※今回はオチがないです……。
穂群原学園初等部には今日も子供たちの元気な声が響いている。
「やっちゃえタツコーー!」
「くらえイリヤっ! 嶽間沢流ハリケーンシューーート!」
「ちょっと、クロ、タツコ!なんで私ばっかりねらうのよー><」
保健教員のカレン・オルテンシアは保健室の窓から暇そうに校庭を眺めていた。手に緑茶を入れたカップを持ち、茶には口を付けもせずスプーンで気怠そうにかき回している。緑茶はとっくに冷えていた。
校庭では体育の授業中で子供たちがドッジボールをしていた。
天気の良い午後。とても平和。
その風景を横目で見ながらカレンは思う。あまりにも退屈だから怪我人でも出ないだろうか、と。
こんなにのどかな日には顔面でボールを受け止め鼻血を吹きながら地面をのたうちまわる子供の姿を眺めて昼下がりのお茶を楽しみたい。
窓のカーテンが風に煽られて翻り、日光がカレンの目を刺した。おもわず顔をそむける。眩しい光はあまり好きではない。
カレンは生まれつきの得意体質のせいで病弱であり、外見は蒼白とも言える皮膚と白銀の髪、瞳は色素が薄いのか金色に見える。もともと明るい屋外で友人たちとスポーツを楽しむ生活には縁遠い。
トントンと保健室のドアがノックされて現実に引き戻された。カレンは校庭からドアに視線を移した。
「入りなさい」
カレンが声をかけるとすぐにがらりとドアが開いた。
のどかだった保健室の空気は一瞬で凍てついた。
そこには学校の関係者とは思えない服装の人間が立っていた。黒づくめのスーツにきっちりとネクタイを締めた外国人の女。堅気の人間とは思えない鋭い目つき。ギャングか秘密組織の刺客のような危険な雰囲気を感じた。
どうみても不審人物であり助けを呼ぶべきだが、今ここでカレンが悲鳴をあげたとしても相手が襲いかかってくるほうが早いだろう。
だが、カレンは侵入者の姿を一瞥して短く尋ねた。
「私に何の用?」
「ここで怪我人を見てくれるのでしょう?」
「保健室は小学生専用よ」
女はカレンの言葉にまったく構わず、つかつかと保健室に侵入してきて、カレンの目の前の椅子に座った。そしてくるりと椅子を回してカレンに背を向け、自分のうなじを搔き上げて見せた。
女の暗赤色のショートヘアの下の白い首筋に赤く鮮やかな紋様が浮かび上がっていた。
「そっちのほうの仕事ってことね」
ー・ー・♢・ー・ー
仕事を終えたカレンは緑茶を入れ直して一息ついた。緑茶の中にコロコロと角砂糖を放り込む。先ほど侵入してきた女は無言のまま、脇の椅子に座っている。
「なによバゼット、大した事ない呪いね。私のところに来るならもっと死にそうな大ケガをしてきなさい。例えば、左腕をもぎ取られて出血多量で半年間仮死状態とか」
「そんなに簡単なら治療費を負けてくれても」
カレンは女の抗議を砂糖をたっぷり入れた緑茶を飲みながらスルーした。愉快な気分だ。
この女はバゼット・フラガ・マクレミッツ。冬木市の魔術師、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと対立し、彼女たちと英霊のカードを奪い合っている人物だ。
凛とルヴィア、そしてバゼットはどちらも「魔術協会」という魔術師の団体に所属している。「魔術協会」は派閥による内輪揉めが絶えない団体で、それぞれ派閥の上層部の政争の結果、凛たちとバゼットはこの冬木市でのカード回収任務で抗争をしている。
一方、カレンは「魔術協会」と対立する組織、「聖堂教会」に所属している。カレンの役割は魔術師同士のカード回収抗争の監視役だ。仮初めの身分として穂群原学園初等部の保険教員という立場におさまっている。カレンは監視役という立場で魔術師同士の内輪揉めを見張りつつ、とても楽しんでいる。
「そういえば、バゼット。あなたお金に困っているそうね」
この女が金欠で苦しんでいるとの情報を思い出してカレンはほくそ笑む。
先日、バゼットは凛とルヴィアが所有するカードを奪取すべく攻撃をしかけ、凛やルヴィアのみならず、イリヤやクロなど小学生相手ですら容赦なく叩きのめし、ルヴィアの屋敷を大幅に損壊した。
さきほどカレンが解呪したバゼットの首筋の紋様は、その争いの際に凛に打ち込まれたガンドだったのだ。
その後、ルヴィアは返礼として、魔術協会から手を回してバゼットの銀行口座を凍結した上に屋敷の修繕費をバゼットに直接請求するという手段で経済的に反撃を行った。
