ウツロナ ラクエンノ カケラ   作:kanpan

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Fate/Grand Orderの要素が入ってます。



アチャベンジャー

 街中が寝静まった真夜中。いつものように冬木市深山町の洋館の中でオレたちは目を覚ました。

 

 オレはテーブルの脇の椅子に腰掛けてソファーに座った女の姿を見ている。不機嫌な表情を一切に隠さず、じぃーーっと見つめ続けてる。オレがせっかく熱い視線を送っているというのに、女の方は自分の手元に夢中だ。

 

 女はオレのマスターのバゼット。以前は目覚めたらすぐにオレを引っ張り出して戦いに出かけていた。

 だが最近ではオレの呼びかけに、

 

「目が覚めたか、マスター」

「ええ……」

 

「そろそろ街に出ようぜ、マスター」

「はい……」

 

 という生返事を何度も繰り返したあげく渋々外出する有様になってしまった。いったいどうしちまったのかと言うと。

 

 彼女が手に持っているのはスマートフォン。彼女が先ほどから延々と画面に指を滑らせたりタップしたりしているのは最近流行のソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」ってヤツだ。

 

 ここのところずっとこの調子。そこでオレは試しに今夜は声をかけるのをやめてバゼットが気づくまでだんまりを決め込んでやることにしたのだ。

 

 その結果、バゼットはいつまでもいつまでもスマホの画面にかじりついたまま夜は更けていった。

 カチ、カチ、カチ、カチ、と時計の秒針のリズムだけが無言の部屋にこだましつづける。最初はオレも秒針に合わせてカチカチとパズルを弾いていたけどとっくに飽きてしまって、退屈まるだしでわざとらしくバゼットを見ていた。

 いいかげんオレの根気も限界に達しつつあった頃、ついにバゼットが口を開いた。

 

「はあ……何度見てもこのランサーのイラストは素晴らしいですね」

 

 あー、こっちには眼もくれず、スマホの画面を見たままため息ついてる。

 オレは椅子から立ち上がり、つかつかつか、とバゼットの前に寄っていって、上からひょいとスマホ画面を覗き込んだ。

 

「なんだよ。再臨したランサーのカードばっか見て」

 

「なっ……!」

 

 慌ててスマホ画面を隠すバゼット。ため息つきながら見てた画面はやっぱりそれかよ。

スマホの画面には彼女が子供の頃から憧れていたおとぎばなしの英雄様。もともとあちらがバゼットの本来のサーヴァントだったわけだが。

 

「今夜はずっと街にでないで引きこもってゲームばっかりかよ」

 

「街には出ます。もうすぐ曜日クエストが切り替わりますから種火を集めてランサーをもう一段階再臨してから……」

 

 あちゃー。コイツは重傷ですヨ。ソシャゲ廃人まっしぐら。もともとバゼットは具合の悪い現実を都合良く忘れている人間だけどさ。

 

「アンタ、二次元にハマるなんて現実逃避もそこまで極まった? クーフーリンの裸はそんなにいいですか。そりゃそうでしょうね」

 

「アヴェンジャー、そういうつもりではありません!」

 

 真っ赤になって反論してくるバゼット。図星ですね、はいはい。

 でも心の広いオレはそんなことでは怒りませんヨ。バゼットの目の前で両腕を広げてみせた。ちょっとおどけてダンスみたいに赤い腰布を揺らしてみる。

 

「ほーら俺だって裸だろ。もっと見ていいし、触ってもいいんだぜー。あっただし優しくね。ゲンコツは勘弁」

 

 オレの体は結構鍛えてるから自信あるんですよ? ま、鍛えてるのはオレじゃなくてオレが憑依したアイツだけど。

 バゼットの反応はそっけなかった。オレのサービスを目の前にしながら平然と真顔に戻っちまう。

 そしてきっぱり。

 

「貴方の格好は最初からじゃないですか」

 

「あっ、ひでー」

 

 オレの裸にはありがたみがないらしい。実物だというのに割に合わない。三次元は二次元に負けるのか。世も末とはまさにこの事。

 

