今回もかなりの駄文の上無駄に長いです。更に展開に納得行かない人もいるかもしれませんが、作者のポンコツ脳ではこれが限界です。
それでは、本編をどうぞ。
完全に油断しきったシェーレに放たれた一発の弾丸。
それは自らの信じる「正義」のために自身の肉体をも改造したセリューの本当の切り札ーー口腔内に取り付けた小型の銃器。
全ての武器を奪われたように見せかけたセリューの正真正銘最後の武器である。
隠し武器故に小型であり、連射が利くような代物ではないが、一発当てられればそれで十分。その動きを封じられれば、コロからの攻撃で詰み。
残されたのは腕を折られた小柄な少女のみ。折れた腕では帝具を持つことはできても扱うことはできないだろう。
そんな状態でコロから逃れられるはずがない。
ーー正義(わたし)の勝利だ!!
どう足掻いても奴らに勝ち目はない。放たれた弾丸は確実にシェーレに直撃する。仮にそれを回避できたとしても、間違いなく態勢は崩れる。それならば……どの道コロの追撃まではかわせない。
セリューは勝利を確信する。
そう、実際彼女の目論見通りになるだろう。シェーレは銃弾をかわしきれず、マインは戦力にはならない。
そんな状態では狂化したコロの猛追を防げるはずもない。
不可避の運命。振り上げられた死神の鎌は確実に彼女の命運を絶つだろう。ーーそこに、“外部からの介入”と言う不測の事態が起こらなければ。
「っあ」
その声は、誰が上げたものなのか。
セリューとシェーレの間に立ち塞がる者に、その場の誰もが惚けたように視線を向けていた。
「……やれやれ」
真紅と漆黒に彩られた禍々しい甲冑。吸血鬼を彷彿とさせる仮面と大きく鋭い深緑の双眼。
闇を切り取ったかのような漆黒のマントが夜風に煽られ静かにはためいていた。
「間一髪、だったな……」
グシャリ、と掴んだ弾丸を握り潰し、ただのクズ鉄と化したそれを地面に放る。
全48個あると言われる帝具。その49個目と言う存在しないはずの帝具……絶滅魔王「キバ」。
そして、それを身に纏うのはーーナイトレイド、ライ。
「油断大敵だぞ、二人共」
最大最強の切り札が今此処に姿を表した。
「アンタ……っ!」
驚きつつも立ち上がろうとしたマインは、折れた腕に走る激痛に顔を顰めて起こしかけた状態をペシャッ、と地面に落とした。
「うぅ……」
「無理はしない方がいい……どう考えても骨折してるから」
普段よりも優しい口調で言って、怪我に響かぬようにそっとマインの小柄な身体を抱き起こす。
「う……ありがと」
「ああ」
勝気な彼女にはやはり屈辱と言うか恥ずかしいのだろう。頬を赤くしながらそっぽを向きつつボソりと礼を言う。キチンと例を言う辺りツンデレた彼女の性格が良く分かる。
「らーーむぐっ」
「……頼むから、此処では『キバ』と呼んでくれ」
ため息混じりにうっかりを起こしそうになったシェーレに言う。偽名を使って入るものの、何が切っ掛けで正体が露見するとも限らないのだから。
「(それならば助けに入るという行為も十分危険なのだがな)」
「(正体が露見するよりも、仲間を救う方が優先だろう?)」
腰部のバックルーーその中央にある止まり木に逆さ吊りになっているキバットが皮肉げにそう言うが、これが偽らざるライの本音である。
「すみません……」
また迷惑をかけてしまいました……と気落ちしているらしいシェーレに「気にするな」と励まして、
「前にも言ったけど、仲間なんだから迷惑とは思わないさ。仲間同士は助け合いーーそうだろう?」
「ーーはい」
ありがとうございます、と何故だか礼を言ってくるシェーレに対しては特に何も言わず頷く。
笑顔を浮かべているのでまぁいいか……と思ったのだ。
とは言え何時までも和んでいるわけには行かない。何せ目の前には敵がいるのだから。
「悪に味方するとは、お前もナイトレイドの一員か!」
「……そんなところだ」
セリューへと向き直る。その際にそっと小声で後ろの二人へ告げた。
「此処は僕が引き受ける。その間に撤退を」
奴を此処で始末しないのかーーとは聞かれなかった。頷く気配がしたので、指示に従ってくれるのだろう。
確かに今ならセリューを討てるかもしれないが、そうした場合のメリットは殆どない。
というのも、時間をかければかけるほど、援軍が到着する時間を相手に与えることに等しいのだから。
