アカメが斬る! 銀の皇帝   作:白銀の亡霊

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三話です。気付けば一万文字近くまで……でも話はあんまり進んでいないという。
よろしければどうぞ。


第三幕 襲撃

ナイトレイド会議室。

そこには、タツミを含め、ナイトレイドの現フルメンバーが勢ぞろいしていた。

「ーーなるほど」

ただ一人会議室の椅子に座っていた女性、ナジェンダに自身がナイトレイドアジトに連れさらわれるまでの経歴を話終えたタツミは、ふっ、と強ばっていた肩の力を抜き、何時の間にか固く握り締めていた拳をゆっくりと開いた。

ーーどうやら、知らず知らずの内に感情が昂ってしまっていたらしい。

一人息をつくタツミを尻目に、事情を聞き終えたナジェンダは一つ頷いてタツミを真っ直ぐに見据えた。

「事情は全て分かった。それを踏まえてタツミ、改めて聞こう」

一拍、余韻を持たせるように間を空けて、

 

「タツミ。ナイトレイドに加わる気はないか?」

 

「……どうせ、断ったらあの世行きなんだろ?選択の余地なしじゃねぇか」

シェーレから言われていたので、改めてそれを提案されたことに困惑しつつ、タツミはそう言った。

だが、ナジェンダは「いや」と首を左右に振る。

「アジトの場所を知られた以上、帰すわけにはいかないが、だからと言ってナイトレイドに加入しなければ殺す、というわけでもない。その場合は我々の工房で作業員として働いて貰うことになるがな」

「まぁ、相手の意思を無視して無理矢理仲間にしても意味はないしな。いずれ裏切られるかもしれない。仲間になるなら自分の意志で加入して貰った方がいい」

「ブラートの言う通りだ。強制的に働かせたところで、何の役にも立たんことは百も承知。第一、その手の強制は“アイツ”が許さないだろうしな」

彼らの言う“アイツ”とは誰なのかが分からないが、彼らの言っていることは分かる。

だが、しかし……

「兎に角断っても死にはせん。それを踏まえた上で……どうだ?」

「………」

ナジェンダの言葉に、タツミは葛藤する。

その数瞬間に、かつての出来事がグルグルと脳裏を駆け巡る。

「俺は……」

キツく手を握り締め、己の意思の在処を探るように言葉を紡いでいく。

「帝都に出て出世して、貧困に苦しむ村を救うつもりだったんだ……」

思い出すのは、故郷の村から幼馴染みと三人で意気揚々と旅立ったあの日のこと。

あの時は、三人が三人、夢と希望を抱えていた。自分たちが村を救う救世主になるのだと、本気でそう信じていた。

だがーー

「ところが帝都まで腐りきってるじゃねえか!」

『お前たちはなんの役にも立てない地方の田舎者でしょ!?家畜と同じ!!それをどう扱おうがアタシの勝手じゃない!!』

脳裏に響く、耳障りな声。ものの見事にレオーネに騙され、疑心暗鬼に陥りかけていた自分に、優しさを向けてくれた貴族の少女。ーー少なくとも、あの時のタツミはそうあの日の夜、ナイトレイドの襲撃で、その家の実態を知るまでは。

 

自分が必死になって守ろうとしていた少女は、自分の大切な幼馴染みを嬲り殺しにした張本人で、追い詰められた彼女は最後にそう言ったのだ。

謝るのではなく、開き直った。ーー否。自分が悪いなどと、欠片も思っていなかった。

あの時、彼女が罪を悔やんで謝っていれば、タツミももしかしたら斬るのを躊躇ったかもしれない。あのまま彼女を守るためにナイトレイドと矛を交えていたかもしれない。が、それももう過去の話。

