藍染が立つ!   作:うんこまん

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第25話

 砂粒が転がる音を鳴らしながら斜面を下る。止まるまであと少しというところで跳躍、ものの見事に地に足をつける。どこか淅瀝とした林がタツミを受け入れる。

 

「なんだ…?」

 

 違和感、というべきだろうか。彼が感じ取ったそれを確信へと繋げるために、深呼吸し、目を閉じ、耳を傾ける。およそ人のものとはいえない聴力で意識を奥へ奥へと進ませると、水同士が弾かせ合う音が鼓膜を震わせる。

 

「魚か?それにしては大きすぎるし人か、動物か…もう少し近づくか」

 

 そう独り言を呟いては忽ち足に力を入れ、一秒とかからずに彼が立っていた場所は足跡のみを残していた。

 

 

 

 

 

               ◆               ◆

 

 

 

 

 

「クソッ!まだいやがるのか…!」

 

 ウェイブは息を切らしていた。眼前には敵、背面には川。まさしく背水の陣と言える状態に立たされている。

 『ジバクゴキブリ』と呼ばれる危険種。大きさは幼児ほどあり名の通りあぶら虫にそっくりではあるが、体が重いため飛ぶどころか滑空すらもできずに地を這う鈍重な生き物である。夏ど真ん中にだけ急激に増殖し始め、秋に入るにつれ群れを作って聚楽を襲う。数こそ多いが噛むわけでもなく、五歳児の全力疾走にも劣る動きはただただ恐怖のみを煽り続け、その恐怖に耐えかねたものは殺すか逃げるかという選択肢を与えられる。赤ん坊や筋骨の衰えた老人でもないかぎり、どちらを選んでも九分九厘成し遂げるだろう。

 しかし、彼らは死が迫ると体を膨張させ不気味な体液をそこら中に撒き散らし、人間は疎か犬や猫に対しても皮膚感染して一年にも亘る潜伏期間を乗り越え、母体の死後直後に口から未生体が出る。言ってしまえば感染から一年で死ぬわけだが、どういう症状がどれくらいの間現れるかは事細かに至るまで調べ尽くされている。

 第一期。感染から9週間。夜な夜な度重なる軽度の腹痛に襲われ、はじめの一週間くらいは熱が止まらないが次第に治まっていく。

 第二期。第一期から25週間。皮膚がやや硬くなり食事の摂取量が三人分くらいにまで膨れ上がり、下腹部に違和感を感じ始める。

 第三期。第三期から9週間。これまでとは打って変わり、昼夜問わず激痛を感じるようになる。末期には、五臓六腑を幼体が食いちぎり始めて痛みのあまり気絶してしまう者も多々いる。この『ジバクゴキブリ』が現れた当時の医者が、手術で患者の腹をしっちゃかめっちゃかに弄ってみたが結果は惨敗。成体とは異なり敏捷性に優れた幼体を見つけることは困難極まりなく、どんな名医でも匙を投げた。

 だがこれらはあくまで繁殖行動に過ぎない。『ジバク』とは飛べないという意味の『地縛』と自ら爆発するという意味の『自爆』。2つの意味から成る。尤も、彼らにとっても自爆は最終手段であり外的対策として口から体液を吐き出しそれを爆発させることができる。威力はかかったところの肉を吹っ飛ばす程であり、残虐性こそあるが然程危険とは囚われないので危険種としての位は低く二級。

 そんな『ジバクゴキブリ』がどういうわけか季節関係なく群れを成して人を襲うという。彼ららしからぬ梟雄な振る舞いはエスデスの耳まで届き、頑丈な鎧を持つウェイブと遠距離戦を得意とするランに任された。

 

「ランのやつに親玉任せるほど余裕なかったかもな。ちょっとだけ後悔してきたぜ」

 

 ここ数日仕事が山のように溜まっているイェーガーズは人数不足のせいか二人一組で一日一つじゃ賄えきれずにいた。この日も頭を潰したら別の任務につかなきゃいけないので、あまり悠長にもしてられない。かといってエスデスから託された任務を反故にするわけにもいかず刻一刻と時間が過ぎていく。

 

「人海戦術、元いG海戦術で負けるほど俺は柔じゃないんだ―――よっ!」

 

 両腕を地面に叩きつけるように二匹を潰し、反動でウェイブは鉛直線を駆け上がる。折り返しと同時に身を翻し、足一点に力を込めたまま落下する。

 

「グラン…フォオオオオオオオオオオル!!!」

 