引くべき時を見誤るのは馬鹿のすること。此処ではまだ命をかけるには値しない。二人が此処にいるということは任務を達成した帰りにセリューと出くわし交戦、と言ったところだろうし。任務を達成しているのならわざわざリスクを負って帝具使いと戦う理由はない。
(……マインの顔が割れてしまったのは痛いな)
しかも腕を骨折済み。しばらく戦力外として療養しなければならないだろう。
セリューを此処で始末すれば問題はないが……万一ということもある。死ぬ気になった人間ほど厄介なものはないということをライは嫌と言うほど知っている。
油断と慢心は大敵である。
「コロ!」
セリューの叫びを受けて、コロが雄叫びを上げながら突撃してくる。
奥の手使用中とだけあって流石に速いーーが、
「遅いな」
ーーライにとってはまだ遅い。
そうでなくとも、今はキバの鎧を纏っている状態。如何に奥の手を使用中とは言えスピードに特化しているわけではないのだ。コロ程度の速さでは、到底キバには敵わない。
余裕を持ってコロの攻撃をかわし、カウンター気味に一撃を与えることだって容易く行える。
「なにっ!?」
だが、あえてライはそうしなかった。
人を簡単に握り潰せる程の怪力を有した剛腕が静かに佇むライへと振るわれ、その腕を交わすでもなく防御するでもなくーー片手を挙げて、いとも簡単に受け止めた。
予想もしなかった光景に、セリューが驚愕の声を上げた。
「……吹っ飛べ」
受け止めた手を握り締めて自らの方へと強引に引き寄せる。と同時に空いているもう片方の手で、勢い良くコロをぶん殴った。
絶叫しながらセリューの下へとコロの巨体が飛ばされる。
「(……よし)シェーレ。マインを連れて離脱。急げ!」
短い指示に言葉ではなく頷きを以て応え、負傷したマインを抱えてこの場を急いで離脱する。
「って、ちょっとシェーレ!?私は腕を怪我しただけで普通に走れるんだけど!?」
「え?……あっ、すみません、マイン。ですが、ライがマインを連れて離脱しろ、と……」
「『連れて』の意味が違うわよ!とにかく下ろしなさいって!」
つい先程まで絶体絶命の危機に瀕していたのだが、そのところを分かっているのだろうか、二人は。変身したことにより身体能力が大幅に増大したことにより強化された聴覚は、後方で遠ざかる二人の会話をクリアに拾っていた。
……ライ自身の意志とは関係無しに。
ため息をつきたいところだが、
(そういう場合でもない、か)
何故なら、この場に近付いてくる複数の気配を感じ取っていたからだ。
そしてこれが、ライが二人に撤退を急がせた理由でもある。
「セリュー!大丈夫か!?」
その声を皮切りに、一人二人と姿を現してくるセリューと同じ制服身を包んだ者達……帝都警備隊の警備員達だ。
「交戦しているぞ!」
「援軍!急げ!!」
ゾロゾロと集まってくる面々に、内心でため息。というのも、彼らとは面識があるのだ。主に大臣によって押し付けられた結果だが。
その関係上、セリューとも面識はあり、帝具使いと言うことで警戒していた。
まさかその矢先に交戦する羽目になるとは流石に思ってもいなかったが。
(面倒な……)
と言うよりも、やりづらいのだ。オーガ隊長を努めていた頃から権力を笠に着て好き放題にしていた連中は纏めて“処理”しているため、今此処にいるのは職務に忠実で自らの仕事に誇りを持ち、帝都の平和を願う者達ばかりと言う真っ当な集団なのである。流石になんの罪もない彼らを容赦なく皆殺しにするのは気が引けるのだ。……無論、いざと言う時は容赦はしないが。
「相手は一人だ!落ち着いて周囲を囲め!」
『了解!』
武器を構え、決して無理に飛びかかることなく陣形を組み、じわりじわりを包囲していく動きはまさに訓練の賜物。暫定隊長のライもこれには満足である。
(……いや、そういう場合じゃないか)
そもそもなんで僕は将来敵になるであろう部隊に塩を送るような真似をしたのだろうか?自らの行いを若干後悔しているライである。
「わ、私も……!」
「いや、セリューとコロは俺達が失敗した時のフォローをしてくれ。その傷じゃあ戦闘は無理だろう?コロだって常時あの状態でいられるわけでもないんだろうしな」
「くっ、悪がそこにいるのに何も出来ないなんて……っ!」
