銀翼の鴉と黒の剣士   作:春華

67 / 73
第六十六話:悪意の器

 

 「あ、あんたは…」

 

 ヴァベルを突き刺した人物を視界に入れたフィリアの体は思わず震えていた。

 いや、驚愕と怯えの表情を浮かべていたのはフィリアだけではなかった。

 かつて浮遊城で命がけの戦いを繰り広げた人物達が彼を知っていた。

 

 

 ゲーム内で命を落とせば現実でも死んでしまうデスゲームの中で人殺しを楽しんでいた殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のリーダー。

 

 「PoH(・・・)…!?なんだってこんなとこに…」

 

 「ユイーーーー!!!」

 

 クラインが黒ポンチョの男の名前を呟くと同時に、絶叫と共に剣を構えたキリトが走り出す。

 

 高速で振るわれた一撃はしかし、ヴァベルの胸から引き抜かれた包丁に受け止められた。

 

 「軽いなぁ…そんなもんかよぉ!!」

 

 「ぐぁっ!!」

 

 雄叫びと共に振るわれた包丁はキリトを剣ごと地面に叩きつけた。

 恐ろしく強いその一撃に驚愕する間もなく、続いて振るわれた一撃を辛くも剣を滑り込ませることで受け止める。

 

 「そらそら頑張れよ、大事な家族がやられちまうぞ?」

 

 「こいつ…!」

 

 キリトの後ろにはヴァベルがいる。

 この包丁が振り下ろされれば彼女も無事ではすまないだろう。

 

 ピシッとキリトが持つ剣にヒビが入る。

 出刃包丁の威力に剣が耐えきれなくなっているのだ。

 

 「武装破壊はお前の得意分野だったよな」

 

 「ぐぅっ…あぁぁぁぁっ!!」

 

 ありったけの精神力を注ぎ込み(心意を発動させ)ながら雄叫びをあげると共に、その瞳を黄金に輝かせるキリトであったが、PoHの包丁は徐々に剣ごとキリトを押し込み始めた。

 

 「やらせん!!」

 

 その瞬間、押し込まれたキリトの背後から踊るように二つの影が飛び出す。

 

 一人は鋭い一撃で包丁を弾き上げ、もう一人は外套をはためかせながら強烈な蹴りをPoHに放ち距離を取らせると、キリトとヴァベルを庇うように相手との間に立つ。

 

 「エイジ…!スメラギ!」

 

 「………てめぇ」

 

 「早く彼女を」

 

 剣を構えたエイジに頷いたキリトは、ヴァベルを抱えながら後方に下がる。

 

 「…知らねぇ顔がいるな」

 

 ぐるりと包丁を振り回しながらPoHはブラック・ロータス達を見つめる。

 やがて彼はある一点で視線を止めた。

 

 「おいおいおいマジかよ、ブラッキー先生が分裂していやがる」

 

 こりゃ傑作だぜと『キリト』を見て笑い声を上げたPoHであるが、何かが引っ掛かったのかその笑い声を止めると、訝しげに彼を見つめる。

 

 「そういうことかよ…俺にはわかる(・・・・・・)ぜキリト」

 

 「何を…」

 

 「言ったよな…俺は何度だってオマエの前に現れるって…!」

 

 言うが否や『キリト』に向かって走り出すPoH。

 その瞬間、エイジがソードスキルを発動しながら斬りかかった。

 PoHの恐ろしさは怖い程知っている。

 隙を晒したのであれば仕留めるべきだと直感に従った彼は《バーチカル・スクエア》を発動させていた。

 

 「てめぇに用はねぇよ!!」

 

 返すように出刃包丁にライトエフェクトを纏わせたPoHは恐るべき技術でその一撃を防ぎきる。

 

 「なっ…!!」

 

 「2ラウンド目(・・・・・・)はねぇ」

 

 ソードスキルのぶつかり合いでノックバックを受けたエイジは、続けざまに放たれた《閃打》による攻撃で大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 「エイジ!!…おのれ!」

 

 「外野がうるせぇな…」

 

 吹き飛ばされたエイジのフォローに向かったスメラギには興味がないようにPoHはイライラするように歯噛みをした後、あるものに視線を向けた。

 

