機動戦士ガンダムSEED~Forgotten War ~ 作:caribou
二十二話になります。
この場を借りて新キャラの紹介をさせていただきます。
●デリア・コークウェル
特別評価試験部隊“ラプターファングス”所属のオペレーター。階級は軍曹。
金髪碧眼の美女だが、ショタコンの気がある。
南西諸島・沖縄沖 海上
航空機が開発され、兵器として使用され始めた時代。フレッド・ウォレス中尉には想像すらできない遥か昔から、『戦闘機パイロットは目を鍛えろ』―――と言われてきた。
レーダーをはじめとした電子機器が存在しなかった頃、戦闘機パイロットが敵機の存在を知る方法は自分自身の目だけだった。敵機の存在を誰よりも先に見つけることができる目を手に入れることが、生き残るための重要な手段の一つだったのだ。今回演習の舞台として選ばれたこの極東の地域には、真昼の空に星を見ることができるほどの驚異的な視力を持ったパイロットが存在したと聞く。
それから半世紀が過ぎた、二十世紀後半。航空戦の索敵の主役は完全にレーダーが取って代わった。それでも、相手を先に見つけ、先に撃ち、先に撃墜する―――大西洋連邦の前身であるアメリカ合衆国ではファストルック・ファストショット・ファストキルと呼ばれる戦術論は変わらなかった。むしろ、ミサイルならばより一方的な攻撃が可能なため、その重要度はより増したとも言える。
レーダーの発展により、パイロット自身の目の重要度はレーダーに取って代わられたかに見えたが、その状況は再び一転することとなる。二十一世紀初頭、レーダーを初めとした電子センサーから身を隠すステルス技術の開発に、世界各国が躍起になって取り組んだ。これによりレーダーに捉えることができない航空機が実戦に投入され始めた。必然的にステルス機同士が敵として遭遇する場面もあった。しかし、ステルス機同士は互いにレーダーに映らない。これにより、ステルス機の航空戦はそれまでの遠・中距離でのミサイル戦ではなく、近距離での短距離ミサイルあるいは機関砲によるドッグファイトにもつれ込む事態が多発した。
本来、スタンドオフ攻撃により相手を一方的に撃墜するためのステルス能力が、その特性故に戦闘可能範囲を狭めたのはまさに皮肉と言えよう。
こうして、一時は索敵の主役をレーダーに奪われつつあったパイロットの目は、再び最も優れた索敵センサーとして返り咲いたのだ。
その後、赤外線探知技術の向上により機体形状や電波吸収材を用いたパッシブステルスの優位性は揺らぐこととなるが、アクティブステルスと呼ばれる電子戦技術の登場により最終的な識別判断はパイロットの目に頼ることが多かった。
こうした経緯から、戦闘の形態が長距離ミサイルをはじめとした電子戦に移行した後も、パイロットの目は重要な索敵センサーのひとつとして認知され続けていた。
海軍ファイターパイロットであるフレッドもその例に漏れず、2.0の視力を維持している。
そのフレッドの視界に、オレンジ色の爆炎が飛び込んできた。ほぼ同時にセンサー画面の緑色の光点が掻き消える。消えた光点の表示はPD01。それは飛行隊長機の撃墜を意味していた。
「―――隊長……?」
無意識に口からこぼれた単語がそれだった。
『アイクCDCより
ほどなくしてアイクからの女性オペレーターの通信がヘルメットイヤフォンに流れる。その間にも分散した二機の《ディン》がこちらへ距離を詰めてくる。
「
フレッドは反射的に第2編隊長の状況を問いただす。隊長機が撃墜された場合、規定では次席指揮官である第2編隊長が隊長の任にあたるはずだ。
『第2編隊は弾薬の損耗が激しく、これ以上の戦闘継続は不可能と判断した。そのため一旦アイクに戻す。弾薬と燃料の補給が済み次第直ちに発艦させるのでその間の指揮を貴官に任せたい』
先ほどの通信とは別な声がイヤフォンから流れてきた。今度は男だ。その声の主を理解しフレッドは息を飲む。
「レストン司令!? どうして司令が……」
『話は後だ。今は敵の接近を食い止めるのが最優先だ。時間稼ぎでも構わない。奴らの進行速度が鈍ればいい』
フレッドは唇を噛んだ。フレッドは編隊長としての資格はもっているが、飛行隊長となると話が別だ。指揮をする機体の数が、今の倍以上に膨れ上がることとなる。しかし、レストンが命令を直接通達してくる時点で、今の自分たちがどれだけ追い詰められているかは理解できている。選択肢は無かった。
「
『ウォレス中尉、頼んだぞ』
