機動戦士ガンダムSEED~Forgotten War ~ 作:caribou
九話になります。
太平洋上 アイゼンハワー級航空母艦《アイゼンハワー》
サンディエゴ海軍基地を出航して数時間。アイクの周りには《アイゼンハワー》空母打撃群に所属する、数隻の駆逐艦以外には果ての見えない太平洋が広がっていた。
太陽はすでに西に傾いており、海は一面茜色に染まっている。
一度は艦内に引っ込んだものの、あてがわれたベッドの狭さに慣れずウォルトは結局、飛行甲板へ出てきていた。
甲板にはウォルトの他にカタパルトオフィサーらしき下士官や、非番のパイロットなどが数人見受けられたがそれらに話しかけるような社交性をウォルトはもっていなかった。
ただ甲板の隅にどっかりと腰を下ろし、海を眺めるだけだ。もしかしたら、またフィーリアに会えるかもしれないなどと思っていたが、さすがにその姿は無かった。
「ひとりで海を眺めてるなんて悲しい奴だな」
不意に背後から声をかけられる。振り返ると、からかいを含んだその声の主はケイだった。ケイの背後にはミーリャとボブもいた。
「どうせなら彼女と眺めりゃいいじゃねえか」
ケイはにやにやしながら、ウォルトの隣にしゃがみ込む。
「うっせーな、お前みたいに友達多くないんだよ」
言い返してウォルトはケイの発した言葉に違和感を覚えた。
「彼女って?」
「港を出るとき俺を無視して女のところに行ったのを、忘れたとは言わせねえぞ!」
言うが早いかケイはヘッドロックを決めてくる。しかし、ケイの言い分には、記憶を辿るまでもなく思い当った。首の圧迫感に耐えつつウォルトはなんとか口を開く。
「ばかやろ…、フィーリアは彼女じゃねえッ!」
「この野郎、白を切るのか!?」
ケイの腕に更なる力が込められ、ウォルトの首を圧迫する。
「わ、わかったから…。この腕をどけろ……!」
声を出すのも辛くなってくる。すると、ミーリャが助け舟を出してくれた。
「まあまあ、そんな状態じゃウォルトも話せないじゃない。とりあえず放してあげたら?」
ウォルトはその意見に同意し、激しく顔を縦に振る。
(マジで息が…)
「仕方ない。仮釈放だ」
ケイの腕が離れるとウォルトは空気をめいいっぱい吸い込んだ。潮の香りを含んだ空気が肺を満たしていく。
「さて、話してもらおうか?」
いつの間にかケイの反対側には、ボブがウォルトの逃げ道をふさぐように腰を下ろしていた。むせながらもウォルトはなんとか口を開く。
「話すもなにもさっきから言ってるだろう、アイツは彼女でもなんでもねえんだよ」
「ほ~~、じゃああのコはなんなんだよ?」
示し合わせたようにケイが詰め寄ってくる。
「部隊の仲間をいきなり放置してまで、会いにいったあの彼女はお前とどういう関係なんだよ?」
「アイツとはエドワーズに来てから知り合っただけだよ。ただの友人だ」
「中戦群の女なんかとどこで知り合ったんだよ」
今度はボブ。
「いや…たまたま出くわしたって言うか、なんというか…」
ウォルトは言いよどむ。
「じゃあ結局、彼女ってわけじゃないのね」
黙って話を聞いていたミーリャがまとめる。
「だから、最初からそう言ってるだろ…」
うんざりしつつウォルトは肩をすくめた。
「なんだよ…つまんねえなあ」
ケイが落胆したように足を投げ出し、甲板に寝っ転がる。
「勝手に勘違いしたんだろうが…」
ウォルトは軽くツッコミをいれる。
「モテない男どものひがみだから許してあげて」
ミーリャはニコニコといつも通りの調子だ。
「畜生!いつもモテるのはウォルトばっかりだ!」
ボブが悲しげに叫ぶ。
「だから別にモテてねえって!」
そんな一行をよそに、太陽はいつも通り沈もうとしていた。
