※ガールズラブ的に見える描写があるかもしれません。なにしろライダー(メドゥーサ)ですので。
冬木市深山町の森の中。明かりのない森は深夜になると足元すらおぼつかない暗闇に包まれる。森の中には人知れずひっそりとたたずむ古びた洋館があった。その洋館の窓から突如青白い光が漏れて周囲を怪しく照らす。窓には光に照らされて室内にいる人影が浮かんでいた。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
洋館の部屋のなかに立っているのは暗赤色の髪の西洋人女性だった。ショートカットに黒のパンツスーツ姿ですらりとした長身。几帳面に着こなしたスーツのせいで逆にボディラインが綺麗に目立つ。クールなビジネスウーマンのような印象だ。
彼女はバゼット・フラガ・マクレミッツ。ロンドンにある魔術協会から派遣され、この冬木市で行われる聖杯戦争に参加した魔術師である。
バゼットは部屋の床に魔法陣を描き、聖杯戦争の相棒であるサーヴァントとなる英霊を召喚する呪文を唱えていた。
魔法陣は彼女の呪文に反応し、徐々に強い輝きを放っていく。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
バゼットが詠唱の最後の句を唱えた。
魔法陣の光が大きく波打ち、眩しく広がって、部屋の中を白く埋め尽くした。
発光が最高に高まると同時に部屋に強い衝撃が炸裂する。
ドォンーーーー!!
光と衝撃が収まるのを待ち、バゼットは召喚陣を見つめる。召喚陣の中央にはさきほどまではいなかった人物の姿があった。
紫色の長い髪の女性。体にぴったりと張り付く服を身につけており、胸の大きさがばっちりわかってしまう。目にはなぜかアイマスクをしており、表情がよくわからない。
まっすぐ伸びた髪は足元近くまでおよぶ。女性にしては背が高く、それで髪の長さがきわだつ。
目をマスクで覆っているにもかかわらず、その女性はバゼットの方に向き直った。それに合わせて長い紫色の髪が揺れる。まるで蛇がうごめくように見えた。
「ライダーのサーヴァント、メドゥーサ。召還に応じて参上しました。貴女が私のマスターですね?」
召喚陣から現れた女はサーヴァントであった。バゼットの召喚は成功したのだ。
「ライダーか……。残念ながらクーフーリンを召還することはできなかったようですね」
召喚に成功したにもかかわらずバゼットの一言目には露骨に失意が漏れていた。
「……貴女には別に召還したいサーヴァントがいたのですね。私では不満ですか?」
メドゥーサの足元には召喚の衝撃で割れた壁や床の瓦礫が転がっていた。メドゥーサは手近な瓦礫を一つ拾い上げた。
「はっ!」
片手にもった瓦礫に力を込める。
たちまち瓦礫は木っ端微塵になり、砂のようにメドゥーサの指の間から零れ落ちていった。
目の前のバゼットがおもわず息を飲んだのがわかった。
「……っ」
「ふふふ……。このように。私は女であっても怪力をもっています」
メドゥーサが軽く微笑んでバゼットのほうを見ると、バゼットもかがみこんで足元の瓦礫を拾っていた。
「何を……?」
「はあっ!」
バゼットも瓦礫を砂つぶ並みに握りつぶした。メドゥーサは思わず目が点になる。
「……あなた人間ですよね」
「あ、……すみません」
我に返ったように慌ててバゼットが謝る。冷静そうな外見だったが、メドゥーサの力比べにつられたり、かと思えば腰が低かったりして、変わった人間だ。
「貴女が私が望んでいた英霊でなかったことは事実です。ですがサーヴァントの召還に成功した事に代わりはない。あなたは確かに力を持っている。私はバゼット。メドゥーサ、貴女のマスターです」
「はい、これで契約は完了しました」
