機動戦士ガンダムSEED~Forgotten War ~ 作:caribou
とりあえず書き溜めていた分を投稿します。
拙い文ですがよろしくお願いします。
第一話
北米大陸・カリフォルニア州 地球連合軍・大西洋連邦・北方軍 エドワーズ基地
外部モニターに照らされた薄暗いコクピットの風景、すでに体に馴染んだシート、自らの手足の一部とさえいえる操縦桿とフットペダル。
そのすべてが〈彼女〉に常人でいう自室にいるような安心感を与えていた。
「見つけた…」
静寂が支配するコクピットで〈彼女〉の微かな呟きが不意にその静寂を破る。
〈彼女〉が駆る機体は徹底的に無駄を排した肉体のごとく細身でその装甲は黒く塗り固められている。漆黒の巨人――――GAT-01《ストライクダガー》はその呟きに呼応するように前進を開始した。
目前には二機の《ジン》。翼を模したようなスラスターは天使のそれを想起させる。
だが今の〈彼女〉は敵機の姿などに興味はない。そこにあるのは〈彼女〉にとって、ただの殲滅すべき敵でしかないのだ。
漆黒の《ストライクダガー》の接近に気付いた《ジン》の76mm重突撃機銃がこちらを指向する。
しかし《ジン》がそれを撃つ瞬間は訪れなかった。《ジン》のマシンガンから76mm弾が放たれるよりも一瞬早く漆黒の機影がその銃身をビームサーベルで溶断したのだ。
もう一機の《ジン》が僚機を援護しようと76mm弾を《ストライクダガー》の背後から撃ち散らすがその機影を捉えることはできない。
まるで背後さえも見えているような最低限の機動で《ストライクダガー》は砲弾を回避してしまう。
そして次の瞬間には《ジン》の格闘戦範囲内に滑るように侵入し、未だその機動に対応できていない敵機を神速の斬撃で屠る。
ようやく重斬刀を抜いたジンが反撃にでようとするが〈彼女〉にとってその動きはスローモーションにも等しい愚鈍さだった。
《ジン》の重斬刀が漆黒の装甲を捉えるより数瞬早く《ストライクダガー》のビームサーベルが《ジン》の胸部を袈裟懸けに切り裂いた。
その瞬間《ストライクダガー》の運動エネルギーはゼロと化し、一瞬の硬直が生まれた。
それを狙ったかのごとく潜んでいた最後の《ジン》が《ストライクダガー》に背後から斬りかかる。
しかし〈彼女〉は焦らなかった。
《ストライクダガー》は機体の負荷を最低限に抑えるためにその左主腕のシールドを投棄。サーベルを逆手に持ち替え背後の《ジン》のコクピットを正確に貫く。
結局一撃も与えることができないまま《ジン》は沈黙した。
〈彼女〉が機体ステータスを確認すると強度保障を大幅に超過した機動を強いられた両脚部、両主腕に過負荷の表示が閃いている。
『CP(コマンドポスト)よりラーミナ01、格闘戦機動プログラムB終了。別命あるまで待機せよ』
「了解」
〈彼女〉は短くこたえる。常人なら少なからず肉体的ダメージを負うはずの高G機動をやってのけたにも関わらず、〈彼女〉は呼吸一つ乱さない。
「はあ…、やはりこの機体では私の理想には程遠いか……」
静かな呟きがコクピットの薄闇に溶けるように伝播した。
※
着任の手続きを一通り済ませると、担当官は試験部隊が使っている第3ブリーフィングルームへ向かうようにウォルトに告げた。
(大方、着任の挨拶といったところだろう)
まだ基地内を把握できていないウォルトは、所々にある案内板と担当官が渡してくれたブリーフィングルームへの道順を示したメモを見比べながら歩いた。
基地の雰囲気はランドルフ基地とさして変わらず戸惑うことはないが、その敷地面積は段違いだった。
司令部ビルのみでこの大きさでは基地全体のスケールはかなりのものだろう。
「さすがは北米最大の兵器開発基地だな」
その広大で複雑な構造に辟易しながらもウォルトは確実に歩を進める。
しかし、メモと案内板に誤差が生じ始めていることにウォルトが気付くのにさほど時間はかからなかった。
「おいおい、さっきの階段を上がればブリーフィングルームはすぐのはずだろ……」
ウォルトは焦りも隠さずに我知らず呟いた。
四階への階段を上がってすぐ左側にブリーフィングルームはあるとメモには示してある。
しかし、ウォルトが上った階段の左側にあったのは便所だった。
(案内板が間違っているとは思えない。だとするとこのメモが間違っているのか…?)