「アヴェンジャー、そもそも貴方は服を着ていいのですよ。むしろ裸のままは現代では不都合です。明日何か買ってきましょう」

 

「いらないよ。現代人の服なんて似合わないし」

 

 ユニクロだのしまむらだのの服なんて着たらますますアイツっぽくなってしまう。そんなのごめんこうむる。

 

「そうですか……。それなら」

 

 バゼットは一瞬考え込んだ後、すぐに名案を思いついたとばかりにぽん、と手のひらを打った。

 

「サーヴァント用の衣装があります」

 

「えっ?どういうコト?」

 

「Fate/Grand Orderの霊基再臨でサーヴァント達が脱いだ服を再現しました」

 

「ナニソレ」

 

「この国には依頼すればゲームのキャラクターの服を高度に再現した衣装を作ってくれる店があるのです」

 

 なんだそりゃ!?

 オレが士郎に取り憑いて昼間の生活を送っている間、この女は館で眠っていると思っていたが、いつの間にかそんなことしてたのか。

 

「アンタそんなところに金使ってんの!?」

 

 オレが唖然呆然としている間に、バゼットは部屋の隅に置いたトランクからごそごそと色とりどりの衣装を何着も取り出していた。

 

「実際に使う機会があるとは思っていませんでしたが」

 

 おいおい、マジで着せる気か? あああ、着せ替え人形にされるのはもうまぬがれないとみた。

 最低限コレだけは先に言っとかないと。

 

「えー、マスター。あのさ、アイツの青タイツだけは絶対に嫌」

 

「わかってます。貴方に着せるわけないでしょう」

 

 バゼットは即座に振り向く。さっきからオレの話をちゃんと聞いてないくせにこういうコトだけは耳に入るらしい。

 

「あっ、オレ、今少しおもしろくない」

 

 そしてオレの不平は当然スルー。

 バゼットは何かでっかい塊を両手に抱えて戻ってきた。そしてそれを、どん、とテーブルの上に置く。

 

「アステリオスの仮面」

 

 牛みたいな鼻輪のついた鉄仮面。地下迷宮の奥に潜む怪物が被ってそうなおどろおどろしいヤツ。

 

「そして、レオニダスの兜」

 

 顔全体ををすっぽり覆う金色の兜。なんだかアメコミヒーローみたい。

 

「どっちがいいですか? アヴェンジャー」

 

 えっ、それ選択肢?

 

「ちょっと、マスター。ハロウィンはとっくに終わりましたよ? それともこの国の新年の伝統行事のシシマイでもやらせる気?」

 

「顔をすっぽり覆う兜ならば戦闘には向いていると思いましたが」

 

「兜いらないです。頭が重いし息苦しいから嫌」

 

 率直に苦情を述べてバゼットに兜を片付けさせた。だがまだまだ諦めてくれない気配である。

 

「服もあります」

 

 バゼットがそう言って持ってきたのは全身を覆う真っ黒なローブ。裾がぼろぼろにほつれている。コレを被って暗い部屋の隅っこに座ったらきっと誰も気づいてくれないね。

 

「ハサンのローブ」

 

「陰気くさくて嫌」

 

 はい、即却下。

 

「貴方のイメージに合いそうな気がしたのですが、もっと明るい色が良いという事ですか」

 

 バゼットはハサンのローブを仕舞いつつ、またトランクをごそごそやっている。まだ他にもそんな衣装があるのかよ。もうしばらく付き合うしかなさそう。

 

「おや……いいものがありましたよ、アヴェンジャー」

 

 こちらを振り向いたバゼットの目はちょっと輝いていた。

 バゼットが広げて見せた服の色は真紅。胸の所に十字の形の白いフサがついてるのがポイント。

 ……イヤな予感がする。

 

「アーチャーの外套です」

 

「げっ!?」

 

「ほら、この服の赤は貴方の腰布と色が合うでしょう」

 

「ええーーー!」

 

 今度の文句は通らなかった。バゼットはがしっとオレの腕を掴む。

 

「貴方はさっきからそればかりだ。私は何度も貴方のリクエストに答えたのだから着なさい」

 

