機動戦士ガンダムSEED~Forgotten War ~ 作:caribou
もはや不定期になりつつありますが、二十八話です。今回から新章突入です。
この場を借りて、用語とキャラの解説をさせていただきます。
部隊解説
●大西洋連邦・即応打撃軍・第3軍団・第1騎兵師団
大西洋連邦の即応展開部隊である、即応打撃軍所属の師団。旧世紀から存在する歴史の古い部隊であり、最精鋭部隊との呼び声も高い。
●ユーラシア連邦・南欧方面軍・第4軍・第144戦闘旅団・第432騎兵大隊“スコルピウス”
大西洋連邦からのモビルスーツの供与に伴い、モロン空軍基地に新設されたモビルスーツ部隊。パイロットの多くが元戦闘機パイロットで占められているが、ザフトとの実戦を数多経験してきた猛者揃い。
“スコルピウス”とはラテン語でサソリ座の意。
登場人物紹介
●エドガー・レッドフォード
第1騎兵師団所属の作戦参謀。階級は中佐。師団と“ラプターファングス”の橋渡し役であり、部隊の運用を担当することとなる。
趣味は愛車の手入れ。
●エルナン・ベルムード
第432騎兵大隊の若き小隊長。階級は中尉。任官して二年ほどしか経っていないが、欧州にて多くの実戦を経験してきた叩き上げ。
日課は毎朝の髭の手入れ。
●ロベルタ・マルティーニ
第432騎兵大隊の女性指揮官。階級は中佐。元戦闘機パイロットで、当時からモロンで飛行隊長を務めていた。非常にグラマラスな体型で、基地の男性から大人気だが独身を貫いている。
年齢不詳。
●ルーベン・サントス
ロベルタの副官で大隊の次席指揮官。階級は大尉。
非常に楽観的な性格で、部下からは呆れられることが多いが、パイロットとしての腕はたしか。
第二十八話
北米大陸・カリフォルニア州 大西洋連邦・サンディエゴ海軍基地 アイゼンハワー級航空母艦《アイゼンハワー》 モビルスーツ格納庫
鼻孔の奥にツンとした独特の臭気が突き刺さる。
アイクのガントリーの一画を覆う鈍色の防塵シート。その周りを、整備班が忙しなく、だが統制のとれた動きで走り回る。外装塗料独特の臭気を鼻孔の奥に感じつつ、ウォルトはその光景を眺めていた
「相変わらずひっでえ匂いだな……」
背後から聞きなれた声。
「整備班でもないのに、お前よくこんなところにいられるな」
振り返ると、鼻の頭をつまんで眉を顰めるケイ・ハヤミの姿があった。
「人を中毒者みたいに言うな」
すかさずケイの言葉に訂正を入れる。
「そろそろ終わる頃かと思ってな」
ウォルトは防塵シートに覆われた愛機に視線を戻した。
「まさか部隊まるごと配置換えとはねえ―――」
ケイが肩を竦めてみせる。
「ああ」
数時間前
「総員、傾注!」
サンディエゴへと入港するなり、“ラプターファングス”はブリーフィングルームに集められた。程なくして、ルースが入室し、大西洋連邦の軍服に身を包んだ見慣れない士官がそれに続く。大西洋連邦の白い第一種軍装に身を包む体躯は長身。軍帽の下の顔立ちは整った細面で、俳優のような雰囲気を醸し出している。見るからに文官タイプの風情だ。
ウォルトはいつも通り、ルースがブリーフィングルームの檀上に上がると思っていたが、ルースはモニターを横切り、その脇で居住まいを正した。代わりに、見慣れない士官が壇上に上がる。
「敬礼!」
ルースの号令一下、ブリーフィングルームの全員が挙手敬礼の構えをとる。
「即応打撃軍・第3軍団・第1騎兵師団特務参謀。エドガー・レッドフォード中佐だ。“ラプターファングス”の諸君、多国籍部隊でありながら、同時に地球連合きっての精鋭である諸君の活躍は常々耳にしている。先の東アジアでの合同演習の際は、ザフトの強襲という不足の事態にも関わらず、よくアイクを守ってくれた」
エドガー・レッドフォードと名乗る士官は、答礼を解くと同時に、俳優然とした見た目通りの、滑らかな口調で言った。
「さて、私がここにいることを疑問に思う者もいるだろうが、まずは地球連合の現状を説明しておく。数日前に発表されたので、恐らく知っていることとは思うが、今から六日前、パナマがザフトの攻撃を受け陥落した」
