後半はシリアス……かな。
ーーライゼル。
帝国軍人であり、階級は将軍。
今から約二年ほど前に帝国軍に従属。以後二ヶ月を辺境にて過ごすものの、異民族や賊軍との戦闘にて目覚しい戦果を挙げ、現在では故人ではあるものの、当時の将軍であるモトベ将軍に気に入られ、彼の将軍の部隊に入隊する。
それからも戦場に赴く度に目覚しい戦果を挙げ挙げ続け、帝都近郊にて起こった内乱が彼の指揮の下速やかに鎮圧され、帝国軍最上位、ブドー大将軍に気に入られる。
公私共にブドー大将軍とは友好関係を築き、彼の推薦により、またライゼル自身の並外れた功績もあり、エスデス将軍に次ぐ最年少の将軍として僅か一年足らずで将軍にまで昇格。
その後もブドー大将軍とは友好関係を続けている。
また、同年代のエスデス将軍とも友好な関係にあり、食事を共にしたり、帝都近郊での危険種の狩りに駆り出したりなど、共に休日を過ごす様子が度々見かけられる。
ライゼルに常に付き従う黒衣の人物ーー『黒』については、本名・性別・容姿などなど、殆どのことが不明である。ライゼルの従軍当初から行動を共にしており、驚異的な戦闘能力を誇っているが、それ以外については依然として不明なままである。
規模こそ他の将軍には劣るものの、彼の率いる部隊は規律や軍規を絶対としており、ブドー大将軍、エスデス将軍と並ぶ帝国軍の主戦力に数えられる。
基本的には宮殿に常駐しており、ブドー大将軍と共に帝都近郊における非常戦力となっている。
自身の職務がない場合は街に出ており、パトロール兼羽安めとしている様子。
賄賂の類は受け取らず、また本人の人柄もあってか市民からは慕われている模様。
彼が個人で経営している孤児院は彼が行った戦闘にて生じた天涯孤独の遺児を拾ってきては孤児院で養っている。
ブドー大将軍の庇護下にいる文官たちーー反大臣派の良識派の文官たちにも慕われており、個人的な友好関係もあるとのこと。
帝具は所持していないものの常識外れの戦闘能力を誇っており、彼の下に向かわせた密偵はその尽くが始末されているーー
「ふむ…………」
油の滴る霜降り肉に豪快にかぶり付きながら肥満体型の中年の男ーー今や実質的に帝都を牛耳っている大臣、オネストは小さく頷いた。
(見れば見るほど怪しい人間ですねぇ)
手にした紙切れに記されているのは、一人の男の経歴。即ちライゼルの経歴である。
別に経歴に何かあるわけではない。その経歴自体は酷く自然なものだ。ーー否。“余りにも自然すぎる”言うべきか。
普通なら気にならないほどの違和感。だが、それがどうもオネストの頭に引っかかる。
こういう時、彼は自身の直感を信じることにしている。というのも、その直感のおかげで今の皇帝を世継ぎ争いで勝たせた時、何度となく殺されかけた時もこの直感を信じたが故に紙一重で生き残ることができたのだから。
そのオネストの直感が警鐘を鳴らしているのだ。
ーーコノ男ハ、危険ーー
と。
だからこそこうしてこの男に怪しい点がないかどうかを調べているのだが、やはり警戒されているのだろう。まるで尻尾を掴ませない。異民族の傭兵や、皇拳寺の腕利きを送り込んで入るものの、一つの成果も挙げることなく、無駄に人材を減らして行くのみ。
度々密偵を送り込んでいるものの、そろそろそれも難しくなってきた。
まさか、ああも堂々と警告してくるとは思わなかったが。
「ヤレヤレ。本当に面倒ですねぇ、貴方は……」
ため息混じりに呟いたその顔は、言葉とは裏腹に歪んだ笑みを浮かべていた。
ライゼルはオネストにとっての目の上のたんこぶ、ブドーの庇護下にいる将軍。適当に冤罪を着せて処刑することはできないし、裏を洗って合法的に潰すという手段も今の所取れそうにない。
オネストにとっての最強の手駒ーーエスデスをぶつければ簡単に片付けられるだろうが、そんなことをすればブドーが黙っていないだろう。
手放すには余りに惜しく、飼い慣らすには余りに危険。思い通りに行かない現状に苛立つことこの上ない。
実に忌々しい。忌々しいこと甚だしい。ーーだが、それがどうしたというのだ?
