藍染が立つ!   作:うんこまん

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最後に藍染を出すといったな。あれは嘘だ。

書いてるうちに思ってた以上に長くなったんで分割します。


第19話

 誰かが言った、戦争は始まったらどちらも悪だと。ならばこの避けられぬ衝突を起こす彼らも悪なのだろう。勝者のみが正義を名乗ることが許され、敗者は全てを奪われ悪の烙印を押される他ないのだ。

 帝都を脅かす殺し屋集団と名の知れたナイトレイド。

 それを討ち滅ぼさんと結成された特殊警察イェーガーズ。      

 相反する組織がほぼ結集して向かい合う。誰かが息を呑み、柄に手汗を滲ませ、掌を握りしめ、額に汗をかく。各々が敵の動きを見逃さぬように瞬きもせずに見張る。

 始めに動いたのはクロメ。切っ先を天に掲げ天候が暗転するような雷光が迸り、大地が震える。土を押し退けて巨大な骸骨の手が日の光を浴びる。

 

(あれは…!)

 

 エスデスを凝視するのも忘れて、ナジェンダは現れた怪物を目にして心当たりがあった。自分がまだ将軍だった頃に同僚であるロクゴウ将軍が見せてくれた文献に載ってあった超級危険種デスタグール。咄嗟の判断にも関わらずナジェンダの命令はこの上なく冷静かつ妥当なものだった。

 

「スサノオ!マスターとして"奥の手"の使用を許可する!」

「っ!…了解した」

 

 マスターの意向を瞬時に理解したスサノオが目を閉じ両腕の指と指を胸の前で合わせる。

 

「"禍魂顕現"」

 

 マスターであるナジェンダの生命力を胸の禍魂から吸い取り、従者であるスサノオ本人の力を発現させる。三度使えば必ず主を死に至らしめる代わりに得る力は絶大。

 だが、その目論見を阻止しようとランが動く。彼の背中が輝きだしそれが実体化する。

 

 万里飛翔『マスティマ』と呼ばれるその帝具は、背骨を軸とし左右対称に付ける円盤状のパーツに一対ずつ翼が備われており、その光輝く翼で空を舞い羽根を飛ばし攻撃することも可能だ。

 

 スサノオが目を閉じ力を蓄えてる隙を見逃すほど彼は間抜けでなく、おそらく急所であろう胸の禍魂に向けて3枚の羽根が直進する。

 しかし、水が跳ねる音とともに何かがそれを弾く。横殴りの雨に遭う人が歩みを妨げるように、羽根の進行方向を捻じ曲げる。成し遂げたのはサヨ。ナジェンダ、藍染を抜きにしたナイトレイドで一番冷静沈着であろう彼女は、スサノオの奥の手がこの場において戦況を打破できる可能性を持つ手であろうと把握し、様子を見て少しばかりの時間を要すると察した。ならばその隙を突かれるのも至極当然と考え、いまの行動に移った。

 

 一方、ランも彼女の動きを分析していた。自分の羽根を弾いたのはただの水ではなかった。普通ならこの一瞬の隙が命取りになる状況で傷一つついていない仲間の防御に徹するなど、先に予測でもしない限り体がついていけないはず。ましてや咄嗟に羽根をすべて狙うという器用さ。

 

(携える刀か、指にはめてある黒き指輪か)

 

 おそらく後者。自分の上司となるエスデス将軍を調べ過去に彼女が三獣士と呼ばれる部下を支配下に置き、その一人が水を操る指輪の帝具を扱うと聞いたことがある。その後三獣士は殉職したという噂を耳にした。

 そして彼女がはめている指輪こそがそうなのだろう。運が悪いことに真昼のいま、太陽は遥か上空からエスデスが作り出した氷を溶かし、水を生み出している。それを利用したのだろう。

 

((手強い…))

 

 互いにそう思い睨み合う中、サヨは思わぬところから視線を感じ身震いする。

 

「そうか…貴様が私の部下を殺したのか?」

「ひっ…」

 

 鋭い眼光と殺気から、いまにも悲鳴を上げそうになるサヨの前にタツミが庇う様に立つ。

 

