銀翼の鴉と黒の剣士   作:春華

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こつこつと進めていきます


第七十一話:理想の世界

 

 「ここは…」

 

 ヴァベルを目覚めさせるために仲間達と気持ちを合わせていた俺は、気がつくと森の中に倒れていた。

 立ち上がって周囲を見渡すが、仲間の姿は無く聞こえるのはカラスの鳴き声と緩やかな風が髪を撫でる。

 

 視界の端に黒光りする何かが見えたので近づくと、そこにあったのは俺の相剣でもある黒いヤツ、夜空の剣であった。

 

 地面に落ちていた夜空の剣を拾い上げて鞘に納めようとした俺は、既に吊り下がっていた(・・・・・・・・・・)夜空の剣を見て動きを止める。

 

 どこからどう見ても夜空の剣である。

 唯一無二である筈のこの剣がなぜ2本もあるのだろうか…

 

 

 何処と無く違和感を感じながらも反対側の鞘ーー青薔薇の剣が収まっていた場所に剣を吊り下げた。

 

 また新しい場所に転移してしまったのかと考えるが、この景色はどこか見覚えがある。

 記憶をなぞりながら道を進んでいくと、そこには大きな湖。

 

 さらにそこを過ぎれば見覚えのあるログハウスが建っていた。

 

 アインクラッド22層。

 俺達が穏やかな日常を過ごしたあの場所。

 

 俺が心神喪失を起こした時のことはやや朧気ではあるが、何となく覚えてはいる。

 SAOが発売目前に近づいたあの時。

 中学生時代の景色に、かつての記憶に。

 ユージオを含め数々の物を失った罪悪感に囚われていた俺は、仲間たちに助けられて自分を取り戻すことができた。

 

 恐らくここはユイーーペルソナ・ヴァベルが囚われている世界だろう。

 彼女の中にはこの思い出が残っているのだ。

 

 「とりあえずユイを見つけないとな」

 

 こうして意識を持って彼女に接触できそうなのだ。

 彼女が目覚めるきっかけを作れれば良いのだが。

 

 …しかし彼女を目覚めさせても待っているのはカーディナルによるデータ消去だ。

 未来に戻ることになっても結局彼女は一人のままになる。

 このような出来事を起こしているから未来のストレアなどがフォローをしてくれるだろうが、根本的な解決にはならないだろう。

 

 「……あ」

 

 ふと、考えが浮かんだがそれは彼女が承諾してくれればの話だ。

 一先ずは頭の片隅に留めておくことにする。

 

 そんなことを考えているとガサガサという音を立てて茂みが揺れた。

 黒い衣装にポニーテール、銀色の仮面を付けた少女。

 少女は俺を見つけると戸惑いの声をあげた。

 

 「…パパ?」

 

 「お前…ヴァベル?」

 

 茂みから現れたのはこちらが探していたペルソナ・ヴァベルその人であった。

 まさかこんなすぐに遭遇することになるとは思っていなかったので動揺を隠せないが、彼女も驚きの顔を見せていた。

 

 「何でここに…ああ、私を起こしに来てくれたんですね」

 

 「そうなんだけど…よくわかったな」

 

 「これでも長生きなので想像はつきます」

 

 曖昧な笑みを浮かべながらそう答えた彼女は、銀色の仮面を外しながら此方を見る。

 身長などもデザインし直したのだろう、ユイのあどけない印象は面影を残しつつも、大人になったらこんな感じなのかと思わせる。

 

 「ユイ…大きくなったんだな っと」

 

 「こ、子供扱いは止めてください…」

 

 思わず頭を撫でようとするも、頭の上で手をバッテンにしながら距離を取られてしまう。

 そのままヴァベルはこほん、と仕切り直すように話し始める。

 

 「あの男…PoHに攻撃された時、その大きすぎるダメージから私は強制的にスリープモードに入りました」

 

 あの攻撃は心意攻撃でもあったたらしく、《カラミティ・ヴァベル》としてボスキャラ扱いになっていたことも加味したとしても《MHCP》として《破壊不可能オブジェクト》に設定されていた筈のヴァベルに攻撃を通していたらしい。

 

 「次に気がつくとこの場所にいました。私というプログラムの中でもユイとヴァベルは同一人物ではありますが、育った時間がありますからね」

 

 彼女のプログラムはまず千年を生きたペルソナ・ヴァベルとしての自我データを隔離し、ダメージを修復しようと試みたそうだ。

 

 「ただその…目を覚ませば私はカーディナルに消されることが決まっています。そこを自己保管プログラムが読み取ったと思うんですが…出来てしまったみたいで…」

 

 「…何が?」

 

 ヴァベルはうう、と唸りながら言葉を探すように視線を動かすとポツリと呟いた。

 

 「………です」

 

 「…すまん、もう一度言ってくれ」

 

 「ダ、ダンジョン…です」

 

 

 

 

 「その前に、私がなぜあの様に行動したのか説明します」

 

 俺がヴァベルの言葉に固まっている中、おずおずと彼女は話し始める。

 