目障りだから殺す。
食したいから最高の肉を食す。
その生き方を変えるつもりはないし、変えようとも思わない。
邪魔するものは老若男女一切合切の区別なく、殺し滅ぼし陵辱する。
己の良くするがままに生きることのなんと愉快なことか。己の快楽を守るためならば、オネストは手段を選ばない。ーーそう、例え“どんな手段を用いてでも”、だ。
唇を歪んだ笑みの形に歪めたまま、分厚い舌でベロリと唇を舐める。
「じっくり、じ~~~~っくり時間をかけて潰して差し上げますよぉ。ヌフフフフフ」
その時、あの凍て付いた美貌がどう歪むのか。想像するだけで食が進む。
豪奢な部屋に、男の欲に塗れた哄笑が響き渡ったーー
ーー所変わってナイトレイドアジト、訓練所。
「ーーうおおおおおおおおおッッ!!!」
幼さの残る少年、タツミが雄叫びを上げながら一直線に疾走する。
向かう先はその先に佇む銀髪の青年、ライ。
こちらは静かにタツミの疾走を目で追いながら、手にした木刀を肩に担いで寛いでいる。
「だ、ラァッ!!」
力任せに一閃。
胴を狙って横薙ぎに振るわれた木刀はしかし、あっさりと受け止められてしまう。ーーが、別に問題はない。元よりこれで一撃入れられるなど自惚れてはいない。
タツミは未だ発展途上ではあるものの、現状でも危険種を討伐できる程度には強い。だからこそ、彼我の力量差を理解している。
ーー今、タツミが相対する相手は、桁外れに強い。
その程度のことは。
木刀を受け止められた瞬間にはタツミはもう次の行動に移っている。
瞬時にしゃがみ込み、下段を狙っての薙ぎ払い。
が、これも片足を上げられただけであっけなく回避される。ーーだが、ここまでがタツミの策。
(此処だッ!!)
片足を上げたことで不安定になった所へ、飛び込みながら喉笛を狙っての突きを放ちーー
「ーーガ、ハッ!?」
ーー一瞬で視界が回転し、次の瞬間には地面に叩き付けられていた。
全身に響いた鈍痛に思い切り表情を歪めながら立ち上がろうとして、
「ーーチェックメイト」
文字通り目と鼻の先に木刀の鋒を突き付けられていた。
どう足掻いても逆転不可能ーーつまりは詰みだ。
「…………参った。降参だ」
「そうだろうな」
小さく笑いながら木刀を下ろして代わりに片手を指し伸ばしてきた。
遠慮なくその手を掴んでよろよろと立ち上がり、はあ、とため息。
「……また負けか」
「当然だ。兄さんとお前では経験も技量も、何もかもが違うのだからな」
「分かってるよ。俺がまだまだ弱いってことは」
アカメの言葉に拗ねたようにタツミが言う。
自分がまるで及ばないと理解していても、やはり負けると悔しいのだろう。表情からは悔しさがにじみ出ている。
「ああ、くそ。さっきのは惜しかったと思ったんだけどなぁ」
「タツミは武器に注目しすぎ。だからお兄ちゃんの投げ技にああも簡単に引っかかる」
「うぐっ」
クロメの指摘に反論できずに苦虫を噛み潰したかのような表情となるタツミ。
自覚はあったのだろうが、改めて他人に指摘されると結構キツイ。
「まあ、そうは言うけど、筋はいい。現時点でも大抵の相手に遅れを取ることはないだろうな」
流石はアカメが『伸びしろの塊』と評しただけはある。才能という一点においては最高レベルかもしれない。
内心で評価するのは、アカメとクロメの兄であるライ。
現在彼らはナジェンダの指示に従い、タツミを鍛えている真っ最中なのだ。正確にはライだけがそう言われたのだが、気を聞かせたのだろう、姉妹二人も一緒である。
「とはいえ、帝具使いが相手となると勝ち目は薄い。だからタツミ。君にはこの三日間、“生き残る術”を徹底的に叩き込むから、覚悟しておいてくれ」
「お、応ッ!」
その言葉に不吉なものを覚えないでもないが、力強くタツミは頷いた。
でも、とその後にタツミは言葉を続けた。
「ん?」
「いや、稽古付けてくれるのは嬉しいんだけどさ、その前に一つだけ聞いていい?」
「ああ、勿論」
頷くライに、タツミは昨日から気になっていたことを尋ねた。
「さっきから言ってるんだけどさーー帝具って、何?」
その瞬間、「あ」と今気付いたと言いたげな表情になった三人の顔を忘れない。
と言うかあんまり似てない兄妹だなと思っていたが、こういう表情はそっくりだなーーなどとどうでもいい方向に思考が飛んでしまうのは、疲れているせいだろうか。
「あ、あ~、そうか……まずはそこから説明しなきゃいけなかったか。すっかり失念してたな」
申しわけなさげに苦笑しながら、「そうだな」とライ。
「帝具と言うのは、約千年前の始皇帝がその権力と財力を用いて作らせた超兵器でーー」
「こういうのだ」
「分かりません」
ライの説明の途中で徐ろに壁に立てかけてあった刀を持ち出し、タツミの真正面に掲げるアカメに即答するタツミ。当たり前である。
今ので分かったならばそもそも説明など不要である。
「と言うかまだ説明の途中なんだが……?」
ふぅ、と気を取直して。
“帝具”
約千年前。大帝国を築き上げた始皇帝は悩んでいた。
『この国を永遠に守って行きたいが、余とて人間。いずれ死ぬ』
自身が国を未来永劫守って行くことは不可能。だが、それが武器や防具だとしたら……?
