では、どぞ
直葉の冷水攻撃を受けた後、俺は見覚えのない制服に身を包んで所謂通学路を歩いていた。
勿論、隣には自分と同じような制服に身を包んだ直葉が竹刀袋を肩にかけながら歩いている。
制服は青を基調としたブレザーに、これまた青色のネクタイ。
直葉の方は緑色のリボンを付けている。
道行く同じ制服を着た学生達も、青、緑、臙脂色のネクタイ及びリボンを付けているようで、その色が学年を分けているのだろう。
直葉が1年生ということは、1つ上の学年である自分は2年生、よって臙脂色は3年生というわけだ。
状況に流されているとはいえ、現在の自分が中学2年生なのは一体どういうことなのだろうか…
まさかこれもSTLのダイブ実験の真っ最中とでもいうのだろうか?
STLは、自分の魂―—フラクトライトというものを利用してフルダイブする。
なんでも、ALOやGGOにアミュスフィアでダイブするのとは別物で、アミュスフィアがユーザーの脳にポリゴンデータ―—つまりVR世界のデータを見せるのであれば、STLはフラクトライトそのものにデータを書き込むらしい。
アミュスフィアとSTLでのVR世界を比べると、明らかに感覚が違うのだ。
アミュスフィアが見せるVR世界は、確かによくできている。しかしそれだけだ。空気に埃はない。服には羽毛もなく、破れることもない。つまり、よくできていてもそれがポリゴンでできたものだということがわかるのだ。
しかし、STLによって作られたVR世界は違った。
機密保持のため、STLでダイブしてるときの記憶は、機械がフラクトライトの記憶領域にあたる部分の接続を遮断しているため思い出すことができないようになっているが、ごく最初の頃と、あの世界で過ごした数年間の記憶は遮断されていなく、ちゃんと記憶に残っている。俺自身、最初はそこがVR世界だとわからなかったくらい精巧な作りだったのだ。
つまり、ここがSTLの作り出した仮想現実空間と仮定した場合、本来高校生である筈の俺が中学生になって登校しているのにも一応の納得がつく。
自分の家族を再現させられるとは思ってはいなかったが、悪趣味にも程がある。
STLを作った菊岡や比嘉たちラースのスタッフはなにが目的で俺にもう一度中学生の生活をさせているのだろうか…
「……わけがわからん…」
「…?お兄ちゃん?ボーっとしてどうしたの?学校ついたよ?」
思わず呟いた声は直葉には聞こえていなかったようで、考えているうちに目的地の学校についたようだ。
学校の名前は…『梅郷中学校』
記憶があるのは向こうの不手際なのだろうが、この際だ。
SAO事件で台無しになった中学生活を楽しませてもらおう。
「…………」
なんだこれは
なんだこれは
状況を整理しよう。
校門で直葉と別れた後、俺はなんとか自分の教室に向かうと、座席について授業が開始されるのを待った。
授業開始のベルがなり、先生と思しき人物が教室に入ってくると、授業を開始する。と言ったそばから、『何もない空間』を指でなぞるように動かし始めた。何をしているんだと考えていると、先生はそのまま公式の説明をしだしたのだ。ギョッとして先生を見るが、先生はそれが当たり前のように話を続けている。周りの生徒達は、時折頭を上げながらその空間を確かめ、キーボードを打つように指を動かしているのだ。
暫くそうしていると、肩をつつかれる感覚。隣の席の人物のようだ。
はて?と首を傾げながら横を向くと、困ったような、あいまいな表情をしている女子生徒と目が合った。
「あの…桐ヶ谷君?」
「な、何かな?」
ややどもった声になったのは許してほしいと願いたい。
向こうは俺のことを知っているだろうが、俺はこの子のことを知らないのだ。
そして行きの直葉との会話で知ったのだが、今は10月30日、いわゆる二学期真っ只中というわけだ。
名前も知らない少女は困ったように自身の首回りについている機械をトントンと叩くと
「ニューロリンカーの電源、切れてるよ?」
と言ってきた。彼女に習って首回りを触ると、なにやら固いものが…
って、これ朝にも直葉に言われたばかりではないか
これがニューロリンカーというものか。
暫く触っているとスイッチらしきものを発見、そこを押すと何やら起動音のようなものが鳴った。
生徒はそれを教えてくれたらしい。礼を言って視線を黒板に向け―――
「うぇっ!?」
思わず声を上げてしまった。
その声は教室中に響き渡ったようで、先生も含めクラス中の視線が集まった。
「…桐ヶ谷…どうした?」
「え、あー…すいません、ちょっと寝ぼけてて…」
「そうか…じゃあ、この問題をやってみろ」
なんという横暴!!