タツミの二人の幼馴染みは二度と帰っては来ないし、あの女ーーアリアとももう二度と会うことはない。

「中央が腐ってるから、地方が貧乏で辛いんだよ。その国を腐らせる元凶をとっぱらいたくはねえか?ーー男として!」

声に反応して視線を向ければ、壁に寄りかかるようにして立つ大柄な男ーーブラートが、やたらとキリッとした表情でタツミを見ていた。

「ブラートは元々帝国の優秀な軍人だったんだ。だが、帝国の腐敗を知り、今では我々の仲間として戦っている」

「ま、帝国には完全に失望していたところにあの殺し文句だ。男なら、腐ってるわけにも行かねえよ」

そういう彼の顔は、驚くほど晴れやかだった。

自分の意志で自分の往くべき道を見定め突っ走る男の顔。その顔はタツミの心を激しく揺さぶった。

少なくとも、幼馴染みを失い、何をするわけでもなく沈み込んでいる今の自分には、とてもできない顔だから。

「でも、悪い奴らをチマチマ殺していったところで、世の中大きく変わらないだろ?それじゃあ辺境にある俺の村みたいな所は結局救われねぇよ」

正直、タツミの心は大分ナイトレイド側に傾いている。だが、それでもまだタツミは迷っていた。

そもそも、タツミは貧困に苦しむ故郷の村を救うためにこの帝都まできたのだ。殺しをやって金を稼ぐのは別にいい。

今のこのご時世だ。そうやって金を稼ぐ人などそう珍しくもない。

タツミの最終目標は村を救うこと。チマチマと暗殺を繰り返したところでこの国自体が変わらなければ、村の貧困も変わらない。

「ふっ、なるほどな。それならば余計にナイトレイドがピッタリだ」

「?なんでそうなるんだ?」

純粋なタツミの疑問に、ナジェンダは懇切丁寧に説明から始めた。

「帝都の遥か南に、反帝国勢力である革命軍のアジトがある」

「……革命軍?」

思わず、と言ったふうに聞き返すタツミ。当然だ。何故なら、彼女のその言い方ではまるでーー

「初めは小さかった革命軍も、今や大規模な組織に成長してきた。そうなると必然的に情報の収集や暗殺など、日の当たらない仕事をこなす部隊が作られた」

タツミの内心の動揺などには取り合わず、ナジェンダは説明を続けていく。

 

「それが我々、ナイトレイドだ」

 

