2015年のTYPE-MOONエイプリルフールネタ「YARIO」とFate/Grand Orderのネタが入ってます。
フランス革命の時代。王妃マリー・アントワネットは宮殿を追われ護衛の兵士と共に逃亡生活を送っていた。だが敵の追っ手は着々と迫っていた。
「いたぞ、マリー・アントワネットだ! 捕まえろ!」
「マリー様、ここは我々が食い止めます。あそこに村が見えます。そこまで逃げて身を潜めてください!」
「……わかりました。後は任せます」
護衛の兵士が指す方向に小さな村が見える。追っ手と護衛たちが戦っている間にマリーは全力で走ってその村に逃げ込んだ。
「この村は……?」
見渡したところ家は数軒だけの本当に小さな村だった。民家の他には畑がある。畑に生えている作物には赤い色の実がたくさん実っていた。畑の木の脇に村人の姿が見えた。オーバーオール姿でショートカットの赤い髪。よく見ると左目の下に泣きぼくろがある。どうやら収穫作業の最中のようだ。
「フッ!シッ!ハッ!」
気合いとともにシュバババッと繰り出される高速のコンビネーションパンチが的確に実の付け根を捉えていく。そして刈り取られた実が宙に浮いている間に素早くつかみ取ってはカゴに収穫する。
マリーは思わずパチパチパチと拍手をした。
「こんにちは、カタッシュ村にようこそ」
村人が
「ここはカタッシュ村というのですね。少し変わった名前ね」
「私たちはここの土地を開拓して畑を作ったり、獲物を狩って、自給自足の生活をしているんです」
村人が脇に抱えたカゴから赤い実をとりだした。美味しそうにつやつや光っている。
「ほら、これはここで作ったトマトです」
「まあ、きれい。野菜はこんな風にとれるものなのね」
王族出身のマリーにとっては農家の畑仕事を直接見ることは滅多にない。つい手元のトマトや畑に並んでいるトマトの木々をじっくりと眺めてしまう。
そんなマリーの姿が逆に珍しかったのか、村人が尋ねてきた。
「取れ立ての野菜を見るのは珍しいですか?」
「ええ。恥ずかしながら、私は王宮育ちで庶民の生活に疎いのです」
自らの正体を曖昧にしたまま世間話を続けているのは限界だ。そろそろ本題を切り出さなくてはならない。マリーは意を決した。
「私は王妃マリー・アントワネットです。事情があって、少しの間この村でかくまってもらいないかしら」
ここの村がマリー達に友好的とは限らないし、断られたら、すぐにこの村から離れなくてはならない。
だが、
「もちろんです」
正直言ってマリーが拍子抜けするくらいにあっさりとその村人は頷いてくれたのだった。
「私はバゼット。あちらに仲間がいます。紹介しましょう」
バゼットはそう言って畑の向こうにある小屋の方に歩いていく。マリーが後を追うと、小屋の前では一人の男が木材相手に槍をふるっていた。ちぢれた黒髪で右目に下に泣きぼくろがある青年だった。それに、
「ずいぶんと美形ですね。魅了されてしまいそう……」
「おっと、彼の
「まあ、それはいけないわ」
バゼットに注意され、マリーは急いで彼の顔から眼をそらした。王妃が不倫はよくない。
代わりに青年が削っている木材に眼を移す。
「とうっ!」
青年は両手を使って二本の槍を曲芸のようにヒュンヒュンと操っていた。
「彼はディルムッド。
ディルムッドと紹介された青年は槍を華麗に振り回しつつ木材を割って板を作り出し、手頃に大きさに切りわけていく。
マリーはディルムッドの黒子を見ないように背中越しに話しかけた。
「何を作っているのですか?」
「まな板です」
ディルムッドは槍の刃を使って鉋をかける要領で板をキレイに平らにしていた。これでまな板はほぼ完成だ。
ディルムッドは作ったまな板の端に槍の先を使ってカリカリと文字を刻み付けていった。フランス語ではないらしく、マリーには読めない。
「ディルムッド、これはなんと書いたのですか?」
「思い槍です。自然、そして仲間、そういった周りの全てに対する感謝の気持ちをあらわした言葉なのですよ、マリー」
ふとマリーは自分の周囲の人々、お付きの侍女達、護衛の兵士達、そしてフランスの民衆に想いを馳せた。彼らがいるからこそ、そして彼らの為にこそフランス王家は存在している。そうだ、彼らをもっと大切にしなければ。それが王妃である自らの役目なのだから。
「思い槍……、なんと素晴らしい言葉なのでしょう」
一方、バゼットとディルムッドは新しいまな板の出来映えについて語りあっていた。
「見事なまな板です。これで料理がはかどりますね、ディルムッド」
「ああ、これで安定した体勢で野菜を切り分けることができる。調理がよりスムーズになるはずだ」
「……む、ディルムッド。山の方から何か音がしますよ」
ドドドドドドドドドドドドドド……
確かに小屋の向こうの山の方から何かが駆け下りてくる音が聞こえた。一同は山の方を見上げた。
「え」
巨大なイノシシが現れた。イノシシはこちらにまっすぐ突進してくる!
