藍染が立つ!   作:うんこまん

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お久しぶりです。カレイの煮つけが嫌いな私です。


第23話

 遥か昔に国を築き千年以上もの時間をその地に留め続けた帝国、その中央に位置する帝都。そのさらに中心に仰々しく卓立している宮殿内の朝廷で、エスデスは玉座に向かって膝を折り頭を垂らしていた。

 

「…それは真か?将軍」

「勿論でございます。私の言葉に嘘偽りは一切御座いません」

 

 軍帽を腰に抱え露になった髪を染め上げる空色と相反する茜色のカーペットに呟くように注進する。玉座に居座るのはこの国において唯一無二の皇帝。年端もいかぬ幼子ではあるが厳かさは先代から引き継いだのかそれらしく厳然としている。眉間に皺を寄せ、いかにも悩んでいる様を作って、エスデスの報告に対してどう動けばいいか皆目見当がつかないといった様子だ。

 その内容を簡潔に纏めると、彼女の部下であったDr.スタイリッシュの生存及び離反を確認、さらにエスデスをも退けさせる難敵との遭遇。皇帝に告げられた内容は大まかに言うとそれくらいだった。

 ドクターの裏切りは痛手ではあるが些細なことにすぎない。問題はその難敵とやらの対処を如何にして下すか、漫ろにしては顔に泥を塗ってしまう。散々悩んで末にやはり大臣に問うことにした。

 

「大臣はどう思う?」

「………」

 

 返事はなく、珍しいことに彼もまた眉間に皺を寄せ黙考している。それもそのはず、ただでさえナイトレイドという目障りな鼠がうろちょろしていたというのに、今度は首の皮を剥ぐかもしれぬ大鼠が現れたと知っては身を案じずにはいられない。

 

「大臣?」

「…おお!申し訳ありません、私としたことが。そうですねぇ…やはりエスデス将軍を頼らざるを得ないでしょう。ブドー大将軍を宮殿内から出しては陛下の身にもしもの事があっては困りますからねぇ」

 

 皇帝が再び呼ぶと、我に返ったように笑みを作りお為ごかしに返す。現状戦力が足りなすぎて城を護るのが大将軍と近衛兵だけでは心許ない。エスデスから聞いた話だと空間移動や厄介な術も扱うというので、いつ城内に表れてもおかしくはない。

 大臣がそういうならそうなのだろう、と皇帝も賛同し似たような言葉を羅列させエスデスに命ずる。

 

「では現状維持ということで賊の対応は将軍に任せよう!」

「はっ!おまかせを」

 

 国家に尽くす姿勢こそ見えるが、怒りで煮え滾るような思いを隠し鋭く光る眼光は忠犬というには余りにも程遠い。屈辱こそ受けたが十倍にして返すつもりで藍染への思いを募らせていた。

 

 

 

 

 

               ◆               ◆

 

 

 

 

 

 ナイトレイドのアジト付近には人為的に湧出された野湯があり、湯気に隠れる2つの人影がぼんやりを映る。

 

「はぁ~~~………」

「サヨ。あんたさっきから溜息しかしてないわよ?」

「……はぁ~「おいコラ」いった~」

 

 日頃の鬱憤を晴らすようにサヨはチェルシーと一緒に湯に浸かっていた。先ほどから一向に溜息だらけのサヨにチェルシーがチョップを入れる。サヨは例の一件から様々な感情が入り混じり、放心と嘆息を繰り返していた。何故藍染が謀反に到ったのかわからずにもやもやしていたが、どこか納得したように頷く。

 

「急にどったの?」

「悩んでも仕方ないかってね!」

 

 疑問を投げかけたチェルシーに雲一つない笑みを返し、思いついたように右手を前に突き出す。中指にはブラックマリンが填められており、妖しく黒光りする。

 湯水が渦巻き、徐々に円錐へと形を変える。チェルシーも突然のことに甲高い声を上げている。頂点から1m程の棒状を成す水の槍が姿を洗わす。横に高速回転しており、単発ならエスデスの氷塊にも抵抗するやも知れぬ程刺々しい。

 形を維持したまま、腕を振り下ろし近くの大岩に直進する。

 

「おりゃー!」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 見事に大岩に穴を開け罅割れ瓦解する轟音が鳴り響く裏から、男が破鐘のように声を荒らげる。大きく4つに分かれた大岩が落ちて地面を揺らし、後からころころとさざれ石が雪崩れ落ちる間、男改めイエヤスは頭が回らずに硬直していた。

 

「イエヤス?岩の真似でもしてるの?」

「いや…あの……これはその」

 

 チェルシーに向けた笑みとは打って変わって雷雲が鳴る程に黒を含んだ笑顔を作ってサヨはイエヤスに問う。彼は彼でいつもの強気な態度はどこへ行ったのか、滝のような汗を額に掻き尻込みしている。普段なら怒るチェルシーですらイエヤスに僅かながら同情している。

