藍染が立つ!   作:うんこまん

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第22話

 藍染が戦場に赴く少し前、荒野から少し離れた場所に蔓延る森林とは異なり明らかに浮いた高台にウェイブは凭れていた。

 日々の鍛練を怠らずにしてきた彼だからこそ成し遂げた咄嗟の防御にしては我ながらうまくできたと思ったが、着地に失敗して頭と背中を強打してしまい数分間意識を失っていた。最善を尽くしたものの自身の不甲斐なさに嫌気が差す。おそらくクロメやボルスは敵と交戦中だろう。

 

(クロメ…あいつ強いけどどこか天然っつか間の抜けたところがあるしなぁ…早く行ってやんねぇと)

 

 体の傷などものともせずに仲間の安否を気遣うあたりは実に彼らしいが、肝心の体が言うことを聞かずに立ち上がろうとしたウェイブを再び岩壁へと引き寄せる。

 

(頭痛は鳴りやんだ…あとは無理やり体を起こすだけだ…!)

 

 腰に携えている鞘から刀身をぎらつかせる。切っ先を地面に突き刺し凭れる様に前のめりになる。閑散とした森林に獣のような雄叫びが響き渡る。

 

「グランシャリオオオオオオオオオ!!」

 

 意気込みを吹き入れるかの怒号は彼自身の心も奮起させ、鎧を纏ったと同時にその場を後にした。

 

 

 

              

 

               ◆               ◆     

 

 

 

 

 

 天高くまで伸びる神々しいまでの怪光が次第に薄まっていく。光の中心にいた藍染達はすでに此処にはおらず、僅かながらの光の残滓すらもなくなった時になってナジェンダは口を開いた。

 

「エスデスは瀕死だ。このまま生かしておくな!」

 

 彼女の言うとおり今際の際に立っており、荒れ果てる荒野に置いておくだけでも1時間もせずに息絶えるだろう。敵将の窮地なら誰しもが奮い立つものだが、仲間の明確な裏切りを目の当りにして咄嗟に動ける程彼らは場馴れしておらず真っ先に向かったのは3人。

 一人はアカメ。藍染の離反に驚きはしたものの、長年殺し屋として生きてきた彼女はボスの言葉にすぐさま頭をリセットさせ刀を抜く。もう一人はレオーネ。元より彼女は誰よりも藍染を訝しみ毛嫌いしていたといっても過言ではない。野生の勘か女の勘かは定かではないが、その懸念は強ち的を射ており結果としてこの場で功を奏した。そして最後の一人はスサノオ。彼が動けた理由には2つある。まず一つに彼は藍染と面識はなく動揺などしなかった。次に彼は生物型といえど帝具であり、主であるナジェンダの命ならば彼は異も唱えず従うからだ。単純ではあるがそれゆえに行動に移れた。

 三位一体となって襲い掛かるが、そう事はうまくいかずにスサノオの横顔にどこからともなくやってきたウェイブの蹴りが炸裂する。同時にクロメも姉であるアカメを止めるために横槍をいれ、それをアカメが右にずれることで間一髪避けた。

 

「レオーネ!任せた!」

「ああっ!」

 

 アカメの依嘱に答え、ライオネルの能力で身体能力を極限まで上げきり矢の如く走るレオーネ。勢いをつけたまま振り下ろした腕を止めたのは、他の誰でもないエスデス本人だった。

 

「嘗めるなよナイトレイド…傷をつけたくらいで私に勝てると思ったか」

(こいつ…!氷で流血を止めたのか…!?)

 

 凍傷も恐れずに氷を直接傷に当て出血を防ぐという荒業は、彼女の出鱈目さに体が順応したのか能力故なのかは不明瞭ではあるが、彼女の命を繋いだことに変わりはない。

 レオーネは咄嗟に身を引くがなんとなく違和感を感じた。その違和感の正体がはっきりしたのはものの数秒後だった。

 

「ほら、忘れ物だぞ」

 

 満身創痍でふらふらと立ち上がるエスデスの右手には、氷漬けのレオーネの左腕が掴まれていた。

 

「あ…ああああああああ!!!」

 

 獅子の哮りが反響を繰り返す。エスデスは容赦無く右手で握り潰しそれを粉々にする。だがいくら彼女が帝都最強と謳われていてもただの人間であることに違いはない。僅かの間ではあるが流血し続け、視界もぼやけ立っているのもやっとの状態だ。

 

(くそっ…!血を流しすぎたか…能力に然程支障はないがまともな戦闘はできんな。ここで芽を潰しておきたいが相打ちになって報告できないのは痛いな…)

「…撤退だ。一度帝都へ戻る。ボルスとランで追撃を抑えながら退くぞ」

「なっ…隊長!?」

 

