機動戦士ガンダムSEED~Forgotten War ~ 作:caribou
二十九話です。いよいよ「第三次ビクトリア攻防戦」開始です。
この場を借りて、用語とキャラの解説をさせていただきます。
部隊解説
●第1統合特殊作戦部隊”グレイゴースト”
大西洋連邦特殊作戦軍麾下の特殊作戦部隊。戦火の拡大による隊員の不足に伴い、陸軍の第1特殊作戦部隊をベースに、海軍、空軍、宇宙軍の特殊作戦軍に属する部隊を統合・再編成した部隊。
アメリカ南北戦争にて活躍した指揮官、ジョン・シングルトン・モズビーにちなんで”灰色の亡霊(グレイゴースト)”の通称で呼ばれる。
登場人物紹介
●ロバート・ホプキンス
第1統合特殊作戦部隊所属の一等軍曹。第1特殊作戦部隊が再編される前から所属しているベテランで、実戦経験も豊富な叩き上げ。
アフリカ大陸・旧タンザニア 南アフリカ統一機構・E06前哨基地より北東440m地点
緑色のモノクロームで構成された視界の中に、角柱を横倒しにしたかのような建造物が四棟浮かび上がる。それは、あたかも緑色のLEDに世界が照らされたかのように錯覚する映像だ。しかし、実際は闇夜に存在はしても、人間の目には感知できない僅かな可視光線を電子的に増幅して構成された代物にすぎない。
「左から二番目をマークしろ」
事前に知らされた情報と、自らの偵察によって得た情報を照らし合わせ、ロバート・ホプキンス一曹は左から数えて二番目の角柱を目標として指示した。
ロバートの右側に匍匐姿勢で控えるシモンズ伍長は、「了解」と短く答えると、小型の双眼鏡を思わせる、レーザー目標指示装置を覗き込んだ。
あと少しで、この任務も終わる。そんな油断を集中力と精神力で押し込めつつ、ロバートはアサルトカービンの銃把を握りなおし、目前のザフト軍前哨基地を睨み据えた。
今次作戦でロバートら、第1統合特殊作戦部隊・チーム3に下された命令は、『偵察』と『攻撃の統制』だった。六日前に、140キロ後方でヘリを降りたロバートたちは、ザフトの哨戒モビルスーツに発見されるのを防ぐため、夜間行軍を命じられた。おまけに、GPSの類は赤外線や電波を探知される恐れがあるため、使用はおろか携行すら許されなかった。携行を許可された電子機器は、夜間行軍に必須の暗視ゴーグルと作戦最終段階でのみ使用を許されたレーザー目標指示装置(LLDR)とビーコン、そして通信機のみ。おかげで、目的地までは地図とコンパスのみを頼りに進むしか無い。その工程は、サバイバルナイフとコンパス、それに僅かな飲料水のみを渡され、南米のジャングルに放り込まれた特殊作戦軍の訓練課程をロバートに想起させた。もっとも、火器の携行を許された今回の方が、幾分マシと言えるかもしれない。
「目標をマーク」
シモンズがLLDRを覗き込んだまま、報告を上げてくる。左腕のG-SHOCKを確認しつつ、ロバートは無言で通信機のスイッチを入れた。予めセットされた周波数に対し、送信ボタンを押し込む。
「レイス12よりウラヌス。聞こえていたら応答しろ」
ウラヌス―――天空神の名をコールサインに戴く通信相手は、ロバート達の遥か上空で待機しているであろうAWACS。作戦通りなら今頃、ロバート達と同じく夜間徒歩行軍でこの基地まで接近してきた別動隊のレイス11が、基地の対空レーダーの配線を切断し、ダミー映像を流している筈だ。基地のオペレーターたちが、レーダー・ディスプレイに映し出される偽りの情報を眺めているとしたら、じきにウラヌスから返信が来る。それ自体が、作戦は順調に推移していることを示す証左と言えた。もし返信が来なかったとしたら、レイス11かウラヌス、そのどちらかに問題が発生したということになる。その場合は、この基地全域に対地ミサイルによる飽和攻撃が加えられ、基地もろともロバートたちの班も面制圧に巻き込まれ、塵と化すだろう。乾いた口中を、水筒の水で洗い流したい衝動に駆られながらも、ロバートはウラヌスからの返信を待った。
数瞬の後、通信機から返信が帰ってきた。
『ウラヌスよりレイス12、感度良好。聞こえている』
最初の関門にして、最大の難所を乗り越えたことに安堵しつつ、ロバートは口を開いた。