従来のシャトルに比べ、遥かに多くの物資を一度に宇宙に打ち上げることが可能なマスドライバー。それは、地球連合宇宙軍にとっての大動脈であり、同時に生命線でもあった。元々物量で劣るザフトは連合の最重要施設であるマスドライバーを攻撃。地球と宇宙の分断を図る。地球に存在するマスドライバーが次々と攻略されていく中で、連合に唯一残されたマスドライバーが、パナマ基地に存在する『ポルタ・パナマ』だった。
「パナマからの物資が絶たれた今の状態では、月が干上がるのも時間の問題だ。この危機的状況を打開するため、地球連合軍暫定最高司令部は六月八日、0800をもって“オペレーション・デルタアロー”の発動を決定。これは、大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国を中心とした地球連合軍統合任務部隊による大規模反攻作戦だ。作戦の目標は、地球に打ち込まれた楔であるビクトリア、ジブラルタル、カーペンタリアの迅速な攻略。中でも、現在も使用可能な状態のマスドライバーを有するビクトリアは、最重要攻略目標となる」
レッドフォードの背後のモニターが切り替わり、ビクトリアに存在するマスドライバー『ハビリス』が映し出される。
「さて、ここからが本題だが、統合参謀本部が諸君等“ラプターファングス”のビクトリア攻略作戦への参加を下命してきた」
レッドフォードの言葉にブリーフィングルームがざわめく。ウォルトも例外ではなく、レッドフォードの言葉を無意識に反芻した。ビクトリア攻略作戦への参加。“ラプターファングス”を実戦に投入するとでも言うのだろうか。
「これに伴い、“ラプターファングス”の所属を技術研究開発局・資材開発軍団から、即応打撃軍・第3軍団・第1騎兵師団司令部付き即応MS中隊へと変更。これが、私がここ(ラプターファングス)に来た理由だ。もっとも、所属こそ第1騎兵師団となるが、これは諸君を実戦に投入するための建前だ。現時点で部隊の拠点となるのは、エドワーズのままであり変更は無い。よって私もエドワーズに常駐することとなるが、司令部との連絡役程度と捉えてもらって構わない」
「質問よろしいですか?」
ウォルトの前に座る、リーが唐突に右手を挙げる。
「許可する」
「試験部隊である我々を、わざわざ転属させてまで実戦に投入する意味はなんでありますか?」
ここにいる誰もが疑問に思う、至極真っ当な意見だった。
「今次作戦が決定した安保会議の場で、我が国は地球に存在するもう一つのマスドライバー、『カグヤ』を有するオーブの開放を提案した。もっとも、開放と一口に言っても、その実は武力を背景とした恫喝に近いものだ」
レッドフォードの声音に僅かな陰りが見える。しかし、その陰りは一瞬でなりを顰めた。
現実問題として、今やザフトの重要拠点となっているビクトリアを攻めるより、オーブのマスドライバーを無血にて接収できれば、最終的な被害を少なくすることもできる。
「ユーラシア連邦と東アジア共和国はそれに反対の立場だったが、大西洋連邦側も退く気は無かった。そこで、折衷案としてビクトリア攻略はユーラシア連邦を主力とした部隊が担当。オーブ開放は大西洋連邦が担当することとなった。現時点で投入可能な大西洋連邦のモビルスーツ戦力は、そのほとんどがオーブへ投入される見通しとなっている。捕捉だが、東アジア共和国は、マスドライバー確保後の作戦を見越した後詰として温存だ。しかし、我が国の国防省では、ビクトリア攻略を優先すべきとの意見も多かった。ここからは私の推察と断っておくが、恐らく国防省はオーブが失敗した場合の連合内部の立場を見越した保険を欲したのだろう。最精鋭たる諸君をビクトリアへ投入したという事実が重要なのだ」
「国防省の政治的判断ってやつですか」
リーは憮然とした様子で腕を組んだ。
「平たく言ってしまえばその通りだ。納得する答えは得られたか?」
リーはわざとらしく背筋を伸ばして見せた。
「了解であります」
リーの応えを聞くと、レッドフォードは再びブリーフィングルーム全体に目を向けた。
「では続ける。諸君は機体の実戦仕様への換装と作戦の発動を待って空路でアフリカのマリンディへ向かう。そこからは陸路でユーラシアが築いた橋頭保を目指す。作戦の詳細だが―――」
「よう!待ちきれなかったか?」
肩を叩かれた衝撃に、ウォルトの回想は唐突に途切れた。
