ウツロナ ラクエンノ カケラ   作:kanpan

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ランサー召還失敗

■その1

 

 冬木市深山町のほとんど人がやってくることがない森の中。そこにずっと放置されている古びた洋館があった。

 誰も住んでいない筈のその館のなかでごそごそと蠢く人影がある。

 

「細かい作業は不得意なのですが……」

 

 ぶつぶつと不平を呟きながら、魔術協会から派遣された魔術師バゼットは部屋の床に魔方陣を書いていた。

 水銀を使って慎重に図形を形作る。バリバリの武闘派で腕っ節勝負の戦闘魔術師であるバゼットにとって慎重な作業を伴う儀式は疲れるし退屈なことこの上ない。

 

「やれやれ、ようやくできた。さて、やりますか!」

 

 意気揚々とバゼットは英霊召還の詠唱を唱える。

 

「———汝三大の言霊を(まと)う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よー!」

 

 魔方陣が輝き、眩しい光の中から英雄の姿が現れ出た。

 青い髪に毛皮のついたマントを羽織り、やたらとゴツい杖をもった男だった。

 

「問おう、アンタがオレのマスターか?」

 

 確かに私がマスターで、この男は私が呼んだサーヴァントだが……。

 バゼットは何か激しい違和感を感じていた。その違和感をストレートに相手にぶつけてみる事にした。

 

「あの、貴方クーフーリンですよね。なんで槍もってないんですか?」

 

 クーフーリンは堂々と胸を張って答えた。

 

「そうだ。キャスターのサーヴァント、クーフーリンだ。魔術師はステッキを持ってるもんだろ?」

 

 いや私は持ってませんが……、と魔術師バゼットは言葉を失う。いや問題はステッキじゃなくて、もっと重大な違和感があった気がするのだが。

 

「よろしく頼むぜ、マスター。じゃあさっそく戦いにいこうぜ!」

 

 キャスターは陽気に笑うとそのゴツい杖を担いで外へ出て行こうとする。慌ててバゼットもキャスターの後を追いかけた。

 

 そう、私は一流のルーン魔術師だ。私の召還が失敗である筈がない!

 

 

「うらうらうらぁ!」

 

 柳洞寺に辿り着いたキャスターとバゼットはわらわらと湧いてきた竜牙兵と交戦していた。

 キャスターはとても機嫌がよさそうにゴツい杖をぶんぶん振り回して竜牙兵をがっしゃんがっしゃんとたたき壊している。

 

「わははははは! 調子がいいぜバゼット!」

 

 その姿をみてバゼットは確信する。

 やはりまちがいない。槍を持っていなくとも、彼は私が憧れていたクーフーリンだ。

 

 

■その2

 

 バゼットは英霊召還の詠唱を唱える。

 

「———されど汝はその眼を混沌(こんとん)に曇らせ(はべ)るべし。汝、狂乱の(おり)に囚われし者。我はその鎖を手繰(たぐ)るもの———」

 

 唱えてしまってから気づいた。

 はっ、この部分の詠唱は要らなかったのでは?

 

 魔方陣が黒く輝く。異次元の暗闇に繋がってしまったかのような漆黒の空間のなかからサーヴァントが姿を現した。

 それは、

 

 額から光線が出ていて、顎は人の頭くらいの大きさに肥大している。両目の間にさらに七つの瞳がついていて、片方の眼は頭の内側に入り込み、もう片方が頭の片側に飛び出している。手足の指は五本ではなく七本もある。頬には黄色、緑、赤、青のカラフルな筋が浮かんでいる。雷にでも当たったかのようにバリバリと髪の毛が逆立っていて、髪の色は根元では黒いが先端に向かうほど赤く変色している。体をぶるんと震わせると血しぶきが上がって辺り一面に血の霧が立ち上る。

 

 という恐ろしい姿であった。

 

「……な……こっこれは……」

 

 狂戦士化したクーフーリンを前にしたバゼットは思わずたじたじと後ずさる。

 クーフーリンは体からぶしゅー、と血を噴き出させながら体を震わすと、

 