悔しげに下唇を噛むセリューを尻目に、ライを囲む包囲網は完成しつつあった。
(……そろそろいいか)
シェーレ達が離脱するのには十分な時間は稼いだだろう。そう判断したライは、自分も離脱することにした。
すぅ、と自然な動作で片手を持ち上げて、パチン、と指を鳴らした。
ーーその瞬間、ライに立つ地面が盛り上がり、地表を突き破って巨大な怪物の姿が飛び出してきた。
「なっ!土竜だと!?なんでこんな場所に危険種なんかが出てくるんだよ!?」
警備隊の誰かが悲鳴にように叫んだのを皮切りに、彼らの間に動揺が広がって行く。
それらを一瞥し、駄目押しのように今度は腕を軽く横に一閃させる。ーーその瞬間、先程と同じように、今度は二体の土竜が飛び出てきた。
傍から見れば、まるでライ=キバが危険種を操っているように見えるだろうが、。
先程からライが一々芝居がかった動作をしているのは、離れた味方に指示を出すため。その指示に従い、あたかもライが危険種を操っているのように見せているのである。
危険種は普通に考えて操れないが、幸いライの手元には不可能を可能にする道具があるのだ。それを活用しない手はないだろう。
もっとも、そんな裏事情など警備隊員達が知る由もなく、ライの目論見通りに彼が危険種を操っているように見えていた。
「このままじゃみんなが……コロ!」
動揺する味方の士気が著しく下がってしまったのを感じたセリューはもはや休んでいる場合ではないとコロへ指示を出す。
幸いまだ狂化は解かれていないが、そろそろコロの限界も近い。長期決戦は不可能である以上、勢い任せでゴリ押しするしかない。
「…………」
仮面の内側からその一部始終を見詰めていたライはそろそろ頃合か、と闇色のマントを翻し、夜の闇に包まれた森の中へと去って行く。
「なっ、待て!」
咄嗟に叫んで走り出そうとするも、両腕が斬り飛ばされた状態では立ち上がることができずにうつ伏せに地面に倒れてしまう。コロの方も限界が近いのか動きが普段よりも数段鈍く、三体の土竜に苦戦を強いられているようだった。
警備隊達も援護するのだが、土竜がやたらとタフであり、なかなか倒せずにいた。そうこうしている内に、キバの姿を完全に見失ってしまう。
「クソッ!」
ギリッ、と噛み締めた歯が軋む音を立てる。
帝具を授かり、しかしその力に驕るまいと修練を重ね、この身を改造してまで得た力。それでもまだ、悪を裁くには足りないというのだろうか。
悔しさに、思わず涙が溢れそうになる。
「ーー俯くな、セリュー・ユビキタス」
その時、静かな声が聞こえてきた。
「悔いるのもいい。涙を流すのも構わない。ーーだが、俯くな。下ではなく上を見ろ。みっともなくとも、情けなくとも無様でも、自らの欲するものは地面には転がっていないのだからな」
内側から漲る強烈な自信と存在感。知らず身が引き締まるような凛としたその声は、セリューの記憶にある限り一人しかいない。
「ら、ライゼル将軍!?」
将軍格の人間が、何故こんな場所にいるのだろうか、と言う驚きと、彼が自分に話しかけてきたということに驚いた。
「最近は夜風に当たりながら散策するのが日課でな。警笛の音が聞こえたので駆け付けた次第だ」
「そ、そうでしたか……はっ!?申し訳ありません、このような姿で……!」
両腕を切り落とされているとはいえ地面に横たわったまま上司と会話するなどありえないことだ。真面目なセリューはそう思って慌ただしく起き上がろうとするも、腕が使えないのでは上手く行くはずもなく、案の定苦戦する。
「……構わん、そのままで。無理に直すな」
起き上がるのに四苦八苦するセリューに呆れたのか、ライゼルがため息混じりにそういった。
「も、申し訳ありません……」
「ふん……私も加勢すべきか……?」
顎に手をやり何かを思案するライゼル。そんな何気ない仕草でさえ気品があるのだから、一体彼はどんな育ちをしていたのか気になるところである。
やがて考えが纏まったのか、ライゼルは鞘から剣を抜き放ちつつ、地面を蹴って未だ警備隊と交戦する土竜へと接近する。
「速い!?」
思わずそう言ってしまうほど、傍で見ていたセリューが動きを見失ってしまうほどの速さで以て一気に土竜の手前まで近付くと、跳躍。閃光を瞬かせて土竜の頭部を切り落とし、崩れ落ちる胴体を蹴って別の個体へ飛び移り、今度は脳天から真っ二つに切り裂く。
