ヒカルの傍観者   作:dorodoro

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第26話

塔矢先生が座間王座を破って5冠になった。

そして、前の研究会で言っていたとおりに、新初段シリーズでヒカルと対局することとなった。

それにしても、塔矢先生も本当に過密スケジュールだ。

今もっている防衛線や、もっていないタイトルの予選などで、新初段シリーズに出ている場合じゃないというのが実際のところだろう。

そんな忙しい状態でも、ヒカルと打ちたいらしい。

最近は研究会に行っても塔矢先生は対局でいないことが多い。

たいてい緒方先生が中心になってやっている。

「アカリちゃんは、院生にならないのか?」

対局慣れの為にも、体力の問題のためにも私の体の問題が解決し次第、院生になったほうが良いとのことだ。

私としては、余り乗り気でない。来年のプロ予選を受けるつもりではいるが、高校にも行くつもりだ。

本当ならヒカルを追っかけてと行きたい所なのだけど、両親が納得しない。

 

それから数日後、ヒカルとはあれっきり会っていない。試合前になるとヒカルの雰囲気が変わるから会わないようにしているのかな?

ましてや今回は塔矢先生との対局。いったいヒカルはどんな碁を打つのだろう。

この幽霊とも、少しずつ言葉が通じるようになってきたし、彼がヒカルの対局を見てどう思うのか話してみたい気もする。

といっても囲碁関係以外は雑音になって聞こえないままなのだけど。

 

研究会の先生方に頼み込んで、関係者としてヒカルとの対局だけヒカルの対局を控室で見られることになった。

そうでもしないとテレビ中継もないし生の空気が味わえなかったからだ。

 

塔矢先生とヒカルの対局の日、緒方先生と一緒に控室に入る。

控室には、先におじいさんが一人座っていた。

おじいさんが緒方先生に話しかける。

「ほほう、これはこれは。緒方君とお隣のお嬢さんは最近弟子に取ったという子かね。ふむ、なるほど。」

そういうと、私をじろじろと遠慮のない目線で見る。

「おぬし、名は。」

「藤崎あかりです。」

「ふむ、その気配。進藤の関係者かの。」

気配?さっぱりどういう意味か分からないけど彼とは幼馴染だと答えておく。

その後、緒方先生とお互いの調子やタバコについて話している。

話を聞く限り、このおじいさんが現在の本因坊なのかな。

ヒカルが心の師匠と言っていたのは初代だけど、本因坊と聞くとヒカルの関係か尊敬と親近感が沸く。

そのあと、囲碁界の新しい波が来るという話をしている。

「あの小僧は間違いなく新しい波を起こす一人だろうのう。」

「やはり、桑原本因坊も進藤をご存知ですか。」

「もちろんじゃと言いたいが、あやつを見た瞬間ピンと来たんじゃ、シックスセンスと言うやつじゃな。」

「シックスセンスですか、ばかばかしい。」

「おや、君が弟子を取ったのもシックスセンスのようなものじゃないのかね。」

「彼女の場合は、実際打った後話を聞いてとったような者です。それにまだ正式に師弟関係を結んでいるわけではありません。」

「ふぉふぉっふぉ。彼女からも進藤と同じ感じがピンピン来るわ。わしのシックスセンスも馬鹿にしたものではないぞ。」

そんな話をしていると、越智君や門脇さんが来て、後から塔矢君も来た。

「あれ、藤崎さん、どうやってここに。」

緒方先生が隣にいる時点で分かっていそうだけど、一応関係者として無理やり入れてもらったと正直に話す。

むちゃをするなぁという感じで塔矢君は特に追及してこなかった。

おじいさんに塔矢君も話しかけられる。

その後、おじいさんがひと通り話した後、面白いといって、どちらが勝つか賭けるかという話を緒方先生に持ち出す。

「わしは小僧に賭ける。」

うわ、このおじいさん分かっている。私も塔矢門下という肩書がなければ素直にヒカルの勝ちに賭けたくなるだろう。

お金なんてほとんど持っていないけど。

緒方先生の少し意外そうな顔を見て

「なんじゃ、まさかおぬしも小僧に賭けるつもりだったのか。」

「いえ、塔矢名人の門下としては、先生の勝ちは疑いませんよ。」

「ふむ、その雰囲気から察するに少なくとも良い勝負にはなると踏んでいるようじゃのう。ますます面白い。ひゃっひゃっ」

本当に面白そうにこのおじいさんは笑っているけど、どこまでが本心か。

流石はおじいさんなのに本因坊なだけはあるな。

なんというか人を食ったような妖怪みたいな雰囲気を持っているな。

 