食事を終えるとウォルトは格納庫に向かった。
海軍の食事は美味いとは聞いていたが確かに、質も量も普段に比べると豪華だった。自由に出かけられない水兵にはそのくらいが楽しみなのかもしれない。
などと考えながらウォルトは自機のキーボードを操作した。
沖縄の気候はカリフォルニアに比べると湿気が多いという。ならばそれに合わせて機体のOSも調整しておこうと考えたのだ。できればシミュレータで動作検証もしておきたいが、このアイクにはまだ搭載されていないためデータから計算して大まかな数値を導きだすしかない。
普段なら面倒極まりない作業だが空母の上では、やることも限られているので暇つぶしには丁度よかった。少なくとも甲板で一日中ボーっとしているよりはずっといい。
「聞いたよ。アンタ彼女できたんだって?」
コクピットハッチの向こうにチヨ・アーウィン技術中尉がいた。ウォルトは大きな溜息を吐く。
「誰から聞いたんですか?それ」
「ボブが整備班に吹聴して回ってたよ」
チヨは楽しげだ。
「あの野郎…。班長、オレとあの娘は別にそういう関係じゃないですから」
「あら、そうなのかい」
ウォルトの訂正を聞くとチヨは呑気に大笑い。
「できれば整備班にも訂正しといてください」
背伸びしつつウォルトはコクピットから這い出る。
「若いんだからそんなに気にしなけりゃいいのにね」
チヨは笑いをかみ殺すのに必死だった。話題を変えるべくウォルトは格納庫を見渡す。
すると、隣のブロックに見慣れない機体があるのに気づいた。
ダークグレーの装甲を纏ったその機体はすっきりとしたシルエットやバイザー型のカメラなど、《ダガー》に共通する意匠も見られたが、細部が違う。ウォルトの印象としては《ダガー》よりも角ばっているのだ。
「班長、あの機体は?」
やっと笑いを収めたチヨが答える。
「ああ、中戦群の機体だよ。《ロングダガー》って聞いたことないかい?」
「資料で読んだことはあります。たしか《ストライクダガー》の上位機種でしたよね」
「生産性を重視して《ストライクダガー》を選定したはずなのに、わざわざ上位互換を開発するってのもふざけた話だよねえ」
チヨは憐れみの視線をウォルトの《ダガー》に向けた。
「メーカーの利権やらなにやらが関わっているんでしょうね」
《ロングダガー》は搭載しているOSの関係で並みのパイロットでは扱うのが困難と言われている。そのため、操縦技術でそれをカバーすることができるベテランやエースに優先的に配備されていた。
その機体を中央作戦群が運用しているという事実が、その錬度の高さをウォルトに実感させた。同時にフィーリアもこの機体に乗っているのかもしれないと思うと、不思議と気分が高揚した。
「パーツは
チヨの言う通り、《ロングダガー》の周りにはアサルトライフルを肩から下げた兵士が、数人で警備にあたっており、その上腕には中央作戦群のエンブレムが刻まれている。
同じ軍に所属する部隊とは思えない対応だ。
「あそこまで厳重にする必要があるんでしょうか?」
「さあね。でもあの部隊は一応試験部隊らしいから色々と機密があるんじゃないかい」
バルカンユニットが出っ張っているせいで、《ダガー》よりも精幹な印象を与える《ロングダガー》の頭部モジュール。そのバイザーは、静かにアイクのモビルスーツ格納庫を睥睨していた。
お楽しみいただけましたでしょうか?
今回は年末の忙しさにかまけて少し短めになってしまいました…。
しかしここにきてやっと105ダガー以外のモビルスーツを登場させることができました。
相変わらずロングダガーは連合の機体なのですが。個人的には105ダガーと同じくらい好きな機体です。
感想やアドバイスなどありましたらお気軽にどうぞ。