「な、何だ!?ーーって、ら、ライゼル将軍!?」
「そら、二体は片付けたぞ。もう一体は自分達でなんとかしろ」
『了解!』
将軍の存在が大きな支えになり、萎えかけていた士気が再び盛り上がる。
「慌てず騒がず冷静に頭を狙え!功を焦るなよ!」
ライゼルの指示に従い、残った土竜も警備隊の連携により倒れ伏す。なお、コロは既にオーバーヒートを起こして戦力外となっている。「被害は?」
「はっ。危険種との戦闘では軽傷者はではましたが、死者や重傷者はいません。ですが、その前のナイトレイドと交戦していたと思われるセリューが……」
「成程な……」
おおよそ計画通り。マインがしばらく戦闘不能になってしまったが、同じく帝具使いであるセリューに重傷を負わせられた時点で御の字である。ーーもっとも、そもそもの戦力差があるため、ナイトレイドとしてはかなりの痛手だが。
(まぁ犠牲者が出なかっただけましか)
そう結論付けて、ライゼルはセリューの下へと歩み寄る。その傍らには戦闘形態を解除したコロが寄り添うように傍にいる。
「セリュー」
「あっ……ライゼル将軍」
普段のハキハキした声ではなく気落ちした、随分と暗い声音だった。
「申し訳ありません……ナイトレイドの連中を、取り逃がしてしまいました……っ!」
涙混じり、嗚咽混じりの声は、十二分に彼女の心境を物語っている。
「構わんよ。取り逃がして反省の色が何もないのならば私も容赦はせぬが、お前は悔し涙を流す程に悔やんでいる。過去を悔いるのは生者の特権……今は存分に後悔しろ。そして必ず這い上がれ。戦って勝つことが“強さ”ではない。倒れても這ってでも前へと突き進む覚悟こそが“強さ”なのだから」
無論、それだけが全てではないが。最後にそう付け加えて、ライゼルは声を張り上げた。
「救護班!何をぼさっとしている!負傷者の治療を急げ!」
『は、はっ!』
「私は戻るが、今回の件について報告書を纏めた後提出しろ。いいな」
了解、と返答の声を背に受けながら、ライゼルはその場を後にした。
(『倒れても這ってでも前へと突き進む覚悟こそが強さ』、か。ハッ、どの口がほざく。全て自分で生み出した自演で、よくもまぁ偉そうに言えたものだな、貴様は)
反吐が出る、と憎々しげに内心で己を罵倒して、ライは宮殿の自室へと到着した。
ちなみにキバットは此処にはいない。変身を解除した際にシェーレ達の様子を見にアジトまで行かせたためだ。だから今此処にはライと、
「お帰り、お兄ちゃん」
クロメしかいない。
「ああ。クロメもお疲れ様。おかげで助かった」
「うん。えへへ……」
微笑みながら頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかむ。
というのも、今回の自作自演はクロメがいなければまず計画することすらできないことなのだ。
クロメの帝具、死者行軍「八房」の能力である骸人形を最大限利用しなければこの計画はない。
キバ=ライが派手な動作で隠れているクロメに合図を出し、合図と共に八房の能力を起動。事前に人形にした土竜三体を如何にもライが操っているように見せ、警備隊の目を引き付けている内に去っていくように見せかけ、別の骸人形に掘らせた穴を使ってセリュー達の背後に回り込み、さも今来たかのように演出するという、クロメなしでは絶対に成功しない計画である。
甘えるように擦り寄るクロメを見て、気を緩めた瞬間、
「……っ!?」
ーーぐにゃり、と視界が歪んだ。
上下の平衡感覚があやふやになり、立っていられない。堪らずベッドへと身を投げ出した。
「……お兄ちゃん?」
ライのそんな様子を訝しむように首を傾げたクロメになんでもないと首を振って、仰向けに体勢を変えた。
そんな何気ない動作でさえ気怠く、動くのも億劫だった。
理由ははっきりしている。別に毒を受けたわけでもなく、これが極度の疲労からくる現象ということはよく分かっている。
先程までは気力でどうにかもたせていたが、部屋に着いて気を抜いた瞬間、それまで堪えていた疲労が一気に吹き出してきたと言ったところか。
不安そうに自分を見詰めるクロメに何かをしてやることもできず、ライの意識は暗闇の中へと呑み込まれて行った。
