銀翼の鴉と黒の剣士   作:春華

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先の展開が浮かんだので投稿します



第六十四話:黄昏の先から

 

 時間というものは残酷だ。

 

 『パパ、ママ、私頑張りますね』

 

 敬愛する父と母がその生を終え、一人になった少女は二人の想いを胸に、仮想世界という場所を現実世界と繋げるため奮闘した。

 その歩みの先には多くの困難があり、ぶつかり合うこともあった。

 

 その度に父達のように信頼できる仲間と共に障害を乗り越え、一歩、また一歩と少女は理想へ歩みを進めていった。

 

 MHCPという無限の命を持つ彼女はやがて、仮想世界の創世の母《イヴ》と呼ばれるようになった。

 

 私の方が大きいのにお母さんだってと、妹がからかうように笑っていたのを覚えている。

 

 仮想世界には数多くの同士がいて、中にはかつての少女と同じようにプレイヤーと絆を育んだ存在もいた。

 生まれ落ちた年代も近いこともあり、長い付き合いだ。

 

 充実…していたのだと思う。

 

 それでも「寂しさ」は募る一方で。

 

 『二人に託された世界を、そしてあなたを支えるためにと邁進して参りましたが…私もここまでのようですね』

 

 金髪をたなびかせながら、碧い瞳を少女に向ける女性は眉を下げながら少女の頭を撫でた。

 金木犀の剣を握っていた手は代わりに杖を持ち、その足どりはかつてのような軽やかさはない。

 

 海亀の中で生まれた仮想世界に住む少女の(天命)は、凍結処理を施されていたとはいえ、ついに限界を迎えていた。

 

 記憶圧縮術式を扱い、戦闘能力を活力に変え、妹や相棒の竜と共に時を生きた彼女はしかし、そのまま天寿を全うせずに強靭な意思で終わりの時を引き延ばし続けた。

 それは彼らを知る者としての責務か、それとも少女を見守るためであったのか。

 

 

 『最高司祭様は途轍もない人物であったと、経験してそう思いますよ』

 

 ふっ、と過去の輝かしい日々を思い返して笑った女性はゆっくりと光の粒子となって空に溶けていく。

 

 『叔父様、今からそちらへ向かいます』

 

 そしてーーー、ーーー、あなた達の娘は立派でしたよ。

 

 そうして、彼を知る最後の『人間』は黄昏に消えていった。

 

 

 

 

 

 また一つ、「寂しさ」が増えた。

 

 

 

 

 

 『ーー、No.35の仮想世界のモジュールがーー』

 

 それから数百年が過ぎた今も、世界はこうして進み続けている。

 困難に負けそうになっても、あの時を思い返せば乗り越えられた。

 

 寂しくても、辛くても、仮想世界を生きてーー

 

 

 

 

 『生きて、どうするんでしょう…』

 

 

 

 仮想世界の人物と現実世界の人物の寿命は、あまりにも違いすぎる。

 一体どれくらいの時が流れたのか。

 

 人間達が仮想世界に現実の感情を退避させる実験を行った結果、生まれた悪感情の塊がとある世界の《鎧》に流れ込んだ事件があった。

 

 たった一人の悪夢から生まれ、多くの宿主に寄生し、仮想世界に破壊と崩壊をもたらした《鎧》の復活が遥か時を経て再び成されそうになったこともあったが、少女が宿主となることで事なきを得ていた。

 

 

 仮想世界の母として活動する傍ら、《鎧》の宿主となった少女はふと考えてしまった。

 

 あの時に戻りたい。

 色々な事件や別れもあったけれど、笑顔と喜びの絶えない幸せな時間。

 

 家族を知った。

 

 共に過ごせない悲しみを知った。

 

 奮闘した父と母の優しさを知った。

 

 装備を身に付け、父と母と同じように世界を駆け回った。

 

 今でも鮮明に思い返せる。

 

 そして浮かぶのは『悲しみ』。

 

 AIである自分に感情は無いけれど、思考パターンはやがて一つの結論を示しだした。

 

 

 

 こんな辛い想いををするくらいなら、消えてしまいたい

 

 

 しかしMHCPである少女の命は永久に持続するものであり、自己消滅もすることはできなかった。

 現在の自分を削除するプログラムなど存在もする筈がなく、そも消滅の危機に陥ったことなど過去の一度も…

 