 イエヤスの叫び声が山奥まで木霊したのはものの数秒後だった。

 

 

 

 

 

 野湯から数百メートル離れた場所に滝がある。ロックフォールと呼ばれるその滝は雲をも突き抜ける程の高地から幾度も水が岩壁に叩きつけながら落ちていき、多大な量の水は地上に着くころには水量は十分の一以下にまで減っている。これは落下距離があまりにも長すぎてほとんどが霧となり途中で霧散してしまうからだ。故に滝壺はなく、真下にいてもあまりびしょ濡れにはならない。そしてこの滝はその名の通り岩をも落ちる。といってもその大半が人間大の大きさではあるが稀に直径十メートルにも亘る超巨大の岩塊が落ちてくる。無論、水同様に岩壁に叩きつけられ落下していくのだが多少の削れはあるものの、むしろ勢いを助長させ回転しながら急降下するため性質が悪い。

 そんな大岩がいま落下直前にまで迫ってきている。真下にはタツミ、彼はこの数日欠かすことなく鍛錬に励み他の仲間には隠れて別所でさらなる鍛錬を積んでいた。これもその一環であり、通過点に過ぎない。以前にも似たような事をスサノオとやっていたが、今回のはレベルが飛びぬけており落下地点は霧まみれで急降下してくる岩塊は辛うじて影が見える程度で、目を頼りにするならば、例えば剣を握るだけでは反応が遅れて体ごと潰れてしまい、構えて神経を研ぎ澄ます事で初めてタイミングを合わせることが可能となる。だがこれではあまりにも心許ない、だからこそタツミはあえて目を閉じることにより全神経を耳に集中させることで反応を何倍にも早めることに成功した。

 タツミが目をゆっくりと閉じ聴覚からの情報のみに一身を奉ずる。

 

                             飛び交う虫の羽音

     

      地を這う蛇が爬行する音

             

                      葉先から水滴が零れ落ちる音

 

 兎がバネのように跳ねる音

                                 

                                高速で風を切る音

 

「―――――見えた」

 

 予想通りそのコンマ数秒後、タツミを影が覆う。常人ならまだ大きさは大雑把にしか把握できないが、タツミの極限にまで研ぎ澄まされた感覚はこの時点で捉えることなど容易く流れる様に剣を構える。息をするのも忘れてただ一心に目の前の脅威を払うことのみに捧げ、迅速かつ丁寧に事は済んだ。縫うように振るわれた剣技は一片の狂いもなく岩塊を真っ二つに割り、二分割した大岩は勢い余って地面に衝突する。桃太郎が自ら桃を割り納刀するかのような様をみた誰かが拍手する。

 

「…スーさんか?」

「ああ、俺だ。一部始終見させてもらったが見事なものだ。一か月前とはまつで別人だな」

「そう…かな」

 

 藍染の一件からナイトレイドは皆色々な意味で変わりつつあるが、中でもタツミは心技体すべてが一皮どころか二皮、三皮剥けている。

 

「それにしても、なんでインクルシオを使わないんだ?まともに当たったら死ぬぞ」

「うーん、やっぱ生身で強くないとインクルシオを纏っても弱いままだしね。ははは…」

(…相変わらず嘘が下手だな、その辺は変わりないか)

 

 うまく愛想笑いしたつもりだろうが、勘の鋭いスサノオはすぐに事情があることを察して話題を変えることにした。

 

「それにしても美しい程に真っ二つだな。前に俺が教えた通り脆い部分をしっかり狙えてるな」

「へへへ。スーさんのおかげだぜ、もうこのくらいの岩だったらいくらでも斬れるぜ!」

「それはこちらとしても教え甲斐があるというものだ」

 

 談笑を続ける二人だが、スサノオは嫌でも気になる不安要素を拭えずにいた。

 

(タツミ…わかってるのか?人間の目で回転しながら落下する岩の片状構造を見据えて尚且つそこと平行に斬るなど人間業じゃないことに…)

 

 タツミが割った岩には縞模様に浮かび上がる劈開面が映る。圧力という変成作用を受けた岩は加わった方向と垂直に板状の模様が作られ片理と呼ばれ、その模様に沿うように割ると力はあまり要せず、落下する岩となれば片理に沿って剣を支えるだけでも容易く亀裂が入る。

 問題は回転していることであり肉眼で回転する岩の模様を捉えるなど不可能であり、ましてやそれを寸分の狂いなく両断するなど言わずもがな。それこそ言葉通り人間離れした力が必要となるだろう。

 

(お前は……誰の力を使っているんだ?)

 

 スサノオの問いに答えは返ってこない。

 


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