そのような経緯でバゼットは今、無一文となりアルバイトで日銭を稼いで生きる日々を送っている。
カレンはその一部始終を聞き及んでいるにもかかわらず、バゼットに呪術解除の治療費をきっちり支払わせた。
「治療費はまけられないわ。そのかわりに昼ご飯でも奢ってあげる。あなた家すらないんでしょ?」
身分を公にできないバゼットは当然アパートなども借りられず、先日は公園のベンチでアルバイト先の遊園地のライオンの着ぐるみを着たまま寝ている有様だ。
「奢るって……もともと私の金でしょうが」
「いいから行くわよ」
突然のカレンの提案にバゼットは困惑していたが、カレンは構わずに保健室を出て行く。バゼットは仕方なくカレンを追いかけるしかなかった。
ー・ー・♢・ー・ー
ドドドドドドドドド……と、
真昼の車道を大型バイクが排気音を振りまいて疾走していく。
バイクの上の人影は二つ。黒スーツに赤毛のショートカットの女がバイクにまたがり、その後ろには白衣を羽織った女が横ずわりして白銀の髪を風になびかせている。バゼットとカレンである。
「レストランを教えるからバイクで移動しなさい」とカレンに命じられ、バゼットは猛スピードで冬木市の道路を駆ける。
周囲の原付、自動車、バス、トラックの車間を的確に判断し、わずかな間隔をすり抜けるように追い抜いていく。抜かれた車の運転手はクラクションを鳴らす間すらなく、ただ唖然とするばかりだ。
むろん制限速度などとっくに守っていない。
「もっとスピード出せないのかしら」
「もう十分出していますが」
背後からファンファンファン……という警報の音がが近づいてきた。パトカーが猛スピードで追走してきている。こんなに派手に暴走しているのだから当然だ。拡声器から「そこのバイク、ただちに止まりなさい!」という警告が聞こえた。
「ほら、追いつかれるわよ」
「そんな座り方で、振り落とされても知りませんよ」
カレンはバゼットの腰に手をまわして、背中に寄りかかり体をぴったり密着させた。少し首を伸ばすとバゼットの耳に唇が届きそうになる。その姿勢で囁いた。
「飛ばしなさい」
フルスロットル!
バゼットはバイクの最大性能を引き出し、全速力で加速した。それだけでは足りない。即席のルーン魔術をバイクに刻む。バイクのエンジンの性能がありえないほど強化された。ほどなくしてバイクは無理な強化に耐えきれず崩壊するだろう。
「はっ!!!!」
バイクが吹っ飛ぶまえに、飛ぶ。
もはや砲弾のように空気抵抗を突き破って進んでいく。吠えるような風音で周囲の音は何も聞き取れない。
道路のアスファルトが削れて飛散する。背後では車輪が描く轍に火花が散って舞っていた。
音速を超える疾走で空間が切り裂かれ、時空を超えて平行世界に飛んだ。
ー・ー・♢・ー・ー
どるるるるっ……と排気音を響かせ、バゼットとカレンのバイクはとある店の前に停車した。
「カレン、本当にここでよいのですか?」
「そうよ」
二人はバイクから降りて店を見上げた。でっかい丸の中に麻と書いた看板。店名は「ラーメン麻」。その名の通りラーメン屋のようだ。もう営業しているらしく暖簾がかかっており、そこにも「麻」と書いてあった。
カレンはさっさと先に立って店の暖簾をくぐる。バゼットもそれに続いた。
店のカウンターのなかには筋肉でぴちぴちのTシャツをきて頭に手ぬぐいをまいた大男が腕組みして仁王立ちしていた。
「いらっしゃいませ」
威圧感この上ない。殺気すら感じる。ここは本当にただのラーメン屋なのだろうか?
バゼットは男の背後をちらりと見た。グツグツ煮立っている鍋があった。血の池地獄のように真っ赤なスープが煮立っていた。
バゼットがあっけにとられていたが袖を惹かれて我に返った。カレンはこの異様な店の中で慣れた風にカウンターの席に腰掛けていた。カレンに促されてバゼットも座る。
カレンはメニューを見ることすらせず店主に注文を告げた。
「ラーメン二つ」
「よかろう。激辛特盛りラーメン、麻婆マシマシ二つだな」
プリズマイリヤでもっとバゼットさんとカレンちゃんを見たい。
バゼットさんとカレンが対立しつつ協力関係みたいな感じになってるのがいいです。
さて二人は麻婆ラーメン食べながらどんな女子トークを繰り広げるんでしょうね……というのを考えていたらまとまらなくなってきたのでとりあえずここまで。