「あんたの部下なら俺が殺したぜ、エスデスさん」

「インクルシオ…100人切りのブラートか?」

「…正確には128人だ」

「そうだったか、まあどちらでもいいさ」

 

 インクルシオ越しにブラートを装い狙いをサヨから逸らさせる。策は功を奏しエスデスの視点がタツミに移ると同時に全身を悪寒が襲う。普段なら日差しで蒸し暑い鎧の中も、今は肌を刺すほどの寒さを感じる。

 時を同じくしてデスタグールの起動とスサノオの奥の手による生命力吸収が終え、いつでも動けるようになった。

 

「部下の仇をとらせてもらうぞ!インクルシオ!!」

 

 エスデスの怒号を合図に戦争が始まる。互いの悪を滅ぼすために。

 

 

 

 

 

 サヨとイエヤスはランと対峙していた。2対1にも関わらずランの戦法は単純なものだった。空を飛び回り攻撃を避け、2人の跳躍距離ぎりぎりまで接近し急所に羽根を飛ばす。動きそのものが単純故に咄嗟の対応も難なく処する。まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 一方、2人も互いに遠距離攻撃を可能とする帝具を持ち合わせながらもランの高速飛行に対処しきれずにいた。

 

「ちょろちょろ飛び回ってんじゃねええええ!!!」

「あなた方こそ動き回らないでください」

 

 イエヤスの啖呵も空しく適当にあしらわれ、ベルヴァークは空を切る。

 自暴自棄になっているのを見兼ねてサヨが声を張り上げる。

 

「馬鹿!無駄に体力使いすぎだって!」

「んなこといったって…どうすりゃいいんだよ!?」

「…ちょっと耳貸して」

 

 そっと耳打ちして作戦を立てている姿を敵ながら微笑ましい光景にランは思わず笑みが零れる。かつては教鞭をとった身である彼の目から見ると、自分の生徒のように可愛らしいのだろう。

 作戦会議も終わったようで目配せしたあと浮遊しているランを睨み付ける。

 

「任せたぜ、サヨ」

「オッケー任された!」

 

 先程同様にブラックマリンを使って翼を作り出す円盤状のパーツを狙う。解けた氷に加え予め用意していた樽一杯の水を使い、緩急をつけ時間差で襲いかかる水流から水流へと枝分かれするように標的を追いつめる。

だが、それでも届かない。隙間から飛んでくる羽根は正確にサヨに向かって直線しており、その度に水の壁を作りだし身を守る。

 決定打に欠けておりジリ貧が続くのを阻止するため、サヨが両手を前に出す。

 

(スピードが上がった!!)

(手掌で操れば速力は二倍!捉え切れないものなんて…ない!)

 

 次々と生み出される奔流にいつの間にかランの周りに水の檻が作られる。

 

(捉えた!)

 

 出来上がった水の檻に逃げる隙間などなく全方位からの水の放出が逆巻き、ランに襲いかかる。

 

 

 

 

 

 幾重にも重なる水が跳ねる音とともにランの周りから水が弾け出る。

 

(そんな…全て叩き落としたの…?)

「ふぅ…いまのはおしかったですね。危うく全身水まみれになるところでしたよ」

 

 多少の疲弊は顔に表れているものの、まだ余裕ありげに涼しげな笑みを浮かべるラン。予想に反した離れ業にさすがのサヨも言葉を失う。

 

「ははは…ちょっと驚いちゃったけどあなたのその翼、まだ使えるんですか?」

「何を―――!?」

 

 ただの挑発だと思って軽くあしらおうとするが、急にバランスを崩し高度が下がる。

 

(翼が…重い?)

