機動戦士ガンダムSEED~Forgotten War ~   作:caribou

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お久しぶりです。caribouです。

二十三話になります。


第二十三話

 南西諸島・沖縄沖 アイゼンハワー級航空母艦《アイゼンハワー》 発艦用エレベーター

 

 格納庫からフライトデッキへつながるエレベーターのゲートを、ライトグレーとオレンジの《ダガー》が主脚歩行でゆっくりとくぐる。

 アイクのモビルスーツ格納庫には、このエレベーターが左右二基ずつ存在し、一度に四機のモビルスーツをフライトデッキへと上げることが可能な構造になっている。その中の一基。右舷後方に位置する第4エレベーターのゲートをウォルトは《ダガー》にくぐらせた。ゲートの先には1ブロック分の空間があり、その床面がそのままスライドして機体を野外エレベーターへと運ぶ構造になっている。その空間でガントリーアームが兵装を機体に装備させ、そのままフライトデッキへと上げるのだ。

兵装受領ブロックに《ダガー》を停止させたタイミングで、通信ウィンドが開いた。

『現在アイクに接近中の航空戦力は《ディン》が四機だ。これに伴い、打撃群司令部から我が隊にストライカーパックの使用許可が下りた』

 ルースの発した言葉にウォルトは息を飲んだ。

 ストライカーパック―――、大西洋連邦がモビルスーツの汎用性向上を目的として開発した、独自の兵装換装システムだ。地球連合におけるモビルスーツの原点たるGAT-X105《ストライク》に初めて実装され、それをベースとした《ダガー》にもストライカーパック接続用のマウントプラグが各所に存在する。

 《ダガー》のマニュアルやボブの説明で存在を知ってはいたが、今日までウォルトはそれを運用したことがなかった。

 (使えるのか―――?)

 初の実戦に加え、運用したことのない未知の装備の存在を知らされ、ウォルトは内心自問した。

 『もっとも、今回の演習に持ち出せたのは予備を合わせて二機のX01と実弾射撃演習用のX03一機だったため、一小隊分のみだ。よって、ストライカーパック使用機は三機、残りの機体はGAU8M2にてアイクの対空防御』

 『それで、編成は?』

 リーが焦れたようにルースにパックの割り振りを問いかける。

 『まず高機動戦闘用のX01は、機体の滞空時間を大幅に延伸できるため《ディン》との直接的な戦闘となる。さらに、モビルスーツでの空中戦機動は高度な技術を有するためストライカーパックの開発試験を担当していたヴィアン中尉に任せる。もう一機は隊内でも機動制御技術に長けたマクミラン少尉に』

 ウォルトは自分の耳を疑った。二機のX01をウォルトとレオンスで装備するとしたら、その二機は僚機という扱いになる。その場合二機の相互連携が戦闘の重要なウェイトを占めることになるが、ウォルトはエドワーズでの隊内実機演習以来レオンスとは組んでいない。実戦経験の皆無に運用実績の無い装備、さらには僚機との連携にすら不安を覚える有様。

 ウォルトは自分自身の経験不足に歯噛みするしかなかった。ヘルメットイヤフォンにケイの声が流れたのはそんなときだった。

 『上申を許可願います』

 ルースはケイに「許可する」、と続きを促す。

 『今回の作戦ですが、マクミラン少尉にX01を任せるのは荷が重いと考えます』

 ウォルトはケイの意図が読めず、ウィンドに映し出されるその表情を伺った。しかしケイはウォルトの視線に構わず続ける。

 『マクミラン少尉は未だ実戦経験がありません。それに加えて、運用実績の皆無のX-01を装備しての敵との高機動格闘戦はリスクが高すぎます』

 ルースは黙ったままケイの上申を聞いている。その表情からは、ケイの上申に対する思考は読めない。

 『そこでまずX01の運用ですが、自分に任せていただけないでしょうか』

 ケイの言葉に微かな動揺が隊内に広がるのを、ウォルトは通信ウィンド越しに感じ取った。玲央奈と黒田中佐もケイの言葉に疑念を隠せていない。ルースだけが表情を変えずにケイの言葉を聞いていた。

