最近は囲碁ばかりにお金も何もかも費やしていたら友達から怒られてしまった。
今日は非常に良い天気になり、お母さんにも同じことを言われたのでおこずかいを貰ってお店へ向かった。
何件か寄るも、ピンと来ない。最近余り気を使っていなかったしなぁ。
せっかくなので、足を遠くに延ばしてみる。
ああ、そういえばよくヒカルが来ていたなぁ。
と思いながら何気なく三谷君のお姉さんが働いていたインターネットカフェを見る。
とそこに、前とまったく同じ席にヒカルがいる。
なにやっているんだろ。
ちらりと見える横顔からは、とても真剣に見える。
あ、そうだ。時間があるようならヒカルに洋服選び手伝ってもらおうと、
普段ならまったく思わないことを思ってしまってネットカフェに入る。
三谷君のお姉さんは、当然いなかったけど一緒にいた人がたまたま私を覚えていたらしく、後ろで見るだけならいいよと入れてくれた。
ラッキーと思いながら、何を見ているのだろうと改めてヒカルの後ろから覗き込むと、インターネットで囲碁を打っている。
しかも、相手は塔矢先生だ。ヒカルは一旦囲碁をし出すと、周りが見えなくなるタイプなので私がこんなに近くで見ていても気が付かない。
しかし、病室での男と男の約束ってこれだったのか。
秘密にするほどのことなのかな。
と思いながらも何気なくヒカルの打っている名前を見ると、はっきりとその名前が書いてあった。
saiと。
やっぱり、saiはヒカルだったのかという思いと、どうしてそんな名前をと言う思いが交錯する。
ヒカルは、lightで打っていると言っていたはずだ。
それに、saiと言う名前と今打っているうち筋から、何か言い知れない感情がぞわぞわする。
幽霊さんと何かがピンと繋がった感じがする。
対局が長考に入ったので、ふと幽霊さんの顔を見ると、ものすごく真剣な表情だ。
「アカリ、この箱であのものと目の前の人が打っているのですか。」
あのものって誰って、あれ、はっきりと幽霊さんの声が聞こえる。
その後、どちらがどっちで打っているのかなど聞いてきて、ひと通り説明する。
「まるで私です。」
なにが?
「目の前の者が打っている碁がです。相手は恐らくアカリが通っているあの私と同じ神の一手を目指しているものでしょう。」
え、神の一手。良くヒカルが言っている言葉だ。
「おそらく、アカリを通してでしか見たことがありませんが、この男も同じでしょう。いや、この男からは狂気すら感じます。」
ヒカルは変だけど、狂気って程おかしくはないよ。
そこで対局が動いたので、二人で話すのをやめて対局を見る。
序盤から、saiの攻めた一手が、塔矢先生の打ち回しで働きを失っている。
その後も、目まぐるしく盤上が変化していく。
大ヨセまで入って、saiがすばらしい一手を打つ。
結果的にはこの一手が決め手となって、終わりそうだ。
幽霊さんも同感らしい。
おっと、まずいヒカルにばれちゃう。
男と男の約束だなんて言っていたし、流石にまずいよね。
急いで、インターネットカフェから出た。
もう服を買う気分ではなくなって帰ることにした。はやくさっきの対局の検討がしたい。
ふと帰り道、幽霊さんに名前を聞いてみた。
「藤原佐為です。」
その瞬間、バケツの氷水をひっくり返されたような錯覚に陥る。
名前を聞いたとたんに、今までにその名前を聞いた場面がフラッシュバックした。
最初の幽霊さんも、夢で出てきた人も、ヒカルも。
特に、ヒカルはこの名前をまるで大事な人を呼ぶかのように必死で聞いてきた。そこにいるのかと。
実は、あの時そうではないかとうすうすは気が付いていた。
少なくともこの幽霊さんに何か手がかりがあるのではないかと。
でも、ヒカルには私自身を見て欲しかった。
という卑しさが彼の求めていたものを台無しにしてしまったかと思うと申し訳なさが沸いてくる。
こんなことになるなら、さっさと相談すれば良かった。
でも今更どう言えば良いかも分からないし、言うべきかも分からない。
気が付けば、空は晴天の青空から曇りへとなっていた。