多少バタバタしたが無事お互いをマスターとサーヴァントとして認め合うことができた。私のマスターは少し変わり者らしいが、悪くはない、とメドゥーサは思っていた。
しかし、バゼットのほうはまだ気になることが残っているようで、顎に手を当てうーん、と考えている。
「なぜ貴女が私の召還で呼び出されたのでしょうか? 私は貴女に関係する触媒を持ち合わせていなかったのに」
「マスターはご存知ないのですか? マスターとサーヴァントは似た者同士が惹かれ合うものなのです」
聖杯戦争においてサーヴァントの召喚にはその英霊に縁のある触媒が重要な影響力を持つ。だがどんなに英霊と関係の強い触媒を用意しようとも、必ず目当ての英霊を召喚できるという保証はない。逆に、触媒がなかったとしても聖杯に選ばれ令呪を得たマスターであればサーヴァントの召喚は可能なのだ。たとえば、メドゥーサが言ったようにマスターとサーヴァントの間に何らかの共通点が見出されて召喚される場合がある。
「貴女と私が?」
「ええ。貴女とはどことなく共通点を感じます」
バゼットには意外に思えるようだ。
「えっ、それはどこが?」
メドゥーサはさきほどの怪力勝負ですでにその一部は披露されたように感じるのですが……、と思いつつ他の特徴も挙げていった。
「背が高くて胸が大きい」
「そうですが……、そんなことで?」
バゼットとライダーはおおむね同じくらいの身長であり、バゼットの胸はスーツの上でわかりづらいにもかかわらず十分存在感があり、ぴっちり衣装でぼいーんと際立つライダーの胸にそう劣らない。
さらに加えて、
「これで私はだいぶ気楽ですね。もし私のマスターが……だったらと考えると……ブツブツ」
「ライダー?」
独り言を始めたライダーをバゼットが怪訝そうに見た。そこでライダーは顔を上げ、きっ、とバゼットの目を見据えた。
「マスター、あなたはコンプレックスをもっていますね!」
「はっ!」
バゼットの背筋が固まる。
メドゥーサはアイマスクをつけているので魔眼の石化効果が効くことはないはずだが、それでも身を硬直させてしまった。
メドゥーサの言葉はバゼットの核心を突いていたからだ。バゼットは15歳で魔術協会に所属して以来、封印指定執行者として数々の過酷な任務をこなしてきた。目的を達成するために善行とはとてもいえない行為も重ねてきた。この聖杯戦争でもそうするつもりだ。
それについて葛藤がまったくないとは言えない。だがそれを表に出すような未熟さはもうなくしたはずだ。
それなのにメドゥーサにやすやすと心の奥を覗かれた気がした。
「そうですねマスター、たとえば……」
バゼットは立ちすくんで動けないまま、メドゥーサの次の言葉を待つ。
「小さくてかわいらしい女の子にコンプレックスを感じませんか?」
バゼットは、はあ、とため息をついて肩の力を抜いた。ぽろりとこぼすように返事をする。
「いえ……。強いて言えば、生きていること自体が」
「思ったより深刻ですね」
と、今度はそれを聞いたメドゥーサが、はあ、とため息をついたのだった。
ー・ー・♢・ー・ー
「じゃあな、桜」
「はい、美綴先輩」
穂群原学園の校門で女子高生同士が手を振りあっていた。帰宅するところらしい。担いでいるの弓からみて弓道部の先輩後輩といったところだろうか。
その姿を物陰からじっと観察する者たちがいた。ライダーのサーヴァント、メドゥーサとマスターのバゼットだった。二人は聖杯戦争のための下見として穂群原学園を訪れた。そこで校門から出てくる二人を見かけて隠れたのだが、メドゥーサは二人の少女の姿を食い入るようにみている。
「じーっ」
「ライダー、何を見ているのですか?」
あまりにメドゥーサが真剣に少女たちを見ているのでバゼットはメドゥーサの腕を軽く引いた。このままでは襲い掛かりそうだからだ。
「どうしたのです? もしや彼女たちが聖杯戦争に関係するとでも」