ーーナイトレイド、アジト。
怪我の治療をしたマインは、腕をギプスで固定した状態で食事を取ろうとしていた。
利き腕の使えない彼女を気遣ってか、今日の料理は箸を使わないで済むシチューである。
利き腕を折られているとは言え、何も全く動かせないというわけではない。少しくらいは動かせるので、なんとか自分で食べようとしているのだが……。
「あっ……」
やはり利き腕でない方の手では感覚が掴みづらいのか、折角掬った食べ物を落としてしまい、遅々として食事が進まない。
「マイン」
見かねたシェーレがスプーンで掬って食べさせようとするも、
「別に、一人で食べられるわよ。邪魔しないで」
とはいえ、勝気な彼女が素直に従うわけもない。そうでなくとも、人から食べさせて貰うというのは恥ずかしいわけだし。……いや、そう言えば喜々として食べさせて貰うことを喜ぶ人間がいた。
「……?」
自分の顔に何か付いているのか?と不思議そうに首を傾げるアカメから視線をそっと外す。
……まぁ、何事にも例外は付き物である。
「マイン」
「だ、だから一人で食べれるって言ってるでしょ」
「でも、冷めてしまいます」
「うっ……分かったわよ」
チラと包帯で包まれた腕を一瞥して、遂に観念したのか諦めたように口を開けた。
まぁ、これもシェーレがマインを助けるのが遅くなったという思いからくる罪悪感故の行為だろう。彼女自身には何の落ち度もないわけだが、優しい彼女らしいとは言える。
もっとも、
「はむっーーっ!?あふい(熱い)!?あふいふぁふぉっ(熱いわよっ)!?!?」
「ああっ!?すみません!今水をーーきゃっ!」
ドジなところも彼女らしいと言えるのだが。
なお、今の状況を説明すると、マインの反対側に座っていたシェーレが熱々のシチューを冷まさずにマインへ差し出し、無警戒にそれを口にしたマインにダメージ。悶える彼女に慌てて水を差し出そうとしてコップを取り、差し出そうとして椅子に引っかかって体勢を崩し、コップの中の水がマインの顔面へとぶっかけられた、というわけである。
なんともお約束な展開であると言える。
「……やっぱり一人で食べるわ」
「あうぅ……すみません……」
怪我人が出たとはいえ、今日もナイトレイドは平常運転のようである。
「……毎度のことながら騒がしいな、お前達は」
「キバット?どうしたんだ?兄さんから何か連絡があったのか?」
いち早くキバットの存在に気付いたアカメが席を立って彼に近付いて行く。
「それもあるな。メインはこれだが」
そう言って、キバットは脚にぶら下げていた小壺をアカメへと渡した。
「これは?」
中身を問うアカメに答えようとした時、キバットに気付いたマインが近付く。なお、既に水は拭き取っている。
「あら?キバットじゃない。どうしたの?」
「アイツからお前への差し入れだ」
「ライから?」
アカメから受け取り、匂いをかいでみる。
ツン、とした鼻にくる刺激臭に思わず顔を顰める。
「……何これ?」
「軟膏だ。怪我した箇所に塗っておけば痛みも和らぎ傷も早く癒える優れもの、と言っていたぞ」
「ふ~ん。ま、ライらしいわね。ありがと、ありがたく使わせてもらうわ」
「キバット。私には何もないのか?」
何処となくワクワクした様子で尋ねるアカメだが、
「いや、何も受け取っていないが」
「………………………………そうか」
今度は酷く沈んだ様子で肩を落とすアカメ。
「た、ただアカメも無理せず怪我のないように、あとちゃんと野菜も食べなさいと言ってれていたぞ」
「オカンかアイツは」
「本当か?」
「うむ」
嬉しそうにするアカメに頷きを返す。
実際はライが「あの子は肉が好きだからって朝昼晩と重たいものばかり作ってそうで心配だ」と呟いていたのを咄嗟に脚色したのである。ニュアンスは間違ってはいないのだから別に構わないだろう。
マインのツッコミに関しては完全に同意である。
「それはそうとナジェンダは?」
「ボスなら今は出かけてますよ」
「そうか……では帰ってくるまではしばらく此処にいよう」
このタイミングで、となるとナジェンダもキバットと同じ情報を持ち帰って来るだろうことは予想出来る。
そして、これから革命が本格的に動き出すことも。
(さて……この中で一体何人ーー)
ーー生き残れるか?