 爆音。連鎖するようにして繰り返す爆発。体液の雨がウェイブに降り掛かるが鎧を纏う彼にとって屁でもなく、爆風が過ぎ去ったあとに残る煙霞を振り払う。

 

「…さーて、ランの助太刀にでも行きますか」

 

 霞む視界の中、グランシャリオを解いて右足を一歩前に進ませ向かわんとしたその時。ふと、煙を割く影が目尻をよぎる。振り返るウェイブに忍び寄る影、凝縮された時間を物ともせずに誰かが動く。

 

ビキィ。

 

 とウェイブの後ろにいた影の横腹を抉る音が鳴り、水切り石の如く水面を跳ね最後にはドボンと浅瀬に沈んでしまった。

 

「久しぶり。って言ったほうがいいか?」

 

 ウェイブは視線を戻し、晴れつつある煙の中から姿が顕になる。

 

「タ、タツミか…?」

「おう。いくらなんでも驚きすぎだろ」

「イヤイヤイヤ!普通驚くって!つーか俺たち敵対してんだぞ!?」

「まあ、そうかもだけどさ。あの状況で放っておくわけにもいかねえだろ」

「…やけに落ち着いてるのが何だかムカつくな、お前」

 

 頬を引き攣らせるウェイブを余所にタツミは周囲を見渡し、視線を戻してから質問を投げかける。

 

「さっきのやつと戦ってたのか?」

「いや、俺が狩ってたのはジバクゴキブリだ。というかさっきのやつは何なんだ?」

「ああ、巷で噂のGか。ぶっ飛ばした奴はおそらく『カクレミノ』だとおもう」

 

 特級危険種『カクレミノ』。背丈は二メートル強あると言われてるが、その実態は定かでは無い。と言うのは未だに誰も全貌を明らかにしておらず、弱点を曝すかのように真っ赤な天狗の仮面を被っている。諸説あるが、あの世に生えるイネを乾燥させた藁を編んで作った蓑によって全身を隈無く隠し通しているとのことだ。伝説上の天狗とは異なり老若男女問わずに攫い、数年後に骨だけを元の場所に返す不気味な生き物である。厄介な事に俗世間ではこれを神の遣いと称して崇め奉り小規模ではあるが『天道(てんどう)』と呼ばれる宗教を成し、何時しか民間信仰の一つとして知られるようになった。天道を広げる者は天導師と呼ばれ、身長こそ千差万別あるが身なりは伝説上の天狗そのもの。危険種の中でも唯一神格化されてる特異な存在だ。

 タツミがカクレミノの沈んだ所へ駆け寄るが、やはりというべきか、残されたのは真っ赤に染められた長い鼻が目立つ仮面のみだった。それを拾い上げウェイブにホイ、と投げ渡す。

 

「やっぱり本体は消えたみたいだ。こいつの全貌を明らかにすればあのよくわからん天狗軍団もすんのかな」

「ああいう輩はちょっとやそっとじゃ認めないだろ。それか対象を変えて別の偶像崇拝になるんじゃないか?」

 

 それもそうか、とタツミは頭の後ろで腕を組み空を見上げる。群青色の広い空に斑雲が敷かれ太陽が見え隠れする。

 

「…ん?」

 

 太陽が雲に隠れたと思ったが目に映る影は漸次その大きさを増していき、それが急降下するランだと漸く理解する。落下地点を予測しウェイブよりも速くついたタツミが抱きしめるように受け止め、ウェイブが頬を叩きながら声をかける。

 

「おいラン!大丈夫かしっかりしろ!」

「………ウェ…イブ…にげ…」

 

 ランの言葉は無慈悲にも轟音によって掻き消される。奇しくも空気すら重く感じる程の暗雲が垂れ込め、鬱蒼と生い茂る林道を歩く人影。

 

「全くもって愚かしいことだ。この私を前にして天使の真似事など無礼極まりないというのに」

 

 黒。どこかで見たような真っ黒な袴に草履。上半身を覆うようにして腰まで伸びた濡れ烏の髪。それらによって際立たされた白い肌に、大きな目を細め口角を上げ、一歩ずつ近づいてくる。

 

「初めまして、だな。タツミ。私の名はサウロン」

 

 

 

 

 

「君を殺す女の名だ」

 

 

 

 

 

 彼女の笑みが一層増した。




ジバクゴキブリ「じょうじ」
カクレミノ「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYY」
サウロン「いっぺん、死んでみる?」


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