先生に悪態をつきながらも俺は再び先ほどまで先生が手を動かしていた空間に目を向ける。
そこには先ほどまで見えなかった黒板があり、そこには問題と、それの公式がいくつか書かれていたのだ。
一瞬不安が頭をよぎったが、よくよく見れば高校でやったところの基本部分だった。
何とか正解した俺は安堵のため息をつく。
そんなこんなで時間が経ち、この授業は終わりを告げたのだった
それからの授業と休み時間はニューロリンカーの操作に慣れるのに時間を費やした。
手探りの状態だったが、操作の方は案外難しくはなかった。
目の前にパソコンのデスクトップのようなものがあると考えればいい。
あとはアイコンの部分を指でタッチして、操作するだけだ。
そうこうしているうちに四限目が終わり、お昼休憩になった時、妹の直葉が教室にやってきた。
クラスの皆からはなにやら微笑ましい目で見送られ、ある生徒からはほんと妹さんと仲良いよな。なんて言われながら教室をでる。
あの先生の話が面白かったなど、楽しそうに話す直葉の話を聞きながら歩いていくと、学生食堂のようなところに着いた。
直葉はそのままずんずんと進んでいくと、そこに隣接しているラウンジの丸テーブルに陣取り、俺に向かって手を振っている。
周りの生徒は皆2年や3年のようだ。その中を普通に歩きながら席を確保する直葉に感心するが、周りの生徒は気にした様子もなく、それどころか俺と直葉を交互に見ながら、先ほどのクラスの生徒と同じように微笑ましい表情をしているをしているのに気付き、何となく気恥ずかしくなった俺は急いで直葉のいる席に向かった。
「今日のお昼はね…じゃじゃーん!サンドイッチでーっす!」
テーブルにつくなり持っていたバスケットの包みを開くと、そこには卵にレタス、その間にハンバーグが挟まっているどうみてもハンバーガーにしか見えないサンドイッチが入っていた。
「…スグ?これ、ハンバーガーじゃ…」
「…ハンバーガーじゃないもん。ちょっと大きめだけどサンドイッチだもん」
俺の言葉にムッとした表情になる直葉
これで機嫌を損なわせてお昼抜きになるのは勘弁なので、ハンバーガー風サンドイッチを手に取るとがぶりと噛みつく。
うん、美味しい
美味しいのだが…とてもハンバーガーの味に近いのだが…
そんなことを思いながら昼食を取っていると、直葉が何かに気づいたように視線を上げた。
「どうしたスグ?」
「あ、うん。同じクラスの子が来たから…どうしたのかなって」
直葉の言葉に視線を向けると、そこにはぽっちゃりとした体型の少年がなにやら挙動不審な様子でラウンジを歩いている。
俺たちの時とは違い、周りの生徒が向ける視線は非難や不快な色が込められていたが、少年はそれを受けながらも一直線に歩いていく。
行先は…ラウンジの奥で固まっている1つのグループのようだ。
最後の一口を食べ終えた俺は、その成り行きを見ることに決めた。
目的の場所にたどり着いた少年に気づいたのか、グループのメンバーが、テーブルについている一人を除いてその場から体を動かすと、少年に席を譲る。
「あれ…黒雪姫先輩?」
「黒雪…なんだって?」
事を見守っていた直葉が、少年の前に座っている少女を見て驚いたような声をあげる。
「生徒会の副会長さん。スノーブラック、黒雪姫って言われたりしてて、皆あの人のことを姫とか、黒雪姫先輩って呼んでる…って、お兄ちゃんもそれくらいわかるでしょっ」
ご丁寧に説明してくれたあとに俺をチラッと睨んだ直葉は、少しするとまた驚いた声を上げた。