「あわわわわわわわ!」
ディルムッドは逃げ出した!
「何が起こったんですか?」
「イノシシです。マリーさん離れて!」
バゼットはマリーの手をとって逆方向に逃げ出した。
山から降りてきたイノシシは一瞬足を止めて左右をきょろきょろと確認した後、ディルムッドの方にまっすぐ突撃した。
「ブォォォォォォ!」
「うわああああ! 助けてくれぇぇぇ!」
「ディルムッド! 槍で迎撃を!」
「私はイノシシがが苦手なんだぁぁぁぁぁぁ———!」
必死で逃げるディルムッド。イノシシは執拗にディルムッドだけを追っている。
「大変です、このままではディルムッドさんが」
「彼は生前もイノシシと相性が悪かったのです。またしてもイノシシに襲われるとはなんと不運な」
「オレにまかせなァ!」
疾風のごとく一人の青年が現れた。頭の後ろで結わえた長髪をたなびかせ、手に赤い長槍を構えてディルムッドとイノシシの間に割って入る。
「クーフーリン!」
「その心臓、貰い受ける!
ザクッ!
クーフーリンと呼ばれた男の槍は一撃で猪の心臓を抉り、地面にイノシシの巨体がずずん、と倒れた。クーフーリンは槍を突き上げ歓声を上げた。
「猪とったどー!」
「よかったー!」
「さすがは必中の槍。見事です、クーフーリン!」
「ふう、助かりました……」
歓声をあげるマリーとバゼット。そしてディルムッドはほっと胸をなで下ろしていた。
「どうだいお姫様、ざっとこんなもんよ!」
足下に巨大なイノシシを転がしてクーフーリンはマリーに見栄を切る。
「すばらしいわ。クーフーリン、あなたは凄腕の狩人なのね。それにしても大きなイノシシだこと。これはどうするのかしら。埋めてお墓をつくるの?」
「いえ、これも山の恵みです。無駄にはしません」
バゼットとディルムッドがイノシシの脇に近寄って持ち上げる。
「解体して肉にして料理しましょう。マリーさんもいることですし、今日は宴会にしましょう」
そう言って二人は仕留めたイノシシを小屋の中に運んでいった。
「しかしよー、急にイノシシがでるのは怖いよなあ」
クーフーリンは腕組みをしつつ、イノシシが降りてきた山の方を眺めていた。
「心配無用だ」
バゼットとディルムッドと入れ違いで小屋のなかからまた別の村人が現れた。白い髪に白い髭。どことなく貴族のような威厳があって農村では少し場違いだ。頭に巻いている農夫スタイルの手ぬぐいでかろうじて違和感が中和されている。
「おう、ヴラド」
「山との境界に作った柵が緩んでいてイノシシに壊されたようだな。直してくる」
ヴラドは山の方へつかつかと歩いていくと、大きく両手を広げた。
「土にまみれた我が人生をここに捧げようぞ。
ヴラドの体からたくさんの杭がにょきにょきと現れた。杭はヴラドの体から撃ち出されて山との境界に向かって飛んでいく。
グサグサグサ!