血の匂いと人々の絶叫が響き渡る。
ある者は目を抉り取られ、またある者は生きたまま火に焼かれ、そしてまたある者は脚を削ぎ落とされる。
これが、帝国の実質的な支配者、オネストに逆らった者達の末路。生き地獄の中、いっそ殺してくれと願う咎人とされた人達の絶叫と、拷問官達の下卑た笑い声が響く場所。
男も女も区別なく、全裸にされて並べられた先には煮え滾る湯が溜められた大釜があり、その中に放り込まれた人間達が余りの熱さに絶叫している。
「オラァ!もっといい声で泣けやぁ!!」
「オネスト様に逆らう奴はこうなるんだよぉ!!」
拷問官が笑いながら嘲笑う。一歩外に出れば彼らは取るに足らない一兵卒だが、この場においては彼らが法。支配者だった。
「何をしている……お前達を見ていると気分が悪くなる」
カッ、と靴音を響かせて、その女性は機嫌悪そうに言った。
「あぁ~~~ん?」
もう一度言うが、この場においては彼らが法。逆らう奴らはどうとでもできるのだ。そんな彼らにとって最高の時間を邪魔されたことに苛立って、挑発的な口調で生意気なことを言った奴を見ようと振り返り、
「ひキっ!?」
引き攣った、妙な声が飛び出した。
何故なら、そこに立っているのは帝国に住むものなら知らぬものがいない程の人物なのだから。
『え、エエエ……エスデス様!!!』
三人の男を従わせ、威風堂々と佇む女性こそ、帝国最強の呼び名も高い将軍、エスデス。
『お戻りになられていたのですね!』
ははぁー!と見事なシンクロを見せ付けながらその場に平伏する拷問官達。一瞬にして立場が逆転してしまっていた。
それもそのはず。彼女に逆らおうとする人間など、この帝都には一部の例外を除いて存在しない。
付け加えておくと、彼女が不機嫌な理由は別に人を拷問する彼らの残虐な行いを嫌うからーーではない。そうであればどれだけ良かったか。
「拷問が下手過ぎる。お前達を見ていると本当に気分が悪い……」
悩ましげな溜息と共に煮え滾る大釜へと視線を移し、
「この大釜の温度はなんだ?これでは直ぐに死んでしまうではないか」
嘆息しつつ、パチン、と指を鳴らした。
瞬間ーー巨大な氷塊が一瞬にして生み出され、大釜の中へと落とされる。
熱湯の中に氷の塊を投入したのだから必然的に温度は下がる。しかし、もう一度言っておくが、これは彼女が残虐な行いを嫌っているからではないのだ。
「少し温くした。これくらいが一番長く苦しむぞ」
単純に、より長く人苦しめることを目的としているからこその行為なのだ。
『べ、勉強になりますうううっっっ!!!!!』
またも見事なシンクロで平伏する拷問官達を尻目に、エスデスは背後の三人を引き連れてその場を後にする。
「流石はエスデス様……ドSすぎる……」
「まるでSの塊が形となったようだ……」
恍惚とした様子で呟く彼らの様子は危ないが、それだけ彼女に心酔しているということ。彼女自身も残虐かつ残酷な女性だが、人から不思議と慕われるのは彼女の天性のカリスマ性故だろう。
「それに今もエスデス様の後ろについていた“三獣士”……」
今度はエスデスではなくその配下の者にも称賛が向けられる。
「あの方々、異民族の生き埋めを喜々として実行したらしいぜ」
「まさに飢えた獣の軍だよな……俺も入隊してぇ……!」
「でも訓練がドS過ぎて何人も死んだらしいぜ」
「…………」
そんな話を喜々として行う辺り、彼らも相当壊れているが、そもそも拷問官なんて仕事をまともな人間がこなせるはずはないのだから当然か。
「失礼します。ライゼル様」
「……スピアか。どうした?」
「先日の件で警備隊から報告書が届きましたのでその御報告に……」
スピアが何時もの様に執務室へ入室すると、何時もと変わらず彼女の主であるライゼルと、黒衣に仮面の謎の人物、黒がいた。
何時もと変わらない。その筈なのだが、スピアは何故かその光景に違和感を覚えていた。
「……どうした?」
疑問を感じていたことが伝わったのか、ライゼルが問いかけてきた。
「はっ。あの……」
問われたのだからこの際遠慮なく聞いてしまおうと、内心の迷いを押し切って口を開いた。
「ライゼル様は先日から御気分が優れないのでは?」
「……どうしてそう思う?」
「いえ、あの、本当にただそう思っただけなのですが……」
どうして、と問われると彼女としても答え辛い。本当に勘、としか言えないのだから。
「……まぁ、確かに最近立て続けに事件や事故が頻発しているおかげで、休む時間が取れないのは事実だがな」
「はぁ……」
本当にそれだけでしょうか?と問いそうになるが、慌てて口を噤む。
「しかしまぁ……よく気づいたな」
「えっ?あっ、それは、その……」
何処か感心したような彼の声にスピアの頬が赤くなる。
……言えない。言える訳が無い。
(何時も見ていますから、なんて、言える訳が無い……!!)