 「…おもしれぇのがあるじゃねぇか」

 

 獰猛な笑みを浮かべた先にあるのはヴァベルが纏っていた災禍の鎧。

 纏う主から離れていたそれは先程から無言で鎮座しているだけであった。

 

 「感じるぜ…てめぇの中のどす黒い感情を

 

  一緒に暴れようぜぇ…!!」

 

 そういいながらPoHが出刃包丁を鎧に突き刺すと、先程まで沈黙を貫いていた鎧がガタガタと震え始めた。

 まるで抵抗しているような素振りを見せた鎧であったが、PoHが更に出刃包丁を押し込むとその動きは止まってしまう。

 そしてそこから爆発したかのように負の心意が溢れだし、悪意の闇がPoHを包み込んだ

 

 「あいつ…!災禍の鎧に宿っている心意を取り込む気か…!?」

 

 「千年の悪意なんて人の身に耐えられるものじゃ…!」

 

 それは《ソウル・リムーブ・プロジェクト》によって仮想世界に放出された人の悪意。

 災禍の鎧に辿り着き、ペルソナ・ヴァベルがその体に封じ込めていたもの。

 ただ一人の人間には収まりきらない筈のその力はPoHの力となり始めていた。

 

 「いいねぇ…力が溢れてきやがる」

 

 やがて闇が晴れると、そこには災禍の鎧を身に纏ったPoHが立っていた。

 無理矢理鎧の力を取り込んだからかその姿は5代目クロム・ディザスターと同じであるが、その友切包丁から誰が主導権を握っているかは明白であった。

 

 

 「あれはやべぇ…!止めるぞロッタ!!」

 

 「出し惜しみは無しだ!!心意攻撃でいくぞ!」

 

 いち早く動いたグラファイト・エッジとブラック・ロータスが《奪命撃》を放つも、その攻撃は彼が振った出刃包丁によって弾き飛ばされてしまった。

 驚愕の声を上げる二人に視線を向けたPoHはニヤリと笑うと負の心意で強化されたその武器を振りかぶる。

 

 「お返ししねぇとな」

 

 「ーーーっ!《庇護風陣(ウィンド・ヴェール)》!!」

 

 振るわれたその一撃はバーストリンカーが使う心意技のような攻撃ではなく、ただの心意の波のようであった。

 膨大すぎる負の心意を無造作に叩きつけるその攻撃は、咄嗟に心意の防御技を発動させたスカイ・レイカーの守りを打ち砕き、爆発と共に彼らを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 「見ろよブラッキー、こりゃ最高だぜ」

 

 笑い声を上げながらこちらに話しかけるPoHに、俺の頭は混乱しながらも一つの結論に達していた。

 

 やつは俺の知っているPoHだ。

 この世界のPoHじゃない。アンダーワールドで俺と戦った存在。

 夜空の剣の《記憶解放術》で倒した筈の彼が何故ここにいるのだろうか。

 

 「あんた…ホロウじゃない、本物なの…?」

 

 「あ?誰だてめぇ。俺は俺だろうが」

 

 いや、奴がここにいる理由は最早関係ない。

 最大の敵が更なる力を付けて現れたのが問題だ。

 

 「アリス、あんた心意って使えるか…?」

 

 「…何故あなたが心意について知っているか疑問ですが、まだ修行中の身です」

 

 しかし、と一呼吸を置いたあと険しい顔で彼女は言葉を続ける。

 

 「私でもわかります。あの男からは禍々しい心意を感じる」

 

 アンダーワールドとブレイン・バーストに用いられている心意は厳密には違うが大本は同じものだと俺は考えている。

 心意の刃を扱えたのも、青薔薇の剣の《記憶解放術》を心意技として発動させたのも、あの時の俺には明確に心意を扱った感覚があった。

 

 本当に後になって、お前さんの心意は《絶対理論》も極めてるんじゃないか?チートだろとグラファイト・エッジに言われる羽目になるのだが、つまりは奴に対抗できる可能性があるのは心意を扱うことができるバーストリンカー、そしてアンダーワールドで生きるアリスとユージオということになるのだ。

 

 「ヴァベルの傷は…」

 

 「回復魔法をかけているけど目を覚まさないの…どうして…!」

 