「あらら、私の水に混じって"砂"でもかかったんですかねぇ~」

「!…そういうことですか」

 

 ランは自分の死角へと振り返ると、憎たらしい程の笑顔で斧を担いでいるイエヤスの姿があった。サヨがランの注意を引いている間に背後に移り、水流の全方位攻撃と同時に砂埃を舞わせたのだ。

 水まみれどころか泥まみれになった翼はまるで堕天使のように黒ずみ、重みに耐え兼ね徐々に地表へと近づいていく。

 

「さあ降りて来いよイェーガーズ。地上で決着つけようぜ」

「侮っていましたね…子供といえどナイトレイド。ですが…」

 

 

          マスティマ奥の手 "神の羽根"

 

 

「これからが本番ですよ、サヨ、イエヤス」

 

 金色に輝く光の翼が穢れを落としその姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥の手により単騎でもエスデスを引き付けるには十分なほどに強まったスサノオと共に、タツミはエスデスに立ち向かう。

 荒野に剣の応酬で生じる金属音が響き渡る。エスデスは右手にいつも携えているレイピアを、右手にマンゴーシュを持ちこちらの連撃を物の見事に受け流され、力の奔流は行き場を失い地を砕く。それでも2対1というハンデがあるものの、タツミは重い鎧を纏いながらも荒れ狂う剣戟の乱舞を宛ら流水のように逃れる。

 巧みな足捌きとは裏腹に、タツミの心中には一抹の不安が過る。

 

(妙な感じだ…)

 

 ウェイブを瀕死にまで追い込んだ時からインクルシオを身に纏うと違和感を感じるようになった。それと同時に力が大幅に上がっている。感覚が研ぎ澄まされ、寸分の狂いもなく刺突を捌き切る。すぐさま背後に回り、押し寄せるように振るわれる横薙ぎにエスデスはなす術もなく正面から受け体ごと岩壁に飛ばされる。

 その衝撃により舞い上がる砂塵を片手で振り払い、もう片方の手からノインテーターを出そうとするが

 

 

 

――――――――――ドクン。

 

 

 

「!?」

 

 形容し難い破壊衝動に囚われ、程なくして槍の形状を保とうとする光が霧散する。

 

(なんだいまのは…!?)

「…!避けろ!!」

 

 スサノオの声に反応して視線を戻すと砂煙の中から鋭利な氷柱が5、6本まっすぐこちらへ向かってくる。初手に後れをとられて1本、2本と続けざまに被りそのまま全てが鎧を貫かんとする。幸いインクルシオに目立った外傷はないものの、衝撃は中にいるタツミに届き酷い鈍痛が残る。

 落ち着きを覚えてきた砂煙に人影が映る。

「あのまま突っ込んで来れば鎧ごと砕いてやったというのに…」

「ぐ…あんだけくらって傷一つないのかよ」

「貴様こそやるではないか。伊達にウェイブを半殺しまで追い込んだわけではないか」

(俺とタツミでやっと同等か…?だがあまり時間をかけてられんな)

 

 化物のように圧倒的な強さを誇るエスデスと敵対しながらもスサノオはマスターであるナジェンダの身を危惧していた。

 彼女は今デスタグール相手に身一つでひきつけている。クロメはお菓子を貪り暇そうにしているが、彼女の気分次第で瞬く間に追い込まれるだろう。

 そんなスサノオをみてタツミが声をかける。

 

「スーさん!ボスを援護してやってくれ」

「…!しかしそれではお前が」

「俺の心配はいい。倒すならともかくひきつけるだけなら今の俺ならいける!」

「…そうか。すぐに戻るから任せたぞ」

「おう!」

 

 固い決意を胸に、再びノインテーターを現せる。今度はうまくいったようで安堵したスサノオがナジェンダの応戦に向かう。

 

「見縊られたものだな。私を止めると?貴様一人で?」

「…」

「だんまり、か。まあ貴様一人になるなら好都合だ」

 

 そう言うとエスデスは右手で握っていたレイピアを鞘へと戻す。無から生まれる千本の氷の刃が空に顕現し、エスデスとタツミを覆う。

 

 

 

 

 

          「殲景・鋒刃増千刃」

        

 

 

 

 

「案ずるな。この千本の刃の葬列が一度に貴様を襲うことはない。この『殲景』は私が必ず自らの手で斬ると誓った者にのみ見せる姿だ」

 

 千本の刃のうち一本を下してその手に掴む。

 

「いくぞ、インクルシオ!」

 

 剣戟が交わる。


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