「———んっ……」
いつものようにバゼットはソファの上で目覚めた。
頭を上げて窓に目をやれば外では橙色の夕日が沈みかけている。まだ夕方だ。
昼間に眠り、夜に起き出しては準備を整えて街に出かける。それが今のバゼットの日課だ。彼女のサーヴァントであるアヴェンジャーは夜中しか行動することができない。そのせいでバゼットはこんな昼夜逆転生活を繰り返している。
バゼットはむくりと体を起こして部屋の中を見回した。誰もいる気配がしない。
「……アヴェンジャー?」
空っぽの部屋の中に声をかけたが返事はない。アヴェンジャーは霊体化したたまま寝ているのだろうか。確かに彼の活動時間にはまだはやい。
バゼットは部屋の中のテーブルと椅子に視線を移した。いつもアヴェンジャーが座っている場所だ。
テーブルの上には彼がいつもいじりまわしているパズルがあった。バゼットはソファから立ち上がり、テーブルに近づいてアヴェンジャーの席に腰掛けた。
「やれやれ。あのサーヴァントはややこしい屁理屈をこねまわすくせに、こんな単純なものが好きとは」
地味な白い花の絵柄の16パズル。枠の中にバラバラにはめられているピースを動かして元の絵を作るのだ。数分で解けてしまうだろう子供向けのおもちゃ。
何の気なしにバゼットは枠の中のピースを指で弾いてみた。
カッチカッチ、カッチカッチ
ぶつかり合う小さな木片の音が時計の秒針のようにリズムを刻む。バゼットは軽い気持ちでアヴェンジャーの真似をしてパズルで遊び始めた。
カッチカッチ、カッチカッチ
カッチカッチ、カッチカッチ、カッチカッチ
「む……」
すぐできてしまうはずのパズルが意外に難しい。最後の一片がどうしても元の位置におさまらない。
仕方ないので一旦できかけの絵をバラしてもう一度適当に枠に入れ直す。そしてまたピースを弾き始める。
「この程度の絵くらい」
完成させられなくては癪だ。もしアヴェンジャーにバレたら彼は大喜びでからかってくるに違いない。
『いっやあ、壊すこと専門って言ってたけど、こんなパズルでもバラバラにすることしかできないとは。さすがだね、マスター。そりゃあ鍵開けなんて無理なハズだ。はははははは』
……空耳が聞こえる。
「——————っ!」
思わず木片を触れる指に力がこもる。
カチカチカチ、カチカチカチ、カチカチカチ
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
ピキッ、パキッ
明らかに違う音がした。
「………………………………」
バゼットは無言で手元から目を逸らす。そのままテーブルを離れてソファに戻った。
夜まではまだ時間がある。寝直そう。
「———んっ……」
バゼットは目覚めた。窓の外は真っ暗だ。いつもの時間だ。
だが、いつもならは彼女が目を覚ませばすかさず聞こえる
「よう、マスター」
という軽い声がしない。
アヴェンジャーは? とバゼットはソファに横たわったまま、目だけでちらりとテーブルの方を見た。アヴェンジャーはそこにいた。いつもの席に座ってパズルをしていた。
しかし、カッチカッチといういつもの音は響いていなかった。
「うええ……オレの絵、なんでこんなになっちゃったんだよ」
アヴェンジャーは半泣きで細かい木の破片を並べ直していた。16枚の木片だった絵合せパズルは今や粉々のジグソーパズルと化していたからだ。
……もうしばらく寝ていよう、とバゼットは眼を閉じた。