ズシン、とその言葉が重みを帯びてのしかかる。

「今は帝都のダニを退治しているが、軍が決起の際には混乱に乗じて腐敗の根源である大臣をーー」

ゴクリ、自然と口内に溜まった唾を飲み込む。

意識したわけではなく、無意識的に。それほどまでに、今この空間は緊張感に満ちていた。

「ーーこの手で討つ!!」

ナジェンダの強き意志を現すように鋼の義手が音を立てて握り締められる。

「……大臣を、討つ……!?」

信じられない思いでタツミは知らずとその言葉を繰り返していた。

大臣を討つ。それは即ち今のこの世界を敵に回すということに他ならない。

そんなことができるのか?と言う思いよりも、ナジェンダの醸し出すその雰囲気に圧倒された。

「それが我々の最終目標だ。まぁ、他にもあるが、今は置いておく」

昂った気持ちを落ち着けるように息をつき、ナジェンダは再び話し始める。

「決起の時期について詳しいことは言えんが、勝つための策はある。そのための用意もしてある。そしてその時が来ればーー確実にこの国は変わる」

「………」

葛藤を振り切るように、問う。

「その新しい国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

「無論だ」

少しの沈黙の後、タツミが再び口を開いた。

「なるほど。スゲェ……。じゃあ今の殺しも悪い奴らを狙ってゴミ掃除してるってわけか」

「ん……まぁそんなところだな」

なんとなくタツミの声音が変わったことで、何を考えているのか察したナジェンダだが、取り敢えずは肯定しておく。別に間違っているわけではないのだし。

「それじゃあ所謂正義の殺し屋ってヤツじゃねえか!!」

興奮のためか拳を握りそう言うタツミにーーその場が爆笑に包まれた。

平然としているのはナジェンダとアカメくらいのものである。

ラバックは腹を抱えて爆笑してるし、マインに至っては指を指してまで笑っている。

「な、なんだよ。何が可笑しいんだよ!?」

折角盛り上がってきたところに水を差されて憤慨するタツミ。だがーー

「タツミ」

自分の名を呼ぶレオーネの声音に、背筋に冷たいものが走った。

「どんな綺麗事を口にしようが、やってることはただの人殺しなんだよ」

「そこに正義なんてあるわけ無いですよ」

「此処にいる全員……何時報いを受けても可笑しくないんだ」

続くシェーレとブラートの言葉に思わず黙り込む。

他のメンバーも特に何も言わない辺り、同様の考えなのだと知ることができた。

「とまあ、此処にいる全員、戦う理由はそれぞれだが、みんな覚悟を決めている。それでも意見は変わらないか?」

確認するような、警告するようなナジェンダの言葉。

それでも、タツミの心は既に定まっていた。

「……ちゃん報酬は出るんだろうな?」

「ああ。真面目に働けば故郷の一つは救えるだろうさ」

「そうか」と呟いて、瞳に強い意思を宿す。

「だったらやる!そういうデカイ目的のためなら、サヨやイエヤスだって協力してたはずだしな!」

そう、今自分がすべきことは友の死を悼んで嘆くことではなく、前へと進むこと。

何時までも落ち込んでいては、二人になんと言われるか分かったものではない。それにーーきっと二人もそう思ってくれているはずだ。

「いいの?故郷には顔を出せなくなるかもしれないわよ?」

意地の悪い質問をするのはマインだ。

タツミはマインに振り返ることなく、ハッキリとした口調で言う。

「いいさ。それで村のみんなが幸せになるんなら」

「……フン」

期待していた反応と違ったのが意外だったのか、それとも自身の意地の悪い質問にそこはかとなく罪悪感を抱いたのかは定かではないが、マインは鼻を鳴らして顔を背けた。

「そうか。では決まりだな。ーー修羅の道へようこそ、タツミ」

ギシリ、と軋みを上げる義手が、いやに印象に残る。

 

ーーと、緊迫した空気が流れていたわけだが、空気を読まずに発言する者が一人。

「それよりボス。“あの人”が帰ってくることについて詳しく話を聞かせてくれ」

紅い目の少女、アカメである。

「あ~、とうとう我慢できなかったか」

「何?“あの人”が帰ってくるの!?」

「むしろよく今まで我慢できましたね」

先程までの重苦しい雰囲気は何処へやら。途端にほのぼのとした空気が蔓延する。

しかし、ナイトレイドメンバーは事情を知っていても、今此処には本日新たに加入した新参者ことタツミがいるわけで、この急な空気転換に着いて行けずに困惑していた。

彼らが言う“あの人”というのもタツミにとっては全く分からない。

なので、ちょうど近くにいたブラートに聞いてみることにした。

「あ、あの」

「ん?」

「さっきからみんなが言ってる“あの人”って……」

「ああ……。ナイトレイドのもう一人のメンバーだよ。正確には、アイツを含めて後二人いるんだが」

「へえ……。その人が帰ってくるってことはじゃあ、今まで何処か遠くに行ってたのか?」

「別に遠くに行ってたわけじゃないんだがな……。ま、それはアイツが帰ってきてから本人に聞けばいいさ」

「はあ……」

イマイチ要領を得ない回答だったが、この場はそれで納得しておく。どの道今日此処に来るというなら会うことになるのだ。

今から気にすることでもないか、と心中にて頷くタツミ。

だがタツミとしてはあのどこまでも冷静沈着でクールな印象を受けるアカメがあそこまで何かにこだわるということが意外だった。

「まあ待て、アカメ。そう焦らなくても今から話す」

「ああ、そうそう。アイツは確かアカメたちのーー」

「ーーッ、大変だぜナジェンダさん!侵入者だ!」

ナジェンダとブラートの言葉を遮るように、突如としてラバックが声を張り上げた。

侵入者の存在を感知して報告するのはいいのだが、一体どうやって侵入者の存在を知ることができたのか?

内心首を傾げるタツミであるが、他のみんなはそうではないらしい。

「人数と場所は?」

「俺の結界の反応からすると恐らく8人!全員アジト付近まで近付いてます!」

「手強いな。此処を嗅ぎ付けてくるとは……」

懐から煙草の入ったケースを取り出し、一本を加えつつ話を続ける。

その態度には一切の動揺も焦りも感じられない、落ち着いたものだった。

「恐らくは異民族の雇われた傭兵だろう。………仕方ない」

ため息混じりに煙草に火を付けて、ナジェンダはナイトレイドに指示を出す。

「緊急出動だ。全員生かして帰すな」

(雰囲気が、急に変わりやがった……!!)