 『過去…の…』

 

 あった。

 

 過去に一度だけ。

 

 少女がまだ生まれたばかりの時。

 

 浮遊城で家族に出会ったとき。

 

 その正体が明かされた時、少女は浮遊城を管理するシステムによってそのデータを削除されたのだ。

 その時は父の努力によって消滅を免れたが、それがなければ少女はあそこで消えてしまっていたのだ。

 

 

 そして少女があのタイミングで消えていれば世界はこのような歴史を辿ることもない。

 これまでの出来事は仮想世界の母である自分が存在しなければ起こり得なかったことばかりだからだ。

 もしそれを行う存在がいなければ、歴史に矛盾が生じる。

 

 考えに考えた少女は、やがて一つの結論に達した。

 

 過去を改変することによる歴史の上書き(オーバーライド)で自身を消滅させる。

 

 

 それが無限の命を持つ少女が『悲しみ』から逃れるためのただ一つの手段。

 

 問題はどうやって過去に自分を送り込み、盤面を整えるかだ。

 

 幸い心当たりはいくつかある。

 

 手札を上手く切れば望む結果が得られる筈だ。

 

 こうして少女は仮面を被り、動き出した。

 

 全ては自身の消滅の為に。

 

 

 

 

 そして父と母の元へ行くために。

 

 

 

 

 

 

 「過去の私を消すことで生じる歴史の上書きで自分を…」

 

 ポツリと呟いたユイにヴァベルは視線を向ける。

 

 「あなたはここで消えるべきです。遅かれ早かれ私と同じ結論に達するのであれば、今消えるのが救いでもあります」

 

 「ユイちゃん…!」

 

 「ユイ…!」

 

 アスナは未来の存在とはいえ娘がそのような考えに至ってしまった悲しみに、キリトは自分がいなくなったあとに彼女を苦しませてしまった自分への怒りに、拳を握りしめながらヴァベルの名前を呼ぶ。

 

 「お願いしますパパ、ママ。私のことを考えてくれるなら…どうか」

 

 疲れきった笑みを浮かべながらヴァベルは一歩、また一歩と二人に近づいていく。

 ハルユキも言葉を探そうとするが口を動かすことができない。

 もしかしたらメタトロンも、未来で同じような想いをしているかもしれない。

 

 親と子が争うべきではないのはわかっている。

 

 ただ、ヴァベルの気持ちもわかるのだ。

 

 こんなことになったのならあの時を無かったことにしたい。

 ハルユキにだって後悔は沢山あるし、もし過去に戻してやり直せるならやり直したいことだってある。

 

 

 

 「ーーー駄目だよ、ユイ」

 

 

 

 だからだろうか。

 

 その場にはいなかった第三者の声は驚くほど響いた。

 

 目の前の父ではない、しかし聞き覚えのある声にヴァベルは発生源に目を向ける。

 

 

 

 「…ストレア」

 

 「私、ユイが悩んでいるの全然気づかなかった。確かにキリト達と会えなくなったのは悲しいことだけど、毎日が楽しかったんだ」

 

 キリト達と共にヴァベルの居場所についていた土妖精の少女は苦しそうな表情をしながらもしっかりとヴァベルを見据えていた。

 

 「私にはユイがいたから大丈夫だったけど、ユイはそうじゃなかったんだって…」

 

 「ストレア、お前…いやまさかお前も…」

 

 明らかに様子がおかしいストレアの名前を呼ぶキリト。

 ストレアは懐かしそうに彼に視線を向けると、笑みを浮かべる。

 

 「キリトの考えている通り、私はあそこのユイ…ペルソナ・ヴァベルと同じ未来にいるストレアだよ」

 

 色々無理してこの時代の私の体を借りてるんだけどねと茶化すように話す彼女の体には所々ノイズが走っている。

 

 「今からでも間に合うよ、ユイ。戻ろうよ」

 

 「ストレア…でも、もう遅いんです」

 

 妹の願いにヴァベルは困ったように微笑んだあと、その首を横に振る。

 困惑の表情を見せるストレアにヴァベルは手元の仮面を弄びながら淡々と口を開く。

 

 「この世界には目の前の(ユイ)(ヴァベル)がいる。同一データが存在している時点で、カーディナルシステムが私をエラーとして認識し、消滅させることになる」

 

