「…はぁっ!?」
『はぁ?ではありません!言ったでしょう!この状況を打破する必要があると!』
「そ、それはそうだけどそんな…僕が
『奴は鎧から力を得ています。つまり擬似的に鎧の所有者となっている状態な訳です』
いいですか?と脳内でハルユキに人差し指を立てながらメタトロンは言葉を続ける。
「しもべ、あなたが鎧の所有権を奪い取って奴に流れ込む心意をシャットアウトするのです」
「奪い取るってそんな簡単に…」
『適合力は実際に六代目として活動していたしもべの方が上です。悪くはないと思いますが』
そもそもあれをどうにかしないと勝ち目は薄いですよと話すメタトロンの言葉に、ハルユキはぐぬぅ…と唸り声をあげる。
災禍の鎧ーークロム・ディザスターはハルユキにとってあまり良い印象はない。
鎧に支配されたことで『親』でもあるブラック・ロータスを傷つけることにもなったし、加速世界から退場の危機にも陥ったのだ。
ファルコンやブロッサムをめぐる出来事から憎むことなどはなくなったし、《獣》に愛着も少しは湧いたりしたが、それでも思うところはある。
「あ…!」
そうこうしているうちに戦況に変化が起きた。
若草色の髪の少年ーー確かユージオと言ったか。
彼が戦闘に参加したのだ。
敵の攻撃を潜り抜けたユージオがその剣から氷の蔓を呼び出して拘束、その心意の力をエネルギーとして外部に放出させ始めた。
それを『キリト』の剣に取り込むことで奴から力を削ぐ作戦に出たらしい。
しかし奴と繋がっている災禍の鎧から溢れでるエネルギーは変わらず、その量を増やしているようにも見えた。
「…!」
そしてハルユキにはわかった。
災禍の鎧が奴に力を受け渡すことを拒絶するように震えているのを。
「これはお前の力なんかじゃない!例え憎しみや苦しみの感情だとしても、必死に世界を生きた人達の想いだ…!」
その想いを受け止め、大きな悲しみを起こさないようにしたのは災禍の鎧でもあるのだ。
ハルユキは先ほどの戦いでファルコンとブロッサムがどのような決意でこの感情を抱え込み、ヴァベルと共に日々を過ごしたのかも理解している。
あのPoHという男は紛れもない邪悪だ。
負の心意を自在に扱い、ALOプレイヤー達からも敵意を向けられている。
『キリト』の言う通り、世界がより良くなるようにという祈りから生まれた数々の想いをこの男に使われるのは間違っているのだ。
「ーーーだからその想いも、鎧も、お前の好きになんかさせるもんか!!」
言葉を引き継ぐように、そう叫んだハルユキは『キリト』の隣に着地する。
先ほどまでの消極的な感情は彼方へと投げ捨てた。
「ファルコン!ブロッサム!!僕に力を貸してくれ!!」
奴を止めるために、今の自分ができることをーー!
「来い!クロム・ディザスター!!!」
その言葉が響いた瞬間、PoHが纏っていた災禍の鎧が激しい光を迸らせた。
「なに…!?」
光はいくつかの欠片のようにPoHから飛び出すと、そのままシルバー・クロウに向かって装甲を覆うように装着されていく。
両腕、胸部、脚部、そして頭部。
最後に装着されたバイザーから見えるのは一つの文字列。
もう見ることはないと思っていたその文字と共に、全身に迸る衝動。
加速世界最凶の力が再びこのアバターに宿ったのを感じたハルユキは勢いのままに雄叫びをあげる。
「ルーーーーオオオオオオオッ!!!!」
二体のクロム・ディザスター。
メタトロンの言う目には目をと言うのはこの事だろう。
敵に向かって一歩を踏み出そうとしたハルユキの耳にバシィィィィィ!!と音が響く。
加速世界にいる時に再び聞こえる再加速の音。
瞬間、回りの世界が止まったことをハルユキは認識した。
「オオオオオオオーーー、お…?」
出していた雄叫びを疑問の声で止めたハルユキはぱちくりとその目を瞬かせる。
これはそう、通常の加速世界よりさらに高次元に位置する空間でであり、加速世界の全景を見渡せる場所である《ハイエスト・レベル》へ向かう時と同じである。
「は、ハイエスト・レベル…!?どうして…」
ブレイン・バーストではないこの世界でまさかこの現象が起きるとは考えていなかったハルユキは、戸惑いながらも世界を俯瞰した。
フィールドに見える一際大きな輝き。
これは恐らく心意を吸収している『キリト』であろう。
そこから離れた場所には黒雪姫達も見える。
傷を負っているようだが確かに無事なようだ。
ふぅ、と息をついたハルユキは続いて鎧から流れる負の心意がPoHに流れていないのを目に納める。
メタトロンの作戦は上手く行ったようだ。勿論PoH自身に取り込まれている心意は残ってはいるが、これで供給を止めることができた。
と、ここまで全体を見たハルユキは自分をここに導いた存在が何者だろうかと考える。
この世界に単独で辿り着くことはまだハルユキにはできない。
恐らくメタトロンと同じように自分を導いてくれた何かがいるはずだ。
「えっと、《獣》さん…?いらっしゃいますか?」
何となく、自分を呼んだのは《獣》なのではないかと考えたハルユキが《獣》を呼ぶも返事が無い。
鎧に宿っていたであろう《獣》の意思は無くなってしまったのだろうか…?