命無き武具の類ならば、遙か未来にまで受け継ぐことができる。
そう思い至った始皇帝は、自身の配下を集めて言い放った。
『国を不滅にするために、叡智を結集させた兵器を造り上げろ!!』
伝説と言われた超級危険種の素材。
オリハルコンなどのレアメタル。
世界各地から呼び寄せた最高の職人たち。
始皇帝の持つ絶大な権力と財力は、現代では到底製造できない48の兵器と1つの『欠陥品』を生み出し、それを“帝具”と名付けた。
帝具の能力はそのどれもが強力であり、中には一騎当千の力を持つ物もある。
帝具を貸し与えられた臣下たちはより大きな戦果を挙げるようになったという。ーーがしかし、五百年前の大規模な内乱により、その半分近くは各地に姿を消してしまったーー
「ーーと、まあこういうわけだ」
「なるほど……じゃあ、みんなが持ってる武器とかも帝具なのか?」
「そうだよ。ボス以外は全員帝具持ち。勿論私もね」
そう言ってクロメが見せたのは、アカメと同じ刀。
姉妹だと使う武器も似るのだろうか?などとしょうもないことに頭が回る。
「……ん?ちょっと待ってくれ」
余りにスケールの大きい……というよりかは初めて聞くことばかりでうっかりスルーしていたが、今のライの説明には違和感があった。
と言うのもーー
「48と1つの『欠陥品』?普通に49とかじゃないのか?と言うか、欠陥品なのに“帝具”扱いされるもんなのか?」
そう、そこなのだ。タツミが気になったところというのは。
なんでわざわざ49ではなく48と『欠陥品』などと区別する必要があるのか?と首を傾げるタツミだが、その疑問にもライは答えてくれた。
「『欠陥品』、と言っても普通に強力な帝具なんだ。だから本来なら帝具の総数は49であってるんだが……」
「だが……?」
「その帝具、強力過ぎて誰も使えなかったらしい」
「は?それって意味なくないか?」
どんなに強力な武具でも、使い手がいなければ宝の持ち腐れでしかない。
そう指摘するタツミに「ああ」と肯定するように頷いて、
「そう、意味はない。誰も使えないのなら、あっても意味はないんだからな」
「だから兄さんの帝具は欠陥品と呼ばれてるんだ」
「ふ~ん……って、ちょっと待って、『兄さんの帝具』?」
アカメがさらりと口にした言葉に、首を傾げる。
(アカメの兄貴はライさんで、アカメが“兄さん”って呼ぶのもライさん一人。ってことはーー)
「ライさんの帝具が、その欠陥品……?」
そう、タツミが恐る恐ると言った感じで尋ねたことに返答しようとライが口を開くよりも早く、
「誰が欠陥品か、戯け」
「あ痛ァッ!?」
明後日の方向より突如飛来した飛行物体が苦言を呈しながらタツミの頭部にタックルをかましていた。
かなりの速度から全体重を乗せた一撃は、幾ら掌サイズだとしてもかなりのダメージを与えていた。
「な、なんだぁ!?」
驚きつつも距離を取るのは日頃の鍛練の賜物か。
振り返りつつ距離を取ったタツミの視界に写ったのは、一匹の黒いーー
「……蝙蝠?」
「俺をあんな下等生物と一緒にするな」
再び激突。痛みに悶えるタツミを軽くスルーして、ライは黒い蝙蝠に似た生物ーーキバットバットⅡ世に話しかけた。
「珍しいな。お前がこの時間に出てくるとは」
「起き抜けにあれだけの侮辱を繰り返されて黙っていられる訳がなかろう」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすキバットバットⅡ世(Ⅱ世と言うのは自己申告であり、ライたちは普通にキバットと呼んでいる)に、ああ、と納得する。
この蝙蝠もどきは尊大な口調通りにプライドが高いのだ。かと言って頭が固いわけではなく、『誇り高い貴族』と言った所か。帝都の貴族が皆こうなら今の世も少しはまともになっていただろうにと思わなくもないが、それはそれで余り住みたくはない。