「星屑は流星に変わった。繰り返す、星屑は流星に変わった」
規定に従い、暗号の符丁を二度繰り返すと、ウラヌスはすぐに返信してきた。
『こちらウラヌス。じきに『流星』が降る。巻き込まれたくなきゃビーコンのスイッチを入れろ』
状況に反して軽い応答を返してくるウラヌス。しかし、それはこちらの疲労と緊張を労わってのものだということを、ロバートはよく理解していた。だからこそ、こちらも軽口で、それに答えた。
「間違っても俺たちに当ててくれるなよ。破片の一つでも飛んで来たら、お前の玉をちょん切ってスピーク湾に放り込んでやるから覚悟しとけ」
『どうやら貴官のコールサインはレイスよりクロノスが相応しいようだ』
互いに乾いた笑いを交換した後、ウラヌスの「通信終わる」の言葉と共に通信は切られた。
程なくして、南東方向を警戒していた部下が声を上げる。
「ホプキンス一曹、来ました」
部下の声に反応し、ロバートが後方を振り返る。緑色の視界の僅かに上方。何もない深緑の空間に、白く塗りつぶされた点が四つ現れる。その点がそれぞれ発する光はみるみるうちに大きくなり、やがて一つの塊になった。光の正体は、接近してくるミサイルに内蔵されたラムジェットエンジンのスラスター光。それを目視してようやっとミサイルの存在に気づいたのか、基地のけたたましい警報がロバートの耳朶を叩いた。さきほどまで闇に紛れていた基地の誘導路がぱっと明かりで照らされ、複数の人影が走り回る。遠目にも、基地の慌ただしさが伝わってくる光景だ。
超音速で低空を飛翔する対地ミサイルは、たった数分でロバート達が五日間かけて進んできた距離を稼ぎ、その頭上を追い越していった。直後、四発の対地ミサイルは、まるで磁石に吸い寄せられるように基地の第2格納庫へと吸い込まれ、連続した爆発を巻き起こす。ミサイルの爆炎と、推進剤の誘爆により引き起こされた爆風は、格納庫の骨組みをひしゃげさせ、屋根を吹き飛ばした。一瞬にして真っ黒い煙と炎に包まれた建造物は、もはや格納庫としての用を為さない。内部に存在したはずのモビルスーツも、原型を留めていないだろうことは目視で確認するまでも無かった。
炎上する第2格納庫の炎は、400メートル以上離れた茂みに身を隠すロバート達の周囲をぼんやりと照らす程だったが、隣接する三つの格納庫は外壁を除けばほぼ無傷だった。
ロバートは作戦の第3段階の完遂にひとまず安堵しつつ、暗視ゴーグルをヘルメットの上に跳ね上げる。と同時に、ロバートの周囲に突き刺すような光が降り注いだ。ロバートは反射的に頭上を仰ぐ。サーチライトの鮮烈な光に目を眇めつつ、ロバートはその向こうにある物体を捉えた。
三枚一対の翼と細身の手足。そして、ぼんやりとピンク色の光でこちらを睥睨する単眼。今回の作戦で最も警戒すべき相手。ザフトの空戦用モビルスーツ《ディン》だ。基地に配備されていた《ディン》は、今頃ミサイルの餌食となった第2格納庫の中の筈だ。稼働する機体は無いだろう。だとすると、この機体は事態を把握して戻ってきた哨戒機か。
「走れッ!!」
状況を整理しきる前に、ロバートは叫んだ。周囲を警戒していた部下たちは、ロバートの声とほぼ同時に走りだす。匍匐姿勢だったシモンズも、バネ仕掛けの人形のような機敏な動きで立ち上がると、即座に駆け出した。シモンズのすぐ後ろをロバートは追いかける。後ろは振り向かない。振り向く余裕も無い。背後から迫るエンジン音と、機関砲の砲声がロバートの鼓膜を暴力的に叩く。直後、足元の地面がHVAPによって抉られ、ロバートの身体は数メートルの距離を吹き飛ばされる。乾燥した草がクッションになった為、身体にさほどのダメージは無かったが、体勢を立て直すのにコンマ数秒を要した。しかし、そのコンマ数秒は、《ディン》がロバートに狙いを定めるには十分すぎる時間だった。
逃げきれない。
退避が不可能と判断したロバートは、次に優先度の高い行動に移った。考えて行動した訳ではない。普段の反復訓練が、ロバートの身体を半ば意思から切り離して動かしていた。メインウェポンとして携行していたアサルトカービンは、先ほどの衝撃で手元を離れてしまった。ならば、とロバートはレッグホルスターの拳銃を引き抜き、自分を狙う《ディン》に照準を定める。