ウォルトは辺りを見回すが人影はない。ブリーフィングルームの位置を人に尋ねるのは無理そうだと判断すると、ウォルトは元来た階段を降り始めた。
(たく、着任早々ブリーフィングに遅れるなんて冗談じゃねえぞ…)
そのせいで先任に目を付けられる状況などもってのほかだ。
焦燥感に追い立てられながらウォルトは小走りで元来た道を戻る。最悪の場合、担当官にもう一度確認するしかない。
「おいッ!そこの!」
二階への階段に差し掛かったところで背後からかけられた声にウォルトは気づいた。
反射的に振り向くと若いアジア系の男が自分に駆け寄ってきていた。黒髪で年齢はウォルトとさして変わらないだろう。
階級章から男が少尉であることを確認する。
「お前、《ラプターファングス》の新任だな?」
「はッ、本日より着任致しましたウォルト・マクミラン少尉であり……」
階級が同じとはいえ初対面の相手であるためあえて丁寧な言葉づかいを心掛ける。
しかし、最後まで言い終わる前にアジア系の少尉はその言葉を遮った。
「そうか!お前が連邦のトップエリートか!」
アジア系の少尉が少し日焼けした顔に人懐っこい笑みを浮かべる。
「俺はケイ・ハヤミ。お前と同じ《ラプターファングス》の新任だ、よろしくな」
言い終わるのと同時にケイは右手を差し出した。
「あ、ああ。よろしく」
つい数十秒前に出会ったとは思えない、なれなれしすぎる態度にウォルトは戸惑いつつも差し出された右手を握り返した。
「ところでウォルト」
ケイの表情が今までの陽気な態度からは想像もできない程に神妙な面持ちに切り替わっていることにウォルトは気づいた。それに対し、ウォルトも意識せず表情を引き締めた。
「ブリーフィングルームは何処だ?」
ウォルトの緊張した表情と空気はその一言で一気に霧散した。さらに我知らず、締まりのない声を出してしまったことにウォルトは気づかなかった。
「はぁ?」
ケイの真剣な表情と質問内容が一致せずウォルトは呆気にとられる。
もっともウォルトも人のことを言える状況ではなかったのだが。そんなウォルトにかまわずケイは続ける。
「なんせ初めての基地だから何処がどこだかさっぱりでな」
頭を掻きながら恥ずかしそうにケイは笑った。
そんなケイの態度に呆れながらもウォルトは少し安心していた。
(どうやら俺だけじゃなかったみたいだな)
だが、結局のところ道のわからない者がいくら集まろうとブリーフィングルームの位置がわかるはずはない。自分も実は迷っていたなどとは今更言いたくはないがこのさい、言わなければどうしようもないことも事実だった。ウォルトは意を決して話を切り出す。
「実は俺も道に……」
「おい、貴様等」
背後から再び声をかけられる。静かな声だがそこには確かな威圧のニュアンスがあることをウォルトは感じ取り振り返る。
そこには赤毛の男がいた。端正な顔立ちだが青い瞳には侮蔑の色がありありと浮かんでいる。歳はウォルトたちより一回り程上に見える。階級章は中尉だ。
その態度を不審に思いながらもウォルトは、「はい」と答える。
「着任早々先任の手を煩わせるとはいい度胸だな」
赤毛の男が口を開く。
(先任…ってことは、コイツは《ラプターファングス》のパイロットか…)
「本日より着任します、ウォルト・マクミラン少尉であります」
「同じく、ケイ・ハヤミ少尉であります」
先任への礼節として敬礼とともに名乗る。
「《ラプターファングス》のレオンス・ヴィアン中尉だ」
答礼しながら男―—————レオンスが名乗る。相変わらず憮然とした態度だ。
敬礼を解きながらレオンスが口を開いた。
「ブリーフィングが始まる直前に何故こんなところをうろついているのかを問いただしたいところだが、今は時間がない。黙って俺についてこい」
レオンスはそれだけ言うと踵を返しさっさと歩き出す。ウォルトとケイは一瞬、互いに顔を見合わせたが、二人ともレオンスの後についてゆくしかなかった。
第3ブリーフィングルームもやはり他の基地と大差ない造りだった。縦三列、横四列で計十二個の机付の椅子が並べられ正面には大きなモニターが授けられている。特に珍しくもないブリーフィングルームだ。
しかし、その十二個の席は今、ウォルトを含んでも五人分しか埋まっていない。そのため少し広めにウォルトには思えた。
