では、どうぞ
「…倉嶋君が≪ヒーラー≫だと…?」
「はい…」
黒雪姫の驚きの声に、ハルユキはコクリと頷いた。
現在午後3時半。
入学式があった日から二日たっていて、生徒会の活動で多忙気味だった彼女もようやく時間がとれたということらしく、二人はこうしてラウンジで向かい合っていた。
チユリのことは事前にメールで伝えていたのだが、彼女の能力のほうは直接伝えた方がいいとタクムと直葉に強く言われたため、こうして伝えることが遅くなったことを謝ると、黒雪姫は首を横に振って。
「いや、二人の判断は正しいよ。もしネットでこの件を話して、他のバーストリンカーに盗み聞きでもされたら、大ごとではすまなかっただろうしな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、東京中からバーストリンカーが集まってきて、ライム・ベルがどこかのレギオンに入る前にあれこれ策を施しただろうよ。何と言っても≪回復アビリティ≫だ。加速世界が始まって丸七年たつが…それを持っていたのはこれまでで二人しかいなくてな。一人は今も自分を通しているが…もう一人は自分の力を巡る争いに耐え切れずに自分で加速世界から退場してしまったんだ」
退場。とはつまり、自分で自分のブレイン・バーストを消去したことなのか。
凍り付いたハルユキに、黒雪姫はふふんと微笑む。
「まあ、倉嶋君ならそんなことはしないだろうよ」
「あはは…あ、そういえば…もう一人の≪回復アビリティ≫持ちのバーストリンカーは存在してるんですよね?どんな人なんですか?」
黒雪姫の言葉に苦笑いをしながら、ふと思ったハルユキがそう問いかける。
しかし、それを聞いた黒雪姫はその表情を硬くさせ、暫く迷うようなそぶりを見せた後、首を横に振った。
「…すまんハルユキ君…今は話せない。確かに私はそいつを知っている。同じ王として、顔も会わせたことがあるが…キミにそれを話して、あやつに興味を抱いてほしくないんだ」
「は…はぁ……」
今の言葉に色々聞きたいフレーズがいくつかあったのだが、ハルユキはそれを呑み込んだ。
彼女が話せないなら、そういうことなのだろう。
「…話が脱線したな。さて、倉嶋君だが…私がキミを連れまわしてることにあまり良い感情を持っていなかったな。その理由がBBだったということが分かった今は…どうなっているのか。………そもそも好きな人と一緒にいようとすることのどこが悪いんだ」
「え?」
最後のほうは小さな声だったので聞き返したハルユキに、黒雪姫は目をぱちくりさせる。
「あ、いや、ただの独り言だよ。とにかく、倉嶋君とは一度ちゃんと話したいが…それも十日後だな」
十日後?なんでまたそんな先に?