 『その結論に至った理由はなんだ?ハヤミ少尉』

 『データリンク情報をみる限り、敵の航空戦力は四機。対して準航空戦力として我が隊が使用できるX01は二機のみ。143飛行隊との連携を考慮しても、戦力的には我が方が劣っていると言わざるを得ません。この状況を打開するには、X01を装備した二機の連携が不可欠です』

 『貴様はヴィアンとの連携をマクミランより上手くこなせると言うのか?』

 『いえ、自分もヴィアン中尉と組んだ経験は多くないため、連携面ではマクミラン少尉と差はありません。そのため、相互連携を考慮し、僚機として606隊の三隈玲央奈少尉を指名します』

 ケイのあまりに予想外の提案にウォルトは息を飲んだ。出向扱いとは言え、大西洋連邦所属のパイロットが他国のパイロットを僚機として指名するなど、前代未聞だ。

 『ちょっと待てよハヤミ。お前と三隈少尉の連携がどんなものかは知らないが、彼女の機体にストライカーパックシステムは搭載されてないだろ。それでどうやって連携するっていうんだよ』

 堪え切れないといった様子で真っ先に口を開いたのはリーだった。玲央奈と黒田の《ストライクダガー》にはコスト圧縮や整備性向上のため、ストライカーパックシステムは搭載されていない。リーの指摘はもっともと言える。

 『ですから、三隈少尉に我が隊の《ダガー》の貸与を許可願います』

 僚機としてだけでなく、モビルスーツの貸与をも要求する。ケイの立て続けの無茶な提案に、その場の誰もが閉口した。

 『ば、馬鹿かお前は!他国のパイロットに機体を貸すって―――』

 リーは衝撃に引きつった表情でケイの提案に反対するが、その言葉はケイに遮られた。

 『リー中尉も東アジアからの出向ならお分かりのはずです。《ダガー》が基礎技術研究の名目で、我が国の試験部隊にも極少数ではりますが配備されている事実を。であるなら、中尉が危惧する機密漏洩の問題はないと愚考します』

 ケイが口にした、『我が国』という単語。それが、大西洋連邦ではなくケイとリーの本来の所属である、東アジア共和国を示していることは言うまでも無かった。

 『機密が問題ないとしても、一体だれの機体を貸すんだよ。ファングスに予備機は無いんだぞ』

 ケイとリーの問答に耐え切れずウォルトは咄嗟に口を開いていた。

 「じ、自分の機体を使ってくださいッ!」

 不意にウォルトの口を突いて出た言葉がそれだった。

実戦という予期せぬ事態を前に怯え、ウォルトの思考はいつの間にか停止していた。それに対して、ケイは不利な状況を打開するための思考をやめていなかった。その事実を前に、ウォルトはケイとリーの会話を黙って聞いていることが我慢できなかったのだ。自分が衝動的に動いていることも、行動原理が自己満足であることも理解している。だが、それでもウォルトはケイが何かを為そうとするなら、その力になってやりたかった。それが、初陣を前に動揺していた自分を気遣ってくれた、仲間たちへの礼儀だとウォルトは思った。

 『ダメだ。ウォルトには《ダガー》に乗ってもらう』

 しかし、ケイの返答はあまりに呆気ないものだった。

 「待てよ、ケイ!それじゃあ―――」

 『お前にはX03を使ってもらう』

 「え、X03―――?」

 ウォルトは我知らず問い返していた。

 『それが貴様の案かハヤミ』

 これまで黙って聞いていたルースが口を開く。

 『一つ聞かせてくれハヤミ。お前が、X03にマクミランを推す理由はなんだ?』

 ルースの問いはウォルトも疑問に思っていたものだった。

 『先日の606隊の演習で、マクミラン少尉は三隈少尉の《ストライクダガー》を狙撃しました。回避機動中の相手を見越し射撃で仕留めるのは簡単なことではありません。それを一撃で為すことが出来る彼なら、X-03を用いた長距離火力支援に最適と判断しました』