まるで鋭利な刃物のような鋭く研ぎ澄まされたそれは、彼らが曲がりなりにも暗殺者だということを再認識させるものだった。

特に、アカメが殺気立っている。

良く見れば表情も不機嫌そうに見える。……基本が無表情なので分かりづらいのだが。

「行け!」

まさに鶴の一声。

瞬時に各々の武器を携えて、軍人もかくやという機敏さで全員が散らばり、タツミとナジェンダだけがその場に残される。

「え、あ、あれ?」

もっとも、ただ単に展開に着いていけずに困惑していただけなのだが。

バシンッ

「痛ぁッ!?」

不意に背中に走った激痛に思わず悲鳴を上げるタツミには構わず、

「何をボヤボヤしている。初陣だ。始末して来い!」

極悪な表情を浮かべながら、ナジェンダはタツミにそう言うのだった。

 

 

 

ーー時は少し遡り、郊外。帝都を離れたライとクロメは帝都周辺ではもっとも危険な地域と言われるフェイクマウンテンに来ていた。

彼らの本拠地、ナイトレイドアジトは帝都より北に10㎞の山奥にある。

本来ならばフェイクマウンテンをわざわざ仲介する必要はないのだが、今現在の二人の状況を鑑みると此処を通った方が、何かと都合がいいのだ。

そう、例えばーー

 

「やれやれ……こうも監視を寄越すとは、どれだけ信用ないんだか………」

ーー送り込まれた刺客や監視を炙り出したり、などである。

「だから何時も言ってるのにぃ……」

ムスッとした顔でクロメはジト目でライを見上げる。

散々心配をかけさせているライに弁解の余地はなく、バツが悪そうに顔を背けた。

「もう、すぐそうやって顔を逸らす。私とお話してる時はちゃんと私の顔を見てよ!」

ますます不機嫌さを増すクロメに苦笑し、「ゴメンネ」と謝りながら頭を撫でる。

「んっ。……こんなので誤魔化されないんだからね」

その言葉とは裏腹に、クロメの表情はこの上なく嬉しそうに緩んでいる。

(そう言えば、クロメは昔から頭を撫でれば機嫌が良くなったな)

ふと、幼き日のことを思い出して、懐かしい気持ちに駆られた。

(貧しく、何時も貧困に耐えていても争いごとや殺し合いなどとは無縁だったあの頃と、殺し殺される日々が日常となった今……一体、どちらの生活が幸せなんだろうな………)

頭を撫でられて、昔と変わらず嬉しそうに笑うクロメを見ているとなおのこと強く思ってしまう。

クロメもーーもう一人の妹も、争いごとなどして欲しくない。殺し殺されるのが常の世界に身を浸して欲しくないのが偽らざるライの本心である。

だけど、結局は二人の妹は殺し屋の世界に足を踏み入れ、無数の血を浴びてしまっている。

そうさせたのはーーそうするきっかけを与えたのは、ライだ。

考える度にその結論に行き着き、その度にライは自己嫌悪に駆られる。が、そんな内心の感情を妹に見せるわけには行かない。

「お兄ちゃん?」

「ん?どうした?」

「……ううん。なんだかお兄ちゃんが悩んでるみたいだったから……」

表情には出さず、内心驚いていた。

悟らせまいと隠していた内心の葛藤を、この妹は無意識の内に見抜いていたのだ。ーーだからと言って、素直に言うわけではないが。

「まあ、確かに“コレ”をどうするかについては悩んでるな」

そう言って視線を向けた先にいるのは、6人の男たち。元は9人だったのだが、このフェイクマウンテンに住む擬態能力を持った危険種に殺られて数を減らしていた。これもまたライの狙いの一つである。

フェイクマウンテンに住む木獣などの危険種は見抜くのが難しく、知識はあっても活用出来るかは分からないのである。フェイクマウンテンが危険度の高い地域とされているのはこれが要因でもある。

「さて、それでは質問と行こうか?」

腰に差した剣を抜き放ち、男たちの内の一人の首筋に添える。

「くっ……!例えどんなことをされても俺は何も喋らないぞ!拷問されたとしてもな!」

金で雇われた傭兵だとしても、プライドはある。彼の場合は依頼主についての情報を決して口外しないと言うことが彼に残された誇りだったのだろう。

それに、任務を失敗してしまったのだ。例え生きて帰れたとしても、自分が生き長らえるとは思ってはないない。そこまで彼らは優しくはない。

キッ、と強く鋭い眼差しでライを睨み付けーー次の瞬間、背筋が凍った。

「別にいい。お前たちを雇った人間については検討は付いている。よって、聞きたいことは二つだ」

淡々と紡ぐその言葉の中に、一切の感情と言うものがなかった。先程までの傍らの少女に向けていた優しく慈愛に満ちた表情など欠片もなく、まるで能面のような、人としての大切なものがゴッソリと抜け落ちてしまったかのような、欠けた顔をしていた。