 藍染の存在を知らないウェイブだけがエスデスの言葉に驚き、ウェイブが諌めようとするのをランが止める。 

 

「何すんだよラン!ここでナイトレイドをやらずにのこのこ帰るってのか!?」

「…落ち着いてください、事情は後で話します。ここは思い留まってください」

「くっ…!」

 

 溢れだす激情を堪え、グランシャリオを纏った武骨な握り拳をわなわなと震わせるウェイブ。躊躇いこそあったものの、ランの戒めもあってかなんとか踏み止まる。

 そうランは考えていたが、肩に添えられたランの手を解きナイトレイドの前に立つ。逃げられると踏んでいたナイトレイドも鬼気迫る甲冑の男を前に立ち竦む。

 

「ウェイブ…?」

「ウオオオオオオオオオオ!!」

 

 不安を煽る素振りにランが疑問の声を上げる。しかしそれはウェイブの怒号でかき消され、彼は同時に腕を地に振るう。拳の衝突によって踊らされた砂石や微粒子が人工的な煙霧を作りだした。

 意表を突かれたナイトレイドは真正面からそれを受け、ほぼ全員が咳き込み目を細める。

 

「今だ!逃げるぞ!」

「…ウェイブにしては上出来」

「うるせークロメ!さっさと行くぞ!」

 

 軽口を叩くクロメの手を取りそそくさと馬へと導く。無事ウェイブ以外が乗った時、不意に現れた大太刀に気付きウェイブがそれを白刃取りの要領で受けきる。柄には予想通り彼を彼方まで吹き飛ばした張本人、生物型帝具スサノオがこちらを見据えていた。

 

「…こちらも強化したとはいえ、二度も不意打ちは効かんか」

「嘗めんじゃねえぞ、ナイトレイド!」

 

 気迫の含んだ啖呵を切るウェイブに思わずスサノオは身を引いてしまった。

 それを待っていたかのようにウェイブは先に走らせていた馬に飛び乗る。感情的で流されやすく、お世辞にも頭がいいとは言えない彼がこの上ない程機転が利いており、彼自身も顔色こそ変えないが驚いている。

 エスデスに続きイェーガーズの全員が砂煙を押し退け、馬が荒野を駆ける。後尾を走っていたランが鞍の上に立ちそのまま飛翔する。

 

(駄目押しにもう十本!)

 

 空中で横たわるように一回転し、遠心力を増して片翼五本ずつ羽根を飛ばす。投げ終え背中を向けたところで思わぬ方向から追撃がやってきた。

 マインは砂煙を突き進む羽根が風を切る音を頼りにその源を辿り、標的の動きを予測してパンプキンを構え、引き金を引いた。銃口から溢れんばかりの光は勢いよく放出され光線として空を貫く。空気の抵抗などないように突き進みランの羽根をも呑み込み、一直線上にいるランの脇腹を見事に掠めた。

 

「ぐっ…!まさかあの砂煙から狙われるとは。迂闊…」

「あたしは射撃の天才なのよ!」

 

 高らかに上品そうな笑いをするマインだが、砂が口に入り打って変わって下品に咳き込む。

 一方、ランも脇腹の肉を少し持ってかれたが、肋骨や臓器には異常もなく幸い軽傷で済んだ。

 

「ラン!大丈夫か!?」

「ええ、大したことはないですよ。深手というほどではありません」

(手早い対応に仲間への配慮を忘れない…私もウェイブを見習うべきかもしれませんね)

 

 今回の一件でランがウェイブの株を上げたのはまた別の話。

 無事に全員逃げ果せたのを視認して束の間の安堵を得るも、胸が張り裂けそうな喪失感を抑えながらエスデスは馬を走らせる。

 

(タツミ…)

 

 次こそは敵として立ちはだかる恋人の名を心の中で呟きながら。

 

 

 

 

 

               ◆               ◆

 

 

 

 

  

「行ったか…」

 

 漸く晴れたてきた砂塵の向こうにいる影を見据えながらナジェンダは煙草に火をつける。砂色とは違い真っ白な煙が彼女の口から吐き出され一息つき、彼女を取り囲む仲間へと顔を移す。

 

「…今回の損失は大きい。標的のクロメとボルスを逃し、顔バレを許し、一人の戦力も削れずに逃げられた。そして藍染の離反…」

 

 最後の言葉に数人が顔を俯かせる。陰鬱な空気を拭い去るようにナジェンダは続ける。

 

「これからについては後々召集をかける。今日はアジトに帰ってゆっくり休め。そして―――今回の任務は…失敗だ」

 

 その場にいる誰しもがわかり切っていた事実を口にだし、その後ナイトレイドはアジトへと帰還した。

 

 


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