 俺達の前に現れて戦ったペルソナ・ヴァベルは未来の世界から時間の流れを通ってやってきた。

 

 ただ彼女はMHCPというプログラムである。

 未来の世界には彼女のコアにあたるプログラムが存在しているため、俺達の時代で消去されてしまっても復活することができる。

 

 このことが今回の事件を引き起こす原因の一部でもあった。

 

 例えあの場でカーディナルに消されたとしても、未来のコアプログラムが無事ならヴァベルは消えることがない。

 俺達でいうとアバターが倒されただけで現実の体には影響がない形だ。

 

 だからまずはそこから切り離す状況を作り出す必要がある。

 

 ALOに入り浸っていた時やユナイタルリング事件の時のように、ユイは俺達と一緒に過ごす時はその場で過ごしている。

 

 勿論何も無い時は俺のPCにいるだろうが、自分をコピーして色々な場所に現れるようなことはあまりしていない。

 

 コピーされたフラクトライトや、黒ユナのように複製されたことによる自我崩壊を起こしてしまうからだ。

 

 ヴァベル自身も災禍の鎧や入念な準備の結果あの場に現れることができたわけで、基本的には未来のストレアがしたような限られた時間の干渉が限界。そもそもあれもヴァベルの計画を利用してのことなので普通はできないらしい。

 

 「私はユイをコアプログラムごと消去し、彼女が消えたことによる歴史の上書きを利用することで消えようとしました」

 

 セブンの準備ができるまでに彼女についてちゃんと共有されていたが、改めて聞くと条件が厳しすぎる。

 

 それを実行寸前まで進められたのだから凄まじいものだ。

 

 「その結果は…まあご存知の通りですが」

 

 消えてしまいたいという思いは消えてはいないだろうが、自身の目的が失敗した以上、諦めに近い感情があるのだろう。

 未来に戻れば未来のストレア達が彼女のフォローをするだろうし、そう言う意味でも彼女にとってはあれが最初で最後のチャンスでもあったのだ。

 

 「ここまで話してようやくダンジョンの話に移れるのですが、ここは簡単に話すと私のコアプログラムの中に当たります。パパはアバターだけ未来に来ているってことになりますね」

 

 「…マジか」

 

 「私が来ているので理論上は可能ですが、人間であるパパには千年の時を越えるのは不可能…魂が…フラクトライトが磨耗して持ちません」

 

 要はアンダーワールドで俺とアスナが時を過ごしたようなことを千年分やるということだ。

 星王キリトは二百年生きれたらしいと聞いたのもとんでもないが、その五倍である。

 

 「七色博士のクラウドブレインシステム、パパの夜空の剣に込められた心意エネルギー。私とパパの因果関係…それを換算してもアミュスフィア(・・・・・・・)の出力ではここに辿り着くことはできないはずですが…」

 

 「それは…」

 

 元々の予定ではクラウドブレインシステムを使うことで全員の心意を未来のヴァベルに届け、絶望に囚われているだろう彼女に働きかけるというものであった。

 

 なので彼女のコアプログラムに接続していることは成功しているのだ。

 偶発的に俺の意識がそこで目覚め、会話できているだけにすぎない。

 原因はわからないが、恐らく俺がミニSTLとも言えるニューロリンカーを装着していることと、俺という魂が二十年程とは言え実際に別世界の未来へ時を越えたことも関係しているのかもしれない。

 

 まさか俺の体が未来まで残ってるわけでもあるまいし。

 

 今も祈っているだろう皆との違いはそれくらいだからだ。

 

 ただ考えているだけでは状況は変わらないので、俺はヴァベルの言葉を咀嚼しながら現在の状況を整理することにした。

 

 「…とにかくここが未来の世界なのはわかった。ユイは目を覚ましたいけど誤作動した自己保管プログラムが目を覚まさせないようにダンジョンを作り出した…ってわけか」

 

 「…恐らく一瞬でもGMコンソールを通してカーディナルと接続したのが原因でしょう。時間移動や私が世界の悪意を取り込んでいたことでの負荷も合間って生み出されたのかと…」

 

 「俺が戻るには…」

 

 「少なくともダンジョンクリアが条件だと思います。私を目覚めさせるのが目的ならそれが達成されれば…」

 

 話していて思い出したが、俺達は彼女を目覚めさせるために動いていたのだ。

 

 「それなら話は簡単だな」

 

 「簡単…?」

 

 腕を組みながら頷く俺にヴァベルは首を傾げる。

 ダンジョンがある。それをクリアしなければ先に進めないのであればやることは決まっている。

 

 「…そうですね」

 

 俺の考えていることに気づいたのだろう、呆れたような笑みを浮かべながら頷いた彼女にもう一度頷き返した俺はダンジョンの入口であろうログハウスに視線を向けた。

 

 「いくぞ、ダンジョンアタックだ」

 




最終ダンジョンです

とらわれたユイをたすけよう
ただしそのあと彼女は消えるとする

なんで剣が二本あるんですかね


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