屍人が目覚める世界で   作:毛ガニ武者

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屍二体目

 

 

狭苦しい車に乗せられて運ばれている。

オレは誰かもわからない大人達に囲まれていた。オレを運ぶ車はスピードを上げて道路を走っていく。

 

隣にはオレと同じぐらいの年頃の女の子が座っていた。怯えているのか、その小さな手でオレの服の端を掴んでいる。

 

誰だろうか、と思ったが周りにいる人間の顔に全て白い霧のようなものがかかり、誰と判断する事は出来なかった。

 

 

「      。         」

 

 

オレの口が動き、女の子に何かを言う。そして自分は女の子の手を握り締めた。握った手はどうしようもなく震えていた。

 

オレは確かに何かを言っている筈なのだが、何も聞こえない。しかし、オレはそれを疑問すら感じることなく女の子を慰めていた。

 

 

「      、         」

 

 

その震えを抑えようとオレは笑顔を浮かべて、また何かを言った。

 

 

「    ?」

 

「  、      」

 

 

女の子が不安気に口を開き、オレがそれに答えて頭を撫でている。

握った手の震えは次第に治まっていき、オレはソレに安心して息を吐いた。

 

 

「     !   !!」

 

 

大人が話していたオレ達を怒鳴りつけ、オレの頭を殴った。

不思議と痛みを感じる事はなく、ただオレは背中の後ろで怯える女の子に振るわれる拳が届かないように必死で庇っていた。

 

 

大人達はそんなオレを見ながらゲラゲラと笑う。

 

 

「  !!     !!            !!」

 

 

車を運転している大人が後部座席に座るオレ達を怒鳴りつけた。

オレを殴りつけていた大人はその声に不承不承といった様子で座席に座りなおし、オレの顔に唾を吐きつける。

 

 

「     ?      ?」

 

 

女の子が泣きながらオレの殴られた場所をさすり、ハンカチで吐きかけられた唾をふき取った。

 

 

「           」

 

 

オレは泣いているその子の顔を両手で優しく掴み、視線を合わせ何かを囁いた。

 

 

 

その瞬間映像が唐突に消え、周り一面全てが黒に染まり、ただ沈んでいくような感覚だけが残る。

 

オレは何を言っていたのだろうか? あの女の子は誰だったのか?

疑問が尽きる事は無い。自分の記憶にはそのような事があったという情報は無いのだから。

 

 

「あ……うう」

 

 

オレはオレが言っていた言葉の一つを口の形を真似て発音する。

 

 

「あい…おうう」

 

 

その言葉を口にしようとする度に酷く眉間の傷が疼いた。撫でようとするが、体は意思に反して全く動こうとしない。

 

 

「だい…ょうぶ」

 

 

眉間が痛いほど疼く。だが、あと少しで何かを掴めそうだった。

溺れていくなか水面に手を伸ばすのにもよく似た感覚で何かを探そうと手を伸ばす。

 

さっきまで動かなかった手が不思議と動いた。

 

 

「だいじょうぶ」

 

 

 

 

 

 

 

そこで目が覚めた。暗闇は消え、ぼやけた視界の中、二年間で見慣れた天井が目に入る。

 

伸ばした手は自分の顔を覗きこんでいる誰かの頬に当てられていた。頭の後ろには何か暖かくて柔らかい感触があり、それがまた眠気を誘う。

 

何か夢を見ていた筈だと、秀次は瞳を揺らして記憶を掘りかえすが、白い靄のようなものが記憶にかかったかのように、何も思い出せない。

 

無意識的に秀次は頬に指をなぞらせるが、やはりそこには何時もの真一文字に結ばれた唇があるだけだった。

 

 

何か、大切なものが自分の手の中から逃げていったような気がした。

 

 

「やっと目を覚ましたか。こんな状況で熟睡とは……君は本当に神経が太いな」

 

 

頬に手を当てられた誰かはそう言うと微笑んで当てられた手に手を重ねる。

 

 

「……誰?」

 

「まだ寝惚けているのか。ほら、そんな所で寝てないで、早く起きるんだ」

 

 

そう言うと誰かは別の手を頭の後ろに回し、秀次の体を起こす。

 

秀次はまだ眠りから覚めきっていないのか、ぼんやりとした表情で周りを見渡し、眠そうに目を擦った。

 

そして、今まで自分はその誰かに膝枕をされていたのだと気付き、

眠い目を擦りながらすぐ傍に座っている誰かを首を傾げながらマジマジと見つめる。

 

 

「……冴子?」

 

「他の誰かに見えるか? その様子だと、大事ないようだな。安心したよ」

 

「……まだ生きてたんだな」

 

「私がそう簡単に死ぬ筈がないだろう? こういう時は、お前も無事でよかった。と言うものだというのに」

 

 

首を傾げた秀次に冴子と呼ばれた長い黒髪に凛とした雰囲気を纏う女子生徒が苦笑しながら「全く君は……」と呆れた声でそう零す。

 

 

「鞠川校医が寝ている間に左足の怪我は治療してくれた。気休め程度らしいが、我慢してくれ」

 

「……そうか」

 

