藍染が立つ!   作:うんこまん

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第16話

 太陽が完全に沈む少し前、黄昏から宵闇へと移る暫しの間にナイトレイドは動き始める。イエヤス、サヨのペアは故郷であるマツラ村がある山を登っていた。傾斜の激しい山々を抜けた山間に村はあるが今回の目的はあくまで新型危険種の侵略阻止および討伐である。

 本来ならここへ向かうはずではなかったが、懸念を拭い切れない3人を見てボスが気持ちを汲んだのだ。元々帝国兵やイェーガーズが狩っていたため数も残り少ないと思われる。残党の対処には数人で事足りる故の判断だった。

 

「ボスもいい人だよなほんと。どこぞのドS将軍とはえらい違いだぜ」

「無駄口たたいてないでさっさといくわよ」

 

 もうすでに数ヶ月も前になる出郷の日にも着たコートを纏っている。道中は暑苦しかったが北に行くほど降雪も激しくなり、動いていないと手足が悴んで狩りどころではなさそうだ。

 数分後、雪嶺もすぐそこに見えるほど上り詰めた2人は一息つき、周りを見渡す。

 

「…ここに上るのも久しぶりね」

「ああ、おっさんに無理やり登らされて以来だっけか」

 

 イエヤスのいうおっさんとは、3人に剣技を教えてくれた元軍人のことである。厳格だが人懐っこい彼が武術師範だった頃の名残か、頼んでもないのに妙に教えたがりで武術から座学、果ては霊力といった不可思議なものまで教えてきたが、そんな荒唐無稽な話に聞く耳などなかった。それでも彼らにとっては恩師であり、尊敬する1人でもある。

 

「おっさんには世話になったな…タツミには鍛冶を、サヨには家事を、俺には野次を…ってなんで俺だけ野次!?」

「はいはいセルフツッコミはいいからあんたもこれ使って探しなさい」

 

 サヨが呆れて鞄から取り出した双眼鏡をポイっと投げイエヤスの両手に収まる。受け取った双眼鏡で山懐を覗くと、自分らの村が見える。

 

「どう?村は襲われたりしてない?」

「問題ねぇな。危険種共の姿はないし荒らされた痕跡も見当たらねぇ。さすがにここまではきてないってことか?」

「う~ん、どうだろ。情報通りならこの辺りにたどり着いても不思議じゃないしねー。ちょっと戻ってみよ」

 

 サヨに賛同し、首を縦に振る。標的は近辺では見受けられないので踵を返し、山を下りることにした。

 

 

 

 

「お前らこんなところで何やってるんだ?」

 

 

 

 

 ふと、後ろから声がかけられた。振り向くと男が腕を組み佇んでいる。

 

―――死神。

 

 そう連想させる程の光を一切通さない真っ黒な袴だった。とても山を登るとは思えない新品の草履が、どういうわけか積雪を溶かし山の表面が露になっている。目線を上に向けると深紅の短髪に吹き荒れる回雪が触れようとするが、この白い世界から乖離したように接触を許さず瞬く間に消え失せる。

 異常だとすぐに分かる。人の形は保っているものの、場合によっては危険種よりも厄介そうだと判断したサヨが口を開く。

 

「あなたこそ何やってるんですか?」

「俺か?俺は…登山かな」

「「嘘つけ!」」

「じょ、冗談だって…落ち着けよ」

 

 初対面にもかかわらず突っ込まれた男は冷や汗を垂らしながら落ち着かせようとたじろぐ。

 サヨとしては思ってた以上に友好的な態度をとられたので警戒を緩ませ安堵する。イエヤスを一瞥すると、案の定欠片ほども警戒してない様子に深く溜息をつく。

 

「…で?あなたはこんな吹雪の中、何しに山を登ってるんですか?」

「う~ん、ほらここ最近新型危険種が蔓延ってるだろ?実は俺狩猟民族なんだよね。だから捕まえるために見通しのいい山まで登ったってわけよ」

(怪しい…)

 

 自称狩猟民族の男を訝しみジト目で全身を嘗め回すように見る。男の方は、年端もいかぬ初対面の少女に怪しまれ、疑念を抱かれて思わず姿勢を正す。

 2人の様子を見兼ねたイエヤスが口を挟む。

 

「なぁ…だったら一緒に行動するってのはどうだ?」

「「はぁ?」」

 

 思ってもいない提案に頓狂な声を鳴らすが、それも気にせずイエヤスが続ける。

 

「俺達もその新型危険種を狩りにわざわざここまで来たんだけど、どうも見つからなくてな。一旦戻ろうとしたらあんたが声かけてきたんだよ。どうだ?2人より3人のほうが効率的だと思うんだが」

(ナイスイエヤス!あんたいつもは使えないくせにやるじゃない!)

「…はぁ~。わーったよ付き合えばいいんだろ~」

 

 気怠そうに生返事をする男に思わずサヨはガッツポーズをとる。一味同心とはいかずとも一時的な同盟を結び、手を取り合い円陣を組む3人。

 男の話によるとここら一帯には危険種はおらず、いても冬眠してるかせいぜい奥地に住む大型危険種くらいだという。豪雪地帯の雪山は生物も寄り付きにくく、人間も山の麓ですら帝都でぬくぬく育った人間は生きられないと言われる。この銀世界を見に帝都から貴人共が観光気分で訪れるが、五割はいまも地中に埋もれているだろう。

 

 

 

 

 3人が向かったのはとある新興宗教の本拠地と先ほどの山脈の中間にあるV字型の峡谷。見下げると落ちたら一溜まりもないほど距離が離れ、線のような川が上流から下流へと流れていく。谷風が強く、ぼうっとしていると踏み外してそのまま真っ逆様に落っこちてしまいそうだ。

 足場の安定した高台に乗り一息つく。

 

「お!早速見つけたぜ」

「まじかよ…ほんとにいた」

「目、いいわねあんた」

 

 男は遥か遠くに群がっている新型危険種の徒党を己の肉眼のみで見つけ、人間離れした視力に2人は驚く。

 

「じゃあさっさとぶっ潰しにいこうぜ」

「そうだな。え~と、お前のことはなんて呼べばいいんだ?」

「俺か?俺は―――バルログだ。よろしく頼むぜ」 

 

 その灼眼がぎらつき、獲物を見つめる。

 

 


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