最前列の席にはレオンスともう一人、坊主頭の男が座っている。見たところケイと同じアジア系のようだ。階級章が中尉であることから先任の一人だろう。レオンスとは対照的に崩れた雰囲気でなにやら隣のレオンスに話しかけている。
そしてウォルトは二列目の席に付いていた。この席順から見るに二列目は恐らく新任の席のようだ。
右隣にはケイ、左には欧米人の女性が座っている。ウォルト達がここに来たときにはすでに彼女は席に付いていた。栗色の艶やかな髪を後ろで一つに結っており、髪と同じ色の瞳はまっすぐ正面に向けられている。その表情はどこかリラックスしているようで、さっぱりとした印象をウォルトは感じていた。
一通り部隊の人間の確認を終え、ウォルトが退屈しかけた時ブリーフィングルームのドアが開き一人の男が入ってきた。
長身にがっしりとした体形で短めの金髪はオールバックでまとめられている。いかにも軍人然とした風貌だ。
男はモニターの前まで進み出ると口を開いた。
「新任の諸君、特別評価試験部隊《ラプターファングス》へようこそ」
堅物めいた見た目に反して男は芝居がかった口調でそう言った。
「まずは先任の紹介からいこうか。まず私はハンフリー・ルース大尉だ。この部隊の隊長を務めている」
隊長が面倒な堅物でなかったことにウォルトは少し安心した。
「次にイェンスン・リー中尉。彼はこの部隊の次席指揮官だ」
坊主頭が後ろのウォルト達を一瞥し「よろしく」とだけ言った。
「その隣の二枚目がレオンス・ヴィアン中尉だ。すでに世話になった者もいるようだな」
レオンスは腕を組んだまま動かない。ルース大尉はその態度に対してか溜息を洩らしながら続ける。
「次に新任の紹介だ。向かって左からケイ・ハヤミ少尉、ウォルト・マクミラン少尉、ミーリャ・シャロノワ少尉だ」
ウォルトを含む新任の三人が立ち上がり先任に向かって敬礼する。先任も答礼するがそれは非常に軽い敬礼のようにウォルトには思えた。
「さて諸君、挨拶も一通り済んだところで早速本題だ」
新任組が着席するとルースはブリーフィング――――――というよりは新任に対する現状説明を始めた。
「貴様等も知っての通りこの部隊は連合の次期主力兵器、GAT-X01A1、《ダガー》の試験部隊である。我々の任務は当然この機体を一刻も早く完成させ、前線に送り届けることだ」
ウォルトは我知らず無言で頷く。
「しかし、新任の諸君は《ダガー》の評価試験をする必要はなくなった」
「な…!?」
その一言にウォルトは息をのんだ。
「ま、待ってください隊長!では我々は…」
ウォルトは抑えきれず席を立ちあがり、抗議の声を上げた。
「マクミラン少尉、貴様の発言を許可した覚えはないぞ」
ルースがウォルトを睨みつける。先ほどまでのフレンドリーなイメージとは真逆な、軍人の瞳だった。
「も、申し訳ありません」
我に返りウォルトは席に座りなおした。だがルースの宣告にウォルトは到底納得していなかった。
ウォルトが訓練校を卒業し、ここに来る間の一か月、同期の仲間たちは既にザフトとの戦闘に駆り出されている。すでに戦死した者もいるだろう。そんななかウォルトだけが安全な後方でモビルスーツについてのノウハウを学んでいた。
新型兵器のテストパイロットに選抜されたことは素直に誇らしかったが前線で戦う仲間たちに対する後ろめたさがあったのもまた事実だった。かといってウォルトのモチベーションは決して低くはなかった。前線で戦えないのなら新型機を少しでも早く完成させ、前線に配備することで仲間たちが生き残るための一助とするしかない、と考えたからだ。
ルースの言葉はウォルトが前線の仲間たちに対して唯一報いる術を根底から覆す言葉に他ならなかったのだ。
ケイとミーリャの表情を窺うが二人とも黙って聞いているだけで得に変化はない。
(どうして黙っていられるんだよ……)
そんな二人にウォルトは苛立ちを覚えた。
それを気にするそぶりもなくルースは説明を続ける。
「その理由は大きく分けて二つだ。一つは《ダガー》が既に実戦に耐えうる性能と信頼性を獲得していること。つまりは既に完成の域に達しているということだ」
その事実はウォルトを更に苛立たせ、そして困惑させた。
(ならどうしてわざわざ俺達を招集したんだ!?完成しているのならすぐにでも量産体制を整えるべきだろう!)