「そうするとメタトロン…?ーーいったぁ!!?」
そうなると自分をここにつれてきたのは仲間であるメタトロンだろうか。そう考えながら彼女の名前を呼んだハルユキの頭を強い衝撃が襲う。
かつてない程の早さで姿を現したメタトロンは、そのままハルユキのほっぺたをむにむにとつつきながら非難の声をあげる。
「ど、う、し、て最初に呼ぶのが私ではないのですか!!」
「ごごごご、ごめん!」
「…まあいいです、ここに呼んだのは私ではないですし。ここは顔を立ててやります」
ひとしきりつついて満足したのか、ふんと息を付いた彼女は自分がハルユキをここに呼んだのではないと話す。
じゃあ誰が…という疑問はにゃあ、と気の抜けたような声を聞いたことで解消された。
視線の先には一匹の仔猫。
ノイズがかったようなその姿は初めて見るようで、どこか懐かしい印象を覚えた。
「…久しぶりでいいのかな、《獣》」
その姿はかつて《ザ・デスティニー》と《スターキャスター》をプレイヤーホームに安置した際にハルユキが幻視したファルコンとブロッサムと共にいた一匹の仔猫。
つまり《獣》と呼ばれていた意思だ。
「アイツを倒したいんだ。力を貸してほしい」
ハルユキの言葉に仔猫はにゃあ、と一鳴きするとくるりと一回転し、そのまま姿を消してしまった。
例え言葉が伝わらなくてもわかる。
ハルユキはメタトロンに頷くと、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
「災禍の鎧には災禍の鎧です。さあしもべ、どちらが鎧を扱うのに相応しいのか、あの狼藉者にわからせてやるのです」
メタトロンの言葉に背を押され、アバターに意識を戻したハルユキはシルバー・クロウの右腕を天に翳す。
雷鳴と共にその腕に現れたのは《スターキャスター》。
その形は先ほど戦ったクロム・ファルコンが携えていたような輝く騎士剣。
「てめぇ…!その力は俺のもんだ…!!」
「ーー!抑えきれない…!!気をつけて!」
怒号と共に氷の蔓から這い出てきたPoHは大地を踏みしめながらハルユキに向かって飛びかかる。
ユージオの警告する声を耳に捉えながら、ハルユキはスターキャスターを構えた。
バイザーの下に見える攻撃予測をその目に映しながら超加速を引き起こしたハルユキの脳内には一人のデュエルアバターが浮かび上がる。
兜から覗いた足まで届く長い銀髪が特徴的な騎士型アバターは三代目クロム・ディザスター。
彼女の剣技は武器を握ったことがないハルユキがディザスターとなった際にも扱ったことがある。
振り下ろされる包丁に剣を滑らせるようにパリィ。
そのまま掬い上げるように剣を当てて奴の体を上空へ吹き飛ばす。
そのまま背中の翼とメタトロンウィングを使いながら高速で近づきながら一閃。
ジグザグと空中を縦横無尽に駆け回りながら、追撃を続ける。
「ぐぉ…!てめ…!!」
鎧の防御力は健在のようだが、徐々に剥がれていく装甲にPoHも焦りの声を見せる。
我武者羅に振られた一撃を《フラッシュ・ブリンク》で体を粒子にしながら回避したハルユキは、手首からワイヤーフックを放ちながら彼の体を固定。
そのワイヤーを引き戻しながら強烈な蹴りを叩き込み、地面へと打ち落とした。
「ぐおおおおおっ!」
呻き声をあげたPoHはしかし、怒りに体を震わせながら立ち上がるとシルバー・クロウに友切包丁を突きつける。
「雑魚が粋がるんじゃねぇよ!!」
ダァン!!と地面を蹴りあげたPoHは友切包丁を投げつける。
回転しながら向かってくる包丁を弾き飛ばしたクロウだが、弾き飛ばされた筈の包丁が再び襲いかかる。
先ほど『キリト』に使った心意の腕を使った武器操作だろう。
そちらに気を取られた瞬間、装甲になにかが引っ掛かる感覚。
視線を向ければ鎧部分にワイヤーフック。先ほどハルユキが扱った五代目クロム・ディザスターのアビリティだ。
滞空しているクロウにフックが掛かれば逃げるのはほぼ不可能だ。
巻き取られる先には血のような赤で染めた包丁を持つPoH。
「俺を見下ろすんじゃねぇ!」
無理矢理ではあるが鎧を御したPoHならディザスターのアビリティ扱えることもできるのだろう。
通常の戦士ならここで不意をつかれ、その一撃で呆気なく命を狩り取られる。
『しもべ!!』
「ああ!!」
だがその相手は通常の戦士ではない。
《災禍の鎧》に適合し、四大天使メタトロンの寵愛を受けた加速世界唯一の空を翔ける戦士。
そしてそのワイヤー攻撃は既に見ている。
メタトロンの声に合わせて展開された翼の刃がワイヤーを切り裂いた。
空中で自由を失い、驚きの声をあげるPoHを視界に捉えながら、ハルユキは《フラッシュ・ブリンク》を発動させて一気に距離を取ると、背中の翼を震わせる。
「でやぁぁぁぁぁぁあ!!」
メタトロンウィングによる加速を得たシルバー・クロウの《ダイブキック》は流星のようにPoHの体に突き刺さった。
その一撃は空中に飛び上がった彼を再び地面へ縫い付けることとなる。
どうにか瓦礫を押し退けたPoHに走り込むのは『キリト』だ。
「キリトさん!!!」
「任せろ!!」
ハルユキの声に応じた『キリト』はその手に持つ漆黒と黄金の剣をライトエフェクトで光らせながら地面を蹴り、突貫。
思わぬところで絡み合った因縁をこの一撃で断ち切るーー!