と、ハルユキが考えていると、黒雪姫は呆れた表情でさらっと言った。
「修学旅行だよ。四日後の日曜から、新三年生は一週間の修学旅行なんだ。沖縄に行くから、お土産は何がいいか考えておいてくれたまえ」
沖縄か…沖縄といえば何が有名だったっけ。
お持ち帰りしやすいものだとやっぱりあれか。ドーナツみたいな、さーたー…
「あんだぎー?でも、あれは揚げたてじゃないと美味しくないぞ?」
「でも、沖縄のお土産でかさばらないものといえば……じゃなくて!お土産も大事ですけど、来週の領土戦はどうするんですか!?」
領土戦とは、≪公式領土戦争≫の略で、毎週土曜日に開催される、レギオンの支配戦域を奪い合うチームバトルのことだ。
≪ネガ・ネビュラス≫は杉並区全てをその領土にしているが、それを維持するためには、勝率を五十パーセント以上キープし続けなければならない。
ちなみにチーム戦の勝敗は、どちらかの全滅か、生き残った人数。それが同じ場合、HPゲージの合計量で決定する。
最近のハルユキも、≪弾除けゲーム≫のおかげで長距離攻撃を苦にしなくなってきてはいるが、まだ不安要素にはなっている。
黒雪姫という絶対的なアタッカーがいるから、安心して自分のことに集中できたということも大きいので、ハルユキは彼女が一時だけとはいえ、参加できないのは心細い。
「先輩がいなくなるとして…あ、でもキリトさんが…」
「ハルユキ君、忘れたか?キリトは、私と同じ学年だぞ」
一瞬見えた希望も、彼女の言葉で消え去った。
一緒に戦ったことも数度あるが、あのビームサーベルで相手をバッタバッタ切り倒す姿は、黒雪姫と同じくらい、ハルユキのことを安心させていた。何かあっても、キリトなら、何とかしてくれるのではないかと…
「…じゃあ、領土戦は僕とタクだけ…い、いや……り、リーファ!リーファがいた!!」
「……本人の前で言ったら竹刀で頭を叩かれるような発言だぞ…」
苦笑いしながら言う黒雪姫に、ハルユキは冷や汗をかくことしかできない。
ブラック・ロータスや、キリトの影に隠れていて忘れていたが、ハルユキ達よりレベルが1上のバーストリンカー、リーフ・フェアリー。
その長刀を手に活躍していた彼女がいれば、何とかなるのではないのだろうか。
「あのなハルユキ君…もし彼女がいなかったら、キミはタクム君と二人なんだからな。そうなっても、タクム君に頼るつもりか?少しは自分の力でなんとかしてやる!くらい思ってくれ」
「う…は、はい…」
黒雪姫に叱責されたハルユキは縮こまることしかできない。
そんな彼を見て微笑を浮かべた黒雪姫は、人差し指をピン、と立てた。
「ならこうしよう。私が帰ってくるまでに…そうだな。領土戦で一度でも、キミが攻撃を受けなかったら、何かご褒美をやろう。キミのお願いを何でも一つだけ聞いてやる。どうだ?」
「い…っ!?というか、ゴホウビ!?」
つまり、今度の領土戦で一度も攻撃を受けないで勝った戦いがあれば、あの黒雪姫からご褒美がもらえると、そういうことか!?
何でも一つだけということは…あれか!食べ物食べ放題とk……いや、まて。
そんなものに願いを使っていいのか?た、例えば二人で出かけたり、自分の家に来てもらったり、逆に彼女の家に言ったりとか…そこで直結してもらうとか…。しかもケーブルは短く…一メートル、いや五十センチ…それとも三十センチとか!?アリなのか!?そんなお願いもアリなのか!?
どうする…どうするんだ有田春雪…!!
「あ、でも私の能力を超えることは無理だからな。鼻からスパゲッティ食べるとか。この部分でテーブルを突き刺して持ち上げるとか」
「だ、誰が得するんですかそんなの!?」
椅子からずるっと滑ったハルユキは、「この部分」と言いながら黒雪姫が指を指している特徴的な二本のアホ毛(?)を見る。
一体どうやってセットしているのだろうと考え、その毛がサクッとテーブルを突き刺して持ち上げるところまで想像したハルユキは思わず吹き出しそうになるが、必死に堪える。
「と、とにかく、善処します。それと、チユの方には基本的なことをレクチャーしときますんで」
「ん、その後、私からレギオンへの加入申請をさせてもらうよ」
そこで黒雪姫はちらりと視界端の時刻表示を見た。
「…っと、そろそろ生徒会室に戻らないとな…」
「あ、先輩。一応僕たちでも確認したんですけど、新入生に新しいバーストリンカーはいませんでしたよね?先輩が演説の終わり際に何か気にしてた感じがしたんで…」
すると黒雪姫は首を横に振り。
「よく見ているな…いや、何でもないよ。ただ…気配を感じただけだ。対戦でいう、スナイパーの照準器に狙われているような、な。まあ、私の錯覚だろうさ。…それじゃあ、私はここで失礼させてもらうよ」
「あ、じゃあ僕も帰ります」
「ん、そうか。帰りは気をつけてな」
「はい、先輩も…」
黒雪姫と別れたハルユキは、帰り道にふと脈絡もない考えが頭をよぎった。
――ご褒美とやらはタクや直葉にも適用されるのかな?
