研究会にて、ヒカルの大手試合の第1戦がアキラ君に決まったということを聞いた。
塔矢先生は、思いっきりやってきなさいと珍しく激励していた。
緒方先生もどんな対局になるのか普段なら楽しみにしていると思われるけど、その日は大切な対局が入っている。
今は10段戦で塔矢先生と争っており、この二人は挑戦者と防衛者という形で争っている。
現在は一勝一敗の五分だ。対局そのものも非常に見ごたえがある。
今日は、ヒカルが表彰式に行くらしくネクタイを締めて背広を着ている。
ヒカルに似合わないと一言言ってやろうと、ヒカルの家に行くと、ちょうど出て行くところだった。
当然、スーツに着せられている状態を期待したのだけど。
ピシッと着ていて、きまっている。スーツに着せられているなんてとてもいえない、どこか貫禄めいたものまで感じる。
私が言葉を失っていると、
「お、アカリじゃん。どう似合っている。」
と聞いてきた。
いつも通りの態度なのに少し安心して
素直に似合っていると言ってしまうと、そうだろ。という感じで少し調子に乗っている様に見える。
結局見送っただけで、何をしたわけでもないのだけど胸がどきどきする。
何なのだろうこの気持ちは。
あっという間にヒカルとアキラ君の対局の日が来た。
学校で、二人の対局がどうなっているだろうとそわそわしていると、周りに何かあった?とからかわれた。
だって、ヒカル自身がライバルだって言っていたし、さぞかし見ごたえある対局になっているのは間違いないだろうし。
緒方先生と塔矢先生との対局ももちろん気になる。
家に帰って、急いでインターネットで対局結果を見る。まあ、ヒカルの勝ちは揺るがないだろうけど。
あれ、ヒカルの勝ちは勝ちだけど、不戦勝と出ている。アキラ君はどうしたのだろう。
この間会ったときは、別に問題はなさそうだったけど。
まあ、気を取り直して、緒方先生と塔矢先生の対局を見てみると、
塔矢先生が入院で緒方先生の不戦勝。お体は大丈夫なのかな。
そういえば最近忙しそうで、最後に会ったときは少し顔色が悪かったのを思い出した。
アキラ君も、お父さんに付き添って、対局を休まなきゃならなくなってしまったのかな。
なんにせよ幽霊さんも塔矢先生の様子が気になっているようだし、後で見舞いに行こう。
とりあえず、緒方先生に連絡を取ってみると明日こっちへ戻ってきて、明後日にお見舞いに行くそうなので便乗させてもらうことにした。
病院にいってみると、塔矢先生は見た目は元気そうだった。
入院理由は心筋梗塞だそうだけど、大事にはいたらないそうだ。
碁会所の、広瀬さんと市川さんも一緒にいて、みんなで今話しているところだ。
やはり、碁会所でも騒ぎになったそうで、それで同じく今日見舞いに来たそうだ。
緒方先生が、囲碁界に衝撃が走ったという話をされている。
塔矢先生に関しては、未だにすごい人なのは分かるけど、どのくらいすごい人なのか知識不足で把握し切れていない。
でも、緒方先生は冗談を言うほうではないし、何よりも塔矢先生はタイトルをたくさん持っているので囲碁界に衝撃が走ったというのも冗談ではないのだろう。
十段戦のときだったので、緒方先生はどうしていたのかなど市川さんが聞いていると、
「こんにちは。」
あれ、ヒカルだ。ヒカルも心配してお見舞いに来たのか。
「心筋梗塞だそうですけど、大丈夫ですか。」
そう言いながら塔矢先生に折り菓子を渡している。
塔矢先生は10日ぐらいで退院ということを話された。
その後、ネット碁の話になる。塔矢先生がパソコンを持ち込み入院中の間はネット碁をするようだ。
その話をしていると、私にしか分からないレベルで、ヒカルの目つきが少し鋭くなったように感じた。
そこでお暇することとなった。私もヒカルがいるならもう少しここにいようかなと思ったのだけど。
ヒカルの顔を見ると、何か覚悟を決めた感じで話しかけにくいと思ったところで目が合う。
目線から、先に帰れというアイコンタクト。
そんなの分かるのは私だけだろうと思いながらも仕方なく緒方先生と一緒に病室を出る。
広瀬さんと一緒に帰りも送ってもらうことになった。
ヒカルが塔矢先生に失礼なことしていないといいけど。
いつもにまして今日は変だったし、何か心配ということもあるのだけれど。
ヒカルに無視された感じがして少しさびしく、胸がむかむかしていた。