「《スターバースト・ストリーム》ーー!!」
「くそがぁぁぁーー!!」
雄叫びと共に放たれる《スターバースト・ストリーム》。二刀流16連撃技。
彼の体を切り裂きながらトドメと放たれた最後の16撃目はしかし、死に物狂いで振るわれたPoHの友切包丁によって黄金の剣が吹き飛ばされた事によって不発に終わる。
「ーーーー!!」
「ツキは俺にあったみてぇだなぁーー!!」
必殺技をキャンセルされた『キリト』の体は発動による硬直で動くことができない。
無防備な『キリト』に勝利宣言をしたPoHは、その視界に黄金の剣を手にした男が映るのを目にした。
それは今まさにトドメを刺そうとしている男ではない。
自分の邪魔をした浅草色の髪の少年でも、銀色の装甲の男でもない。
「PoHーーーー!!!!!」
既に意識から外していた
ソードスキルによって背中を勢いよく叩かれるように加速したスプリガンの少年は、血のような赤色の軌跡を残しながら剣を突き出した。
遅れて聞こえてくるのはジェットエンジンのような轟音。
それはかの浮遊城で片手剣ソードスキルとして存在していた技。
刀身の倍以上の射程と両手槍に匹敵する威力を有し、黒の剣士はその使い勝手の良さからこの技を好み、迷宮区ボスへのラストアタックに使用されることが多かったという。
その技は浮遊城と共に失われたと思われていたが、妖精の国にて復活を果たす。
物理3割、炎3割、闇3割の属性攻撃を持つこの攻撃は、ブレイン・バーストにおいてシルバー・クロウがウルフラム・サーベラスを破った際に放った《ヘッド・バット》のように物理攻撃属性とエネルギー(ALOでは魔法と称されているが)攻撃の特性を兼ね備えている。
その結果、この攻撃は多くの攻撃耐性を持つ鎧にとっても効果を発揮するのだ。
炎に包まれた《ヴォーパル・ストライク》は災禍の鎧の装甲をものともせず、PoHの体ごと深紅の剣で貫いたのだった。
しかしそれでも彼は倒れない。
この怒涛の攻撃で確かにPoHは死んだと自分でも思っていた。
だが鎧に残っていた悪意が、心意が、彼をここに留まらせる。
まだだ、まだ終わらない。
「ぐーーーーーおおおおおお!!」
「ーー!こいつーー!!」
唸り声を上げ、自分が何者かわからなくなる。
かつてのガブリエル・ミラーのように全てを破壊する悪意の化身と化したPoHはその感情のまま全てを破壊しようとしてーーー
僅かに残った意識が一筋の光を捉えた。
その瞳を金色に光らせた黒の剣士が、夜空の名を示す漆黒の剣を振りかぶる。
16回、流星のように煌めいた剣の軌跡はそこで終わるはずだった。
しかしその剣に宿った多くの意思が、再び奇跡を起こす。
17回目の流星が、闇を斬り裂いた。
千年の黄昏編でやりたかったこと
・鎧と別れ、成長したハルユキにもう一回鎧を着て欲しかった
・メタトロンウィングと鎧の全部のせがしたかった
この妄想を早く出したくてヘルメスコードの後に千年の黄昏編をぶちこんだのがあった気がします
原作通りの順番に進めていくのもありっちゃありなのですが、折角なら他のSAOキャラも動かしてみたくなったりと言うこともあったのでゆるゆるとですが進めてきました
三年の月日が経ってようやくこの場面までこれましたが、一番やりたかったことがまだ残ってます
千年の黄昏で救われなかったキャラを救いたいのが原動力です
相変わらずのペースですがお付き合いいただければ幸いです