「お前たちを雇った人間は誰なのか?お前たち以外に雇われた奴はいるのか?ーーこの二つだ」

「た、例え何をされたとしても俺は何も喋らない!」

「そうか。ならお前に要はない」

えっ、と思う間もなく、するりと刀身が横に滑り、男の首を切断していた。

ブシュッ、と鮮血が噴き出すのを無表情に一瞥して、次の男の首に血の付いた剣を添えた。

「私はエスデスのように無駄なことに時間を費やすような趣味はない。これでも急いでいてな……話すまで尋問する、などと言う下らんことにかまける暇はない」

男はライの目を見て本能的に悟った。

ーーこの男は、自分たちを人間だと思っていない。差別意識や家畜を見るような、帝都の腐った連中とも違う。アレはそんな“生易しい”ものじゃない。例えるならばそう、まるで路傍に転がる石ころを見るような、人を人として見てなどいない。

こんな、こんな目をする奴が、まともであるはずがない。

「お前たちに残された選択肢は二つ。何も喋らず逝くか、私の質問に答えてから逝くか、だ。ーーまあ、一つ目については私の予想を裏付ける確証が欲しかっただけのこと。依頼主はハラクロ内政官であろう?」

「なッ!?」

「当たりか。やはりな」

ハラクロは大臣派の内政官の一人で、裏では賄賂や数多くの悪事に手を染め、今回の件も大臣の己に対する株を上げたいがために仕組んだことだろう。ーーまあ、もっとも、その裏で手を引いているのは大臣だろうが。

「さて、それで?話す気になったか?」

どこまでも堂々とした立ち振る舞いと自信に満ちたその口調。三歩後ろに従者のように少女が控えるその様は、ただの将軍と言うよりもむしろーー王。

だがしかし、それは正道を往くに非ず。しかして覇道にも非ず。

言うなればそれはーー

眼前の男に底知れぬ畏怖と崇敬を抱いた男は、自然とその口を動かしていた。

 

「……アジトの方にも行ってるのか」

「心配しなくても、お姉ちゃんたちなら大丈夫だと思うけど……?」

「だとしても、万が一、と言うこともある。心配なのは変わらないさ……。仕方ない。ゆっくりしている時間はなさそうだ。なるべく急ぐとしよう。ーークロメ、大丈夫か?」

主語を省いたその言葉。しかし流石は兄妹というべきか、その意図は正確にクロメに伝わっていた。

「勿論。お兄ちゃんが私を頼ってくれるのに、それに応えなかったら妹失格だもん」

両の手で握り拳を作り、気合を入れるクロメその姿に苦笑する。

頑張ってくれるのは有り難いのだが、それで無茶をされても困るのだ。妹に頼りっぱなしで負担をかけさせる一方だったら、それこそ兄失格である。

「……あまり張り切りすぎるなよ?」

「ん、大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんのためなら、クロメはなんだってできるもん」

ライの顔を見上げて、クロメは無邪気に笑う。

余りにも満たされたその顔に、思わず黙り込む。

「それじゃあ、さっさとやっちゃおうかな。ーーね、八房」

腰に差した刀を抜き放って、艶然とクロメは微笑んだ。

 

 

所変わってアジト付近。森から平原へと続く境界線にて、タツミは身を潜めていた。

というのも、つい先程まで行動を共にしていたブラートより、

『いいか、敵が来るとしたら此処を通る可能性大だ。足止めでいいからなんとか応戦しろ』

との指示を受けたからである。

如何にも新人の役割であり、実際タツミもそう思っていたのだが、敵が現れたことにより状況は一変する。

「ッ!?此処にも敵を配置してやがったのか!?」

「わりーけど、こっから先へは行かせねえぜ!」

威勢良く剣を抜き放って構えたはいいが、思わず逡巡してしまう。

互いに剣を抜き、向け合っている。今から始まるのは稽古ではなく敗北=死の実戦。

それで自分はなんの恨みもない奴を、果たして斬れるのだろうか?

