信秀殿だね。とても先進的なお方だ。」
「そうか、でさ、その信秀殿の子供は何人いる?」
「うーん、数え切れないが、家督相続の資格を持つのは二人だな。上が女で下が男だ。それぞれ吉と勘十郎という名前だよ。」
吉、と言うとそうか、吉法師だと女の子の名前にしては可愛くないもんなぁ。
「吉と言う子供には是非ともあってみたいなぁ。」
「えっ、お前もしやそういう趣味なのか⁉︎」
信辰ちゃんがすっごい蔑みを込めた目で睨んでくる。
「誤解だ!それだけ先進的な人の子供となるとどうなるか気になるじゃないか!あれ?女の子が武将になれるんだっけ?ねぇ、そういえばなんで信辰ちゃんは武将になれてるの?」
「それはだな、この戦国乱世の時代、御家騒動など起こして弱体化してしまえばたちまち他国の餌食だ。そこで、駄目元で始まったのが姫武将、つまり私の様な存在だ。今ではだいぶ増えているな。どこも戦乱続きで人が足りないのさ。」
そうか、それなら理屈が通るけど、これは情けないな。女の子まで戦場に駆り出してさ、何が武士だよ。
「それなら吉ちゃんが家督を継いでも問題は無いわけなんだね?」
「いや、ところがそうでもないんだよ。今吉殿を跡継ぎに指名しているのは信秀殿くらいしかいないのさ。つまり、重臣の殆どが吉殿の家督相続に反対してるんだよ。」
「そんな、御家騒動など起こしても意味なんか・・・」
「あの子の頭には誰もついていけないのさ。そのせいであの子は尾張中でうつけ呼ばわりだ。」
うーん、女の子になっても信長は信長なんだなぁ。
「お、着いたぞ、ここが私達の家、山崎城だ。」
おお、でかい!
信辰ちゃんについて行って城に入ると、丁度信辰ちゃんの父親らしき人が通りかかった所だった。佐久間信晴さんだったよな。
「おお、帰ったか、信辰。ん?その者は?」
「これか?これは戦場で拾ったんだ。なんかの役には立つだろ。」
これ言うな。しかも拾ったって、俺は犬か何かか。
すると信晴さんは話を聞いてないのかこう返してきた。
「そうか、やっとお前も婿をもらって来たのか!いやー、お前があまりにも男勝り過ぎて貰い手が皆無だったからのう。」
普通逆だろ。婿に嫁げや。
「このクソ親父がッ!今言わなくても良い事を!」
信辰ちゃんがキレた!顔真っ赤だぞ!怖い!刀を抜くな!
しかし、信晴さんは気にせず今度はこちらに聞いてきた。
「して、婿殿。そなた、名は何と申す?」
婿確定しちゃってるし。
「いや、あの、すみません、覚えていないんです。それと、婿では無くてしばらくの間泊めてもらうために来ました。」
戦場で拾われたことは否定しない。事実だし。
すると信晴さんは少し残念そうにこう言った。
「なんと記憶を無くすとは。それは大変でしたな。ここでよければどうぞゆっくりして行くと良い。」
「ありがとうございます!」
「しかし、呼ぶ名がないと言うのも厄介であろう。ここは一つ、儂が決めてやろう。うーむ、そうだな、よし、決めたぞ、佐久間信盛、などどうだ?」
がっつり家に引き込む気じゃねーか!逃げ場無しかよ!
「親父!こんな得体の知れない奴に佐久間の名を与えるとはどういうことだ!」
信辰ちゃんが驚いて聞くが信晴さんは、
「ふふっ、我が娘よ、どれだけ反対しても儂はこの者を佐久間家に引き込むぞ?儂の勘が騒ぐのだ。こいつは化けるとな。」
と言って譲らない。
結局、一番下の身分なら、という条件で信辰ちゃんが折れ、俺はほぼ雑用みたいな感じで佐久間家の人間になりました。とりあえず、俺の人生は記憶を失った事で一度終わり、なんだかんだで佐久間家の人間になり、再び始まった。