「ちょ、直結!?有田君と、黒雪姫先輩が!?」
見ると黒雪姫と呼ばれた少女が、自分の首のニューロリンカーに何やらケーブルのプラグを刺し、少年に空いている方のプラグを差し出しているのが見えた。
ニューロリンカー同士でもケーブルで接続できるのかと、昔に流行った携帯ゲーム機の事を思い出しながら見ていると、少年の方は覚悟を決めたように差し出されたプラグを自分のニューロリンカーに接続した。
「てめぇ有田!バックレてんじゃねえぞ!!」
それからいくらか時間が過ぎた後だ。
ラウンジの入口から大きな声が聞こえてきたのに気付いた俺は、そちらに意識を移した。
そこにいたのは大柄で、逆立った髪の少年と、その後ろでやや緊張した顔の明らかに彼の手下であろう生徒が二人いた。
有田と呼ばれた先ほどの少年は、椅子から立ち上がり恐怖の表情を見せている。
それを見ただけで、有田少年は彼らにイジメられているのだろうと理解できた。
周りの生徒もそれに気づいたようで、同情の視線を彼に向けている。
ずんずんと目的地に近づいている大柄少年を視界に収めながらどうしようかと考えていると、目の前でガタッと音が鳴ったのに気付いた。
「…もう我慢できない、一度ビシッと言ってやる…!」
「す、スグ…!?ちょっと待てって!」
その瞳を怒りに燃やしながらそう言った直葉は、俺の声も聞かずに今まさに事件が起こるであろう場所に歩き出していく。追いかけないわけにはいかないので、俺も彼女の後についていくことになった。
「ちょっと荒谷君!もう止めなさいよ!」
開口一番、直葉は大柄少年――荒谷にそう言うと、二つのグループの間に割って入った。
荒谷は直葉の登場に一瞬驚いたような顔になったが、ひきつったような笑顔を見せると
「だ、誰かと思ったら桐ヶ谷…さんじゃあねえか。悪ぃけど、俺たちはあんたの後ろの有田に用があるんだ。わかったらそこをどいてくれねえかな?」
と、今にも殴りかかりそうな体を彼の意思で必死に抑えながらそう言った。
子供が見たら泣き出しそうな表情を前にしかし直葉は力強く言い返した。
「そうやってそのあと有田君に暴力振るうんでしょう!?気づかれてないと思ったら大間違いだからね!大勢で寄ってたかって…恥ずかしくないの!?」
「てめぇ…」
流石直葉。このVR空間でも性格が現実まんまだ。
直葉の言葉に一歩踏み出す荒谷。不穏な空気になったのを切り裂いたのは、先ほどから様子を見ていた、黒雪姫の言葉だった。
「キミは確か…アラヤ君だったな。有田君に話は聞いているよ。間違えて動物園からこの中学に送られてきたんじゃないか、とな」
「……ぷっ」
凛としたその声は、明らかに荒谷を挑発するものだった。
かくいう俺も、今の言葉にニヤリとしてしまったのだが
「ンだとテメェコラァ殺すぞブタァァアアアア!!!」
「きゃっ!?」
「スグっ!!」
挑発を受けて完全に切れた荒谷は、直葉を押しのけると何言ってんのこの人!?っというような表情で隣の女性を見ている有田に殴り掛かっていた。
バランスを崩した直葉を支えながら俺が見たのは、荒谷のパンチを受けて吹き飛ばされた有田が背後の黒雪姫にぶつかり、テーブルごとひっくり返ったところだった。
とりあえずここまでです!
キリト君、ここが仮想世界なのではと推測するの巻でした
ハルユキ君と黒雪姫先輩登場です
STLの説明はSAO9巻見ながらこんなんかと考えて簡潔にまとめたものです
要はSTLのほうがリアルだよって言う感じです
それでは、また次回!