T103は生き残りたい   作:73330

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1話

 気が付けば、そこは暗闇だった。

 先ほどの研究員の会話から察するに、鎮静剤を投与されたらしい。それで俺は眠っていたようだった。やはり体は動かない。だが、縛られて拘束されているというのでは無く、狭い所に押し込められているらしい。外からは何かの駆動音のようなものが聞こえる。しかもときおりフラフラと揺れることから、何かで運ばれているらしい。

 もう何度目になるか分からないが、意味が分からないよ。なんで俺はこんな狭い空間に閉じ込められているのか。そしてなんかエンジンっぽい音が超うるさい。家の近くで工事してる時の騒音とかそういうレベルでないくらいうるさい。なんていうの? こう、音源が襖一枚隔てただけみたいな、とにかくすごく近くから聞こえててやばい。

 いやまあ、バイオハザードの世界に来てしまった方がはるかにヤバいのだけれども。そんでタイラントになったとかそれよりもヤバいんだけども。いや、まだ俺がタイラントというかT103になったかは確定していない。なぜなら俺はまだ俺自身の姿を見ていないからだ。そうだ、寝てる間になにかされたかもしれないし、どことなく体の感覚が違う気がするが、自分の姿を見るまで認めるつもりは無い。

 そうこうしているうちに、がくりと前につんのめった。電車などで急に止まるとなるアレである。というか、俺はどこかに運ばれているのだろうか。そういえば、さっきの研究員の口振りからしてあいつらアンブレラ社の職員っぽかったが、やっぱりろくでもない所に連れていかれているんだろうか。そうなったら精一杯抵抗して暴れてやる。

 動きは止まったが、これと言って何も無い。何かを移送しているんだったら止まった時は何かあると思うのだが、何も無い。ただひたすらなんかのエンジン音だけが聞こえている。ってああそうか。この駆動音ってヘリコプターのローター駆動音じゃん。やっと分かった。ああでもそうすると、俺がタイラントであるということが確証に近づいてしまうじゃないか。

 そして、あることに気付く。

 カプコン作品でヘリコプターってやばいいんじゃ。主に墜落的な意味で。

 刹那、金属音が響く。俺は浮遊感を感じた。

 やっぱり落ちたじゃねーか! 内心涙目になった。というかガチ泣きしそう。

 

 

 しばしの浮遊感の後、叩きつけられるような振動を感じた。ちょ、けっこう大きい音したんだけど大丈夫なのかこれ。ズドーンてなったぞズドーンって。コンクリートとかでも割れるレベルの衝撃と音がしたけど、ほんとどうなってんだ。移送ならもっと丁寧にやれよ。いくら俺がT103(仮)だとしてもさあ。ぐれるぞ。

 突然、光が差した。どうやら、今まで俺を包んでいたものが開いたらしい。

 視界に入り込んできたのは正に地獄だった。

 街が燃えている。車は横転し、あちこちにバリケードが築かれていた。だが、それらは全て無茶苦茶に破壊されており、すでにその機能を喪失している。パトカーも幾つか転がっており、混乱の収束のため警察が出動したことが伺える。まあ、無駄だった訳だが。

 そして、この地獄を作り出した原因が今、目の前にいる。

 死人が歩き、人を喰っている。まだ新しいであろうそれに群がり、血色を失った死人、ゾンビどもが喰っている。

 これはまた、反応に困るというか、なんというか。とりあえず外に出よう。いつまでもこの謎のポッドに居ても仕方ないし。

 正直な話をすると、俺はグロは割と平気な方だ。映画なりゲームなりアニメなり、そういう表現されていてもほとんど平気だし、むしろそういうのは一つの表現であるとすら思う。だが、それは全て画面を介した架空のものでしかなかった。

 これは、これは違う。まぎれも無い現実だった。ゾンビたちの咀嚼音は鮮明で良く聞き取れるし、炎が肉を焼くなんとも言えない香ばしい香りは鼻を衝く。ゾンビもののパニックホラーなんてよくある題材だが、これはまぎれも無く現実であり、今目の前で起きていることだった。

 ポッドかタンクか分からないが、開いた隙間が狭かったので少し広げなければならなかった。外に出ると惨状をより明確に捉えることができた。

 だが、こうもはっきりと突きつけられると、かえってそういった感傷が薄れるというか、分かりづらいというか。嫌悪は確かにあるが、それほど大きいものでは無いというか、大したこと無いというか。これが反応に困るということの理由だ。