 

対局が始まる。

ヒカルは余り緊張いなくいつも通りに見える。でも一手目をなかなか打たない。

周りも気合が入っているとか、緊張しているようには見えんが緊張しているのかなど話している。

当然、一手目から何分もかけるなんてありえない。ヒカルのことだから何か考えがあるのだろうけど。

と、ちょうど20分たったところで一手目を打った。

 

そこから少し進むと取材関係者の方が入ってきた。

取材関係者もヒカルのことを注目しているらしく、おじいさんと話している。

やはり今日の話題の中心はヒカルだ。

「桑原先生も進藤君が目当てですか。私も彼には本当に期待していますよ。」

「ひゃっひゃ、わしはすれ違った瞬間でピンときただけじゃ。」

「勘ということですか。まさかそれだけで彼の評価を。」

「それだけですよ。本当に勘だけだそうです。」

「流石は本因坊先生だ。間違いなく彼は塔矢君と並んで次の世代を担いますよ。」

「わしの勘も馬鹿にならんからのう。緒方君も勘を馬鹿にしているといつまでたってもわしには勝てんぞ。」

そのあと、塔矢先生が直々に指名したという話になった。

まあ、私たちはすでに聞いていたのだけど。

後ろに座っている二人は知らなかったようで、こそこそなにやら話している。

 

なんというか、ヒカルらしくない碁だ。序盤からガンガンしかけている。

ふと、横を見ると幽霊が目の前の対局に興奮しているようだ。私まで幽霊に触発されて興奮している錯覚に陥る。

周りでは、なにやっているんだ、ここも打ちすぎだろう。と散々だ。

「あれは、ハンデがあると考えると・・・・・・・。」

わずかながら幽霊さんの声が聞こえる。

なるほどって、何でヒカルがハンデをしょって打っているわけ?

なんとなく納得しかけたけどまったく納得いかない。ヒカルがそんな打ち方をする理由がまったくない。

なにやら幽霊さんが興奮している理由は分からなかったけど、

なんとなく幽霊さんも同じ状況なら似たようなうち方をするのだろうなと思った。

 

盤全体に戦いが展開していく。なるほどなぁ。言われなきゃ分からなかったけど言われて見るとしっくりと来る。

これは、相手のすべてを取って勝つか、すべて取られて負けるかの対局だ。

だとすると、あの如何にも取ったほうがよさそうな石を取らなかったのも確実に勝つには、正解の道だったんだ。

ヒカルの石が全滅した所で投了した。

周りからは、意外感と失望感であふれているが、おじいさんの評価は違うようだ。

私はおじいさんに答え合わせをするかのように聞いてみた。

「なんでヒカルは、ハンデを持って打ったのでしょうか。」

「ハンデだと。いや、確かにそう考えれば。」

あごに手を置いて、そう緒方さんがつぶやいた。

「面白いことを言う子じゃのう、わしもあやつがハンデを背負って打ったと考えれば辻褄が合うと思っていたところじゃ。」

「名人の父さん相手に、そんな馬鹿なことが。ありえない。」

「なぜそんなことをしたかは、幼馴染の君のほうが分かるのではないかな。なんにせよ非常に面白い碁じゃった。また機会があればわしはまた小僧に賭けるぞ。」

そう言って全員で控室から出た。

 

何のつもりであのような対局をしたのかヒカルに直接聞いてみたかったけど、

インタビューやらなにやらいろいろあるみたいで遅くなるようなので先に帰ることにした。

なんというか、相変わらず良く分からないことするなぁ。なんかおまじないでもしているのかな。

 

 

 


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