「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 と雄叫びをあげて館を飛び出し、冬木市の街めがけて走っていった。

 その姿をみたバゼットはふと我に返った。

 

「そうか、なにも恐れる事はない。むしろバーサーカー化して攻撃力が増しているのだから戦闘には好都合だ」

 

 問題はありませんね、とバゼットは一人頷き、急いでバーサーカーの後を追いかけた。 

 

「うりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

 バーサーカー主従によって冬木市は灰燼と化した。

 

 

■その3

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よー!」

 

 英霊召還の詠唱の最後の一節を高らかに謳い上げた瞬間、バゼットは重大な失敗に気がついた。

 

 しまった、触媒の耳飾りを使うのを忘れた———!

 

 だが既に魔方陣は光を放ち、まばゆい輝きの中から精悍な青年が進み出る。朱色の長槍と黄色の短槍、二本の槍を携えた槍兵。それに女性であればたちまち心を奪われてしまうであろう美しい顔立ちの美丈夫であった。

 

「ランサーのサーヴァント、ここに参上した。貴方が私の今生の主か」

 

 ランサーの召還に成功した、とバゼットは目の前に居る槍を携えたサーヴァントをみて思う。しかしなにかが違う気がする。

 

「あれ、槍が二本? クーフーリンのゲイボルグは一本だった気がするのですが」

 

 マスターの問いに、ランサーのサーヴァントは少し悲しそうに首を振った。

 

「マスター、残念ながら私はディルムッド・オディナだ」

 

 クーフーリンがアルスター地方の英雄ならばディルムッドはレンスター地方の英雄である。どっちもアイルランドの英雄であることに代わりはない。

 日本昔話に例えれば金太郎か桃太郎かの違いのようなものだ。

 

 バゼットはがくりと肩を落とした。

 

「私がクーフーリンの耳飾りを使い忘れたのでディルムッドになったのですね……。しかしアイルランド神話には他にも槍使いの英雄がいる。なぜディルムッドになったのでしょう?」

 

 ディルムッドがバゼットの顔を指差した。指の先は彼女の左目の下を指している。

 

「マスター。貴方の眼の下にあるものが我らの共通点だ」

「はっ!」

 

 そう言われてバゼットはディルムッドの顔をみる。右目の下の乙女を惑わすチャームポイント。

 

「泣きぼくろが!」

 

 そう、二人とのも眼の下に泣きぼくろがあるのであった。

 

 それにしても、とバゼットは自分の体の変化に気がついた。先ほどから急に心拍数が上がってきているのだ。

 

「ディルムッド……何故でしょうか、貴方の顔を見ていたらなんだか胸がどきどきしてきました……」

「しまった、またオレの黒子(ほくろ)の魅了の呪いでマスターがっ……」

 

 ディルムッドは魅了の黒子(ほくろ)で思いがけず女性を惚れさせてしまうため、自らの意志に反して主君を裏切ってしまうという悲劇の運命を辿った英雄なのだった。

 

 またしても……オレは黒子(ほくろ)の呪いから逃れる事はできないのか、とディルムッドは頭を抱える。

 だがふと気がついた。

 

 考えてみたら今回の主は女なのか。今まで女のせいで主に忠義を尽くせなかった。だが主が女であれば別に問題あるまい。

 

「ディルムッド……」

 

 バゼットは潤んだ眼でディルムッドの瞳を見つめている。ディルムッドはバゼットの両手をしっかと握り語りかける。 

 

「マスター、主の望みを叶える事が私の望み。共に聖杯を勝ち取りましょう」

「ええ必ずや!」

 

 この主従の場合は、あまり問題なさそうだった。




その1
クーフーリンはルーン魔術が使えるのでキャスターになることもできるのだ。Fate/Grand Orderではキャスターでの参戦が噂されているぞ。ランサーとあまり変わらないような気もする。

その2
クーフーリンの伝説には狂戦士化のエピソードがあるのでバーサーカーになることもできるのだ。
マスターとセットでバーサーカーコンビができますね。

その3
神話好きのバゼットさんならたぶんディルムッドでも大丈夫だろう。

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