「任せてください」
フレッドの返事を聞くとレストンとの通信は切れた。
代わりに隊内への通信を開く。
『
『了解!』
フレッドを除く六機の《シースピア》から、はっきりとした返事が返ってくる。
同時にフレッドは操縦桿を倒し、機体を右九十度旋回。傾いた視界で頭上を仰ぐ。
フレッドは
南西諸島・沖縄沖 アインゼンハワー級航空母艦《アインゼンハワー》 モビルスーツ格納庫
『実弾への換装作業及び兵装の電子封印解除完了。いつでもいけるよ!』
通信ウィンドに現れたチヨ・アーウィン技術中尉が元気よく告げる。
『了解した。まだ何があるかわからん。整備班は即応態勢で待機、以上だ』
ルースの応答にチヨは「了解!」、と返すと通信は閉じられた。
同時に有線の隊内通信が開く。
『今回の演習に実弾使用プログラムが含まれてて幸いでしたねえ』
チヨに代わってウィンドに現れたのはリーだった。
『それとも大西洋連邦側は元々これを見越していたんでしょうか? タイミングが良すぎやしませんかね』
リーの言葉を聞き、言われてみればそうだとウォルトは思った。配備が始まったばかりのモビルスーツによる演習と、それを運用する母艦。ザフトからしたらこれ以上ない興味の対象と言える。だとすれば、演習の実行を決定した上層部は、あらかじめザフトの動きも察知していた可能性はある。
むしろ、ザフトを意図的に誘い込んだとすら考えられる。予め東アジア共和国がAWACSを飛ばして警戒にあたらせていたのもその証左なのではないか。
もっとも、先ほど実弾装填の命令が降りてきた際にアイクとのデータリンクがようやく接続できたが、その情報をみる限りAWACSはあまり有効に機能していないらしい。コーディネイターという存在はやはり馬鹿ではないようだ。少数とはいえ、それを補う策を講じてきている。
「考えすぎか―――」
そこまで考えて、ウォルトは自嘲気味に呟いた。
『なんか言ったか、マクミラン?』
「いえ、なんでもありません」
リーが眉を顰める。
そもそも、少数の偵察部隊を誘い込んだところで、戦局にはなんら影響はない。むしろ、連合のモビルスーツと母艦の性能がザフトに露見することの方が危険だ。
実戦の緊張を紛らわせようとくだらない思考を巡らせている自分に気づき、ウォルトはまたも自分が情けなくなった。
リーの怪訝な表情に被さるように新たな通信ウィンドが開く。
液晶画面に映し出されたのは、ウェーブのかかった柔らかそうなブロンドのミディアムヘアの女性だ。顔立ちは大人びているが青い大きな瞳は、快活なイメージを見る者に与える。“ラプターファングス”所属のオペレーター―――デリア・コークウェル軍曹だ。アイク艦上ではCDCから“ラプターファングス”の管制を担当している。
デリアは感情を抑えた表情で口を開いた。
『アイクCDCよりラプター、及びストーム各機、ガントリーロック解除。兵装受領確認後ラプター01より順次エレベーターへと移動。フライトデッキへ展開せよ』
『ラプター01、了解。各機聞いたな、お喋りはそこまでだ。これより我が隊はアイク・フライトデッキに展開。敵部隊の迎撃にあたる』
「了解」
ウォルトの返事と同時に“ラプターファングス”の声がヘルメットイヤフォンに流れる。
『クロダ中佐、指揮系統の混乱を避けるため、アイク艦上では私の指揮に従ってもらうことになりますがよろしいか?』
ルースの目が第606モビルスーツ隊の黒田中佐へと向けられる。
『構わん。ストーム各機は貴隊の指揮下に入る』
黒田は淀みなく答える。
『協力に感謝します。部隊各機、移動を開始する』
軽い振動と共に、《ダガー》がガントリーから解放される。ウォルトは己が愛機にアイク格納庫への一歩を踏み出させた。
アイゼンハワー級航空母艦《アイク》CDC
「第143飛行隊、第2編隊着艦します」
「第2編隊着艦後は、アングルドデッキにモビルスーツ部隊を展開、敵部隊の迎撃にあたらせろ!第2編隊は燃料の補給と対空兵装の再装備後ただちに発艦させ第1、第3編隊の援護だ!」
幕僚長がモビルスーツ部隊と第2編隊への指示を飛ばす。
「いや、待て」
幕僚長の指示をオペレーターが整備班に伝達する前にレストンが制止する。
「この海域の地形データを出せるか?」
レストンの突然の言葉に幕僚長は目を丸くする。オペレーターは待ってください、とキーボードを叩き始める。数秒の後、CDCのサブモニターの一つに、現在アイクが展開している沖縄沖の地形データが映し出された。