なんだそれは。まるで自分が恋する年頃の乙女のようではないか。何より恥ずかしい。
(私とライゼル様は上司と部下!それだけです!上司の体調に気を遣うのも部下たる私の使命なのです!)
誰に言っているのやら、言い訳じみた言葉を内心でツラツラと並べる。……いい具合に彼女は混乱していた。
この場面を彼女の父親が見たら涙を流して喜びそうなものである。
「……?まぁ、いい。報告書を見た後私は負傷者の見舞いに行くが、お前も来るか?」
「わ、私もですか?」
「ああ。……無理にとは言わんが」
「いえ、その……御一緒させてもらいます」
「そうか」
それから特に会話をするでもなく、二人は黙々と書類を片付けるのだった。
「……そう言えば、何故お見舞いなどに行かれようと思ったのです?」
書類を片付けたライゼル、スピア、黒の三人は負傷者が入院しているという病院へ向かって移動していた。
宮殿からは少し歩かなければいけないが、手ぶらで見舞いに行くのもアレなので、病院への道すがら果物でも買うつもりである。
「特に理由はないが、そうだな。どうにも見ていて危ういから、か」
「危うい、ですか?」
「ああ」
首を傾げる。一体どういうことだろうか?時折謎めいた言葉を発する彼ではあるが、今回もその部類なのか。
主人の言葉の真意を問おうとした、その瞬間だった。
「ーーッ!?」
不意に冷たい感覚が背中を伝わり、慌てて振り向く。
その時には既に氷の剣が眼前に迫ってきていた。
「ッ!」
スピアが驚きの声を上げるよりも早く、黒衣の人物ーー黒が動いていた。
黒衣の中に隠れていた刀を鞘から抜くことなく、そのまま振り回し、氷剣を叩き落とし、あるいは砕いて無効化する。
「助かりました、黒さん!」
気を取り直したスピアも自らの槍を構え、臨戦態勢を取る。理由は何であれ宮殿内で主が襲われたのだ。この宮殿で、だ。
守りだけはガチガチの宮殿内に忍び込める程の実力者に自分の力量で立ち向かえるかは不安が残るが、主が襲われた以上、黙っているつもりはない。
「この氷……黒、スピア。下がれ」
「で、ですが!」
「構わん。……あの女にとっては挨拶替わりだろうさ」
見れば黒も渋々と行った感じだが臨戦態勢を解いている。自分よりも強いであろう彼女が引いているのだから、自分がでしゃばったところで意味はないだろう。
不満は残るが、スピアも指示通り構えを解いた。
「宮殿内で騒ぎを起こせば大将軍殿が黙っていないぞーーエスデス」
「ふふふ。あの堅物とやり合うのもそれはそれで楽しそうだがな」
コツ、コツ、コツ、と足音を響かせながら近付いてくる一人の女性と、彼女の後ろに控える三人の男性。
帝国最強の将軍、エスデスとその私兵、三獣士の面々である。
「エスデス将軍……」
苦々しげにスピアがその名を呟く。反大臣派の彼女からすれば、大臣と組んでいるエスデスの存在は敵でしかない。更に言えば闘争と殺戮による蹂躙を良しとするエスデスの思考に潔癖なスピアが嫌悪感を感じているのも理由の一つである。
「久し振りだな、ライゼル。調子はどうだ?」
「変わったところは特にないな」
「その割には随分と疲労が溜まっているようだがな」
ーー見抜かれている。
内心で舌打ちしつつ、そんな内心の動揺など微塵も感じさせずに肩を竦める。
「お前の部下も、見ない内に腕を上げたようだな。どうだ?コイツらと一度戦ってみるか?」
「え?いえ、私は、その……」
まさか自分が声をかけられるとは思ってもいなかったのか、動揺するスピア。
すかさずライゼルがフォローする。
「死人が出るだろうから却下だ」
「それは残念だ」
然程残念そうでもなく肩を竦める。と言うか先程攻撃を仕掛けてきたというのにまるで悪びれる様子がない。
