唸り声と咀嚼音、そして炎が燃え盛る音と肉の焼かれる匂い。
その光景はまさに地獄だった。そこかしこで火事が起き、建物を舐めるようにして火が広がっていく。炎は小奇麗な一軒家も、廃屋のような倉庫も、評判のフレンチレストランも一切合切区別無く、燃やし尽くす。その中から聞こえるくぐもった呻きは苦痛の叫びか。それに反応し、通りをふらふらと歩いていた幾人に影が歩みを変える。やがて、倒れていた声の主の元へたどりつくと、ぐしゃぐしゃと肉を咀嚼しはじめた。
人が人を喰う。これを地獄と言わずしてなんと言うのか。
ラクーンシティはウィルスの蔓延によって今まさに地獄であった。
そんな地獄の上空に、一機のヘリが通りかかった。
それは、黒い塊を一つ落としていった。
時間は少し遡る。
今の自分の状況を説明するのにはどうしたら良いだろうか。と、俺は考えた。というよりなぜ自分の状況を折れが把握できていないという事態が起きているのだろうか。思い出せる最後の記憶は昨日の夜、布団に入ったことだ。布団に入ると理解不能な不思議空間に送られるとかマジで意味が分からん。
前後左右上下どこを見渡しても真っ暗である。どうも目隠しをされているようだ。寝かされているようだが、体が動かない。拘束されているっぽい。どういうこっちゃ。とりあえず体を動かそうそうしよう。俺は変態では無いのでそういう趣味は無い。いや、いろいろと多感な高校生という時期にいることは認めるが、断じてМでは無いぞ俺は。
まずは腕に力を入れる。
「おい! 起きてるぞコイツ!」
「そんなバカな。まだ初期コマンドも入力して無いんだぞ」
驚いた声が聞こえる。それもかなり切迫したものだ。声質が違うことから人数は二人といったところか。
近くに人が居たのか。俺も驚いたが、お前ら驚くよりもその前に現在進行形で捕縛中の俺のことを助けろよ。
「早く鎮静剤を投与するんだ!」
「おい、もう残りが少ない」
「構うもんか。予備のも使え!」
声が聞こえた直後、右腕にチクリと軽い刺激のような痛みが走った。
おいちょっと待て。鎮静剤を投与する対象はまさか俺なのか!? あぁ、段々意識が薄れていく。
だが、俺は薄れゆく意識でこの意味不明な状況を理解する一端となる言葉を聞いた。
「いくら高性能でもチェックも無しに実践投入するなんて、上は何を考えてるんだ。洋館での資料を見て無いのか?」
「そういうな、俺たちはただこのT103のデータが取れれば何だって良い。それにT002にやられたウェスカーみたいにすぐ傍で起動する訳じゃ無い。問題は何も無いさ」
T103とか嘘だと言ってよ神様。
直後、意識は暗転した。
T103やT002、そしてウェスカー。
一見すればただのアルファベットと数字の羅列と人名くらいにしか思わないだろう。だが、俺には分かる。いや、分かってしまった。
バイオハザードという言葉がある。意味は生物災害でパニック映画でも見れば何度か出てくる単語だろう。けれど、思い当たるのはその意味じゃ無い。ゲームの方だ。
俺はバイオハザードというゲームが好きだったから、シリーズをそれなりにプレイしていた。その中にこれらの単語が登場するのである。
まず、T103というのは、バイオハザードのゲーム中に登場するタイラントと呼ばれるタイプの人型の生物兵器だ。巨大で強靭な体躯でもってプレイヤーに何度も襲い掛かるボスである。通常の攻撃では倒せず、やっと倒したと思ってもリミッターが外れ暴走し襲い掛かるというトラウマものの敵だ。そこそこの知能があり、プログラム次第では簡単な作戦を遂行させることもできる。といってもそこまで細かいことができる訳では無いのだが。作中では生物兵器の完成形とされている。T002は初期型のタイラントでゲーム作品では初代に登場している。これは初期型のタイラントで、強力で強靭なのは良いのだが、不安定だ。起動した本人すら殺している。まあ、これについてはよく分からないのだが。T103はこの改良型だ。兵器として優秀だからか、ラクーンシティに数体が投入されたし、その後もいくつかの生物兵器絡みの紛争でT103に近しいかその改良型が投入されている。
そしてウェスカーについてだが、一言で言い表すのなら悪の親玉である。ただ、同じく黒幕のアンブレラ社とも対立するので作中ではダークヒーロー的に扱われたりもする。ま、悪役であるには変わりないので憎いあん畜生であることにかわりはないのだが。
だが、これは全てゲームの中の情報だ。現実ではありえないはずだ。なぜそんな言葉がバイオハザードの熱狂的なファンというふうでも無いのに普通に使われたのか。
そう、これが指し示すことは。
俺バイオハザードの世界にいるんじゃね? んでなんか俺タイラントなんじゃね?
まずは作者の肩慣らし。