 外に出た。凄惨な光景云々もそうだが、一つ気がかりなことがある。視線が高い。俺の身長は170センチ(自称)だったが、これは2メートルどころか2メートル半はあるんじゃないだろうか。というか、さっきはスルーしたが、タンクをこじ開けた時に見えた手が見慣れた自分のそれよりも大きく、尚且つ分厚い手袋をしていた。もちろんそんな手袋に見覚えは無いし、手の大きさについても分かるはずが無い。

 とても嫌な予感がするが、抑え込んで辺りを見回す。すると、ゾンビの一団のむこうに車を見つけた。そこらのスクラップみたいなのより状態は良好だ。ガラスは割れていたが、鏡になるようなものがあるだろう。とにかく姿を確認しなければ。

 車にむかって歩く俺。もう歩幅とか足音とか、色々あるがこの際自分の姿を見るまでは何も考えないようにする。

 件の車はサイドミラーこそ無かったが、バックミラーは残っていた。それで確認するとしよう。バックミラーにむかって手を伸ばす。

 

 バキリ。

 

 ……方向をこちらにむけるだけのつもりだったのに、丸ごともぎ取ってしまった。

 気を取り直して、鏡を覗く。

 映っていたのは、彫刻みたいに白い肌に同じく白い禿頭、2メートル半はあろうかという巨体だった。しかもその肉体はボディビルダーのように屈強である。すごいマッチョだ。

 もういいや、あれだよ。俺、タイラントに、T103になっちゃったよ。

 あんまりな事実に打ちひしがれる俺。これはあれか。よくある転生ものというか憑依ものなのか。ネット界隈ではありふれていて、このジャンル自体は好きだったが正直あまりの数に食傷気味だった。だけどそれはフィクションであるから面白いのであって、現実に尚且つ自分にそれが起こって、極め付けがバイオハザードの世界でタイラントになってしまったのである。もうバイオ世界というだけで罰ゲームなのに、タイラントである。さっきも言ったがタイラント、より詳しく言えばT103だが、ゲーム内ではラスボスである。無茶苦茶強くてラスボスだが、所詮ラスボスもボスである。最後はロケットランチャーを撃ちこまれ、爆散してしまうのだ。

 詰みです。ムリゲーってレベルじゃ無い。これは酷い。

 そうやって俺が悲観していると、視界にノイズのようなものが走った。いや、言ってる意味が分からないのは俺も分かってるんだが、そうとしか言えないんだからこういう風にしか表現できないのだ。語彙力の無さを恨むばかりである。

 そうこうしている内に、さらに状況が変化していく。なんと今度は視界が揺れるのでは無く、文章が現れたのだ。しかも英語で。しかも俺、英語が読める。

 文としてはこうある。

 

「命令。軍及び警察機関の抹殺」

 

 なんじゃこりゃ、と普通なら言う所なのだろうが、俺はそうでは無い。なぜなら一バイオハザードファンとして色々とやり込んでいるからだ。タイラント、もう面倒くさいからT103とするが、ラクーンシティでバイオハザード(ゲームの題では無く、本来の意味で)が起きた時、ウィルスサンプルの回収とそのサンプルを目的とした軍に対し、数体のT103が投入されているのだ。この命令はそれを受けてのものなのだろう。

 従う訳ねーだろバカヤロウ。いくらT103が強いったって複数の完全武装の兵士が相手なら最悪やられてしまうんだぞ。何より、アンブレラ社側に付くとか、死亡フラグ以外のなにものでも無いわ!

 命令が来ても特に何もない。体の主導権が奪われるなんてことも無い。まあ、だれも生物兵器自我があるなんて思わんわな。でも文章が視界にちらつくのはうっとおしいのでどうにかしなくちゃ。

 そういえば、あの研究員達は試験や調整ができて無いみたいなことを言っていたな。なら、こういう命令系統も完全に調整されて無いんじゃないだろうか。

 体を調べてみると、首に何かあるらしい。いじくってみると視界の文に警告みたいなのが追加されたからこれっぽい。

 俺は首についているなにかを引きちぎった。そうすると、目障りな文は消えうせた。




 タイラントの身長ってぱっと見で2メートル半くらいだけど、体重はどうなってるんだろうね。

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