 

左足を見ると、ズボンが捲られていて、アレに握り潰された場所は真新しい純白の包帯を巻きつけられていた。

 

周りにいる人間に目を奔らせると、長い金髪で胸の大きな女性がこちらに笑顔でVサインを送っているのが目に入る。

恐らく彼女が鞠川校医なのだろう。秀次はそう当たりをつけ彼女に軽く頭を下げた。

 

 

「それで、他は誰だ?」

 

「人の名前を他人から聞くんじゃなくて。最初に自分から名乗ったらどう?」

 

 

声が聞こえてきた方向へ顔を向けると、そこには不機嫌そうな顔をした長い桃色の髪をツインテールに纏めた女子生徒が秀次を睨んでいる。

 

 

「言ったら答えるのか?」

 

「あったり前じゃない。敵対してるならまだしも、私達は敵じゃないでしょ」

 

「3年A組出席番号10番 紫藤秀次……以上」

 

「2年B組高城沙耶よ。出席番号は必要ないわね、デブオタ! アンタもさっさと言う!!」

 

「に、2年B組の平野耕太です……よろしく」

 

「高城沙耶……一心会会長の娘か」

 

 

秀次は頭の記憶を掘り返し、どこでその名前を知ったかを記憶を探り、確か父親の持っている書類の中にあった名前だと思い出した。

 

見た書類は確か……父親が所属している組織のトップの家族構成を書いたものだ。

写真も無かったから顔を見るのは初めてだが、なるほど。書類に書いてあった特長通りらしい。

 

長い桃色の髪にそれを纏めるツインテール。

目は釣り目がちであり勝気。メガネだけが情報と違っていたが些細なことだろう。

 

その彼女に怒鳴られて名乗ったのはメガネをかけた太った男子生徒。手には釘打器を改造したらしいものを握っている。

 

 

「そういうアンタは紫藤一朗の息子でしょ。今はそんな肩書き何の意味もないわ」

 

「確かにそうだ。次」

 

 

元々名前を知っていたというだけで、それ以上の興味も関心もさして持ち合わせていなかったのか、

秀次はあっさりと話を終わらせるとその隣に立っている二人の男女に目を向ける。

 

 

「同じ2年B組の小室孝です」

 

「宮本麗よ」

 

「……宮本?」

 

 

この名前にも秀次は覚えがあった。

去年辺り、父親の悪事を暴こうとしていた警察官の娘だ。その件には自分も関わっていた為この名前はよく覚えている。

 

 

「なによ?」

 

「なんでもない」

 

 

あの時何があったのかを知っているのか、自分にかなり敵意を抱いていると秀次は感じた。

よく見ると麗と孝の手にはそれぞれモップの柄と金属バットが握られている。

 

 

「渡り廊下で脇坂をやったのはお前達か? 噛まれたのがいると思ったが……死んだか?」

 

「なっ!? 何でそんな事を知ってるのよ!!」

 

「脇坂の死体を調べた。最後の授業料は高くついたな」

 

「ふざけないで!! 何が授業料よ!!」

 

「……? ふざけているつもりは全く無いが? 払ったのが自分の命でなかっただけ、よかったじゃないか」

 

「――――ッ!!」

 

「落ち着け麗! こんな所で喧嘩しても仕方ないだろ!」

 

 

そう言うと秀次は立ち上がり、グッと体を伸ばす。冷たい床で寝ていたからか、背骨やアチコチの骨がバキリボキリと音を立てて鳴る。

その言葉に激昂して殴りかかろうとする麗を孝が必死になって止めていた。

 

 

「これだけ言われても孝は悔しくないわけ!? コイツは永が死んだのを授業料って言ったのよ!!」

 

「わかってる!! けどここで争いあっても奴らが寄ってきて餌になるだけだろ! いいから落ち着け!!」

 

「ハイハイ、あんた等の喧嘩は後にしてちょうだい。これで全員の紹介はこれで終わったわね。

さっそくだけどそこのヤクザ、連中について知ってるがあったら教えてくれないかしら? 弱点とか習性とか何だっていいわ」

 

 

ヤクザ? と秀次は辺りを見回し、そう呼ばれた人物を探すが見つからない。

その人物を呼んだ沙耶を見ても、ジトリと此方を見つめるばかりだ。

ニ三度パチクリと目を瞬かせてから再度、右を見て左を見る。

全員の視線が自分に向けられていた。首を傾げながら指で自分を指し示し沙耶を見ると、彼女は黙って首を縦に振った。

 

 

「ヤクザ……そう言われたのは初めてだ。歩く死体の話をすればいいのか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「わかった。お前も知っている事があったら教えろ。観察した限りあれは……」

 

 

 

 

秀次は自分の知っている限りの事を話した。

 

アレに痛覚は無い事。

感染して死んだらすぐにアレになる事。

力は生きている時と比べモノにならないほど強くなっている事。

音に反応して動いているらしい事。

恐らく電気信号で動いている為、頭を潰せば殺せる事。

 

代わりに教えられたのは、アレは痛覚は無いのではなく非常に鈍くなっているだけだという事。

あとは大体同じ情報らしい。

 