 ケイの返答を聞くとルースはしばし瞑目し、それからゆっくりと口を開いた。

 『ハヤミ少尉の案を採用する。クロダ中佐、ミクマ少尉を借りることになりますがよろしいですか?』

 『構いません。やれるな?三隈』

 黒田の問いに玲央奈は淀みなく答えた。

 『無論です』

 『では、ミクマ少尉の《ダガー》だが―――』

 『隊長、その役は自分に任せていただけませんか?』

ルースの言葉を遮ったのはリーだった。

 『今は大西洋連邦所属とはいえ、同郷の部下たちが前衛を買って出ている状況で、俺だけ何もしないってんじゃ恰好がつかないんでね』

 先ほどまで、ケイに反対していたリーが機体を提供することは、ウォルトも予想外だった。

 『いいだろう、リーとミクマ少尉は直ちに機体を乗り換えろ。聞いていたな、アーウィン中尉。102、105号機はX01、104号機はX03に換装だ』

 『了解だよ!』

 威勢のいい返答がヘルメットイヤフォンに響く。

 『コールサインはリー、ミクマ少尉ともに現在のままで固定。コークウェル軍曹、CDCにこの旨を通達』

 『もうやってます』

 ウィンドに現れたデリアが得意げにウィンクしてみせる。

 『よろしい』

 ルースが不敵な笑みを浮かべてみせる。

『各機、装備の換装が済み次第フライトデッキへ展開。敵部隊を迎撃する。これ以上ザフトの好きにさせるな!!』

 

 アイゼンハワー級航空母艦《アイゼンハワー》 CDC

 

 「PD04シグナルロスト!残存機は四機です!」

 オペレーターが焦りも露わに報告をあげてくる。

 「直援艦はなにをやってる!」

 「ミッチャー、ハワード、ベンフォールド共に《グーン》との戦闘中。魚雷によりFCSが飽和させられています」

 オペレーターの報告通り、海上レーダーに映し出される直援のデモイン級は、六機の《グーン》に囲まれている。さらに、魚雷を回避しつつ応戦しているため、アイクとの距離も徐々に開きつつあった。

 「“ラプターファングス”全機兵装受領完了、これよりフライトデッキに展開、迎撃を開始します!」

 オペレーター席に座るブロンドの女性―――“ラプターファングス”所属のデリア・コークウェル軍曹がレストンを振り返る。

「よし、ラプター05、ストーム08発艦に続いて対潜索敵装備の143飛行隊、第2編隊を発艦だ。“ラプターファングス”の展開を急がせろ」

 「了解」

 レストンの命令を聞き、デリアは再びコンソールに向かい合った。

 

 アイゼンハワー級航空母艦《アインゼンハワー》 フライトデッキ

 

 僅かな振動と共に、外部モニターに映し出されたアイク内部壁面が上から下へ流れてゆく。やがて、暗い壁面は唐突に途切れ、スカイブルーの空と群青の海原、そして灰色のフライトデッキが外部モニターを埋め尽くした。

 高さ約18メートルのモビルスーツの視界からみると、アイクのフライトデッキは狭く感じる。当初ウォルトが生身で立った時とは印象が大分違った。同時に、この限られたスペースにピンポイントで着艦できる海軍パイロットの力量に、ウォルトは空軍パイロットとしての本能から感心を覚える。

 エレベーターが上昇しきり、ウォルトの《ダガー》が甲板上に上がると、電子音と共に外部モニター上の十時方向の空が拡大表示される。データリンクが、戦闘中の部隊の様子をオートで映し出したのだ。

 拡大ウィンドには、赤黒いカラーリングの不気味な《ディン》と一機の《シースピア》がその軌道を絡め合うように交錯し、相手の背後を占位しようと機動する様子が映し出される。

 『ラプター01より部隊各機、これよりラプター05、ストーム08がカタパルトにて発艦、続いて第143飛行隊・第2編隊が発艦し敵母艦の索敵にあたる。現在敵部隊と交戦中の第1、3編隊は第2編隊の直援にあたるためこの艦の防衛任務は我々に一任されることになる。ラプター04はラプター05、ストーム08の発艦を援護しろ。残りは本艦に接近する《ディン》を牽制するだけでいい。迎撃は対空ミサイルが行う』

 「ラプター04、了解」

 ウォルトは兵装選択画面からAQM/E-X03《ランチャーストライカー》の主兵装である320mm超高インパルス砲《アグニ》を選択。FCSが近距離モードからオートで長距離射撃モードに切り替わり、《ダガー》のバックパック左側面にマウントされた《アグニ》が機体の脇の下を通って前方に展開した。