壊れていた柵の杭が綺麗に打ち直され、ヴラドは手早く杭に有刺鉄線を張り直して柵を修理した。
「さあ、杭改めたのでもう大丈夫だ」
小屋からバゼットとディルムッドがみんなを呼ぶ声がする。
「イノシシ鍋ができましたよー」
「ごはんにしよう!」
鍋にはさきほどのイノシシの肉のほか、たくさんの野菜がごろごろと入って煮えていた。
「さあどうぞ」
バゼットがイノシシ鍋をお椀によそってマリーに渡してくれた。マリーはお椀の汁物をそっと口に含んでみた。かなりワイルドな味がした。彼女が普段口にしていた宮廷の料理に比べたらとても大雑把だけれども、どことなくあったかい味がした。
「この野菜もカタッシュ村でとれたものなのですか?」
「ええ、もちろん」
「マリーさん、パンが焼けましたよ」
ディルムッドが焼きたてのパンを運んできた。パンの香ばしい香りがあたりに広がる。
「パンも村で作った小麦をつかって焼いているんです」
さらに食卓にワインが並べられた。
「このワインもそうです」
「まあ、この村は本当に豊かなのね」
「そいつはホラ、アレのおかげだ」
クーフーリンが高台の上を指差した。そこに誰かが立っていた。その人からあまりに眩しい光が放たれているので逆光で人影にしか見えず、誰なのかわからない。
「……高台から光を照らしている。あれは誰なのですか?」
「太陽神の息子、カルナだ。 カルナー!もういいぞ。メシにしようぜ!」
クーフーリンが高台に向かって叫ぶと、カルナとよばれた村人は光を止めて小屋のほうにおりてきた。
カルナの光がおさまったので周囲は夕方になった。
「日の光を受けて自然と共に暮らす。知らなかった。農民たちの生活がこんなに素敵なものだなんて」
「なっ、お姫様。たまにはこんな生活もいいだろ?」
クーフーリンがイノシシ鍋をほおばりながらマリーに陽気に話しかけてくる。マリーは思いついた。私も庶民の生活をもっと知ってみたい。
「ええ。皆さん、私にも農家の仕事を教えてくださらない?」
「もちろんだぜ!」
翌日のパリの街角。パン屋の店先でたいそう華麗な見た目の女性がパン生地をこねていた。通りすがりの人々が思わず振り返って二度見してしまう美女。いや、二度見してしまうのは有名な誰かにあまりによく似ていたからなのだ。
「あの人、王妃様じゃなくって?」
「ま、間違いない……。王妃マリー・アントワネットだ!」
「王妃がパンを作っているぞ———!」
誰かが驚きの声を上げ始めると、たちまちパン屋の前は人垣で埋まった。マリーはパンをこねる手を一旦止めて、人垣の前に進み出た。
「マリー様、パンづくりなど庶民の仕事です。いったいどうされたのですか?」
「私は皆さんの仕事を知ったのです。パンももケーキも貴方達がこうして作ってく
れているのですね」
「おお……、マリー様が私たちの仕事をわかってくださった!」
「ありがとう、貴方達の働きで私たちフランス王家は豊かに暮らしていけているのです」
「ああ、なんてお優しい王妃様!」
集まったパリの民衆はマリーの言葉を皆、感動の涙をながして喜んだ。その人混みの後ろにひっそりとまぎれて黒いコート姿の青年がたたずんでいた。彼の目にも涙が浮かんでいた。
「ああ、マリィ!マリィ! これできっと僕は無実の人々を処刑しなくて済みそうだ!」
青年シャルル・アンリ・サンソンの肩にぽん、と手が置かれた。振り返るとそこに楽団を引き連れた音楽家が立っていた。
「さあ、サンソン。一緒にマリーに音楽をささげようじゃないか」
アマデウスが指揮を執ると後ろに控えた楽団が音楽をを演奏し始める。音楽に合わせてパリの民衆が歌い出す。
「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」
「フランスばんざーい!」「マリー様ばんざーい!」
マリー・アントワネットを讃える歌を合掌して盛り上がるパリの街の片隅に、五人の農夫たちの姿があった。彼らは歌い踊るパリの人々の熱狂を静かに眺めていた。
「マリーはうまくやったようですね」
「我々の仕事は終わりだな」
「さぁて! 俺たちはまた新しい村を開拓にいこうぜ」
「はて、次はどんな時代のどの場所にいくことになるものやら」
「また良き村を作り上げようぞ」
そして彼らは人知れずその場から立ち去ったのだった。
地図に載っていなかった謎のカタッシュ村。その後あの村人たちの姿を見た者はいない。
AD.1793 フランス革命
歴 史 改 変
……あれ?