暫く考えた末にハルユキが出した結論は――――――
「ま、そん時はそん時でいいか」
実に安直な考えだった。
*
次の日の放課後。
時刻は午後二時五十分。
ハルユキは武道場にいた。
理由は一つ、梅郷中学校剣道部の全員参加トーナメントの見学である。
彼とチユリの幼馴染である黛拓武に、同じクラスで同じレギオンの桐ヶ谷直葉が参加していることもあり、ハルユキはタクムに来てほしいと言われたこともあってここに来ていたのであった。
「遅いよハル!こっちこっち!!」
「悪い。でもタクなら一回戦くらい瞬殺だろ?」
「まあ、そうだけどさー」
同じように来ていたチユリに呼ばれて、彼女の隣に近づく。
座っている剣道部員の方を見ると、タクムを発見。彼も気づいたようで、右手で軽く挨拶してくる。
それに軽く頷いた後、奥の方で女子部員が試合をしているのが見えた。
防具姿の女子の中に、見知った人物を見つけ、へぇ、と思わず呟いた。
言わずもがな桐ケ谷直葉である。
その姿はいつもの彼女とは違う感じをハルユキに与えていた。
ハルユキが直葉を見ているのに気づいたチユリが、そっと声をかける。
「スグちゃん凄いんだよ。最初から三年生の人と当たったんだけど、先に二本先取しちゃったの」
「三年から?そりゃすごいな…」
純粋に彼女の強さに感心しながら、ふと、女子側の方で応援している生徒達の中に、ある人物がいるのが見えた。
黒い髪の男子生徒、ネクタイから三年生ということがわかる。
彼以外、周りは女子生徒である。しかし、誰も気にした様子はない。
誰かに似ているような…と考え出したところで、チユリに横っ腹をつつかれてタクムが試合に出ることに気づき、そちらに意識を戻した。
礼から三歩進んで開始線で蹲踞。竹刀をぴたりと中段に構えるタクムの姿を、ハルユキはじっと見る。
思えば、彼の剣道姿を生で見るのは初めてだ。
ネットとかでの試合は見たが、生は違うなと考えていると、彼の首元についているニューロリンカーが目に入った。
あらゆるスポーツの試合が、ニューロリンカー着用状態で行われるようになったのはそう昔のことではない。
得点や選手の位置、特に剣道などでは有効打の判定などにも使われているくらい、日常的だ。
勿論試合中は厳密な監視が入り、外部のアプリ実行などは厳しくチェックされるが、ブレイン・バーストの≪加速≫はそれをすり抜けることができる。
半年前、タクムは≪加速≫を使って一年生ながら大会で優勝した経験がある。
ハルユキと戦った後はそれを悔い、今でも彼の中に色濃く残っているだろう。
一度は剣道を辞めようとしていた彼だが、黒雪姫の言葉もあって、こうして再び剣道場に立っている。
「タッく――――ん!!ぶっ飛ばせ―――!!」
チユリの声援にびくりとしながらも、ハルユキも精一杯、彼のことを応援した。
「タク、頑張れ!!」
*
「タッく――――ん!!ぶっ飛ばせ――――!!」
何やら元気な声が聞こえるが、恐らく向こうの男子の応援だろう。
そう考えながら、俺は視線を目の前の試合場に戻した。
「めぇぇぇぇん!!」
バシィっと懐かしい響きの音が聞こえ、白旗が同時に上がる。
「メンあり!勝負あり!!」
その後、応援に来ていた生徒達の間で、ざわめきが起きる。
今までの試合、全戦二本先取の二年生。それが今、決勝へ進み、同じように進んできた三年生の部長と対峙しているのだから。
―――まあ、その二年生は俺の妹なんだけど