「もう一つは《ダガー》が連合の次期主力機の座から降ろされたためだ」
表情を一切変えずルースは言い放った。
(おいおい、冗談じゃねえよ。だったら今更どうしようってんだよ…?)
「隊長、質問の許可を」
ここまで一切言葉を発していなかったミーリャが右手を挙げる。内心はやはり納得していなかったのか表情がわずかに強張っているようにウォルトには思えた。
「許可する」
「完成までこぎつけた機体を今更主力機から外すということは、既にその代替案があるということでしょうか?」
確かにここまで進んだ計画をただ中止で済ますことはありえない。少なくとも今の連合の兵器だけではモビルスーツに対抗することは難しい。ならば、その代替案がすでに用意されていると考えるほうが普通なのだ。
「心配するな。代替案は既に用意されている」
ルースは新任を見渡しながら言う。
「国防省はダガーの生産スケジュールを議会に提出したが議会はその生産数に納得しなかった。どうやらモビルスーツに対する数々の大敗は政治家の皆さんには相当なトラウマになっていたようだな」
モビルスーツとモビルアーマーのキルレシオは一説には3:1、場合によっては5:1とも言われている。地上での陸戦兵器ならこの差はさらに広がるだろう。
この状況を打開するには一機でも多くのモビルスーツを配備するしかない。議会がモビルスーツの存在に神経質になり、数を揃えたがるのも解らない話ではなかった。
「そこで国防省は《ダガー》の生産性及びコスト面の更なる見直しを踏まえ、再設計した機体であるGAT-01《ストライクダガー》を主力機として再提出し議会を納得させたというわけだ」
「つまり《ストライクダガー》は《ダガー》のダウングレード機ということになります。その場合、性能面に問題はないのでしょうか?」
ミーリャが質問を重ねる。
「たしかに装甲材質などを初めとしたいくつかの面では《ダガー》に一歩劣ることになるし、最大の特徴であるストライカーパックシステムもオミットされているが、それでも《ストライクダガー》の総合性能は現用のザフト製モビルスーツを凌駕している。その点は問題ない」
ルースは淀みなく答えた。
「了解しました」
納得したようにミーリャの強張った表情がほぐれた。
「さて本題に戻ろう」
ルースも元のフレンドリーな雰囲気を取り戻していた。
「貴様らが新たにこの部隊に配属された理由はモビルスーツの急な配備が新たな問題を招いたためだ」
「問題…?」
今度はケイが眉をひそめて呟いた。
「《ストライクダガー》の制式化により連合は当初の《ダガー》を上回る数のモビルスーツを揃えることに成功した。しかし、そのせいでパイロットの育成が追い付かなくなりつつある」
新型兵器、しかも全く新しい概念の兵器を配備するのだ。そのパイロットの育成は急務だろう。しかし、その配備があまりに急に、そして相当数が揃ってしまったためにその教育が追い付いていないのだ。
(必死で数を揃えた結果がこれじゃあ皮肉だな…)
「そこで我々に下された任務は、モビルスーツ部隊のアグレッサー役だ」
ルースの言葉に新任組は息を呑んだ。
「『連合の最精鋭として、モビルスーツ部隊を教導せよ』これが我々に下された任務だ」
教導部隊、それはつまり連合のモビルスーツ部隊における最強の称号に他ならなかった。
お楽しみいただけましたでしょうか?
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