バゼットが問うと、メドゥーサは声を低く落とした。
「マスター、貴女に伝えなくてはいけないことが」
「なんですか?」
バゼットはメドゥーサの態度に不穏な気配を感じた。彼女はなにか危険なことを考えているのではあるまいか。
「……わたしは活動のために人間から魔力を吸う必要があります」
「そんな」
バゼットの不安は的中した。
「サーヴァントという存在は魔力食いなのです」
「それであの少女たちを見ていたのですか?」
「ええ、私の食事に適しているかと。これは仕方のないことなのです、マスター」
メドゥーサはチロリ、と口の端をなめた。獲物を狙う蛇の動作を彷彿させた。メドゥーサはあの少女たちを捉えて魔力を吸うつもりでいるのだ。
だがバゼットは魔術協会から派遣された魔術師である。魔術の神秘を秘匿するため戦いはあくまで隠密に。一般人を聖杯戦争に巻き込むなど許されることではない。
「ダメです。私のサーヴァントにそんなことは許さない」
バゼットは断固として拒絶した。場合によってはここでライダーと決裂し、戦いになる恐れすらある。その場合は令呪を持ってライダーを消滅させねばならない。
バゼットはメドゥーサから数歩離れ、拳を握りしめた。手の甲の令呪に力を込める。
ここでサーヴァントを失っては聖杯戦争敗北につながるが、それでもライダーの行いを見逃すことはできなかった。
「わかりました」
案外とあっさりとメドゥーサは引き下がった。
「理解してもらえたのですね。助かります、ライダー」
バゼットはほっとして拳を下ろした。気を抜いたところでメドゥーサがふいに顔を近づけてきていることに気づいた。
「えっ?」
いつの間にかメドゥーサの手がバゼットの首筋にかかっている。
「では、かわりにマスターの血を」
「ああっ」
(しばらく暗転)
さて、事後。
「ふう、一心地つきました」
「くらくらします……」
穂群原学園校門近くの路地裏にて、メドゥーサは元気よく、バゼットはふらふらと地面から立ち上がった。
「さすがは一流の魔術師の血。一時の魔力補給を満たすには十分です」
「そうですかよかった……。私でよければできる限り応じますから」
一般人を巻き添えにするよりはマシだ、とバゼットはいまだ重みが残るこめかみを押さえた。
メドゥーサはそんなバゼットの姿をなにか物言いたげに見ている。何です?とバゼットが聞いてみると、聞きたいことがあるらしかった。
「マスター、あなたの食生活は片寄っているのではないですか?」
「急に何を」
「血がどろっとしすぎています。酸味がキツすぎる。アルカリ性の食品を食べていませんね。野菜の摂取が足りていないのでは。日頃はどんな食事をしているのですか?」
「最短の時間で効率良く、十分な栄養を摂取していますが何か」
バゼットは何の躊躇もなく即答した。
そしてメドゥーサは確信した。ここに問題があるに違いないと。問答無用でバゼットに告げる。
「昼食は同席させてください」
ー・ー・♢・ー・ー
ライダーとバゼットは深山町を出て、新都にやってきていた。ここにバゼットの行きつけの店があるからだ。
「なぜこの店を選んだのですか、マスター」
「戦いの事前準備で町を探索していて、空腹のときにたまたま通りかかったのです。栄養摂取に不足点はない。それ以来、ここを食事に使っています」
ここは新都にある牛丼屋。安くてまずくて量が多い、と評判の店だ。
「この料理は……」
「どうしましたライダー。早く食べないと」
メドゥーサの目の前には牛丼大盛り、味噌汁つきが入店1分ほどで置かれていた。メドゥーサがこの炭水化物と牛の脂肪山盛りのカロリーの塊を注視している間に、バゼットはとっくに食べ終わって、店員が持ってきた食後のお茶をすすっている。
これは早急になんとかしないと、とメドゥーサは決意した。
(前)ということで続きます。ほのぼのオチの予定。