俺は今、妹である直葉の剣道の試合の応援に来ていた。
最初こちらに来た時は、おそらく友人の応援に来ていた女子生徒達が「何で男子がここにいるの」オーラを出していてやや居心地が悪かったが、直葉が駆け寄ってきて、「お兄ちゃん、私頑張るからね!」と意気込んだのを見た後は、彼女の兄であることが伝わったのか、空気は柔らかくなった。
「…懐かしいな」
しかし懐かしい。
防具も、竹刀も、この独特な雰囲気も。
SAOから帰還した時に、直葉と手合せしたが、あれは剣道と言っていいものではない…よな
懐かしいというのは、祖父の方針で二年だけ通っていた剣道場での出来事だ。
自分にはどうしても合わず、基礎しか教わらないまま辞めてしまったが、あの雰囲気はよく覚えている。
そういえば、もう一度剣道をやろうかなんて言っておいて、結局やらなかったな…
≪あちらの直葉≫も、それは嬉しそうに教えるって言ってたのに…
「コテあり!!」
思い出にふけっていると、その声と共に、赤い旗が上がっていた。
直葉は白い旗なので、一本取られてしまったらしい。
やはり決勝。部長の方も確か殆どの試合を二本先取で勝ち進んでいる強者だ。
「二本目!」
しかし、直葉も負けていない。
素早い動きの小手面で、二本目を相手から取ったのだ。
―――そういえばあれ、スグの得意技だったっけ
前に≪直葉≫が言っていた気がする。
お兄ちゃんが私の小手面躱しちゃったから、もう本気になっちゃって。とかなんとか。
そう考えていると、男子の方で大きなざわめきが起きる。
見た感じ、一年生が二年生から一本取ったようだ。
というか、三年生、お前ら後輩に負けてどうするんだよ…
と、試合をしている二年生の防具に書かれている黛の名前を見て、ほう。と呟く。
俺の秘密をある程度知っているシアン・パイルこと黛拓武も剣道部員だったのか。
いや、直葉が転校してきた時の彼が剣道部に入ってないことを嘆いていたので、今日、新入部員として入ったのだろう。
この角度では相手の名前は見えないが、かなり強い一年生なんだろうなと考えていると、タクムが一胴に竹刀を打ち込もうとする。
「コテあり!!」
その先を見ようとして、目の前の試合が終了した声を聞いて、慌てて視線を戻した。
上がっている旗は、白。
直葉の勝ちだ。
続いて向こうの方でも歓声が聞こえる。
どうやら、一年生が勝利したようだ。ちゃんと見ていなかったからわからないが、あの攻撃を躱され、逆に取られたんだろうなぁと、思っていると、直葉がこちらに駆け寄ってきたので、意識を戻す。
「やったよお兄ちゃん!私、勝った!!」
「ああ、じゃあ今日はお祝いになんか豪華な飯にでもするか」
「ほんと?やった!!」
ポンポンと彼女の頭を叩きながらそういうと、直葉は嬉しそうにそう言って、剣道部の部員達のところに戻っていった。
それを見ながら、彼女に外で待っているとの主旨を伝え、俺は武道場を出たのだった。
スグちゃん折角剣道部員なんだから…剣道させてあげたいなって思いました
能美くんは出るとは言ったよ!出るとは!
今回は後ろ姿という可哀想な出演でしたけど
姫のアホ毛(?)でテーブル串刺しは、原作3巻のアクセル弁当より思いつきました。
ハルユキ君がリーファを忘れてたのは、姫とキリトが参加できないって聞いて割と焦ってたからです
影が薄いなんて…ソンナコトナイデスヨ
では、また次回!
今度こそ…彼を出せたらいいですね