雲は遠くて   作:いっぺい

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131章 ゆずの『夏色』と『栄光の架橋』を歌う信也 

131章 ゆずの『夏色』と『栄光の架橋』を歌う信也

 

 9月10日の日曜日の午後3時ころ。

 

 咲く草花にも秋の気配を感じるのに、気温は29度にもなる猛暑だ。

 

 川口信也と彼女の詩織、信也の妹の美結と、沢口貴奈と落合裕子、

青木心菜(ここな)と水沢由紀の7人が、

高田充希(みつき)の≪カフェ・ゆず≫に集まっている。

 

 充希は、沢口貴奈の親友で、この夏に、自分の土地にある家を改装して、

≪カフェ・ゆず≫を開店したばかりだ。

 

 高田充希は、1993年3月14日生まれ、24歳。身長158センチ。

 店は、下北沢駅の西口から200メートルほど歩いて2分ほどの、

一軒家ダイニングで、クルマは6台も止められる。

店内には、カウンターと4人用の四角いテーブルが6つと、

黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノもあって、ミニライブができるステージもあった。

フローリングの木の床(ゆか)も真新しい。

 

 数日前に、マンガ『クラッシュビート』の実写版の映画化が決定したばかりで、

「充希ちゃんの≪ゆず≫で、みんなで集まってお茶しない?」ということになったのだ。

 

 マンガ『クラッシュビート』は、青木心菜と水沢由紀がふたりで描(か)いている。

毎週木曜日発売の『ミツバ・コミック』の人気連載マンガだ。

 

 実写版『クラッシュビート』の制作は、

外食産業大手のエタナールとモリカワが中心となって決まった。

映画『クラッシュビート』製作委員会が創設された。

 

 その物語の『クラッシュビート』は、連載中のマンガも映画も、

ストーリーや登場人物はほぼ同じで、結末も決まっていない。

 

 実写版『クラッシュビート』は、英米の人気の映画シリーズの

『ハリー・ポッター』のような、長期間のシリーズ化を計画している。

 

 物語は、人々の明るい未来を心に描(えが)くことも困難な現代社会が舞台。

そんな絶望的な状況の中で、人間には、≪芸術≫が大切だと考えて、

立ち上がる人々がいた。

芸術を愛する彼らは彼女たちは、

芸術には、人の心に、他者や自然への愛を育てる力があると、

人間らしい生き方を回復させる力があると確信している。

その輪は、たちまち、世界中にひろがる。

芸術を愛する彼らや彼女たちは、人の心と心のつながりをひろげていく。

その行動は、世界中に、愛や思いやりの輪をひろげてゆく。

彼ら彼女たちは、芸術が人の心にあたえる力を、どんな困難があっても信じているのだ。

そんな活動の中心になる人たちが、

ごく普通の人間の、信也やバンドのクラッシュビートやその仲間たちという設定の物語だ。

 

「しんちゃん、みなさん、クラッシュビートの映画化は、

ほんとうにおめでとうございます!映画の公開が待ち遠しいわ!」

 

 高田充希(みつき)は、テーブルに紅茶やコーヒーを運びながら、

笑顔でそう言う。

 

「ありがとう。充希ちゃん。でも、なんかね。あっはは。

おれや、おれらのバンドがモデルのマンガや映画のほうが、人気絶頂なので、

なんか、微妙な心境のおれたちですよ。あっははは」

 

 信也は、そう言って、とぼけた顔で笑った。

 

「お兄ちゃんたちのクラッシュビートだって、人気はあると思うわ!

ただ、ちょっと前のようにCDとかは、売れにくくなっているのは確かなんでしょうけど」

 

 信也の妹の美結はそう言った。

 

「ほんとにそうよね、美結ちゃん。CDも売れない環境よね。

いまは、無料の音楽聴き放題のアプリとかも、

ネットで探せば、いくらでも見つかるみたいだし」

 

 落合裕子がそう言って微笑(ほほえ)む。

 

「充希(みつき)ちゃん、ゆずの『アロハ』は売れてるのよね!わたしも買っちゃったけど。

わたしも、すっかり、ゆずのファンよ。うっふふ」

 

 充希より1つ半ほど年下の、充希と仲のいい沢口貴奈(きな)がそう言った。

 

「ゆずの20周年のベストアルバムだからね。おかげさまで、売れたみたいよ。貴奈ちゃん」

 

 充希は、ゆずが大好きだ。この店の名前もそれで、『ゆず』だ。

 

「ゆずの『夏色』とか『栄光の架橋』とか、おれも大好きですよ。

『夏色』なんて、少年のころにもどったような気分にさせてくれる歌だよね!あっははは」

 

 信也はそう言った。 

 

「しんちゃんって、少年の心を忘れない人だから、

わたしたちも、しんちゃんを主人公にして、マンガを描きたかったのよ。ねえ、由紀ちゃん」

 

マンガ家の青木心菜(ここな)はそう言って微笑(ほほえ)む。

 

「そうなんです。しんちゃんって、マンガの主人公にピッタリだと思います。

映画でも、しんちゃんが、ご自分で、しんちゃんの役を演じていただきたかったです!

わたしとしては」 

 

 心菜とマンガを制作している心菜の親友の、水沢由紀はそう言った。

 

「おれは、役者なんて無理ですよ。セリフって覚えるの苦手(にがて)だもの。あっははは」

 

「あの・・・、しんちゃんにも気に入ってもらえるような、

けっこういい音の出る、ギブソンのギターがあるんですけど。

しんちゃんは、ゆずの『夏色』も『栄光の架橋』も、

弾き語りがとても上手だって、貴奈ちゃんから聞いたんですけど。

もし・・・、聴かせていただけたら、すごく、うれしくて、わたし、幸せなんですけれど」

 

 充希(みつき)がそう言った。充希も椅子(いす)に座(すわ)って、

みんなとの会話を楽しんでいる。

 

「しんちゃんのゆずの歌、わたしも聴きたいです!」と、女優や歌手をしている貴奈が言った。

 

「わかりました。じゃあ、『夏色』と『栄光の架橋』を歌わせてもらいますよ。

おれも好きだから、たまに歌ってますから。あっははは」

 

 ステージに上がった信也は、拍手のなか、ギターの弦をちょっと調節して、

カポタストと3フレットにつけた。

 

 イントロのハンマリングも見事に決めると、16ビートの『夏色』から歌った。

 そして2曲目は、『栄光の架橋』を、信也は、胸に熱いものを感じながら、歌った。

 

≪つづく≫ --- 131章 おわり ---

 


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