《ディン》のMMI-M7S 76mm重突撃機銃の砲口が、ロバートを睨めつける。拳銃の9mmパラベラム弾など、モビルスーツ相手には豆鉄砲以下の代物でしかない。そんなことは、ロバートも分かっている。しかし、情けなく地面に這いつくばったまま、敵に蹂躙されるなどという、ふざけた現実に甘んじるつもりも無かった。
そんな矮小なプライドに任せて、拳銃の引き金を引こうとした刹那。緑色のぶつ切りの光軸が、目前の《ディン》の背後に降り注いだ。機関砲の曳光弾を想起させるそれは、《ディン》の主翼付け根を引き裂き、右の三枚の主翼を捥ぎ取った。空力と重量バランスが急激に崩れた《ディン》は、バランサーの補正が間に合わず、ぐるりと一回転してロバートの数十メートル後方に墜落した。
『無事か?レイス12』
出し抜けに、ヘルメットイヤフォンに流れる艶のある女の声。ロバートは、拳銃を仕舞いつつ、先ほどまで《ディン》が占位していた上空を見上げる。
「助かったよ、スコルピウス01。危うく76mmにミンチにされるところだった」
ロバートの視線の先には、青白いスラスター光を背に、ゆっくりと降下してくる全長18メートルの人型。ライトグレーに赤を散りばめたカラーリングのその機体は、右主腕にサブマシンガンを思わせる兵装、左主腕には連合共通規格のシールドを保持している。さらに、右肩部にはリニアキャノン、左肩部にミサイルポッドを備えており、全身に纏った増加装甲も相まって、重装備且つ厳ついイメージをロバートに与えた。連合が《ストライクダガー》に続いて実戦配備を進めている、白兵戦用モビルスーツ―――GAT-X01D1《デュエルダガー》だ。
『なんなら、おしめも代えてあげましょうか?』
他愛もない冗談を口にしつつ、《デュエルダガー》は墜落した《ディン》から十数メートルの位置にランディング。なんとか機体を立ち上げようともがく《ディン》は、咄嗟に目前の突如降下してきた連合軍機へ右主腕のマシンガンを向ける。《ディン》の交戦の意思を確認した《デュエルダガー》―――スコルピウス01は、右手腕に握るビームサブマシンガン〈スティグマト〉の銃身上部から、ピンク色の光刃を発振。その重装備に似つかわしくないスピードで、ビームサブマシンガン(BSG)を一閃した。掲げられた《ディン》の76mm重突撃機銃が、BSGの銃身に埋め込まれたビームナイフによって溶断される。続いてスコルピウス01は、《ディン》に反撃の隙を与えず、〈スティグマト〉の光弾をその胸部に三発見舞い、息の根を止めた。
スコルピウス01の鮮やかな手際に感心しつつ、ロバートは数百メートル離れたザフト軍前哨基地へ視線を投げる。
「せっかくだが遠慮するよ。アンタにはあっちの面倒を見てもらいたいんだ」
ロバートの視線の先、基地に残された格納庫のゲートから、這い出るようにして複数の《ジン》が姿を現す。
『あなた達のおかげで、我が隊の
『自分も一度は中佐に世話を焼かれてみたいものですなぁ』
スコルピウス01の問い掛けに、下卑た男の声が応じ、同じカラーリングの《デュエルダガー》が一機、ゆっくりとランディングしてきた。
『相手にしてほしかったら、もう少し真面目に任務に励むことね』
二機の《デュエルダガー》のやり取りに、ヘルメットイヤフォンをまばらな笑いが満たしていく。
ロバートが再び上空を見渡すと、計十個のスラスター光が、サバンナの夜空を明るく照らし出しながら、降下してくるところだ。
『輸送機の長旅で凝り固まった肩を解すには、丁度いい相手ね。大隊各機、続け!!』
スコルピウス01―――ロベルタ・マルティーニの号令一下、第432騎兵大隊に所属する九機の《ストライクダガー》と、三機の《デュエルダガー》は、目前のザフト軍前哨基地へと、スラスターを点火した。
お楽しみいただけましたでしょうか?
特殊部隊とはいえ、歩兵を書くのは初めてだったので、今回は色々探り探りでした。ガンダムに登場する特殊部隊は大抵モビルスーツメインの編成ですが、彼等の隊は基本的に歩兵のみで構成されております。完全に私の趣味です。
引き続き更新していくので、よろしくお願いします。