 カラミティ・ヴァベルというモンスターと認識されていたからか、ヴァベルはカーディナルに消去されることもなく、ここに留まっている。

 しかしPoHによって付けられた傷は深く、その目は閉じられていた。

 

 治療しようにも奴がこの場にいる以上そう上手くはいかないだろう。

 

 戦うしかない。

 

 ニューロリンカーであればSTLを使用している時と変わらない心意を扱うことができる筈だ。

 

 「皆は下がっててくれ、奴は俺との戦いを望んでるみたいだ」

 

 「バカ野郎キリトぉ!俺たちも戦うにーー」

 

 「勝てるのか」

 

 俺の言葉に反応したクラインを抑え込んだスプリガンの少年に、俺は頷きを返す。

 

 「勝たなきゃいけないんだ」

 

 「…これを」

 

 自分の剣を見て悔しげに表情を浮かべた彼はスクロールを操作すると、一本の剣を実体化させてこちらに差し出した。

 伝説級武器(レジェンダリーウェポン)、エクスキャリバー。

 

 「頼む」

 

 「…任せろ」

 

 俺は剣を受け取るとPoHに視線を向けて歩きだした。

 

 「なあキリト、あの時お前が俺に言ったこと覚えてるか?」

 

 無言の俺にPoHはククク、と笑いながら両腕を広げる。

 

 「『もう二度と会うことはない』だ。こうして会っちまったな」

 

 「感動の再会とでも言いたいのか?」

 

 「ロマンティックで良いじゃねえか…なぁ!」

 

 通常より三倍程大きくなった友切包丁を軽々と振り回しながらPoHは俺に向かって走り出した。

 上段で振り下ろされた一撃を俺は夜空の剣とエクスキャリバーをクロスさせて受け止める。

 二刀流防御技《クロスブロック》。

 

 「最初から全力でいくぞ…!!」

 

 黒の剣士として自己のイメージを定義させた俺のアバターは、瞬く間に姿を変える。

 現在のPoHはあの時戦った時よりも強力になっている。

 まるでガブリエル・ミラーのように、底が見えない。

 

 災禍の鎧が膨大な負の心意を宿していたり、バーストリンカー達の技、そして俺が放った《ヴォーパル・ストライク》のように、このVR世界では心意システムを扱うことができるのは周知の事実だ。

 MPを順次消費させながら各属性のエレメントを用意、本来詠唱が必要なALOの魔法を一句で発動させ、かつて神聖術としてガブリエルに放った属性の攻撃を魔法として打ち出す。

 

 「バーストエレメント!!」

 

 各魔法が一気に直撃し、PoHの身体を飲み込んだ。

 バックステップで距離を取った俺は畳み掛けるように追撃を放とうとするが、突然体を襲った悪寒に反応するように心意のバリアを展開させる。

 

 激しい衝撃と共にバリアに突き刺さったのは友切包丁であった。

 ヒュッと息を飲む俺の目の前に、先程の攻撃をものともせずに爆風からPoHが飛び出してきた。

 彼ははそのまま武器の柄を握ると、力任せにバリアを切り裂きこじ開けはじめる。

 俺の展開したバリアは奴の攻撃で激しい音を立てながら砕け散った。

 

 「なっ…」

 

 「ーーーーシャアッ!!」

 

 驚きの声をあげる俺の腹に奴の足が突き刺さる。

 たまらず苦悶の声を上げてしまうが、視界に走る刃が見えた俺は咄嗟に心意の太刀を使って受け止める。

 しかし充分にイメージを行うことができなかった為か、大きな衝撃と共に俺は後方に吹き飛ばされてしまった。

 

 「それが全力か?」

 

 余裕を見せるPoHの言葉に、俺はこの戦いが簡単には終わりそうにないことを感じ取っていた。

 

 




満を持してバーストリンカーのキリトくんの戦闘です!

PoHなら災禍の鎧を御せると思うんです…なんだかそんな信頼があります…
強化パッチをつけたPoHをどう倒すのか…

ゆっくり進めていくのでよろしくお願いいたします
いつも感想してくださったり、誤字脱字報告してくださる皆様ありがとうございます
励みになります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。