彼女らしいといえば彼女らしいのだが。なにせ、部下をペット扱いする女なので。
「で?陛下との謁見は済ませたのか?」
「これからだ。行く途中にお前の姿を見かけたのでな」
「それでアレか?」
「宮殿暮らしで腕が訛っていないか見極めようとしたのだがな。それは邪魔されてしまった」
そう言って、面白そうにエスデスは黒へと視線を送る。
「まぁ、それは今から確かめればいい話か……?」
が、すぐに黒から視線を外し、殺気混じりの挑発的な眼差しで本気とも取れる言葉を発する。
そんな彼女に思わず臨戦態勢を取る黒とスピア。
「……二人は冗談には慣れていない。からかうのはよせ」
「そうか。それは残念だ」
嘆息しつつライゼルが言うとあっさり殺気を消し去ってしまう。身構えていた二人が拍子抜けする程あっさりと。
「おっと……そろそろ行かないとな。陛下をお待たせするわけにもいかんし」
「そもそもの原因は貴様だろうが」
「冷たいな。仮にも友人に向かって」
「仮にも友人だからこそ、だ。ではな。私もそろそろ行くぞ」
「ああ。呼び止めて悪かったな」
「ふん……」
軽い謝罪に片手を挙げて応え、ライゼルは二人を引き連れてその場を後にした。
(ーーとうとうエスデスが帰還した、か)
彼女自身が最強クラスの帝具使いである上に、配下の三獣士もまた優れた帝具使い。この時期に彼女達が呼び戻されたということは、間違いなくナイトレイド殲滅目的のためだろう。
数で劣るナイトレイドが、果たして対抗できるのか。抜け目のない彼女のことだ。恐らく対ナイトレイド用組織設立のために帝具使いを複数人集めるはず。
帝国の軍事バランスを考えて集められる帝具使いの数は五人……もしくはギリギリ六人。三獣士とエスデス自身を含めて十人。
帝具の相性にもよるが、真正面から戦って勝てる確率はかなり低い。
(せめて僕らが加勢出来ればいいんだが……)
できないことを行っても仕方はないが、そう思わずにはいられない。
最悪クロメを加勢に行かせることはできるが、それでも数の上では劣る。
これから苛烈を極めて行くであろう戦況で、全員が生還できる可能性は、限りなく低い。ほぼ確実に、誰かが死ぬだろう。
それでも、祈らずにはいられない。
(どうか、みんな生き残ってくれ……)
例えそれが、叶わぬ願いだとしても。
最後まで見ていただき、ありがとうございました。
……これだとなんだか最終回っぽいですね。……あれ?なんかこのやり取り、どこかで見たような……?
まぁ、それはさておき、皆さん。『ファルキューレの紋章』というアプリを知っていますか?
作者が携帯を手に入れた当初からやっていて、実は結構古参だったりするのですが。
そのアプリで昔、とあるラノベのコラボでカードが配られたのですよ。そのカードに一目惚れした私はコラボ元のラノベまで買ってしまったのですが……それはさておき、作者は無課金ながらもゲーム内で得られるメダルをイベントを必死にこなしてかき集め、九枚(最終進化に三枚必要)集め、最終進化後の限界突破(最終進化後のレベルMAXのカード二枚を掛け合わせる。最大三回)をして行ったのです。ええ、頑張りましたとも。そして最後の最後、最後の限界突破で私は、ベースのカードを間違えてしまうという失態を犯し、後一回で限界突破三になるはずだったカードが限界突破一に逆戻りしてしまうという……書いてて落ち込んできた…………欝だ。死のう。
しかもそのカード、交換不可、もはや手に入らない限定カードであるため、もうどうにもならないと言う始末。おかげでもうやる気がほぼ皆無の状態に………………ハハッ、笑えよ……なぁ?
みなさんはこんな失態を侵さないように常に注意を払いましょう…………はぁ。
今、誰か俺を笑ったな?