黒い丸顔がウォルトの顔を覗き込んでくる。
「リペイントは終わったぜ。見てみな」
ボブは防塵シートに覆われたガントリーを右手で示す。やがて、防塵シートが上から剥がされていき、隠されていた機体が露わになった。
機体のフォルムは見慣れた《ダガー》そのものだが、カラーリングは、数日前とは大きく異なっている。鮮やかなオレンジだった部分は、低視認性を重視したダークグレーで塗りつぶされており、ライトグレーの部分と合わせて濃淡のコントラストを織りなしていた。そのカラーリングは、航空機のロービジ迷彩を想起させる。
「一色変えるだけで大分引き締まったな」
ウォルトは素直な感想をボブに述べた。
「元々、派手だったからな。抑え目な色に変えてやりゃ印象も変わるさ」
ボブは得意げに頷いてみせる。
「空軍出身の俺たちにとっては、この方がしっくりくるな」
ケイも満足気に機体を見上げる。
「見かけないと思ったら、ここにいたのね」
いつの間にか、格納庫にはミーリャの姿もあった。
「オキナワでの戦闘は急だったけど、ウォルトも大丈夫?」
ミーリャの優しい眼差しがウォルトを捉える。未だに新兵扱いされるのが歯痒くもあったが、同時に彼女の心遣いに感謝した。
「ああ。むしろ、やっと戦力として数えてもらえたような気がして、ほっとしてるよ」
ロービジの実戦塗装に身を包んだ《ダガー》を目の当たりして、ウォルトは改めて実戦が近いことを認識した。むしろ、それを確かめるために、愛機の姿を目に焼きつけたかったのかもしれない。
「気合い入れるのは結構だが、今回ほどの大規模作戦となれば沖縄みたいにはいかないぞ。なんせ敵のど真ん中に放り込まれる訳だからな」
ウォルトの高揚を見抜いたケイが、くぎを刺す。
「もちろん、敵を舐めたりしねえよ。お前らに比べたら俺はまだまだ新兵も同然だってことも理解してる」
「お前がしおらしいと気色悪いな。こっちの調子が狂うぜ……」
ケイが顔を引きつらせつつ、ウォルトから距離をとる。
「だから、お前は俺をなんだと思ってるんだ……」
呆れ顔のウォルトを囲む仲間たちの笑いが、格納庫に響いた。
ユーラシア大陸・スペイン・アンダルシア州セビリア県 ユーラシア連邦・モロン空軍基地 第3格納庫
光の落とされた外部モニターがせり上がり、格納庫のLED照明の明かりがコクピット内に流れ込んでくる。コクピットハッチが開き切るのを待って、エルナン・ベルムード中尉は這いだすようにして、ガントリーのキャットウォークに降り立った。
ヘルメットを脱ぐと、堀の深いラテン系の顔が露わになる。整えられた顎髭は彼の重要なチャームポイントだ。
モロンに配属されたのは二年前。今年で二十四歳になる。配属から二年で中尉へ昇進するのは相当早いペースだが、ザフトとの最前線であるユーラシア・欧州方面ではよくあることだった。中でも、このモロン空軍基地はジブラルタルと接する最前線基地であり、ユーラシア連邦の最重要拠点でもある。直属の上官が戦死するなど、珍しいことでは無かった。
「どうです中尉、D1の乗り心地は?」
エルナンの姿を認めた機付き整備兵が、駆け寄ってくる。まだ十代の若い整備兵だ。
「ちょっと振り回してみたが、運動性は大分高いみたいだ。エンジン出力が高い割に燃費も悪くない。
エルナンは背後の先ほど降りた、ライトグレーベースにスカーレットのアクセントが光る機体を見上げる。無駄の無い直線的なラインで構成された精悍なデザインラインは、《ストライクダガー》と比べるとよりシャープな印象を受ける。数日前に、モロンに三機搬入された、GAT-01D1《デュエルダガー》だ。
「噂で聞いた話ですが、大西洋連邦はコイツにコーディネイターを乗せるつもりで設計したらしいです。そんな機体をナチュラルの中尉も問題なく乗れてるってことは、OSの換装は上手くいったってことなんすかね」
「俺の腕前って言いたいところだが、まあOSが完成してることは認めざるを得ない事実だ。懸念されてたような、厄介なシロモノって訳じゃあ無いみたいだな」
「ならいいのですが。OSばかりは乗って検証してみないと、ボクらでは―――おっと」