レストンは地形データをしばし見つめると、幕僚長を振り返った。
「幕僚長、君がザフトの指揮官だとしたらこの海域に潜水母艦を展開するか?」
突然の問いに幕僚長は戸惑う素振りを見せるも、モニターの地形データに視線を移し少し考え込んだ後口を開いた。
「いえ、この海域の水深ではボズゴロフ級で潜伏するのは難しいかと―――」
幕僚長の言葉通り、沖縄本島から数キロしか離れていないこの海域の水深は、1000メートルに及ばない。深いところで、500から600メートルといった程度だ。全長270メートルに及ぶ大型の潜水母艦であるボズゴロフ級でこの海域に侵入し、敵の索敵を誤魔化すのは困難と言える。
「加えて、船体を隠せるような起伏に富んだ地形でもないことを鑑みると、より水深の深い海域を選んで部隊を展開させます」
幕僚長は当然のごとく回答した。
「しかし、その位置からでは《ディン》の航続距離が足りず航空支援が受けられない。そうなると、侵攻した水中用モビルスーツが単独でアスロックの飽和攻撃にさらされる恐れがあるが?」
レストンは新たな問題を提示し、幕僚長に問い返す。
「航空戦力が不可欠だとするなら、被発見のリスクを冒してでも、我が艦に比較的近いポイントから部隊を出撃させるしかありません」
「うむ、私も同じ考えだ」
レストンは幕僚長の模範的な回答に深く頷いてみせる。
「だが、今のところAWACSはこの海域に潜水艦の類はいないと報告を上げてきている。実際、受信したデータリンク情報を解析してもそれらしい反応は存在しなかった」
レストンの言葉を聞いて幕僚長はやっと彼の言わんとしていることを理解した。
「敵部隊はAWACSの索敵圏外から飛来したと……?しかし、《ディン》の航続距離の問題はまだ―――」
「それこそが、盲点だったのだ」
レストンは自嘲的な表情で制帽を被りなおす。
「《ディン》が空戦モビルスーツであるという事実こそが敵が我々に仕掛けた罠だったのだよ」
「空戦モビルスーツ……」
レストンの言わんとしていることを幕僚長は再び見失う。
「ザフトのモビルスーツを海上で運用する場合、その機動力を支えているのはなんだったか忘れたか?」
ザフトが運用する兵器群を顧みて、やっと幕僚長はその存在に気づいた。
「《グゥル》―――ですか」
《ディン》を初めとした局地戦モビルスーツの登場以前。ザフトは《グゥル》と呼ばれる遠隔操作可能な支援空中飛翔体を用いることで、モビルスーツによる空戦を可能とした。
《グゥル》はモビルスーツを機体上部に搭載しての飛行が可能な、一種のサブフライトシステムであり、地上におけるモビルスーツの機動力向上に大きく貢献していた。
「単独飛行可能なモビルスーツと《グゥル》の存在を無意識に切り離してしまうとは―――」
幕僚長が歯噛みする気配を脇に感じつつ、レストンはオペレーターの隣に立つ。
「第2編隊の装備を対空からアスロックと対潜索敵装備に換装だ。《ディン》の侵攻ルートを遡って索敵させろ。《グゥル》を使ったとしても推進剤には限りがある。侵攻ルートを誤魔化すほどの迂回は出来ないはずだ」
レストンの指示を受けてオペレーターが第2編隊と整備班に命令を伝達していく。
「こちらが、敵艦を見つけ攻撃するのが先か、敵が防衛線を突破して本艦を攻めるのが先か。時間が勝負ですな」
レストンは戦術マップ上の赤と緑の光点が、ゆっくりと絡み合うように動く様を見つめる。
《ディン》と《シースピア》が空戦を繰り広げているであろう空域は、すでにアイクの目と鼻の先に迫りつつある。
その間にも、友軍を示す緑の光点がまた一つマップ上から掻き消えた。
お楽しみいただけましたでしょうか?
自分で書いてて言うのもなんですが、本当にモビルスーツが動いてませんね……。
動かすべきところでは動かそうと思っているのですが、なかなかそのシーンにたどりつきません。
モビルスーツ戦を期待しているみなさんはもう少し辛抱してもらえると幸いです。
今回唐突に登場したオペレーターのデリアですが、前々から女性オペレーターを出そうと思っていたものの、完全に出し忘れていたキャラです。申し訳ありません。キャラクターのデザインは、『ボブの夏休み』を書いた友人によるものです。
一応は、ウォルトたちと同時期に編入されたという想定なのでそのつもりで読んでいただけると助かります。
引き続き更新していくのでよろしくお願いします。