帝都周辺の森林に人影が垣間見える。鉱山地帯から逃げ出した化け物達は、広範囲に亘る密集した樹木に身を隠しながら遭遇を避け、一目散にこの地を離れようとしていた。
逸る気持ちを抑えながら森を駆けるが、突如足だけ時が止まったように凍り始める。その氷結はとどまることを知らず、一瞬で彼らの体を侵食していく。抵抗する間もなく全身が氷漬けとなる。
「予定通り…逃げてきたやつを仮死して捕獲完了」
クロメを従え新たな任務を遂行していたエスデスが凍結しきった異形を見ながら呟く。
今回イェーガーズが与えられた任務は新型危険種の捕獲と討伐。はじめは密林や鉱山に出現する程度だったのが先日村の民家に押し入り住人を食ったという報告を受け、エスデスが大臣から直接承った。問題はただの危険種でないということ。大型ではあるが姿形は人間に近く、わずかながら知性も見える。間違いなく人の手が加えられたと推測されるほどにだ。
だがこの程度では彼女らにとって朝飯前。ウェイブがまだ完治してないので一人欠けるが、2組に分かれ難なく達成しようとしていた。
エスデスの横でぼーっと突っ立っていたクロメが凍った化け物をまじまじと見ながら涎を垂らす。
「…食うなよ」
「…ハッ!」
忠告に目が覚めたクロメを連れ、もう一組と合流するため森を抜けようとした時、森に声が響き渡る。
「こんにちは。エスデス将軍」
「…また貴様か」
声の主に訝しげに睨み、無から氷のレイピアを生成する。その反応を察しクロメも刀を抜く。
「この騒動も貴様の仕業か?」
「いやぁこれは管轄外だ。恐らく誰かが故意に彼らを放出させたんだろう。それと今回は君を監視するためでもない、たまたま居合わせただけだ」
「信じられんな。まあ立ち話もなんだ、拷問室まで案内してやろう」
やれやれ、といった様子で男が話し出す。
「実は彼らは僕の仲間の実験体だったんだ、それを回収しようと駆けつけたらこの有様といったところだ」
「なるほどな、ならば責任をとってもらわんと困るな。責任の取り方は私が拷問室でみっちり教えてやろう」
どうあがいても拷問室行きのようなので、諦めた男が人差し指を前に突き出す。
「破道の一、“衝”」
指先から弱い光の衝撃が放たれエスデスとクロメには当たらず、奥の危険種の氷が砕かれ動き始める。
軽く舌打ちしたエスデスがレイピアを抜き、首に一閃。断首された亜人は切断面から血を噴き出し、膝をついてそのまま倒れ込む。
「…逃がしたか」
2人が驚いた隙に男の姿はなくなっていた。
「隊長。今の奴は?」
「奴とは北の大地であった。私を視察するためだとかいってたな。まさか帝都に在住しているのか…?顔も名前も知らんが、少なくとも剣の腕、走力は私と並ぶかそれ以上だ」
「要注意人物…理解した」
クロメが表情を変えず了承し終え、離別している部下の身を案じ逸るエスデスに続く。
人里離れた秘境にアジトを移したナイトレイドが新たな拠点に慣れ始めた頃。サヨ、マイン、そして新たなメンバーとして加わったチェルシーが、鍛錬の疲れを癒すため温泉に浸かっていた。ちなみに、ボスは外出中。アカメは食事中。レオーネは泥酔中。男連中はブラートの死を切っ掛けにこの時刻までも鍛錬を続けている。
「はぁ…」
「どうした~?溜息なんかついちゃって」
水面に触れぬように柑子色の長い髪を結い、ちゃぷちゃぷと波紋を作りながらサヨの隣に付き肩まで浸かる。
「アイゼン大丈夫かなって…」
「あ~私達が合流する前にどっか行っちゃった人?ボスもエアマンタに乗って跡地付近を探ってるらしいけどなかなか見つかんないらしいね~方向音痴とか?」
「ないない。私の村から一緒に来て道中で別れちゃったけど、先に帝都についてたしね」
「同郷だったりするの?」