何奴も此奴もこの尊大な口調とか疲れることこの上ない。
「ーーって、ええ!?蝙蝠が喋ったぁッ!?!?」
タツミ、絶叫。
分かっていたことなので三人とも叫ぶ直前に耳を両手で塞いでいたため、ダメージはない。
「この俺を蝙蝠呼ばわりするとはな……。実に度し難い」
「普通、誰だって同じような感想を持つと思うがな」
ツッコミつつ、未だ呆然としているタツミに彼(?)の紹介をすることにした。
「この蝙蝠に似た黒いのはキバット。僕の相棒だな」
「キバットバットⅡ世だ。ありがたく思え。この俺がよろしくしてやろう」
「は、はぁ……」
何がなんだかまるで分からない。
未だに蝙蝠もどきが人語を解したことに対する衝撃に混乱しながら、何とか返答する。
次いである疑問が鎌首を持ち上げてきた。
「この蝙蝠ーーキバットが、ライさんの帝具?」
この蝙蝠で一体どうやって戦うのだろうか?全く想像ができない。
しかし、タツミの疑問にライは「いや」と首を左右に振る。
「キバットはあくまで管制ユニットに過ぎない。帝具は鎧だ」
「管制……?」
まるで聞きなれない言葉が出てきた。
「ああ……まあ、そうだな。管理人みたいなものだと思ってくれればいい。僕の帝具、『キバの鎧』は二重の選定を必要とする帝具なんだ」
「う、ううん……よく分かんねぇな」
頭を抱えるタツミに特に何を言うでもなくライは苦笑した。それもそうだと思ったのだ。
今まで馴染みのないものを一気に紹介されて理解できるなど普通はできない。
「分かんないのはタツミの頭が固いからだよ」
「くっ、は、反論できねぇ」
クロメの口調が若干違うのは、彼女に人見知りの気があるからか。
当のクロメは縁側に腰かけてライ手製のお菓子をパクついている。クロメにせがまれて簡単に作ったものだが、存外気に入ったようだ。
「まあ、そう簡単に理解できるものでもないさ」
励ますようにそう言って、
「この際だからみんなの持っている帝具も簡単に紹介しておこう」
「私のはこの刀、『村雨』だな」
ーーアカメの帝具、一斬必殺「村雨」。
この妖刀に斬られれば傷口から呪毒が入り、即座に死に至らせる。解毒方法はない。ただし、殺すためには刀で直接斬る必要がある。
「私のはこの『八房』」
ーークロメの帝具、死者行軍「八房」。
斬り捨てたものを呪いで8体まで自分の骸人形にすることができる。人形のスペックは生前のまま自在に操れるが、術者が死ぬか能力を解除すればただの死体へ戻る。
「片方はかすり傷でも終わりで、もう片方は下手すりゃ死んだ後も扱き使われるのか……」
と言うかそんな凶悪な刀を相手に二度も殺されかけて、よく生き残っていたなと改めて命のありがたみを実感するタツミである。
一歩間違えたらあの時死んでいたかもしれないと思うと、流石にゾッとしない。
「しかも死体だからな。腕が引きちぎられようと頭を吹っ飛ばされようと命じられるままに動き続けるぞ」
「どっちもエグ過ぎんだろ」
「後、お兄ちゃんをアジトまで運んできたのは私が八房で人形にした危険種だよ」
「僕のは少し特殊だから後にするとして、次だ」
ーーレオーネの帝具、百獣王化「ライオネル」。
ベルト型の帝具。己自身が獣化し、身体能力を飛躍的に向上させる。また、嗅覚などの五感及び第六感も強化されるため、索敵なども可能。
ーーマインの帝具、浪漫砲台「パンプキン」。
精神エネルギーを衝撃波として打ち出す銃の帝具。使用者がピンチになるほどその破壊力は増していく。
ーーブラートの帝具、悪鬼纏身「インクルシオ」。
鉄壁の防御力を誇る帝具。装着者に負担がかかるため、並の人間が身に着ければ死亡する。
ーーラバックの帝具、千変万化「クローステール」。
強靭な糸の帝具。張り巡らせて罠や敵を察知する結界にしたり、拘束・切断も可能な異名通りの千変万化。