 問答無用でアーチャーの外套を着せられた。肌に触れる布地の感触がなんともむずがゆく、とても居たたまれない気分になる。

 ああ一分一秒でも早く、この服を脱ぎ捨てたい。

 だがそんなオレの気持ちに反して、

 

「むむ、私が思った以上に似合いますね」

 

 バゼットは満足そうにオレの姿を眺めていた。アーチャーみたいな姿になったオレを正面から横から、ぐるっと回って後ろから鑑賞してはうんうん、と一人頷いている。

 

「まさかーー。オレに似合うワケないでしょ。冗談きついぜマスター」

 

 オレがどんな英霊なのか聞いたクセに。まさかまた忘れたなんて言わないよね。

 

 我が真名はアンリマユ。

 この世を善と悪に二分し、その悪の側を司る最大の悪神。

 人間に降り掛かる災いは全部アンリマユのせい。だから人間はアンリマユを憎む。

 

 ”この世の全ての悪”に正義の味方の衣とはオレの存在意義にかかわるぜ。

 

「なんといいますか……。貴方の事はいつも粗暴で口汚くてそのくせに弱いし…と思っていたのですが、その服を着た貴方にはいつになく好ましさを感じる」

 

 バゼットはなんでなのか嬉しそうにそんなことを言っている。

 

 正気か?

 オレはおどけるのをやめて真剣に訴えた。

 

「ねえオレ、この格好マジで嫌なんですけど」

 

「英霊らしいですよ、アヴェンジャー」

 

 笑わせる。

 

 オレは英霊なんかではない。

 ただの村人だった俺は普通に育ち、平凡に働き、人並みに結婚して、特に変わった事もない人生を送るはずだった。

 だがある日同じ村人たちによって”この世の全ての悪”に選ばれて、手も足も目も声も潰され、全てを奪われて山奥に封じ込められただけなのだ。

 

 正義とは何か。

 

 オレと真逆のモノ。

 オレをこんな存在に仕立て上げたモノ。

 そして、こんな存在にされたオレから奪い取られたモノ。

 

「脱いで良い?」

 

 オレはバゼットの返事を待たずに外套を脱ぎ捨てようとした。

 

「命令です。その格好でいるように」

 

 バゼットがオレの前に左手を突き出す。手の甲の令呪が光を放った。

 

「—————!」

 

 止める間もなく令呪一画が散って、正義の英霊の衣は強制力となってオレの体を縛る。

 

「ハ、ハ、ハハハハハハハハハ」

 

 乾いた笑いをあげるしかない。なんという茶番なんだろう。

 ああもう、やってられねえ。

 

 オレはくるりとバゼットに背を向けると部屋を飛び出し、そのまま屋敷の外へ駆け出した。

 嫌な気持ちが心の奥底で居心地悪く疼いてる。

 オレが大嫌いなハズのそんな気持ちがオレの心の残っていたなんて可笑しくてしかたがない。

 

「アヴェンジャー!どこへいくんですか!?」

 

 バゼットの声を背にして風を切って走る。あっという間に館が遠くなる。

 夜の闇に真紅の外套が翻る。今のオレは弱者を救うために悪と戦う赤い英雄の姿をしている。

 

「ハッハッハッ———」

 

 メチャクチャに走っているのですぐに息が切れてくる。ぜえぜえと呼吸し舌を出して走りながら愛用の武器を具現化した。

 右歯噛咬(ザリチェ)左歯噛咬(タルウィ)。両手に歪んだ短刀を握りしめる。

 ははは。コレでますますアイツみたいになった。

 

 

 どんな人間でもある願いを持っている。

 特別な存在になった俺にさえもある。

 

 それは誰かを救いたいという願い。

 

 オレは正義によって何もかも奪われたというのに、

 それでも、

 正義の味方になりたかったんだ




アヴェンジャーにアーチャーの衣装を着せたらどうだろう?と思いついて書き始めました。
当初はギャグを想定していたのですが、オチを考えているうちにシリアスになりました。

アンリが「ええー!やだー!」と言ってるだけのギャグオチにしてもよかったですし、
逆にここから発展してアンリがアーチャーの格好をしてhollowの4日間を過ごすという展開もありな気がしてます。

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