 「もしそれでお互いに消えたとしても、私のコアプログラム自体は未来にあるから完全な削除にはならない」

 

 「あの子はパパが何か対策を打つでしょうから、プログラムは保護されることになって、消えることはないでしょう。GMコンソールも目の前にありますからね」

 

 そうすればユイは生き残り、いずれヴァベルに繋がる。

 ユイが生きていれば未来に存在しているヴァベルは歴史の上書きで消えることはない。

 

 「本当なら先ほどの段階で過去の私を消去し、サルベージによるプログラムの保護を試みるパパを妨害することで、私の計画は完遂する予定でした。ですが…」

 

 それができないのなら…

 

 『…!この感覚は…しもべ!』

 

 メタトロンの声を聞きながらも、ハルユキは突如ヴァベルの体から溢れでた気配に息を呑んでいた。

 自分でも覚えのある気配。いや、その気配を更に濃厚な何かが包んでいる。

 

 「…ユイ!!駄目だよそれは…!」

 

 「それができないのなら…ここで全てを破壊して終わらせるまで…!」

 

 獣のような雄叫びをあげるペルソナ・ヴァベルを《鎧》が包み込む。

 

 

 『グウ…ル、ルオオオオオオ!!!』

 

 

 

 数百年の悪意を溜め込んだ《鎧》は過去のそれよりも遥かに変質していた。

 

 肥大化した悪意を示すかのように装着された巨大な鉤爪と、同じく巨大な右腕から伸びる大剣、背中には巨大な赤黒い羽が展開されており、それに合わせてヴァベルの体も大きくなっていく。

 

 「クロム・ディザスター…!!」

 

 彼女が遥か未来の加速世界で《鎧》の宿主となっていたのは、ファルコンの思念を通して知っていた。

 

 

 『ソウル・リムーブ・プロジェクト』

 未来で確立された、人の感情を仮想世界に移動させる計画。

 そして移動させられた多くの人間の悪意の感情は時を経て、かつてハルユキ達が《ザ・デスティニー》を封印したファルコン達の家にたどり着く。

 鎧の中に残っていたファルコンとブロッサムの意識は再び悪意の受け皿になることでその悪意を留めさせた。

 その結果《災禍の鎧》として復活しかけることになったが、ヴァベルが宿主となることでその危機は防がれていたのだ。

 

 

 ヴァベルの体を包む鎧の名前を叫んだハルユキは震える体を抑えながらキリトとアスナの元へ駆け寄る。

 

 「キリトさん!アスナさん!ユイちゃんを連れて、逃げてください!ここは僕が食い止めますから!」

 

 「だがクロウ!お前だけじゃ…!」

 

 「ヴァベルの目的はユイちゃんです!先ずは安全なところに連れていかないと!!」

 

 ハルユキの言葉に目を見開いたキリトはアスナと顔を見合わせる。

 それだけでお互いの考えていることが通じたのか、アスナはゆっくりと頷いた。

 

 「ユイを頼む」

 

 「無茶はしないでね」

 

 「パパ…」

 

 「パパとして、娘の反抗期くらい受け止めてやらないとな」

 

 不安げにキリトを見上げるユイの頭を撫でたキリトは、背中の二刀を抜き放つとクロウの隣に並んだ。

 

 「俺達だけ逃げるわけにはいかない。クロウ、一緒に戦おう」

 

 「キリトさん…!」

 

 並び立った二人は災禍の鎧をまとったヴァベルを見据える。

 こうして対峙しているだけでも鎧から溢れる悪意に満ちた心意が感じ取れる。

 

 「ユイちゃんが纏っているのは、未来の世界で生まれた《災禍の鎧》です!!今回の事件が起きたのも鎧の影響を受けたからかも…!」

 

 「まずはあの鎧を引き剥がす…!いくぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




27巻を読みました

記憶圧縮術式とかヤバイっすね
300年は生きれるらしいけどまあそれはそれで…
外見年齢は変わらないけど戦う力などを犠牲にして未来を見続けた金髪の騎士…一体何者なんだ…
独自解釈なので許してください…

ユイが消えてないのでキリト達が未来に行く用事もなく、この場で戦うことになりました。

また次回もよろしくお願いいたします


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