ーーシェーレの帝具、万物両断「エクスタス」。
大型鋏の帝具。世界のどんな物でも必ず両断できる。その硬度故、防御にも使用できる。
また、帝具には奥の手を持つ物もあり、インクルシオは素材となった生物の特質を活かし、しばしの間透明化できる。
「ーーで、最後に僕」
「俺が管理する鎧、『キバ』がその帝具だ」
ーーライの帝具、絶滅魔王「キバ」。
キバットが管理する鎧の帝具。製造から現代に至るまで装着者が現れなかったため、その能力は未知数。キバットによる選定が第一段階、その選定をクリアしたとしても第二の鎧による選定をクリアできなければ即座に死へと至るため、「死の鎧」と呼ばれる。装着者にかかる負担は並大抵ではなく、その分力を完全に引き出せばその力は「世界を終わらせる」ほどだという。
「死!?」
驚愕の事実に顎が外れるのではないかというほどに驚くタツミに対して、当のライの方は至って平然としていた。
「まぁ、あの時はそうするのが最善だったし……キバの力を使わなければ生き残れないような状況だったんだ」
肩を竦めて苦笑する。
ライがキバの鎧を手にした経緯ーー即ち、キバットと出会うことになった経緯は偶然の産物でしかない。だが、その偶然は運命だったのではないかと思う。
陳腐な言い方に思わず笑ってしまいそうになるが、そう思っている。
「いやいや、帝具の力を使わなくちゃライさんが生き残れない状況って、一体どんなだよ……」
半信半疑と言った面持ちで軽く笑うタツミにライは「ふむ」と数瞬思案して、
「そうだな。簡単に言えば、遠征帰りの帝国最強と出くわしたり、とかかな?」
「……は?」
思わず呆然とするタツミを責めることはできないだろう。多分。
改めて眼前の青年のトンデモなさを思い知らされるタツミであった。
「あ~、それは一先ず置いておいて、だ」
場の空気を仕切り直すように、咳払いを一つ。気を取り直して説明を続ける。
「帝具は当然のことながら僕らだけが持っているわけではない」
「相手が帝具を使ってくる場合もある、ってことか」
「そう言うことだ」
伝えたいことを先回りして理解してくれるタツミに満足そうに頷く。
タツミは田舎出身であるためか、やや知識不足は否めないが、別に鈍いわけではない。むしろ頭の回転は早いほうだろう。
殺さなかったアカメには感謝するしかない。実にいい掘り出し物と言えた。
「私たちは殺し屋チームだが、帝具集めもサブミッションとして存在する」
「相手が帝具持ちの場合はそれを奪取、最低でも破壊する……でもまあ、タツミには厳しいかもね。全然弱いし」
「なんだとぉ!?」
説明を引き継いだアカメに便乗する形でクロメが悪戯っ子のような笑みを浮かべながら言う。全くの遠慮なしに言われた言葉に憤慨するタツミ。
「落ち着け。言い方は悪いがクロメの言ってることもあながち間違いではない」
帝具の能力はどれもが強力なものだ。才能はあれど、まだまだ青い果実でしかないタツミが帝具持ちと戦闘に陥った場合、九分九厘敗北する。そして殺し屋の鉄則は、敗北=死。
負けてからでは遅すぎる。
「だからこそ、こうして生き残る術を叩き込むんだ」
生き残るとは、何も戦闘で勝利することが全てではない。生きてさえいれば、負けることにはならない。文字通り、決着はまだ付いていないのだから。
「僕らはあくまで殺し屋。闇に紛れて標的を始末する暗殺者。正々堂々とした高尚な戦いなんて何処ぞの騎士にでもやらせておけばいい。戦って勝つことに執着して本来の責務を忘れることこそが、僕らにとってもっともあってはならないことなんだ」
「何があっても生き残ってさえいればいい、か」
「そう言うことだ。……ああ、それと、これも読んでおくといい」
そう言って、何処からともなく取り出したのは、一冊の分厚い本。
手に持つとずしりとした重さがのしかかる。