「少年といえどーー容赦はせんぞ!!」

(迷うな!此処で迷えばーー死ぬ)

迷いを追い出し、二人は激突した。

 

「ーーあの新人、大丈夫かしら?今頃死んじゃってるんじゃない?」

倒れた大木に腰掛けながら、頬杖をついてマインは眼下のシェーレに話しかけた。

無論、同意を求めるためだが、当のシェーレの意見は違ったようで、

「それはないと思いますよ」

「あら。珍しいわね。シェーレがそこまで評価するなんて」

言葉通り意外そうにマインがシェーレを見た。

「だって彼、アカメと戦って生き延びていますからね」

「まあそれは確かにね」

アカメの実力とその武器の凶悪な性能を知っている身としては、彼女と遣り合って生還しているだけで十分評価に値する。ーーだが、それだけではない。

それに、とシェーレは続ける。

「剣を交えたアカメが言ううにはーー」

 

男の振り降ろした剣を弾き、歯を食いしばって返す刀で振り下ろす。

ーー血飛沫が上がった。

 

「ーー伸びしろの塊。鍛えて行けば将軍級の器、とーー」

 

倒れた男に切っ先を向け、

「どうだ……これが……サヨと……イエヤスの……三人で……」

溢れる悲しみを振り切るように、叫ぶ。

「鍛え上げた、技だ!!」

(そうだ。変えるんだ。腐ったこの国を、俺がーー俺の手でッ!)

まだ男には息がある。ボスの指示は『始末しろ』、止めを刺さなければならない。

止めを刺すために剣を振り上げてーー

「ま、待ってくれ!頼む!見逃してくれ!俺が死んだら里がーー」

(ーーえ?)

止めを刺そうとした手が止まる。

(コイツも、故郷のために……?)

逡巡するタツミ。だがそれはーー戦いの最中では命取りとなる。

「ハハハ!甘いなあ少年!一族のために死んでもらうぞ!」

「しまっーー」

完全に不意を突かれた。この距離にこの速度。今のタツミでは対応できない。

あわや殺される所かと、男が確信し、タツミが諦めたその時ーー空に影が指した。

天より舞い降りた影はその場の誰よりも早くタツミに襲いかかろうとした男の首に足を置いて前倒しに倒れさせつつ、正確に刀で心臓を貫く。その間、数秒も経っていない。一瞬の出来事だった。

「ーーじゃあ貴方は私たちのために死んで」

絶命した男に冷たく言い捨てて、首を回してタツミを振り向く。

「戸惑ってちゃ、君が死んじゃうよ?」

「お前は……」

(コイツ……戸惑いもせずに……)

突如として現れた少女は、初めて会った筈なのに何処か既視感を覚えた。

「私?私はクロメ。ナイトレイドの一員だよ」

(クロメ……もしかして、コイツがみんなの言ってた“あの人”なのか?)

「ところで君は?もしかして、敵?」

「えっ!?いや違う!俺もナイトレイドの一員だって!」

「ナイトレイドの?でも見たことないし」

それはそうだろう。タツミがナイトレイドに加わったのはつい先程の出来事。それまで不在だったクロメが知っている方がおかしい。

しかしそんな理屈を言ったところで信用されるとは思えない。

どうしたものかと激しく悩んでいると、草を掻き分ける音が響いた。

「む。敵?」

眉を顰めて面倒臭そうにクロメは男の上から下りて音のした場所へ視線を向ける。

タツミから視線を外しているのは敵ではないと判断されたからか、それともーー相手にならないと判断したからか。

「トウッ!」

「あ。なんだ。ブラートだったんだ」

小さく呟かれた言葉はタツミにしか聞こえなかったが、彼女は既に刀を納めている。

知り合いが来たことにより、やっとタツミも肩の力を抜くことができた。

「こっちに敵が来ただろう?後は俺に任せな!」

そう言って飛び出してきたのは、全身に鎧を纏った男、ブラートである。

「もう終わったよ」

「なにぃ!?ーーって、クロメ!?帰ってきてたのか?」

「うん。ついさっきね」

「そうか。ならあいつも帰ってきてるんだな……。おう、タツミ!無事だったか!」

「あ、ああ……」

「あ、本当に仲間だったんだ」

やはり信じていなかったらしい。

「何はともあれこれで一件落着だな。んじゃ、帰還するとしようぜ」

ブラートの言葉に、二人は揃って頷いた。

 




相変わらず主人公なのに影が薄いな……じ、次回は、次回こそは主人公メインで行きたいと思います!そろそろアカメたち他の原作メンバーとの絡みとか書きたいので。
次回も宜しくお願いします。それと、感想待ってます。

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