「いや、離郷する時にたまたま会って帝都まで案内してただけ。そっからは成り行きでナイトレイド入ったってかんじかな」
ふーん、と素っ気ない返事をしたチェルシーにマインが口を挟む。
「大丈夫よ!あいつが簡単にくたばるわけないでしょ!何せこの私を打ち負かしたんだから!」
「うん…そうだね、ありがとうマイン」
サヨの無垢な笑顔に思わずそっぽを向き照れ隠しするが、2人にいじられ拗ねてしまい、そのまま湯を上がって去って行った。
いつまでもこの平和が続けばいい。そんなことを思いながら現実から目を背けるようにサヨは夢想する。その先には何もないというのに。
その日の夜中。普段なら疾うに就寝時刻は過ぎているというのに、閉じようとする目を必死に開き広間へと趣く。この時間帯なら閑散としている広間も今日ばかりはすでに1人、2人とナイトレイドの一員が目に入る。その一人であるイエヤスは召集に遅れないように半刻ほど前から自前の椅子を持参し、腕を組みながら鼾をかいている。
「おーい、イエヤス起きろよ」
アカメと共に広間についたタツミがイエヤスを起こそうと頬をペチペチと叩くが、むしろ心地よさそうに寝言を呟く。
「なんだよサヨぉ…今日は随分やさしいじゃねえか…」
「俺はサヨじゃねえよ…」
呆れて起こすのも諦めようとした時、広間に千鳥足でふらふらと大変ご機嫌斜めなレオーネが足を運んでくる。アカメ、タツミ、そして最後に気持ちよさそうに寝てるイエヤスが目に入り不機嫌ここに極まり、といった様子で睨み付けライオネルを発動させる。
「姐さんそれはまず「しゃらくせえええええええええええええ!!!」
「おぶぉっ!」
タツミの忠告を無視しその一撃がイエヤスの頬に入り、これでもかと言うほどぶっ飛び消えゆく意識の中呟く。
「サ…ヨ…今日は随分やさしいじゃねえか…」
その日を境にアカメとタツミは数日間サヨに対して敬語であったという。
「皆集まったようだな、夜遅くにすまないな…イエヤス。その傷跡はなんだ?」
「いや…………なんでもねぇよ」
その沈黙に他のメンバーの顔色を窺いレオーネが妙に上機嫌であることに察し、それ以上の追及は避けた。
一つ咳払いをしてからナジェンダが言葉を紡ぐ。
「2つ、悲報がある。1つに私単独での帰還から察した奴もいるだろうが、アイゼンは見つからなかった…これだけ探しても見つからないとなると、あとは帝都に避難しているかそれとも…」
ナジェンダはそれ以上口に出すのをやめた。最悪の場合を考えていいと皆わかっているからだ。
嫌な予感はしていたものの、現実を受け入れられずに顔をしかむ面々。特にサヨは師匠のように敬い、マインは一方的に好敵手と認めていたためか、より一層嘆き悲しんでいる。
「そしてもう1つ。また仕事だ。今回の標的は例の新型危険種だ。群れで行動しわずかながら知性も見受けられる。個々の身体能力は強く腕試しの武芸者達も挑んではやられているらしい」
「関係あるかはわからないが、ここ最近新型危険種に加えて正体不明の人影も確認されている。時刻と場所から推測するに、最低でも2人いると思われる。そいつらが今回の首謀者だとすると見つけ次第殺せ」
「その人影がアイゼンって可能性は?」
「アイゼンにはもしも逸れた場合、帝都で身を隠すか、上空からでもわかりやすいように高台にでもいろと言っている。可能性は極めて低いだろうな」
もしかしたらという希望に手を差し伸べるが、ボスは容赦なく芽を摘む。
「イェーガーズや帝国兵と鉢合わせにならないように明日の夜から仕掛ける。話は以上だ、明日に備えてもう寝ろ」
またしても戦力を喪失したナジェンダが突っ慳貪に言い放ち、その場を後にする。
筆が進まない…イェーガーズとの緒戦までは頑張りたいです。