「何これ?」
「帝具図鑑、とでも言っておこうか。全てではないが、帝具に関する文献やら資料やらをまとめたものだ」
「あ、それ昔お兄ちゃんが作ってたやつだね」
横合いから除き込んだクロメが懐かしそうに呟いた。
「すげぇ……帝具って色々あるんだな。…………って言うか、これ作ったのかよ!?」
驚きである。分かり易いイラストと簡単な解説付きでスルスルと頭に入ってくる。詳しい解説は後ろの方のページに纏めて載せてあるらしく、該当するページが簡易解説の最後に記されている。
……どれだけ優秀なのだろうか、この男は。
「まあ、一々文献を引っ張り出して調べるよりもあらかじめ纏めておいた方が探し易いし、何より便利だからな」
なんてことないように言ってのける青年の姿が、やけに大きく感じる。
今はまだ、まるで足元にも及ばないが、何時か絶対にその背中に手を届かせる。
密かに決心を固めるタツミの脳裏に、ふとある考えが浮かんできた。
ーーそれは、一度は諦めていた希望。
たった一人の身勝手が故に喪われてしまった未来の可能性。
「ようし!ならこのままどんどん強くなって、全部の帝具を集めてやるぜ!」
帝具と言う途轍もない性能を秘めた武具の存在を知って、まるで闇の中に一条の光が差した気がした。
平たく言えば、タツミは今現在舞い上がっていた。
「?やけに機嫌がいいけど、どうしたの?」
首を傾げて尋ねるクロメに、タツミは弾む気持ちのまま己の予想を話し出す。
「まだ未知の力を持つ帝具が一杯あるんだろ?そこで俺はピーンと来たわけさ!」
拳を胸の高さで握り締めながら、興奮と期待に頬を朱く染め上げながら、タツミは口を開いた。
「これだけの性能揃い。もしかしたら、もしかしたらだけど」
「死んだ人間を蘇らせる帝具があるかもしれねぇ!そうだろ!?」
ーー瞬間、空気が凍った。
「もしかしたらサヨやイエヤスも生き返るかもしれねぇーーだから俺は帝具を集めて……」
「ない」
しかしそれに気付かずに話続けようとしたタツミの言葉を、鋭く冷たい言葉が押し留めた。
その言葉を発したのは、銀髪の青年ーーライだ。
「帝具だろうが何だろうが、死んだ人間は二度と生き返らない。命は……一度切りだ」
まるで……鉛を吐き出すかのような重たい口調で放たれた言葉に思わず後退りしてしまいそうになるが、グッ、と奥歯を噛み締めてその場に留まり、逆に喰ってかかった。
「わ、分からねぇだろそんなの!?探してみなくちゃ!」
「分かるよ。じゃないと今生きてなきゃいけない人がいる」
感情を排した淡々とした口調で、クロメが言う。
「誰だよ、それ……」
「分からないの?始皇帝だよ」
そしてそれこそが、タツミの言う帝具が存在しない証明でもある。
もしそんな帝具があるならば、今なお始皇帝は存命している筈なのだから。
だからこそ、
「不老不死が不可能だと分かったから、始皇帝は帝具を残したんだ……」
俯き加減にアカメが絞り出す様にそう言った。
「……あ…………」
立て続けにれっきとした証拠を見せ付けられて、己の希望を粉々に打ち砕かれて、二重の意味で呆然とするタツミの姿に、憐れむような口調でアカメは語りかけた。
「諦めろ。でなければその心の隙を敵に利用される。…………お前が、死んでしまうぞ」
「…………」
タツミはなにも言わない。否。言えないのだろう。
ただ無言で、拳を固く握り締めていた。
「………………」
そして、ライもまたーー
(死んだ人間は蘇らない。命は一度切り。…………だとしたら、今こうしている僕は何なんだろうな?)
かつて今と全く異なる世界で生き、そして死んだはずの人間が、今こうして生きている。
転生、などと軽々しく言えやしない。死者は蘇らない。それは世界が定めた絶対の法則。それを破り、人の摂理を超えて蘇った自分は、果たして真に“人間”と呼べるのだろうか?