整備兵が何かに気付き、急に背筋を伸ばし挙手敬礼。エルナンも整備兵の視線の先に目を向ける。そこには、ラテン系特有の波打つ長い黒髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる女性士官の姿。大きな黒い瞳に、高い鼻梁。そして、厚めの桜色の唇。キャットウォークを歩く姿は、まるで有名なモデルのようだ。
「新型の稼働試験ご苦労様、ベルムード中尉」
ゆったりとした艶のある声で、労いの言葉をかける女性士官。BDUを着用してはいるが、上着のボタンは全て外され、中のタンクトップが丸見えだ。特に、自己主張の非常に激しい胸元からは、健康的な小麦色の肌が覗き、深い渓谷を形成している。最近ご無沙汰のエルナンとしても、目のやり場に困る。エルナンの傍らの整備兵に至っては、柔肌のグランドキャニオンをガン見だ。エルナンも、許されるならもう少しこの眺めを堪能していたかったが、上官が労いの言葉をかけているいのに、その胸元ばかり見ている訳にもいかない。とりあえず敬礼。
「ありがとうございます。マルティーニ中佐」
周りの男にどう見られているのか分かってやっているのか、このロベルタ・マルティーニという女性は、エルナンが所属する第432騎兵大隊“スコルピウス”の隊長に他ならない。
「楽にしていいわ。それで、新型の調子はどう?」
答礼を解きつつ、マルティーニが《デュエルダガー》を見上げる。
「はっ、機動力、運動性、反応速度、稼働時間。いずれも高い水準にあります。懸念されていたOSにも、目立った問題は確認出来ませんでした。中佐の新たな乗機とするに相応しい機体と考えます」
「そう、ならD1のうち二機は私とルーベンで乗るわ。その機体はあなたの好きになさい」
「はっ、え?」
今、機体は好きにしろと言ったか?
「よろしいのですか中佐、自分が新型を頂戴して」
マルティーニは意外そうな顔でエルナンを見返す。
「あら、慣熟ついでの稼働試験のつもりだったのだけど。何か不満?」
「い、いえ!では、謹んで受領いたします」
「さて、ここからが本題よ」
マルティーニの視線が厳しくなる。声のトーンも若干低い。
「司令部から我が隊に、出撃命令が降った。攻撃目標はアフリカ、ビクトリア。のろまな大西洋連邦に先んじて、我が隊が楔となり一気に攻略する」
ビクトリアの攻略。それを聞いて、エルナンはようやくか、という気分になった。ジブラルタルを抑えられてからというもの、思うように増援を送れないユーラシア連邦は、アフリカで大敗続きだった。その象徴たるビクトリアの攻略は、ユーラシア連邦の悲願でもあり、同時に地球連合の運命を左右する戦いでもある。それを前にしてエルナンの士気は嫌でも高まった。
「もちろん、今回の作戦の主力は我が軍よ。大西洋連邦はオーブの懐柔で忙しいらしい」
マルティーニが溜息混じりに続ける。
「大隊に急に新型が搬入されたのも、その辺のことが絡んでいるみたいね」
「アラスカで見殺しにしたくせに……。戦力は提供するから、自分のケツは自分で拭けってことですか」
「その通りよ。だからこそ、今宇宙への切符を手に入れて恩を売ってやれば、それが戦後の重要なカードになる。ユーラシア連邦の首脳部はそう考えてるわ」
「了解です。どっちにしろ、我々にはそれしか道はありませんしね」
「そういうこと。出発は二日後、0800。詳細はブリーフィングで伝達するわ」
「はっ」
「あ、そうそう」
踵を返しかけたマルティーニが、再びこちらへ振り向く。
「たしか大西洋連邦からモビルスーツ部隊が一隊だけ派遣されるって話だったわね。たしかラプターなんたらって言ったかしら」
マルティーニの声音は既にいつもの調子に戻っていた。
「ラプターなんたら―――ですか?」
「精鋭って話だけど、どの程度のものなのか興味ない?」
「本当に精鋭だと言うのなら、気にはなりますが」
「大西洋連邦のお手並み拝見といこうじゃない」
声音は明るいが、マルティーニの艶っぽい口元には、攻撃的な笑みが浮かんでいた。
お楽しみいただけましたでしょうか?
今回は配転に、新キャラに書くことが多くて大変でした。ですが、書きたかったエロくてカッコいいお姉さんを書けて満足です。
この章から本格的に実戦が始まるので、色々と頭を悩ませております。ですが、更新は継続していくので、引き続きよろしくお願いします。