「連中の情報はこれで大体出揃ったわね……それじゃあ行くわよ! サッサと動く!! 対策は歩きながら話すわ!」

 

「……? 何の話だ?」

 

「部活遠征用のマイクロバスを使って屍人がたむろする校庭を突破する。そんな計画さ、君も乗るか?」

 

 

状況が今一掴めていない秀次に冴子はそう言って微笑みながら手を差し伸べる。秀次は何も言わず、その手を握った。

 

 

「あと……だ。君はもう少し相手の心情を慮ってやった方がいい。先ほど宮本君に対して言った言葉は褒められるものではなかったぞ」

 

「……そうなのか?」

 

 

冴子の注意に秀次は首を傾げる。事実をそのまま言った事がそれ程悪い事だったのだろうか? 冴子はそれに大きく首肯して肯定する。

 

 

「そうだ。もっと言葉は選べ。君ならば出来ると私は信じているよ」

 

「…………」

 

「人は事実を言われる事が何よりも嫌な時がある。分かってくれ」

 

「…………」

 

 

冴子の言葉に秀次はしばらく思い悩んだ後、特に不利益を被る事はないと判断してコクリと肯いた。

 

 

「そこのヤクザ!! これアンタのでしょ。さっさと着て準備する!! アンタ以外は準備すんでるわよ!」

 

 

沙耶の声と共に、赤黒く染まった学生服とカッターシャツが飛ぶ。血は完全に固まっていたのか、赤い塊がボロボロと服から零れ落ちていく。

 

秀次はソレを受け取り、比較的汚れていないカッターシャツだけ羽織り、ボタンを閉め、裾をズボンの中へ押し込んだ。

 

 

「鞄と斧はここだ。鞄にはお茶の入ったペットボトルも入れておいた。何か他に聞きたい事はあるか?」

 

 

秀次は冴子から脇に置いてあった斧と鞄を受け取り、中身を確認したあと黙って首を横にふる。

 

冴子はそんな秀次に苦笑いを浮かべ、強く肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

「最後に確認しておくぞ無理に闘う必要はない。避けられる時は避けろ! 

転がすだけでもいい。生存者が居れば話は別だ。屍人を殲滅して救助する」

 

「連中、音にだけは敏感よ! それからヤクザの話でもあったように腕力は異常だわ、

掴まれたら余程運がよくない限り食われるから気をつけて!」

 

 

冴子と沙耶の二人が要点を簡潔に纏めて伝えていく。生存者の救出は聞いていなかったが、自分には特に関係の無い話だ秀次は切り捨てた。

 

そういう事は他の人間に任せて自分は何も考えずにナニカを……冴子の言葉を借りるならば屍人を殺していればいい。何時も通りの事だ。

 

 

「きゃああああああ!!」

 

 

階段から女性の叫び声が廊下に響く。秀次以外の者が一斉に悲鳴が聞こえてきた場所へと走り出す。

階段の踊り場で女子2人と男子3人が屍人の群れに囲まれていた。

 

秀次が着いた頃には耕太が既に狙いを付けたのていたのか、釘を撃ち5人の一番近くに居た屍人の頭を狙撃し、殺す。

 

冴子が階段を跳び降りてゆき、落下の加速を木刀にのせ頭を砕いた。

 

孝と麗の二人組みも素早く階段を降りていって屍人をバットやモップの柄で殴り倒していく。

 

 

「なにアンタだけさぼってんのよ!」

 

 

沙耶が小声で怒鳴るという高等技術をやってのけながら秀次の脇腹を肘で突く。

 

 

「必要ない」

 

 

ゴスゴスと腹を突かれる秀次は何でもないかのようにそう言い切って、

 

後ろから追いかけてきた一匹に斧を振るい、首を跳ねとばし、

その勢いを殺すことなく右足を軸にして回転すると同時に前進

目の前にいる沙耶を回りながらかわし、もう一方から近づいてきた屍人の側頭部に刃を当てる。

 

 

結果は斬りおとすというよりも砕け散る、と表現した方が正確だった。

頭を西瓜のように割れて、肉片になった脳髄と脳漿が廊下一面にぶちまけられた。

頭の中身の殆どが空になった屍人の体は膝から崩れ落ちるように倒れていく。

 

 

「過剰戦力だ」

 

「……狭い階段にアンタを投入しても互いの邪魔になるだけみたいね、わかったわ」

 

 

頭の中身を完全にぶちまけられた死体を見た沙耶は少しだけ顔を青ざめさせて、

それだけ言うと安全の確保がすんだ踊り場へと早足で降りていった。秀次は斧を担ぎなおすとその背中をゆっくりと追う。

 

踊り場まで降りると電話でもかかってきたのか、鞄から微かな振動が伝わってくるのを感じ、秀次は中を覗きバイブレーションを続けていたアイフォンを無造作に掴み取り、鞄から抜き出す。

 

秀次は裏向きのソレをひっくり返して誰からかかってきているか確認して、目を少しだけ見開いた。

 

そこには自分の父親の名前である紫藤一朗の名前が表示されていた。

 

 




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