(君も、こんな気持ちだったのかい?C.C.……)
同じように人の摂理を外れ、老いることも死ぬこともなく生き続ける緑髪の魔女の姿を脳裏に思い浮かべて、軋むほどに強く、歯を噛み締めた。
ーー夜。
ナイトレイドのアジトからやや離れた場所に寂しげに座る少年の背中を認め、ライはふぅ、と吐息を吐いた。
「まだ……寝てなかったのか?」
結局、昼間はあれから訓練をしなかった。タツミがそういうことをできる精神状態ではなかったのと、その場の空気に流された所もある。
何よりライ自身がそういうことをする気分ではなかったので、訓練は明日から本格的に行うこととなった。
「……もしかしたら、あいつらが生き返るかもしれないって思うと嬉しくって…………」
タツミの独白を、ライはただ黙って聞いていた。
タツミが座り込んでいる先にある石、それが彼の幼馴染みの眠る墓なのだろう。
「低い可能性でも、希望が持てるって……」
ポツポツと、握り締めた手の甲に、雫が落ちて行く。
「でももう無理なんだよな……。分かってた筈なのに、俺…………」
ーー瞬間、旋律が響いた。
「え……?」
驚いて振り返れば、瞳を閉じたライが、弦楽器ーーヴァイオリンを弾いていた。
ゆったりとした、穏やかな調べは、そのまま青年の心を表してるかのようで。
哀しみに乾いた心に優しく触れて、溶け込んで行く…………。
夜の空に星が瞬き、草花は咲き乱れ、踊る様にその身を揺らす。
地上を照らす月明かりは何処までも優しくて、真っ暗闇の中を静かに照らしている。
「綺麗な、曲だな……」
タツミには芸術を理解するような心はない。曲を聴いて楽しいと思うことはあっても、曲そのものに聞き惚れることなどなかった。
なのに、どうして彼が紡ぎ出す音色には、これほど心惹かれるのだろうか?
「ーー当然だろう。この曲は、奴がお前のためだけに弾いているのだからな」
何時の間にいたのだろうか。タツミのすぐ傍をゆっくりと旋回しながら、キバットがそう言った。
「俺の、ため?」
「そうだ。音楽とは、弾き手がただ音を紡ぐだけでは成り立たない。そこに聞かせる者がいてこそ、音楽は初めて完成する」
この場合はタツミ、お前だーーそう言うキバットは飛び回るのを止めて墓石の上に着地した。
大きな黄色い瞳を閉じており、本格的にこの曲に聞き入っているようである。
タツミもまた、黙ってその曲に耳を傾けていた。
ーー今はもう会えないけど、何時か必ずまた会おうぜ。
ーー何時までも私たちに甘えてないで、ちゃんと自分で真っ直ぐ歩いて行きなさいよ。
幻聴だろうか。
今はもう聞くことができないーー聞けるはずのない懐かしい声が聞こえてきたのは。
ーーじゃあな、タツミ!
ーー来世があるならそこでまた会おうね!
「ふっ、くっ……」
みっともなく涙と鼻水を垂れ流して、嗚咽を洩らすタツミの耳に、優しい声が届いた。
ーー泣きたい時には、泣くといい。悲しみは何時か必ず飲み干せる。
例えどれほど時間がかかろうと、前へ進むことを諦めない限り、その悲しみもやがては自分の強さになるのだから……。
「…………ありがとう」
夜の闇に、ヴァイオリンの旋律と、少年の泣き声が響くのだったーー
というわけで第六話でした。
ライの芸術に関する才能は音也並。流れた曲はキバ劇場版のあの曲をイメージ。曲名は……すみません分かりません。
それと、感想でも書きましたけど、"あとがきコーナー"みたいなのって、需要ありますか?
読者様の疑問や本編の解説とかがメインになりそうですけど。
この回で一番やりたかったのはラストのタツミとの下り。主人公は全然喋ってませんが、その優しがうまく伝わればいいな。それ以前に上手く書けてるか不安なんですけど(^_^;)
そして一話以降まるで姿を表さなかったキバットをようやく絡ませられました。口調はこんな感じで大丈夫ですかね?性格とかも違和感なくかけてるといいな。勿論彼だけでなく他のキャラクター立ちにも言えることですが。
他のナイトレイドメンバーとの絡みは申し訳ありませんが次回行こうと言う形で……。
それでは長々と失礼しました。次回も宜しくお願いします。