 オリーブドラブに塗り固められた《アグニ》は、高さ18メートルの《ダガー》を超える長銃身大口径の大型砲だ。そのため、左主腕を軸に右主腕で銃身を支える構えをとる。動作プログラムとして記録された動きで、《ダガー》が《アグニ》を両腕で構えた。

 「ラプター04、エネルギーコンジット接続。射撃準備完了」

『ラプター05、発艦準備完了いつでもいけます!』

 『ストーム08、同じく』

  ウォルトが展開する着艦用デッキに対し、十度の角度で二基並列して設置されたモビルスーツ用カタパルトに二機の《ダガー》が立つ。

 その背部には大型のスラスターユニット―――AQM/E-X01《エールストライカー》を背負っている。大推力の四基のスラスターと、空力を考慮したウィングバインダーにより、そのシルエットは普段の《ダガー》と大きく異なっている。

 「ケイ、その―――、ありがとな」

 ウォルトは液晶モニター越しのケイに呟いていた。

 ケイはウォルトの唐突な礼に目を丸くする。一瞬後、顔を引きつらせた。

 『なんだ、いきなり。気持ちわりぃな』

 「なんでもねぇよ……」

 『なんだか最近あなた達仲いいわよね。羨ましいわ』

 ミーリャがにこやかに顔を覗き込んでくる。ウィンド越しのはずなのに、内心を探られるような気恥ずかしさにウォルトは顔を俯けた。

 

                   ※

 

 『一応私も初陣なんだけどね……』

 玲央奈の顔がウィンドに映し出されたと思ったら、唐突にそう呟いてきた。ウィンドの下部には「秘匿通信」の表示。他の隊員には聞かせたくないらしい。

 「悪いな、ウォルトはああ見えて色々と気にしすぎる奴なんだ」

 ケイは同期の女パイロットにとりあえず詫びを入れた。

 『別に構わないけど。エールを装備した《ダガー》でカタパルトを使えるなんて滅多にないしね』

 「お前の腕ならコイツを使いこなせるだろ?」

 『私を誰だと思ってる?』

 「可愛げのねぇ奴―――」

 『あんたに可愛いと思ってもらう必要ないし』

 それだけ言うと、満足したのか玲央奈は秘匿通信を切った。入れ替わりでデリアが通信ウィンドに現れる。

 『打撃群司令部からの命令を伝えるわ。ラプター05、ストーム08の両機は発艦後、敵と交戦中の第143飛行隊・第1、第3編隊を援護。その後発艦する第2編隊の突破口を開いた後、アイクの直援に付いてもらうわ。それと、鉄錆色の《ディン》には注意して。すでに“ピューキンドッグス”のF-7Gがあの機体に五機墜されているわ』

 「エースってやつか―――」

 『教導隊とエースパイロットの戦闘とか面白いじゃない』

 玲央奈が攻撃的な笑みを浮かべる。ケイはこの表情をした後の玲央奈が負けたところを見たことが無かった。

 『発艦タイミングはそちらに委譲するわ。気をつけてね』

 「了解」

 ケイと玲央奈の応答を確認するとデリアとの通信は切れた。

 「玲央奈、準備はいいか?」

 『いつでも』

 玲央奈の視線は真っ直ぐ前だけを見据えている。

 ケイはスロットルをアイドルからミリタリー推力へと上げる。低く唸るエンジン音が徐々に甲高くなっていき、《エールストライカー》の強大な推力が振動となってシートに伝わってきた。

 「ラプター05、ブラストオフ!!」

 爆発的なGが正面からケイをシートに叩きつける。発艦コールを一度してみたかったんだよな、などというケイの思考は外部モニターの視界と共に後方へ吹っ飛んでいってしまった。

 




お楽しみいただけましたでしょうか?

最近、書いていると自分でも気づかないうちに書きたい内容が増えていることがあります。

たださえ進行が遅いのに、そのせいでさらに遅くなるという悪循環に陥っています。

読者のみなさんには相変わらず我慢を強いておりますが、引き続き更新していくので、よろしくお願いします。

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